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37話

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 ゆさゆさ、身体を揺すられている感覚がする。次第に意識が浮上していくと、声も聞こえてきた。

「……ザガン、起きて。お願い、目を開けて」

 リュカの声だ。なんだか切羽詰まったように聞こえてくるが、どうしたのだろう。もう昼を越えてしまっているのか?
 まだ少し眠かったものの瞼を開けると、リュカが顔を覗き込んできていた。目が合うと、ホッとした様子で息を吐く。

「良かった、目を開けてくれて」
「リュカ……? おはよう」
「うん、おはよう。でもまだちょっと早い時間だよ。ごめんね起こしちゃって。また目を覚まさなくなるかもしれないと考えたら、怖くなってしまって」

 抱き付いてくるリュカの頭を撫でつつ、時計を確認。朝6時か。確かに少し早いが、この時間でも問題は無い。

「気にするな。これまでずっと眠っていたんだ、少しくらい早く起きて動いた方が良い。それよりリュカは、ちゃんと眠ったか?」
「……うん、寝たよ。大丈夫」

 本当だろうか。少し疲れているように見えるし、魔力からも乱れを感じる。無理しているのではないか?

 しかしそれを指摘するのは、止めておいた。今日は9日。ダンジョンに潜るのは明後日からだ。まだのんびり過ごせるので、あまりにも眠そうだったり具合が悪そうな時に、休ませれば良い。

 しばらく身体を擦り寄せ合い、時折キスしつつゆっくりしたあと、朝の準備をした。今日はパジャマではなく、ちゃんと服を着る。
 ただし私服は4着しか持っておらず、リュカに選ばせたところ、以前デートで着た猫耳パーカーになった。まぁどれも黒フードで似たり寄ったりなので、少しでも特別なものを選ぼうとすれば、猫耳パーカーしかない。

「もう少し、私服を買っておいた方が良いだろうか。だが今だけと思うと、必要無い気もする」
「これからたくさん、俺と街中デートするんだよ。俺の為に、オシャレしてくれると嬉しいな」
「そうか。……その、俺達はきちんと恋人同士になったのだから、たくさんデートするのか」

 防具にも、格好良い衣装はいくらでもある。だがきちんとしたデートなら、私服が無難だ。防具を身に付けていると危険視され、入れない店舗があるから。……王子であるリュカと一緒だと大抵は入れてしまうが、気にしてはいけない。

 それよりも、恋人同士という自分のセリフに少々恥ずかしくなり、俯いてしまう。すると火照った頬にキスされた。チラリと見上げれば、リュカはふふっと嬉しそうに笑う。

「今日は服を買いに行こうか。ゆっくり歩けば、リハビリにもなるし。あと午後になったら、冒険者ギルドでGランク依頼を探して、良いものがあれば受けよう」

 頷いた。久しぶりの、動物との触れ合い。とても楽しみだ。





 すでに起きていたベネットに、昼は外食したいと告げたところ、弁当を用意してくれることになった。今の時期は紅葉が綺麗なので、広場で食べたらどうかと。俺はまだ消化に悪いものは避けた方が良いので、適当な店に入るわけにもいかない。なので彼女の提案を、ありがたく受け入れた。

 リュカが料理の手伝いをし、俺はその様子を座って眺める。俺も手伝おうとしたが、病み上がりで無理しちゃ駄目と、止められてしまった。
 そのうちノエル達もリビングにやってきて、賑やかになる。

 朝食を皆で食べて、少し休憩したら、出掛ける準備をした。リュカがベネットから弁当を受け取りバッグにしまっている間に、俺は前髪が見えないようにヘアピンで上げて、猫耳パーカーを被る。そしたら。

「可愛いです兄様!」

 とノエルが声を弾ませて言ってくるから、戸惑ってしまった。
 まさか妹から可愛いなんて言われると思っていなくて驚いたし、いや、その……まぁ……。…………。

「ノエル? ザガンがすごく落ち込んでるんだけど。俯いてフードで目元まで隠してるなんて、相当ヘコんでる証拠だよ。何を言ったの?」
「す、すみません。普段はとても格好良いのです! ただ猫耳フードも似合っていて、すごく可愛いなぁと思いまして」
「うんうん、ギャップがあって可愛いよね。でも女性から可愛いと言われるだけでも複雑なのに、さらに妹からなんて、兄として落ち込むのは当然だから、止めてあげて」
「あ……本当にごめんなさい、兄様」
「あとザガンに可愛いと言って良いのは、俺だけだから」
「そうですよね! 以後気を付けます!」

 何故そこで力強く返事をするのだろう。そして何故キラキラした目で、俺達を見てくるんだ。
 昨夜告白したせいか、どうにも照れてしまい、顔が赤くなってしまう。そしたらリュカに優しく抱き締められ、フードの上から頭を撫でられた。





「……いってきます」
「いってらっしゃい。気を付けてくださいね」
「いってらっしゃーい。楽しんできてねー」

 皆に見送られて、リュカと一緒に大きな貸家を出る。
 こんなふうに出掛ける挨拶をし、挨拶を返される日が来るとは思わなかった。彼女達と、またこうしてゆっくり過ごせるようになったことも。とても嬉しくて、自然と笑みが浮かぶ。

 ニナが入手していた第10都市の地図を片手に、まずは裏通りの商店街を目指した。
 大通りに民衆向けデパートもあるが、もし混雑していてフードが脱げてしまったら困るので、候補からは除外している。転生してからそのような場所には一度も入ったことが無いので、いつか行ってみたい気持ちはあるけれど、もうしばらくは保留だ。

 リュカと手を繋いで、のんびり歩く道すがら。街路樹の紅葉を見るだけでも季節を感じられ、心が浮き立った。赤や黄色の葉がとても綺麗で、目を奪われずにはいられない。
 そうして木々を見上げていると、リュカが不安そうに声を掛けてきた。

「ザガン大丈夫? 具合悪いところはない?」
「平気だ。問題は無い」
「なら良かった。疲れたらすぐに教えてね。久しぶりに歩くんだから、無理しないで。ザガンはすぐ無理しちゃうから、心配だよ」

 心配しすぎな気もするが、無理して死にそうになってしまったばかりなので、素直に頷いておく。リュカが安心出来るよう、時々は休憩したいと提案しよう。

 辿り着いたメンズ服専門店では、ほとんどリュカに決めてもらい、上着やシャツ、ズボンなど、だいたい10着ずつ買った。ついでに下着もいくつか。

 そのあと靴屋にも寄って、歩きやすい軽めの靴を2足購入。普段は足を攻撃されても怪我しないよう、魔物素材で作られた丈夫なブーツを履いているので、こんな靴は新鮮だ。

 履き替えてから、紅葉スポットの広場に向かう。

「すごく、綺麗だな」

 リュカに手を引かれながら、広場までの長い並木道を歩いた。木々の間に差し込んでくる陽の光と、木々が纏っている魔力が相まって、キラキラと幻想的な輝きを放っている空間。ファンタジーらしく魅力的な光景で、とても心が踊る。

「エトワール……リュヌ大森林は、秋でも紅葉にならないんだっけ」
「ああ。たぶん女神リュヌの力が作用している。大森林内での季節の移り変わりは、ほとんど無いから」

 あちこちで魔瘴が発生し、多くのモンスターが生まれる大森林。モンスターの為の領土ゆえ、彼らにとって過ごしやすい環境にされているのだろう。
 それに伐採したり開拓出来無いよう、大森林全体になんらかの魔法が施されているのだと思う。俺でも大森林の木々はなかなか切れないほど、強固であるから。木々そのものに内包されている魔力が高いというのも、あるかもしれないが。

 広場に着いて、空いているベンチに座ってリュカとしばらく話したあと、ベネットが用意してくれた弁当を広げた。
 俺の為に用意してくれたのは、ミルクリゾットである。出来上がってすぐマジックバッグに入れられたので湯気が立っているし、スプーンで掬ったらトロリとしていた。俺が肉好きだと知ったからか、小さく切られて煮込まれた肉も入っていて、柔らかくて美味かった。わざわざ消化に良いものを作ってくれて、感謝する。

 ちなみにリュカは、ステーキ丼だった。とても美味そうだったのでじっと見ていたら、苦笑される。

「まだ、駄目だよ?」
「……わかっている」

 う、羨ましいなんて思っていないからな。…………くっ。早くちゃんと、食べられるようになりたい。

 昼食を終えたあとは、予定通り冒険者ギルドに行った。Gランク掲示板を見たら、犬3匹の世話というものを発見する。紅葉時期で忙しく愛犬達の世話まで手が回らない、しかし換毛期なので、ブラッシング+シャンプーをしてほしいと。

 すぐに依頼を受けて、ギルドから依頼主のところへ向かった。場所は、先程昼食を取った広場近くの雑貨屋。味わいある工芸も多く取り揃えている為、紅葉ついでに土産を買う観光客が多く来るようだ。

 犬達のブラッシングは、とても癒された。店番もする犬達だからか、人慣れしており、気持ち良さそうに身を任せてくる様子は可愛い。あと時々リュカがキスしてきたが、誰も見ていない時ばかり狙っていたので、好きにさせておいた。その……嫌ではないしな。







 翌朝。自然と目が覚めたが、すでにリュカは起きていて、俺を抱き締めて背中を撫でていた。腕の中から見上げると、ホッとした様子で笑みを浮かべる。

「ザガン、起きたんだね。良かった……。今日も良い天気だよ。おはようザガン」

 いつものように優しいキスをくれたけれど、顔色が悪い。もしかして今日も、あまり寝ていないのか?

 昨夜は一度だけ身体を繋げ、そのあとはきちんとパジャマを着直して、早めに眠ったんだが。俺が何日も起きなかったことが、トラウマになってしまっているのかもしれない。

 こういう場合、どうすれば良いのだろう。俺がいくら大丈夫だと告げたところで、きっと心は簡単に納得しない。時間が解決してくれるのを、待つしかないのだろうか。

「……ザガン、どうしたの?」
「いや、なんでもない。おはようリュカ」

 心配だが、このような状況下で俺に出来ることは、限られている。友に頼ることだけだ。





「おはようカミラ。少し相談したいから、時間をくれ」
「おはよう。朝からなんじゃ?」

 カミラがリビングに来てすぐ、声をかけた。そのまま彼女に近寄ろうとしたら、リュカに腕を引かれて止められてしまう。振り返れば、リュカは睨むように見つめてきた。

「なんで俺から離れるの。俺に聞かれたくないこと? そもそも、俺には相談してくれないの?」

 普段であれば、俺が女性陣と話そうとしても、笑顔で見ているはずだ。仲間として、彼女達を信頼しているから。しかし今は、だいぶ余裕が無くなっている。絶対に睡眠不足のせいだ。

「いや、聞きたければ構わない。カミラ、こちらに来てくれ」
「わかった。それで、どうしたのだ?」
「リュカがあまり眠れていないようなので、睡眠薬か何かを処方してもらえないだろうか」
「……ザガン。そっか、俺の為なんだね」

 呟きが聞こえたかと思えば、背中からぎゅっと抱き締められた。腹に回ってきたリュカの手に、カミラが触れる。

「確かに魔力が乱れておる。よくよく見れば、顔色もあまり良くないな。ザガンが目を覚ましたというのに。もしや、昨日もそうだったのか?」
「ああ。2日連続だし、明日からお前達は、ダンジョン攻略に行くだろう? だから少しでも、リュカの体調を整えられる薬が欲しい」

 要望を告げると、さらに抱き締められ、頭に頬を擦り寄せられた。

「心配してくれてありがとう、ザガン。でも大丈夫だよ。俺はザガンと一緒に、ここに残る予定だから」
「そうなのか? いや、そうだな。俺が眠っていたなら、看護しなければならなかったのか。だがもう起きたから、1人で平気だ」
「なっ……駄目だよ! ザガンに何かあったらどうするの? いきなり魔力が抜けて倒れたら!? 屋敷内に暴漢が入ってきても、対処出来無いじゃないか!」
「魔素細胞は回復してきているとカミラからお墨付きを貰っているし、この屋敷のセキュリティがガバガバでない限り、侵入者は現れない。心配ならば、魔導バリアが正常に作動しているか、あとできちんと確認しよう」
「……でもっ!」
「そこの3人。朝食とっくに出来てるから、座りな」

 ミランダの声で、リュカがグッと言葉を飲み込んだ。気付けば全員、こちらを窺ってきている。ノエルはハラハラしているし、ニナは眉を寄せて首を傾げていた。ベネットは泣きそうになっていて、シンディは頬に手を宛て、心配そうに見守っている。

 全員にリュカの不調は伝わった。なのであとは、彼女達の判断に任せるしかない。明日からダンジョンに潜る彼女達にとって、リーダーであるリュカが必要かどうか。それは仲間でない俺には、わからないことだから。





 とにかく朝飯を食べたが、少しばかり空気が重かった。リュカが落ち込んでいるせいだ。いつもなら食後は皆の予定を聞いてくるのに、それも無い。食べ終えてすぐに俺の腰に腕を回して、離れたくないという意思表示はしてきているが。

「ちょっと良いかしら? 前にザガン君がくれた本を読んで、女神リュヌのことや邪神について、それなりに判明したから伝えておくわね」

 リュカの代わりに、シンディが真面目な様子で話しかけてきた。そうか、ある程度は判明したのか。

 彼女はメモ帳を出してパラパラ捲ったあと、くいっと丸眼鏡を動かす。

「まず最初に、前提として。ソレイユ王国では、魔瘴から生まれる強き者を、邪神と呼んでいる。でもテール王国やその周辺では、そんな呼び方しないわ。魔清から生まれた存在も、魔瘴から生まれた存在も、神あるいは女神と呼んでいる」

 ……いきなりブッ込んできたな?

「えっ、え? じゃあ他の国には、邪神っていう言葉が無いってこと?」
「そうよ、ニナちゃん。この前リュカ君から聞いたのだけど、テール王国では、スピリットもモンスターも、等しく討伐するのよね? 人間にとって害がある場合」
「ああ。逆に害が無ければ、モンスターでも討伐しない」

 シンディが真正面にいる俺を見てきたので、頷く。
 魔清から生まれたスピリットが良い存在、魔瘴から生まれたモンスターが悪い存在とは限らない。

「強き者にも、それは当て嵌まるわ。むしろ彼らは何億年と生き続けていて、叡智に溢れている。そして自分の縄張りに生まれる魔物や生物を、慈しみ見守っている。私達みたいな弱い存在を、わざわざ滅ぼそうとはしない。魔清から生まれた神様でも、魔瘴から生まれた神様でも、それは変わらない」
「ちょいと待ちな。ソレイユ王国に封印されている邪神は、人間を滅ぼそうとしているじゃないか。なら他国での呼び方はなんにせよ、ソレイユ王国にとっては、悪い神様で違いないんじゃないのかい? 他の魔瘴から生まれている神様は、ともかくさ」
「そうねぇ。でもそれは、あくまでも人間視点なのよ。ええと、どう説明すれば納得してくれるかしら?」

 困った顔で、また俺を見てきた。俺に助けを求めてこられても困るぞ。ただまぁ、ミランダは冒険者だ。

「モンスターに殺されてしまう冒険者達が時々いるが、それでモンスターが悪いとなるか? ならないだろう。弱肉強食、弱かったそいつらが悪いんだ。それは相手が神であっても、同じこと」
「ああ……なるほどね」
「そうなの。もし人間を滅ぼそうとする神様がいても、本来なら神様が悪いのではなく、排除すべきと判断されてしまった、弱い人間側が悪いわ」

 たとえば俺達にとって虫は、近くを飛んでいれば、鬱陶しいと思って殺してしまうことがある。そんな俺達に対して、虫が人間を悪だと考えたところで、俺達は気に留めない。歯向かってくるなら、やはり殺すだけ。

 もし人間を殺している神がいても、俺達にとっての、虫ほどにしか考えられていないだろう。あるいは人間を滅ぼそうとするほど、人間達が神を怒らせてしまったか。
 どちらにしろ百年程度しか生きられない脆弱な人間達が、何億年も生きられる神を邪悪と判断するなど、あまりにもおこがましい。

 だというのにソレイユ王国は、王国に封印している存在を、邪神と呼んでいる。

「ふむ。わざわざ言葉を変えてまで神を貶めるとは、かつてのソレイユ王国は、何がしたかったのだろうな?」
「残念だけど、それはテール王国の書物ではわからなかったわ」
「でも、そもそも邪神は、俺……ええと、先生が封印出来た程度の強さだよ。人間と実力が均衡していて、今までに何度も封印されているなら、邪神と呼ばれても仕方無いんじゃないかな?」

 そのリュカの言葉に、ハッとする。
 そうだ、どうして今まで思い至らなかった? 俺は神と呼ばれる存在が、どれほど強いか知っている。人間と均衡するような……ゲームで主人公達が倒せるような、弱い相手ではないのに。

「リュカ。俺が出会った女神テールは、俺を一瞬で消せるほどの強さだったんだ。それに彼女が本気を出せば、ソレイユ王国を滅ぼすのに、1日も必要としないだろう。それほどの力を持っている存在を、人間達は神と呼んでいる」

 神とは大地や海を、破壊あるいは再生出来る存在である。逆に天地創造が出来無いような存在は、神とは呼ばないのだ。

「だからソレイユ王国に封印されている邪神は、実は神ではなくモンスターランクSS以上の何かか、あるいは……人間を滅ぼそうとしているわけではない可能性がある。そうだろう、シンディ」

 問いかけてみると、彼女は真剣な面持ちで頷いた。パタンとメモ帳を閉じ、眼鏡をクイッと上げる。

「じゃあ改めて、女神リュヌについて説明するわね。まず彼女は、闇属性+聖属性という2属性持ちの女神様なの。だから月の女神と呼ばれるようになった。それと魔瘴から生まれているとも判明した」
「……つまり、月の女神=邪神なのか」
「そして神ソレイユと、恋仲だった」

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