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エピローグ

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 眠るまでリュカと素肌を合わせ、ゆっくり過ごした翌日、5月3日。

 昼過ぎに、神ソレイユと女神リュヌが迎えに来てくれた。彼らに連れられて、たった2時間で、大森林内の目的地に到着。さすがは神々、ドラゴンよりもさらに速い。結界で守ってくれるので、風圧や塵などによるダメージもまったく無かった。

 眼前に広がる光景は、女神の勧めなだけあって、心を奪われるような美しさをしている。キラキラ輝いている泉や、淡い光を帯びている草花。そして秘密の場所を守るかのように囲っている、数え切れないほどの木々。

 女神リュヌが復活したことで、大森林はだいぶ変わった。以前は昼でも薄暗く、夜になると底知れぬ闇に沈んでいた。しかし現在は、日中は太陽の光が差し込んでいるし、夜には月光を浴びた木々が魔力を放出して、青白く発光する。

 元々リュヌ大森林は、彼女がここを縄張りと決めた瞬間から千年前までの長い年月で、割合の少ない聖属性の魔力を駆使して創造した場所である。兆の桁を越えるほどの木々が、女神の魔力を栄養にして成長してきた。

 けれど彼女が神ソレイユを封印し、月を見えなくするという高度な結界を張ったことで、大森林に魔力を送れなくなった。彼女の魔力で成長してきた木々は、供給が絶たれたことで、太陽光をより多く浴びようとした。枝を、葉を広げた。その結果、木漏れ日が地上まで降りてこなくなったのだ。そう、女神が教えてくれた。

 ちなみに月明かりで青白く発光するのは、大森林に生えている木々の多くが、魔光樹のルーンという種類だかららしい。この情報の載っていた書物も千年前に燃やされたのだから、当時の国民達が、大戦によっていかに疲弊していたかが窺える。ついでに実際はほとんど燃やされておらず、本好きな魔物達が隠し持っていたので、そのうち再編集された専門書や教科書に載るだろう。

 つらつら考えながらも、リュカと2人で眼前の景色に感動していると、女神が声をかけてきた。

『眷属達、私達はそろそろ行く』
「ああ。ここまで運んでくれて、感謝する」
「ありがとうございます、女神リュヌ、神ソレイユ。貴方がたも、休暇を楽しんで」
『うむ。明後日の夕方前には迎えに来るから、片付けをして待っておるのだぞ』

 頷けば、2神は仲良く空へ駆け上がっていった。

 彼らはこれから王国内の、とある街を訪問する予定になっている。結界によって約千年間、人間達から隠されてきた街。かつて人間と共に生活していた魔物達の中には、人化出来無い者達もいた。そんな彼らが、のんびり暮らしている街だ。

 それと明日から明後日にかけては、ソレイユ王国周辺に住んでいる、神々に会うらしい。

 2神が復活してから2ヶ月経った頃、神ソレイユは王国を覆っていた結界を解いた。すると周辺の神々が気付き、すぐに会いにきたのだ。

 あの光景は、本当に凄まじかった。隣国の女神テールに、テール王国と隣接している、3国の3神。
 大山脈に住んでいる山神は、轟々と燃えた大蜥蜴で、この大陸を囲っている海神は、100mを越える体躯で空さえも泳ぐ水龍だった。そして海の上空に浮かんでいる天空島の女神が、神々しい翼を広げて飛翔する孔雀。
 そこに神ソレイユと女神リュヌが含まれた9神が集まったのだから、圧倒されて当然である。

 あまりの光景に、さすがに畏怖を感じて立っていられなかったが、胸は昂ぶっていた。神ソレイユの結界が解かれたこと、そして王国の外へと広がっていく世界を、強く実感出来たから。いつか、世界中を旅したい。そう思わせてくれる光景だった。

 ということでまずは近場である大森林の、女神いわく、最も美しい場所という泉に来たのである。まさか大森林に、このような場所があるとは思わなかった。14年間うろうろして、川や源泉は見つけたものの、それでも高々と聳える木々に空は遮られていた。こんなふうに木々が覆っていない、開けた場所があるなんて、想像もしていなかった。

 泉を見つめながらも、独りでいた過去に意識が行っていたからだろうか? 隣に立っていたリュカが、頭にすりすりと頬を寄せてきた。少々頭が傾く。

「ザガン、そろそろ準備して、泉に入ろうよ。せっかく許可貰えたんだから、たくさん泳ごう?」
「……わかった。ログハウスとテント、どちらが良い? ……俺は、テントが良いが」

 リュカと暮らすようになってからは必ず屋根のある自室で寝ていたので、久しぶりにテントの天井を見上げたい。なのでリュカに問いかけながらも、自分の願望を小声で伝えてみたところ、リュカはふふっと笑みを零した。

「ザガンが望むなら、俺もテントが良いな。テントの狭い空間、落ち着くよね」

 俺に合わせてくれる、というより、リュカ自身はどちらでも構わないのだろう。この休暇を大森林で過ごすというも、俺の提案であり、リュカは同意しただけ。それでも現在、とても嬉しそうなので、誘って良かった。

 テントを出して休憩スペースの準備をしたら、海パンに着替える。そしてそっと泉に手を付けてみると、女神の言っていた通り、温水だった。身体を沈めていけば、底には岩の感触が。ん、大丈夫そうだ。

 リュカに合図したら入ってきたので、2人でさっそく泳ぐ。久しぶりの水泳だ。綺麗な水を堪能しつつ競争したり、水中に沈んで、光の差し込んでくる神秘的な光景を眺めたり。泉に住んでいる小さな魚達を観察したり。

 泳ぎ疲れたあとは、リュカと手を繋いで、泉周辺をのんびり散歩した。2神に連れてきてもらった段階で、10km圏内にいたモンスター達はあっという間に離れていったそうだし、そのあと結界を張られたので、遭遇するのは穏やかな動物ばかり。……可愛くて癒される。

 夕方には、バーベキューをした。リュカと2人だけの食事も久しぶりで、自分達で準備するのも楽しかったし、自由に肉を焼いて食べるのも楽しい。そしてとても美味かった。

 食後には酒を飲みながら、ガーデンソファに2人並んで寝そべり、夜空を見上げる。美しい月に、青白く輝いている木々。そしてそれらを映す、泉の水面。キラキラした幻想的な夜景の素晴らしさに、ほぅと吐息が漏れる。

「すごく、綺麗だな」
「そうだね。…………はぁ、言葉が出ないな。本当に、綺麗だ」

 リュカも同じように感動して吐息を零しているのが嬉しくて、自然と笑みが浮かんだ。

 夢のような美しい自然の中、木々のざわめきや虫の鳴き声だけが聞こえてくる、静かな時間。それらを愛するリュカと体験している今に、とてつもない幸福を感じる。これからもっともっと、いろんなところへリュカと一緒に行って、感動を共有したい。

「……今回は俺の要望でここに来たが、リュカは行きたい場所、あるか?」

 世界は広がった。神ソレイユの結界が消えて、神々が交流を再開した。今はまだ国内情勢が整っていないので外交は控えられているが、いずれこの大陸、そしてその先まで繋がっていくだろう。いろんなところへ、行けるようになる。

 だから聞いてみたのだが、リュカは困ったように微笑んできた。

「俺の行きたいところは、ザガンの傍だよ。君が屋敷でゆっくり過ごしたいなら、俺もそうしたい。君が旅したいのなら、俺は絶対に同行する。……1秒1秒、ザガンと共に時間を刻んでいく。一緒に未来へと進んでいく。それだけで俺は、どうしようもなく幸せなんだ」

 なるほど、俺といるだけで幸せなのか。たぶんリュカ自身、素晴らしい景色や体験に、興味が無いわけではないのだろう。今もとても感動していたし。ただ、最優先が俺なだけ。

 具体的な場所を言えないからか、リュカは不安そうにこちらを窺ってくる。別に優柔不断だと思わないし、責めたりもしないぞ。

「では旅先は、俺が決めよう。休みが取れて、出掛けられる体力がある時には、お前をいろんなところに連れていく。2人で楽しめるような、感動出来るような場所へ。……世界は広い。だから一生を掛けて、いろんなところへ行こう。――約束だ、リュカ」

 そう伝えると、リュカは安堵したように微笑んだ。

「うん、約束。これからずっとずっと、俺達は2人一緒だよ」

 優しく細められた双眸が、月明かりを受けて艶やかに輝く。その美しさに見惚れるまま、じっと見つめていると、リュカはふふっと声を漏らしてから覆い被さってきた。腕の中に閉じ込められて、少しずつ顔が近付いてきて。

 そっと目を瞑れば、いつものように、柔らかなキスをくれた。


 ...end.

――――――――――――――――

彼らの旅を、最後まで見守ってくださり、まことにありがとうございました。
何かしらの想いが残ったのでしたら、恐悦至極に存じます。

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