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71話
しおりを挟む「この旅のことを、本にしたいなって思っているの。王子であるリュカ君をメインにして、ザガン君との恋愛模様を書きながら闇属性への差別について言及したいし、神ソレイユと女神リュヌのことも書きたい。千年前に隠蔽された、ソレイユ王国の真実も」
なるほど、旅行記か。確かにリュカをメインにすれば、読みたいと思う人間は多いだろう。
しかし闇属性の差別ならば、シンディ自身の恋愛を書けば良いのでは? 正直自分の恋愛を他者から表現されるのは、だいぶ恥ずかしいぞ。
「それは素敵だね。後ろ楯は任せて」
あ、リュカは乗り気なのか。そうか……。
思わず遠い目をすると、シンディがうふふっと笑みを零す。
「安心してザガン君。書いちゃいけない秘密事項は、ちゃんと把握してるから。例えば2人のエッチ事情とか、ザガン君とノエルちゃんが兄妹とかね。逆に書いても問題無いことはなるべく載せていくつもりだから、無関係のような顔して飲んでるミランダちゃんも、たくさん出すわよ?」
「……へっ!? そ、そうなのかい?」
「ここまで一緒に旅してきた大事な仲間なんだから、当然だわぁ」
その言葉に、照れつつも嬉しそうな反応を返すミランダ。シンディ視点で描かれた彼女達の友情ならば、俺も読みたい。
なのでコクコク頷くと、何故かリュカから可愛いなぁと言われ、頭に頬を擦り寄せられた。今のどこに可愛い要素があったのか、サッパリわからない。
「本って、すごいものだと思うの。ザガン君が譲ってくれたテール王国の書籍の数々から、神ソレイユや女神リュヌの実態が判明したわ。逆にソレイユ王国では、女神リュヌのことが記載された本を全て処分したことで、千年前の真実を知る人間がいなくなっていた」
「そうだね。もし女神リュヌについて何かしら残っていたら、人間達はもっと早くに、真実に辿り着いていたかもしれない」
「……だが、手にした本の内容が、真実とは限らないだろう」
事実、父上から買ってもらった絵本には月の女神が登場していたが、すべてが真実というわけではなかった。邪神と女神は同一神だと、あれだけで誰が読み取れるのか。
本に書かれている文章は、あくまでも著者が見たものや考えたものを、著者なりの言葉によって綴られているもの。しかも読者によっても、内容の捉え方は違ってくる。
「ええ、だからたくさんの本を読んで、情報を集めるの。何冊もの本に書かれているなら、それは真実だと捉えて良いでしょう? ザガン君が500冊以上の書籍をテール王国で買っていたから、女神の実態が判明したのよ。すごいわぁザガン君」
月が記載されている天体書や、テール王国の歴史書、他にも様々な分野の書籍を買っていた。情報は武器だと、前世で学んでいたから。ただし興味ある分野以外の本は結局読んでいなかったので、シンディが貰ってくれたことで、マジックバッグの中で眠っていた本達も浮かばれただろう。
「本とは、想いと知識の結晶なの。伝記なら自分あるいは誰かの人生を後世に残したいと望み、その著者の知識を駆使しながら綴られる。様々な勉学書だって、その学問を知識として他者に伝えたいと願うからこそ、本に纏められるわ。もちろん小説や絵本のようなフィクションにも、著者の想いや知識がたくさん詰まってる。――だから私も、伝えるの。この旅で知れた、私なりの真実を。そして、かけがえのない仲間達と巡り会えた奇跡と、その想いを」
目を瞑り、自分の胸に両手を置くシンディ。祈りを捧げるような姿はとても美しく、しかし切なさや憂いを感じる。
……そうか。シンディが自分の恋を書こうとしていないのは、悲しい結末を迎える可能性があるからか。
闇組織が邪神を復活させた時、眼鏡が生きているかどうか、わからない。カミラにMPポーションを用意してもらったり、俺も魔導バリアを製作したりと、死なせない努力はしている。それでも、大丈夫と言えないのだ。
彼女から伝わってくる不安を受け止めていると、ぐすっと鼻を啜る音が聞こえてきた。いつの間にか、ミランダが泣いている。
「う、ううー……ひっく、う、うぐ……」
しかもボロボロと、たくさん涙を零していた。それを見たリュカがマジックバッグから箱ティッシュを出し、シンディがミランダの頭を撫でる。
「ミランダちゃんたら、泣き上戸なんだから。ほら、涙を拭きましょう?」
「ううぅ……シンディ。わた、私だってみんなを、かけがえのない仲間だって思ってるよぉ。だから一緒にいられなくなるのが、寂しいんじゃないかぁ!」
「あらあら、よしよし」
ガバッとシンディに抱き付いて、胸に顔を埋めるミランダ。以前ノエルもそこに顔を埋めていたが、癒しの力でも出ているのだろうか。
「ひっく……みんなさぁ、旅が終わったあとどうするか、もう決めちゃっててさ。しかもちゃんと夢とか目標とか仕事とかの理由だから、冒険者に誘うわけにはいかないだろ? みんなと一緒にいる為には、私が冒険者を辞めるしかないんだ。でも、そんな格好悪いこと、したくないじゃないか」
「そうだな。己の信念を曲げるのは格好悪いと、俺も思う」
ミランダはSランクの俺に嫉妬するくらい、冒険者という職業に誇りを持っている。より強くなりたいと。だから元婚約者が亡くなっても冒険者であり続け、1人でも星の欠片ダンジョンに挑んでいたのだ。そうして、リュカとノエルに出会った。
ミランダのような前衛タンク職にとって、命を懸けてでも守る価値のある仲間達と出会えたことは、まさしく『かけがえのない仲間達と巡り会えた奇跡』なのだろう。ソロ冒険者の俺には無い感覚なので、少々羨ましい。
「……俺ももし、旅を終えたらリュカと別れなければならないとしたら、悲しくて泣くと思う」
「!? ならないからね!? 俺は絶対にザガンを離さないよ!?」
例え話なのに、リュカに思いっきり否定され、ぎゅうぎゅう抱き締められた。話が進まないので、とりあえずそのままにしておく。
「大切と想える相手ほど、別れはつらい。だがどうしても避けられないならば、せめて後悔しないように、共にいる一瞬一瞬を大事に噛み締めたいと思う。……実際はこんな状態だから、想像でしか言えないが」
別れを悲しんでいる友人を前にして、愛する者から抱き締められていては、説得力も何も無い。むしろ怒らせてしまうかもしれない。だがミランダは、大きく頷いた。
「そうだよねぇ。どう足掻いても、時間は止まってくれないんだ。アイツだって戻ってはこない。……私は一度、後悔した。二度は、絶対にしない」
ぐずぐず泣きながらも強く決意するミランダに、俺も大きく頷き返す。
出会いがあれば別れもある。別れがあれば、きっとまた新たな出会いがあるだろう。もちろん、次の出会いが今より素晴らしいものになるかは、わからないが。
それでも今はただ、いつの間にか傍にきてボロボロ泣いているベネットや、心配そうに窺ってきているノエル達と一緒に過ごせば良い。
大切な仲間達と巡り会えた奇跡を、噛み締めれば良い。
女性だけの方が腹を割って話せるだろうと、俺とリュカは先にテントに入った。するとすぐにリュカが。
「ザガン。服、脱ごうか」
と寝床を整えながら、促してくる。セックスするのは構わないが、キスもハグもしないまま服を脱ぐのは珍しい。どうしたのだろう?
首を傾げつつも全裸になると、同じく全裸になったリュカに、腕や腰を引かれた。そのまま一緒に横になり、そっと抱き締められる。密着する互いの素肌。後頭部を掌で覆われ、額にキスされながら、背中をゆっくりと撫でられる。気持ち良い。
「大丈夫だよ、ザガン。俺はずっと傍にいるからね。絶対に独りになんてさせない。だから安心してね」
リュカのあたたかな温もりに包まれると心がふわふわするし、どうして慰めてくるかは不明だが、優しい言葉もじんわり心に浸透していく。
だからか、不思議と鼻の奥がツンと痛くなり、ポロッと涙が零れた。いくつもポロポロと、落ちていく。
俺が泣いているのに、リュカはホッとしたように吐息を零した。ちゅ、ちゅ、と眦に柔らかくキスしてきて、後頭部を撫でてくる。
「ミランダやシンディの負の感情に寄り添おうとするのは、優しいザガンらしくて素敵だよ。でもザガンはすごく寂しがり屋なんだから、あまり無理しないで。ね?」
「……別に寂しくない。この涙は、酒に酔ったせいだ」
寂しがり屋なんて言われても、まったく嬉しくない。なので反論すると、ふふっと笑われた。
「ツンツンしてるザガン、すごく可愛い」
ツンツンもしていないが、いくら反論してもリュカからすると全部可愛いになるようなので、黙っておいた。代わりにグリグリと頭をリュカの肩口に押し付けて、無言の抗議をする。
「ああもう、ホント可愛いなぁ。ザガン大好き。愛してる」
これも効果無いのか。むしろ喜ばれているし。……俺だってリュカが大好きだし、愛しているし。
釈然としなくてムッとしつつ顔を上げれば、唇にキスされた。触れてくる唇は柔らかく、心地良い。
しかし数秒で離れてしまった。物足りなくて間近にある蒼い双眸をじっと見つめると、同じように見つめ返される。伝わってくるのは、愛しいという感情と、滾るような欲望。
「エッチ、する?」
「……する」
官能的な擦れた囁きにコクリと頷けば、蕩けるように甘く微笑まれ、尻を撫で上げられた。
翌朝。リュカと共にテントから出ると、すでに女性陣は起きていた。
「あっ。おはようございます、兄様、リュカ」
「おはようノエル」
「おはよう。みんなも、おはよう」
おはよう、と聞こえてくるそれぞれの挨拶に返答しながら、用意されていた場所に腰掛ける。
「おはようございます、リュカさん、ザガンさん。昨夜はだいぶ飲まれていたので、しじみ汁を用意しておきました」
「それは助かる。心遣い感謝する」
「ありがとうベネット。さっそくいただくよ」
「はいどうぞ。今朝はノエルさん達のリクエストで料理することになったので、朝食はもう少しお待ちくださいね」
にこやかな笑顔で、魔導コンロへと戻っていくベネット。その魔導コンロの前には、料理を教わりたがっていたノエルと、珍しくミランダが立っていた。ニナは向かいから2人の手元を見ており、カミラとシンディもコンロ付近で会話している。
いつも通り、彼女達はとても仲が良い。ただなんとなく、昨日よりも心の距離が縮まっているような気がした。
「昨夜、いろいろ話したみたいだね。ミランダは心が晴れたのか、スッキリした顔付きになってるし、ベネットも以前より頼もしく感じる」
そうか、ベネットからおどおどした雰囲気が消えていたから、心の距離が近くなっているように感じたのか。そういえば先程の会話でも、まったく言い淀んでいなかった。
もしかしたら昨夜、ミランダから喝を入れられたのかもしれない。もっと自信を持てと。守るべき仲間が……信頼している仲間がずっと弱気のままだったら、いざ別れが来た時、自分はそんなに頼りなかったのかと後悔しそうだから。そして女性ながらにとても逞しく、どこか繊細なミランダの言葉ならば、身体へのコンプレックスのせいで弱気だったベネットの心にも、よく沁みただろう。
まぁ女性達の会話を詮索するつもりはないので、実際のところはわからないが、彼女達が今までよりもさらに頼もしくなったのは確かだ。
朝から楽しそうに料理している友人達を眺めたあと、湯気を立てている、しじみ汁に口を付ける。ダシの効いた深い味わいが心身によく沁みて、ほっと吐息が漏れた。
12月19日。攻略開始してから9日目。
順調に前に進んでいる実感はあるが、俺が今回リュカ達に同行している1番の目的は、中年男に会うことである。しかしいまだ遭遇しないので、内心焦りを感じていた。
いやきっと会えるはずだ。リュカ達は10月、11月とシナリオ通りに、眼鏡やソフィーと遭遇しているから。
ただしイレギュラーな俺がいるせいで、アカシックレコードから逸れてしまっている可能性も、否めない。もし奴に会えなかったら、闇組織の者達を助けるのは難しい。
「ザガン、どうしたの?」
俯いていたからか、リュカが心配そうに顔を覗き込んできた。なんでもないと答えたとしても、俺の目を見るだけで心情を察するような彼からすれば、嘘をついていることは明白。だがゲームのシナリオ通りに中年男と遭遇するか不安だ、などと頭のおかしいことを言えるはずもなかった。
もちろん、魔導バリアを改良したのは、闇組織の者達を守る為だ。けれど元々は王都を少しでも守れるようにと考えての改良だったし、リュカにもそう説明していた。目的を変更したのは、11月にシンディの話を聞いてからである。
返答に困ってリュカをじっと見つめていると、リュカも困ったように眉を下げたあと、柔らかく微笑んだ。
「大丈夫だよ。ザガンの憂いは、きっともうすぐ晴れるから。だから心配しないで。ね?」
繋いでいる手を持ち上げられ、甲に唇を寄せられる。返答しない俺に対して追及すること無く、よくわからないだろうに慰めの言葉さえもくれるのだから、感謝するばかりだ。
それに、言霊をくれたおかげだろうか? なんとその1時間後、目的である中年男と遭遇した。まるで大聖堂のような、美しく厳かな空間で、バッタリと。
広大なダンジョン内、他の攻略者と遭遇するなんて、滅多に無いことである。しかも第12ダンジョンともくれば、攻略者自体がほとんどいない。それでも遭遇するのだから、アカシックレコードの強制力はすごい。
中年男はシナリオ通り7人の仲間を連れており、全員が目を見開いたり固まったりしていた。こちらは闇組織に遭遇するのが3回目だからか、ミランダが皆を庇うように、斧を軽く構えた程度である。
さて、シナリオでは男から散々嫌味を言われたあと、戦闘になる場面だが……現実はそうならないらしい。どんな心境の変化があったか知らないが、奴から他者を見下している雰囲気が感じられなくなっていた。嫌味も言ってこない。
ゲームならば、第10ダンジョンから第12ダンジョンまでの、中ボスである闇組織。だが第10ダンジョンでは残念眼鏡がシンディに告白をしただけで終わり、第11ダンジョンではミランダとソフィーが冷静に会話した。
ちなみに眼鏡との戦闘は、奴がシンディに惚れている時点で、他属性だからという理由ではなくなる。ただしそれはシンディルートのみのことで、代わりに恋敵として主人公に敵意剥き出しなので、結局戦闘になるのだ。現実ではリュカが俺に惚れていて恋敵にならなかったので、平和に終わった。
ソフィー戦については、ミランダが冷静だったからだろう。もしかしたらソフィーにも何か変化があったかもしれないが、俺にはわからない。
そして今。男は顔を歪めて、俺を見ていた。どうしようもないほどの、遣る瀬無さを湛えて。だから俺は、リュカと繋いでいた手を離し、ミランダの前に出る。
咄嗟に武器を構えてくる、周囲7人。全員見覚えがあるのは、初めて闇組織と接触した第6ダンジョン前で、フードを脱いだ者達だからだ。
近付いていくだけ、警戒心を強めてくる彼ら。それでも奴は、ただただ俺を見ていた。
俺も奴から決して視線を外さないまま、声の届くだろう距離で、歩みを止める。
「……久しいな。さっそくだが、俺とサシで話をしよう」
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