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連載
82話
しおりを挟むガキン! 勢いよく剣がぶつかり合い、火花が散る。そのまま鍔迫り合いになると押されたので、横に避けながら刀を払いのけた。そして空いた脇腹へと刃を入れる。が、リュカはほとんど体勢を崩さず、刀で完璧に防御してきた。普段よりも反応が早い。
元々身体能力はリュカの方が高いが、神ソレイユの力を借りている現在、さらに強さを増している。俺も女神の力を借りているし、今は夜なのだが……。
『悔しいけど、ソレイユは私より強い。千年前に私が勝てたのは、彼が怒りにまみれていたから。それに戦いが長引いたことで、国中に負の感情が増えていたから』
ならばパワーのみだと、負けてしまうな。
キンッ、キンキンッと何度も刃を合わせながら、相手と、自分の力量を図る。きっとリュカも、戦いながら探っているだろう。どれくらい能力が上乗せされているか、自分自身を知らなければ力に振り回され、2人とも危険に晒してしまうから。本気の戦いであろうと、互いの命は絶対に守らなければならない。
リュカの剣はいつも以上に重く、スピードも増している。俺はリュカよりパワーは劣るものの、スピードが格段に速くなっていた。気を抜けば、振り回されそうなほどに。女神の元が猫だからか?
それでも攻撃しているうちに慣れてきて、手数の多さで攻めていく。
「っ、く……ッ!」
リュカが眉間に皺を寄せた。防御するばかりになっているせいで、焦っているようだ。時々短剣を弾いてくるが隙など見せないし、蹴りを繰り出されても避けているので、気持ちはわからなくもない。
このまま畳みかけようとフェイントを掛ければ、刀が地面に振り下ろされたので、瞬時に背後へ回る。我ながら速い。そして神ソレイユが変化している防具へと、短剣を突き刺した。だが。
「チッ」
思わず舌打ちが漏れた。キィンッと音は聞こえたものの、刃は僅かさえも沈んでいない。さすがは神、これだけ身体強化した状態の攻撃を受けて、無傷とは。リュカが意識していなくても攻撃が通らないとなると、短剣だけではまったく通用しないと考えた方が良い。
リュカがこちらに振り返りながら刀を薙いできたので、後方に飛んで回避。大きく跳躍している間に、杖先をリュカへと向ける。
「ダークブラスト!」
普段よりも数倍もの魔力を込められたうえ、飛んでいく球体も数が増えているし拡大していた。
だがたった数振りで全て両断され、着弾前に爆発してしまう。刃の届いていないところまで斬るなんて、すごいな。
しかも着地した直後には間合いを詰められ、右下から刀を振り上げてきた。本気の攻撃。が、格段に速さの増している身体はすぐにまた跳躍し、無事回避する。ついでに追ってくるだろうリュカの足首を触手で捕らえれば、予想通りバランスを崩しかけたものの、剣先を上に向けてきた。
「――ホーリーランス!」
数百の光槍が頭上に出現し、問答無用で降ってくる。ズガガガガッ! と僅か数秒で全部落ちるので、リュカからは槍に阻まれて俺がどうなったか視認出来無かったのだろう。だから魔法壁で完璧に防いでいる俺を見つけると、ホッとした表情になる。
俺だって女神により強化されているので、そんなに心配しないでほしい。まぁさすがの威力なので、触手は消さざるを得なかったが。
それに俺は無事でも、地面は酷い有様である。大魔法でこれだけ抉れるとなると、極大魔法を撃てば周辺は粉々になってしまうな。
しかし剣技を使用するにしても、人間相手に有効な技は、限られている。俺が習得しているのは、大型モンスター向けのものばかり。もしくは闇属性らしく暗殺用だ。無慈悲に首を刈るような剣技を、リュカに使いたくはない。そうなると、神ソレイユに有効な攻撃手段はあるのか?
『そういえば眷属の仲間達は、ソレイユに1発でも入れたいと望んでいた』
ん? ……ああ、そんな些細なことまで伝わっているのだな。
オロバスと再会した夜、そんなに強くなって何と戦うのかと聞かれた。それに対してミランダやニナやベネットが、神ソレイユだと答えたのだ。1発くらい入れておかないと気が済まないと。
『私もソレイユを1発くらいブッ飛ばさないと、気が済まない』
『ぐっ。リュ、リュヌ……』
神ソレイユの声も聞こえてきた。今の思念は向こうにも届いているらしい。
神よ、責められるたびに狼狽えるくらいなら、1発甘んじて受ければ良いのではないか? 愛する伴侶に対して、それだけのことをしたのだから。
『私は千年間、ずっと寂しかった。ソレイユが傍にいるのに、私の声を聞いてくれない。いつものように私に話しかけてくれない。時には貴方から漏れてくる怒りに飲まれて、望んでいないのに弱き者達を傷付けてしまうことさえあった。貴方が大切にしているものを守りたいのに、どうしても奪ってしまう。それが苦しくて、悲しかった』
『…………、……』
『けれど私の眷族が誕生してからは、その感情が常に伝わってきた。冷静な思考も、どんな境遇でも屈しない強靭な精神も、私を癒してくれた。私は眷属に感謝している。だから、そんな彼の想いを……人間という醜くも美しい存在を、ソレイユに思い出してほしい。そして、貴方が慈しみ大切にしていた、人間達への――愛を』
神ソレイユが、人間を慈しみ大切にしていた、か。
確かにここは王国である。神ソレイユが自分の縄張りに人間が住めるようにし、人間による統治を認めたから、王国なのだ。
もし神自身が統治していれば神国であるし、具体的な統治者のいない場所は、リュヌ大森林のように、神名に土地の特徴が付けられている。また帝国や連邦国は、ほとんどが魔物による統治国家らしい。
ともかくここはソレイユ王国で、神ソレイユは信頼の証として、王家にソレイユの姓まで与えていた。その人間達から裏切られ、愛する女神を殺されそうになったのだ。信頼していた相手からの裏切りは、どれほどつらく、苦しいものだろう。
失われた信頼を取り戻すのは、果てしなく難しい。だが、やらなければならない。国を滅ぼされたら、きっと女神だけでなく、神自身も悲しんでしまうから。
――それに約束した。悪夢を見続けるリュカを、その先の未来へ連れていくと。
本気で戦っている現状でも、視線が合えば、愛しげに微笑んでくれるリュカ。彼から伝わってくる愛に、心があたたかくなる。好きだリュカ、愛している。
そんな想いが視線から伝わったのか、リュカはふふっと笑みを零した。そして俯き、瞼を閉じる。動かなくなったのは、神ソレイユと話しているからか?
少しすれば再び顔を上げてきて、同時に神ソレイユの声が聞こえてくる。
『……リュヌ。我はそなたを想えばこそ、やはり人間が許せん。だが、その者がそなたを悲しみから癒し、我の眷属を絶望から救おうと言うのであれば――リュヌの眷族よ。その強さ、いかほどのものか、我に示してみよ!』
心臓を押し潰されそうな威圧感。しかも突然、リュカの背中から黄金の翼が生えた。跳躍すればそのまま羽ばたいて、夜空へ飛んでいく。予想だにしていなかった光景に目を見開いてしまったが、しかしそうか。神を纏っているのだから、飛べるのか。
『私達も飛ぼう。空中戦なら、王城に結界を張れる』
頷けば、俺の背中にも翼が出現した。飛ぼうと考えながら跳躍すれば、翼がちゃんと動いて、落下せず空に向かっていく。生身で飛行出来るなんて、すごい体験だ。全身に感じる風が、心を躍らせてくれる。
感動しつつもリュカを追い、ある程度地上から離れると、下に女神リュヌが結界を張るのを感じた。そして突き抜けている神殿や塔には、神ソレイユが。自分に使用されたわけでもないのに、誰の結界がどこに張られたかわかるほど感覚が鋭くなっているのも、女神を纏っているからだろう。
そろそろ神殿の高さを越えるというところで、リュカが止まる。見下ろしてくる彼の刀から、膨大な魔力が感じられ。
「聖なる光よ天地を渡れ――ホーリーレイン!」
追っている俺に、極大魔法を放ってきた。数多の光輝く雨筋が、ものすごいスピードで迫ってくる。以前よりも格段に威力が増している筋。
「奥義――宵闇」
魔力で長剣に変化した刃で、襲い掛かってくる雨を斬っていく。斬、斬、斬と、雨を振り払うように剣を振る。だが次から次へと迫ってくる筋を完全に捌き切ることは叶わず、光が頬を掠めていき、一瞬痛みを感じた。血が飛んでいく感覚。しかし女神のおかげか、すぐに痛みが消える。
魔法壁を突き抜けていくとは、さすが極大魔法。楽しくなりそうな手合わせに、心が躍動する。
雨を抜けていきリュカに接近、飛行速度を一切緩めず、俺から目を逸らさないリュカに攻撃。宵闇は、神により強化された盾で防がれた。だが勢いよく突っ込んだ為、リュカはバランスを崩してよろめく。
俺は杖に魔力を込めながら旋回し、リュカからある程度離れた場所でピタリと止まった。飛べるだけでもすごいのに、意のままにも止まれるなんて、本当にすごい。飛行能力はあくまでも女神の力なのに、速度や方向、停止など、全て俺の意思に沿ってくれる。これなら、空中でも存分に戦える。
「黒き流星よ我が元へ集え――ダークネスミーティア」
杖に込めていた魔力を、極大魔法に変換。隕石のような塊が大量にリュカの頭上に現れ、どんどん落ちていく。先程のお返しだが、さてリュカはどうするのか。
「奥義――雷光龍!」
なんと剣技を斜め上に放ち、黄金龍で黒隕石を破壊していった。そして彼自身は剣技で壊しきれない隕石を避け、あるいは斬りながら、こちらに迫ってくる。ああ、リュカも楽しそうだ。本気で俺とぶつかれる今を、真剣に楽しんでいる。
俺からも突っ込んでいき、宵闇を解いていない短剣で、リュカの攻撃を受けた。ガキンッとぶつかる音、反動で互いに弾かれ、けれどすぐに体勢を直して斬りかかれば、再びガキンッとぶつかり合う。
刃が交わるたび、リュカの双眸が間近まで迫る。どれだけ真剣でも、甘さを含んだ眼差し。国の命運を分けた戦いであるというのに、相変わらず俺には殺意を向けてこない。
少しだけ、ほんの少しだけ、オロバスとの決闘時のような鋭さを期待したのは、どんなリュカでも俺に見せてほしいという独占欲があるからだ。ただし実際にリュカから殺意を向けられたら、ひどく落ち込んでしまうかもしれないので、心の奥底にしまっておく。
「シャドウエッジ!」
「シャイニングレイ!」
刀を弾いて至近距離で魔法を放っても、同系統の魔法で完璧に相殺され、すぐにまた刀での攻撃が来る。受け止めて、刃が交わったまま再び至近距離で魔法を撃とうとすれば、短剣を弾かれた。構わず詠唱したものの、小盾で素早く振り払われ、数m横で爆発する。
小魔法や中魔法では、威力が弱すぎる。どうにかして距離を取り、杖に魔力を込める時間を作らなければ。極大魔法を使わなければ、神ソレイユを纏っているリュカの、圧倒的な防御力を突破出来無い。
リュカもそれをわかっているのだろう、離れようとすれば触手を伸ばしてくる。捕まらないよう切断すれば、その間に距離を詰められ、また刃を交えながら小魔法での攻防となる。
リュカが必死に向かってくるのは、俺を離さない為。それはとても嬉しい。きっと戦いながら、神ソレイユの説得もしてくれているだろう。もしかしたらすでに説得済みで、リュカを騙してまで勝つ必要は、無いのかもしれない。
だがどうしても、負けたくない。神ソレイユは千年間も怨念を放出して、女神を邪神にさせて……闇属性への差別を助長させたのだから。
闇属性だからと、産まれた瞬間から差別されていた。母上に忌避されようと、地下に幽閉されようと、そういう歴史だから仕方無いと諦めていた。
しかし諦めて独りでいた自分の世界が、リュミエール出現……『リュミエール』が開始されたことで、大きく変わった。リュカと出会い、リュカが俺を好きになってくれたことで、孤独ではなくなった。すると連鎖するように、仲間が出来た。
俺が闇属性であるせいで、4歳で兄を失くしたノエル。
闇属性に恋人を殺され、闇属性を憎んでいたミランダ。
弟が闇属性で産まれてきたゆえ、家庭崩壊して孤児となったニナ。
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リュカ達と出会ったことでようやく、奮起して訴えなければならないと気付いたのだ。俺は何もしていないのに、どうして差別されなければならないのかと。もし差別されていなかったら、父上に苦労をかけることも、母上から忌避されることも……ノエルを悲しませることも、無かったのだと。
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神ソレイユよ。貴方は人間を慈しんでいたはずなのに、どうして国ごと滅ぼそうとしてしまったんだ。俺の友人達が闇属性に対して心を痛めてくれたように、千年前も女神リュヌを憎まず崇めていた人達が、きっと大勢いたはずなのに。
『そう。だから私を殺そうとした子達だけを、裁けば良かった。法律でもきちんと定められていた。なのにソレイユは激情し、無差別に殺そうとした。……私を愛してくれているから、私を攻撃されるという初めての事態に、冷静さを欠いてしまった』
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『ソレイユは小さな命を大切にしていた。人間だけでなく、動物も植物も。もちろん魔物達も。そして今でも、慈しみ愛している。ただ、認められないだけ。自分のせいで、無意味にたくさんの命が消えてしまったことを』
つまり、罪悪感に押し潰されそうになっているのだな。だから貴女は勝利して、無理にでも謝罪させたいと。そうすれば神ソレイユは、きっと自分を赦せるから。
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ただし決着はまだまだ付きそうにない。なのでとりあえずは、眷属であるリュカの心に、触れていてくれないか? 貴方は強さを示せと告げてきたが、俺が持っている強さは、リュカがいてこそのものだから。
女神は言っていた、俺が産まれてから、その強靭な精神に癒されたと。だがそれは、孤独に堪える為の強さである。今の俺が持っている強さは、リュカがくれたもの。1人ではなく、2人で生きていく強さ。信頼し、互いに支え合いながら生きていく強さだ。
ほら、戦っている今この瞬間も。刃が交わるたび、リュカから信頼が伝わってくる。たくさんの想いが――愛が、伝わってくる。
「はぁッ!」
「っ……」
勢いよく振り下ろされる剣を、受け止める。もう何時間も戦っているのに、疲労を感じさせない重さだ。この攻撃を何度も受けているせいか、俺は少し疲れたぞ。
気付かれないよう休憩しようと、あまり反発せず押されると、そのまま2人で夜空を泳いだ。剣を傾けて力の流れる方向を変えてみれば、横になったまま、リュカと共に緩やかに回転していく。……楽しい。
いやもちろん、真剣に戦っているし、負けるつもりもない。だが空を飛ぶという、とても貴重な体験をしているのだから、少しくらい遊び心が芽生えてしまっても仕方無いだろう? 対戦相手がリュカなので、命の危険も絶対に無いし。
と内心であれこれ言い訳しながらも浮遊していると、リュカがふふっと笑みを零した。
「まるで、踊っているようだね」
「………………」
バレていた。ついうっかり遊んでいたことに。悪戯がバレてしまったみたいで、なんだか気恥ずかしい。
「楽しいね、ザガン」
返答に困って黙っていると追い討ちをかけてくるものだから、強く刀を弾いてリュカから距離を取った。後方に飛行しながら、杖先を向ける。
「ダークアロー、ダークアロー、ダークアロー!」
「もう、こんな時でもツンデレで可愛いなぁ!」
可愛くないから、わざわざ俺に聞こえるくらいの大声で指摘してくるな! 軽々と全部回避するな、距離を詰めてくるな!
進行方向に身体を直して飛びながら、杖に魔力を込めていく。この数時間で飛行し慣れたからか、ハイスピードのまま小回りが利くようになっていた。当然リュカもだが、俺が止まらない限りは追い付かれない。
もっと魔力を込めて……今!
「全てを吹き飛ばし無に帰せよ――エクスプロージョン!」
「輝かしき粒子よ集まり守護せよ――アブソリュートシールド!」
全力で極大魔法を放てば、同じく魔法詠唱したリュカが、光に包まれたのが一瞬見えた。そのあとすぐに着弾し、ドォン!! と大爆発が起こる。女神リュヌの力を借りている為、下手すれば木端微塵になる威力。
煙が薄れていくと、リュカの姿が見えた。神に包まれているので死なないとわかっていたが、それでも光の球体は半壊しているし、全体的にボロボロである。額から血も流れている。
神ソレイユが女神リュヌより強くても、あくまでも力を借りているだけ。魔法は元々俺の方が得意なので、同じ極大魔法でも防ぎきれなくて当然である。
全身が痛いのだろう、顔を顰めているし、呼吸も乱れている。
「まだやるか?」
「もちろん。勝つまで、諦めないよ」
短剣を向けたまま問えば、予想通りの言葉が返ってきた。なので、すぐさま魔法を撃つ。
「シェイドソード!」
10本の黒剣がリュカの頭上に出現、落ちていくそれらを避けるも、追尾なので下からグワンと方向転換して上がっていく。リュカはまた横に避けると、後方に飛行しながら追っていく黒剣を攻撃、斬斬斬斬と4撃で消滅させた。そして息を飲む。
「ッ……グゥ!」
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刀を落とさせる為、いざとなれば腕を斬り落とすつもりで連撃した。それくらいしなければ、きっとリュカには勝てないから。だがリュカも、怪我のせいで鍔迫り合いになると刀を落とすと理解しているようで、ことごとく流すか弾いてくる。ボロボロなのに、こんなにも食らい付いてくる。
くそっ、どうする? あくまでもつもりであって、本当に腕は斬れないぞ?
そう悩んでいたせいで僅かな隙が生じたのか、剣を弾かれた直後、空中であるにもかかわらず蹴りが繰り出された。
「うッ……っ!」
咄嗟のことで反応が遅れてしまい、脇腹に入り、そのまま横に吹っ飛ばされる。すぐに止まったものの、リュカはふぅと息を吐きながら、ゆっくり刀を構え直してきた。月光に彩られている双眸で見つめられ、緊迫した状況下だというのに、どうしても歓喜が湧いてくる。
なぁ神ソレイユ、貴方に伝わっているか? リュカの心が。俺を離したくないからと、決して諦めずに向かってくる、その強さが。
俺にリュカがいるように、貴方には女神がいる。千年間諦めず、貴方の大切なものを守りながら、ずっと傍にいた女神リュヌが。だからもし苦しいなら、彼女に支えてもらえば良いのだ。他者を頼ることは弱さじゃないし、彼女の貴方への愛は、とんでもなく強いぞ。ほんの十数分で、俺達2ヶ月分の魔清を超えるほどに。
「はぁああぁっ!」
再び向かってくるリュカ。俺からも剣を振りかざし、ガキンッと刃がぶつかる。今夜だけで、どれほどこの音を聞いただろう。
――ああ、不思議だ。火花が散るたび、脳裏に伝わってくるものがある。見えてくるものがある。これは、2神の記憶か?
神ソレイユが怪我している小動物を発見すると、慌てて女神リュヌを呼んで回復してもらっていた。元気になって走っていく後姿を2神で見つめながら、嬉しそうに微笑んでいる。
場面が変わり、たくさんの動物や魔物達に囲まれている様子が見えた。優しく明るい陽射しの注いでいる森だが、そこがリュヌ大森林だと感覚でわかる。現在の薄暗い大森林と、まったく違う。
また場面が変わった。2神を前にして傅いている、6人の人間。うち1人は金髪の男であり、立派な王冠を被っている。その隣にいる黒髪の女性の頭にもまた、控えめな冠が。そして彼らを囲むようにして眺めている、多くの魔物達。建国の瞬間だ。
再び場面が変わると、人化した神ソレイユが、泣いている子供を抱き上げてあやしている光景が見えた。現在とはだいぶ違う街並みを女神と歩き、人々と笑顔で言葉を交わしている様子も。彼らはこんなにも、国民から慕われていたのだな。
だが時代が移ると、女神リュヌの影に、少しずつ不穏な気配が感じられるようになる。女神に対する負の感情が、どんどん強くなる。しかし明朗快活な光属性ゆえか、それとも人間を信頼しきっているからか、神ソレイユは気付かない。
とうとう女神が大勢の人間に囲まれた。攻撃を開始する人間達、自身を結界で覆うことで完璧に防御する女神リュヌ。そこに、ようやく異変に気付いた神ソレイユが駆け付けてきて――激怒し、魔法を放ってしまう。瞬時に女神が結界を張り直したので王を含めた半数は生き残ったものの、あっという間に多くの命が消滅した。
戦争が、始まる。2神による戦いが。裏切った人間を滅ぼそうとする神ソレイユと、神の慈しんでいた命を守ろうとする女神リュヌ。彼らが衝突するたび、大地は荒野と化していく。そこで暮らしていた者達は、きっと何もわからないまま亡くなっているのだろう。
我を失っている神が大量のスピリットを召喚すれば、女神は対抗してモンスター召喚するしかなく、2神により生み出された者達が、強制的に戦わされては死んでいた。命を守る為に、新たに生み出された命が、次々に消えていく。
ふと、知っている人物が見えた。あれはオロバスだ。傍にいる知らない男と、言い争っている。
オロバスが怒鳴りながら相手の腕を掴んだ。だが男はそれを振り払うと、悪魔へと変化して空を飛んでいった。同じく悪魔に戻り、追っていくオロバス。
悪魔が向かっている先には、暴れている神ソレイユがいた。究極魔法を放つ悪魔。しかし神の結界は頑丈であり、皹が入った程度である。しかも攻撃されたことで反応した神が、その悪魔に向けてグワッと口を開いた。
放たれる閃光、結界で防御するも破壊され……飲み込まれた。後ろで避けたオロバスは、閃光が過ぎ去ったあと、崩れていく男の後姿へと手を伸ばす。
『ザガン!!』
『……じゃあな、オロバス』
ニヤリと笑うと同時に完全に消滅し、残された素材が落下していった。オロバスはそれらを追い、無事掴んだものの、地面に着地するとそのまま膝を付いた。震える背中、聞こえてくる嗚咽。
オロバス……お前、泣いていたんじゃないか。悲しいという感情は、無いと言っていたのに。
女神リュヌは見ていた。死んでいく人間達を。生まれては消えていく魔物達を。そして何千年、何万年と付き従ってきてくれた魔物達が、散っていく光景を。
王国全土から悲しみが溢れてくる。恐怖が感じられる。懺悔が聞こえてくる。なにより神の憎悪と、女神自身から湧いてくる悲愴が、彼女を強くする。
そうして女神リュヌは神ソレイユを弱らせ、封印するに至り、彼を抱えると地底へ下りていった。
暗い暗い、誰の声も聞こえてこない、闇の中。
母なる世界に包まれながら、愛する者と、2人きり――。
「――ダークブラスト!」
「――シャインブレイク!」
互いの中魔法がぶつかり合い、ドンドンドンドンッと、大爆発が何度も起こる。煙幕でリュカが見えなくなるが、防御力の高い彼はそこを通過してくる可能性が高いので、追加で魔法を放った。
「ダークアロー、ダークボール!」
「フッ……、はぁ……!」
案の定、まだ煙幕が消えていない状況で突っ込んできたリュカは、こちらの行動も予測していたようで避けてきた。
振り下ろされる刀。受け止めてすぐに弾き、今度は同時に斬りかかる。そのまま鍔迫り合いが起こ……る直前、剣を傾けてギリリリッと刃を渡らせながら、腕を大きく回した。そして横へと薙ぎ払えば、リュカの手から刀が抜ける。ようやくか。
リュカは一瞬驚くも、落下していく刀を追ってすぐに急降下する。離れていく彼が武器を掴まぬよう、武器を狙って魔法を放――……。
「っ……?」
ふと強い光を感じて、眩しさに目が霞んだ。ああ、太陽の光か。
そうか、いつの間にか夜が明けていたのだな。夢中で戦っていたから、暁闇になっていたことすら気付かなかった。それに、こんなにも高い位置まで上がっていたとは。最初は神殿を少し超えたあたりにいたのに、今はだいぶ離れている。
下を見ていると、刀を取り戻したリュカが再び浮上してきた。傷を癒さないままずっと戦い続けているから心配になるのに、まだ諦めずに向かってくる。まさか俺が負けを宣言するまで、戦うつもりか? 俺は女神が回復してくれるから、怪我をしても戦えるのに。
とにかく魔法を放とうと、杖をリュカに向ける。その直後。
「なっ……!?」
何故か浮力が消え、ガクンッと身体が落ち始めた。
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※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
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