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35話

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 昼飯は食べ終えていたので、ベネットをリビングに移動させ、シンディやニナ、ミランダで慰める。カミラは食器洗いの為にキッチンに立っているが、ノエルは紅茶を入れると、こちらにやってきた。

 俺はラグに座るリュカに寄りかかり、背中から抱かれた状態で、彼女達の様子を眺めた。時折リュカの頬を頭に感じつつ、ノエルから渡された紅茶を飲む。彼女が入れてくれたというだけで美味い。

「うう……ザガンさん、すみません。こんなに、泣いてしまって」

 ベネットはシンディに背中をさすられながら、ぐずぐず鼻を鳴らす。ようやく話せるくらいに回復したようだが、目は真っ赤だし、何度も鼻をかんだからか、鼻も赤くなっていた。

「涙を流すことが、悪いとは思わない。ただ、俺のことでやたら泣いているようだから、気になりはする」
「ご、ごめんなさい。その……ザガンさんの境遇を考えると、どうしても、涙が出てしまって。僕は闇属性ではないし、家族仲も良好でした。だからずっと独りで食事されていたとか、お母様の顔さえ知らないまま20年以上も生きてきたことを思うと、すごく切なくて、苦しくなってしまうんです」

 そういえばベネットは、15歳の時に病気で母親を亡くしているのか。そのせいで父親が飲んだくれるようになり、借金して売られそうになった。母親さえ生きていれば、家庭が壊れることはなかった。だからより、母親というものへの想いが強いのかもしれない。もちろん、本人の性格もあるだろうが。

「それにお母様似のザガンさんと、お父様似のノエルさんが、並んで食事をしているだけで……か、感動で、涙が……ううっ」

 またもや泣き出してしまった彼女を、すぐにシンディが撫でる。ミランダやニナは、少々呆れ気味で苦笑した。正直、シンディがいなかったら大変そうだ。そもそも俺がいなければ、こんなに泣かないのかもしれないけれども。

 ところで今しがたの言葉で、思い出したことがある。以前ミランダに言われてフードを脱いだ時も、ベネットは涙ぐんでいたと。

「もしかしてこの写真、全員見ているのか?」
「見てるよー。あれは確か、お兄さんが私達と初めて食卓囲んだ日の、夜だったっけ?」
「はい。私が写真を眺めながら、兄様……ザガン殿について考えていたら、何を見ているのかと聞かれました」
「その時に、ノエルちゃんから教えてもらったのよねぇ。ザガン君はお母様似だって」
「そうそう。でもずっとフード被ってて、目元がわかりにくかったじゃん? だからミランダが、お兄さんにフードを脱ぐように頼んだんだよね」
「だって気になっちまうだろう?」
「そして可愛い妹分のお兄さんだと確信したミランダは、闇属性だからと嫌っていた自分に、自己嫌悪してヘコんでしまったのでした。チャンチャン」
「こらニナ! バラすんじゃないよ!」
「えっへへ、ごめんー。でも浴衣に着替えてる時、珍しくベネットに慰められてたなぁって思って」
「ふ、ふふ……そうでしたね。そんなこともありました。あの時のミランダさん、とても可愛かったです」

 ベネットが笑顔を零した。その代わりミランダが顔を赤くし、微妙な表情になっている。文句を言いたいけれど、言えないような様子だ。気持ちはわかる。

「……はぁ。まぁ良いさ。ザガンよりも先に、母親の顔を知っちまったんだ。これでフェアだろう」
「さすがミランダ、漢らしい! いた、いたたたたっ」

 ミランダは間髪入れず、グリグリとニナのこめかみを攻撃する。とても仲が良いし、楽しそうだ。
 彼女達がワイワイ騒ぎ始めたからか、ベネットは笑顔になっている。感受性豊かで、周囲の影響を受けやすい。よって場を明るくさせれば、おのずと涙も止まる、か。
 彼女達の朗らかさは、尊敬に値する。俺には絶対に無理だ。

 そのまま女性陣は遊ぶ流れになり、トランプやらボードゲームやらジェンガやらと、いろいろ出し始めた。どうやらトランプにしたようで、俺から少し離れた場所に移動して、さっそくカードを配っている。

「盛り上がっておるようだな」

 ようやく食器を洗い終えたカミラが、こちらにやってきた。彼女はあちらの輪に入らず、リュカに抱えられている俺の前に座る。

「2人は遊ばないのかと思ったら、リュカが船を漕いでおるのか」
「ああ、いつの間にか眠っていた」

 頭に頬が押し付けられているままだし、すぅすぅ寝息も聞こえてくる。俺の看護で疲れていたのだろう。いっそ横にさせた方が良いような気がするが、動こうとしたら起きてしまいそうなので、大人しくしておく。

 カミラは俺の右手を取ると、目を瞑った。なんとなく全身を探られているような感覚がする。

「ふむ。少しずつだが、魔素細胞が正常に戻ってきておるな。まだ時間は掛かるが、このまま魔法を使わずに生活しておれば、いずれ元の魔力量まで回復するじゃろう」
「そうか。カミラには世話になった。リュカから聞いたが、俺が倒れた直後にテントを出して、媚薬も渡してくれたんだろう? 冷静な判断に感謝する」
「その方法でしか、救えんと思ったからな。お主はよくリュカの魔力を胎内に溜めて、自分の魔力へと変換しておるだろう。結果、リュカの魔力を吸収しやすくなっていたんじゃ」
「よく馴染んでいたということか」
「うむ。お主ほど相手の魔力が馴染んでおる奴は、初めて見るよ。相性が良いのもあるだろうが、お主はリュカの魔力をたくさん胎内に入れたまま、生活しておったからな。よほどリュカを愛しておるのだなぁと、常々思っておった」
「そ、れは……」

 言われてみれば確かに、胎内に出された精液を、掻き出したことは一度も無い。中からリュカの魔力を感じるのも、全身が包まれるのも、とても心地良いし幸せを感じるから。

「リュカがザガンを愛し、ザガンがリュカを愛す。そうやって奇跡を起こしたわけだな。いやはや、愛とは偉大じゃ」
「……とてつもなく恥ずかしいのだが?」
「そうであろうな。あえて羞恥を煽っておるし。こちとら心臓が痛くなるほど心配したのだから、少しくらい弄られるのは我慢せよ。泣かれるよりはマシじゃろう?」

 ニヤニヤ笑うカミラに、眉が寄ってしまう。顔が赤くなるのを止めたいが、今もまだリュカの精液が胎内に残っているせいで、どうしても意識してしまう。しかもそこを守るようにリュカの手が覆っている為、かなり居た堪れない。

 反応出来ずに無言でいたら、カミラはふと真面目な顔付きになった。

「この世には、いろんな不治の病があってな。魔素を含んだ細胞がどんどん死滅していく病気もある。どれだけMPポーションを飲んでも、魔力が抜けてしまうのじゃ。だから正直、お主も駄目かと思うた。肉体はどうにか回復しても、まったく目を覚まさんしのう」

 無茶しすぎて魂が消えかかっていたとは、言えないな。そうなったら、転生さえ出来無くなりそうだ。

「わらわは医療系錬金術師じゃ。人の死には多く直面しておるし、意識不明のまま何年も眠り、そのまま衰弱死する者達も見てきておる。だからある程度は、慣れているつもりだった。それでも、友が同じ状況になってしまうのは、心臓に悪いものだ」
「…………友」
「もう二度と、今回のようにはなってくれるなよ」

 じっと見つめてくる、強い双眸。
 ――友。俺とカミラは友人なのか。いつの間にか、俺に友人が出来ていたらしい。そうか。
 大きく頷くと、彼女は表情を和らげ、フッと笑みを浮かべた。

「つまらん説教は、これくらいにしておこう。リュカよ、そろそろ起きてくれ。渡したいものがあるのだ」

 カミラは立ち上がると、リュカの肩を揺らした。するとリュカは、小さく唸る。

「ん……あれ? ……ああ、寝ちゃってたんだ。ごめんねザガン。動けなくて大変だったよね」
「大丈夫だ。おはようリュカ」
「ふふ。おはよう、ザガン」

 ちゅっと頬にキスされた。ちゅ、と唇にも。受け入れると、リュカは嬉しそうに頬を寄せてくる。

「それでカミラ。渡したいものって?」
「ザガンの杖と、回収しておいた魔導バリアじゃ。ようやく余裕が出来たのだ、忘れぬうちに渡しておこう」

 カミラがマジックバッグから出したのは、彼女達が作ってくれた魔法杖だった。しかも先端の魔石が大きくなっている。見ているだけで、内包されている魔力が強いとわかる代物。前に言っていたように、ドラゴンの魔石に換えてくれたらしい。

「まだザガンに持たせてはいかんぞ。魔素細胞が正常に戻っていないまま装備で魔力を上げた場合、どうなってしまうかわからんからな」
「もちろんだよ。ザガン、しばらくは俺が預かってるからね。他の装備も全部俺が持ってるから、あとで返すけど、完治するまで装備しちゃ駄目だよ」
「わかった」

 防具もしばらく着れないとなると、私服で過ごさねばならない。どれくらい持っていただろうか。

 それと魔導具もリュカが受け取ってくれた。第9都市を守った魔導バリア。回収してくれていたことに感謝するばかりだ。本当、彼女達にはだいぶ世話になってしまっている。
 俺は現在パジャマ姿であり、マジックバッグも持ってきていないので、部屋に戻ってから入れ換えることに。

「さて。せっかくの機会だから、ザガンもあやつらと遊ぶと良い」
「そうだね。前回は忙しかったけど、今回はゆっくり療養するんだもの。みんなと一緒に遊ぼう。きっと楽しいよ」

 というわけで、俺達もあちらの輪に混ぜてもらうことになった。ノエルがとても嬉しそうに、俺を横に誘ってくる。
 リュカは俺を抱いたまま、ほとんど見ているだけだった。時々俺の代わりにサイコロを振ったり、カードを抜いたりしたくらいである。なのでリュカと対戦することは一度も無かったが、どれもこれも遊ぶのはとても久しぶりで、とても楽しかった。

 こうしてまたリュカ達と同じ空間で、しかもこんなにゆったり過ごせる日が来るとは、想像していなかった。俺が黒髪を晒していても、彼女達は受け入れている。それどころか、いつの間にか友人まで出来ていた。喜ばしいことだ。

 だが俺とノエルが兄妹であることは、他言無用とお願いしておいた。シエル・ブレイディはすでに死亡しているので、生きていることが貴族社会に広がったら、面倒な事態になってしまう。
 それについては全員了承してくれた。俺が死線を彷徨ったのは、そもそも貴族のせいだからと。両腕を切断された女みたいな人種がそれなりにいるのが、貴族社会であるからと。

 ところで人生ゲームをプレイした際、子供が出来るたびにリュカが下腹部を撫でてくるし、最終的に4人子供がいる状態でクリアしたら、俺達も4人くらい欲しいねと周囲に聞こえないように囁いてきたが……俺は男なので、子供は産めないぞ?





 リビングで皆と遊び、夕飯を食べてから部屋に戻った。
 夜。リュカと一緒に風呂に入り、身体を洗ってもらう。俺は意識が無かったが、昨日も一昨日も風呂には入ったらしい。触手があるので支えるのは楽だと。

 大事を取って早めに上がり、大きなベッドに横になる。リュカに支えられて遊んでいたのに、身体はだいぶ疲れていた。横になったままぐぐぅと伸びをすると、リュカが小さく笑う。

「可愛いザガン。猫みたい」

 顔を覗き込まれ、乾かされたばかりの髪を梳かれた。大人しく受け入れると、露になった額に、唇を寄せられる。触れてくる柔らかな感触に、胸がほわっとあたたかくなる。

「ふふ。ザガンが目を開けて、俺を見てくれている。すごく嬉しいなぁ」
「……俺も、リュカと共に過ごせることが、嬉しい」

 言葉を返すと、リュカは幸せそうに微笑んだ。抱き締められ、すりすり頬を寄せてくる。リュカの温もりに包まれると、気持ち良くてふわふわしてくる。

 死を乗り越えられて……この温もりを手放さずに済んで、本当に良かった。危険な状態まで陥ったが、それでも現在、心を蝕んでいた重圧は無くなっている。これからの未来を、きちんと考えられる。

 とりあえず、ダンジョンに潜る必要性は無くなった。今後は全て、リュカ達が攻略するから。
 それにしばらくは戦えず、いつ戦闘可能なくらいに回復するかもわからない。このような状態でリュカと共にいるのは、確実にお荷物である。

 だが、それでも傍にいて良いらしい。リュカの傍に。リュカが、そう言ったから。

「ん……」

 後ろから抱き締められると、パジャマの中に手を入れられ、下腹部を撫でられた。朝から入っていたリュカの魔力は消えているが、少しずつ自己回復してきているので、身体は温かいまま。よって胎内に魔力を入れる必要は、もう無い。

 でも俺を抱きたいのか、尻にペニスが当たっていた。きゅっと疼いてしまうし、リュカがちゃんと勃起していることにも安心する。

 死にそうになっている俺を、媚薬を飲んで無理矢理勃たせて抱き続けたとか。どれだけ胎内に射精しても、まったく目を覚まさないとか。下手すれば心的外傷後ストレス障害になり、勃起しなくなりそうな出来事なので、心配だった。

「ねぇザガン。お腹、寂しくない?」
「……寂しい」
「! そっか。じゃあいっぱい入れてあげるね」

 気遣わしげな、遠回しなセックスの誘いを受けると、とてつもなく嬉しそうな声が返ってきた。

 後ろを振り向いたらリュカの顔が近付いてきたので、反射的に瞼を閉じれば、唇が触れてくる。柔らかく、しっとりした感触。ちゅっと軽く吸われてから離れたあとは、瞼や眦、頬にもキスされる。ちゅ、ちゅ、といくつも降ってくる、優しい口付け。

「……ザガン、ザガン」

 名前を呼ばれる。何度も何度も、確かめるように。甘い声から、愛おしいと伝わってくる。

 鼻先がくっつき、再び唇にキスされた。促すように舐められたので、口を開ければ、舌先が触れ合う。艶めかしい感触に、ふるりと肩が震えた。何度も舐められ、絡め取られて、痺れるような快感が舌から全身へと広がっていく。

「ん……んん、ふ……ぁ、む……んむ」
「ん、ふ……んん」

 嬲られるたび、くちくちと唾液の混ざる音が鳴った。溜まっていくので飲んだら、触れ合ったまま、ふふっと小さく笑われる。とにかく気持ち良くて、ヒクヒクしてしまう。リュカとのキス、とても気持ち良い。

 下唇を柔くはまれて、ちゅっと音を立てて離れた。いつの間にか顎に伝っていた唾液を舐められたあと、間近から目を覗かれる。

「ザガン、好きだよ。大好き」
「ん、俺も好きだ」
「……………………えっ?」

 やたら間が空いたと思えば、リュカは驚きの声を上げた。なんだ? 首を傾げつつ見返してみると、彼は頬をほんのりと赤らめている。

「あの……今ザガンが、俺を好きって。初めて、返してくれた、んだけど」

 …………、………………。

「ま、待って逃げないで。いくらでも恥ずかしがって良いから、ベッドから出ようとしちゃ駄目。まだ激しく動くのは、危ないから。ね?」

 反射的に這いずってベッドから出ようとしたが、すぐさま腰を引かれて抱き締められてしまい、逃げられなかった。

 うぐぐ、恥ずかしい。とてつもなく恥ずかしい。顔が沸騰しそうだ。耳が熱いし、心臓もドクドク鳴っている。羞恥のあまり涙まで出そうになり、鼻の奥が痛くなった。 

 どうしようもなくて丸くなり、布団で顔を隠していると、宥めるように下腹部を撫でられる。そこをリュカの掌で覆われると、なんだか安心して力が抜けてしまう。

「嬉しいよ、ザガン。すごく嬉しい。君が俺を好きなのは前からわかってたけど、言葉にしてもらえると、本当に嬉しい。ありがとうザガン」

 ……そうか。俺はいつの間にか、リュカに恋していたのか。

 言われてみれば、納得もする。妹であるノエルや、友人になっていたカミラ、ヒロイン達。妹への親愛、友への親愛。それらの感情と、リュカへの想いは、あまりにも違うから。

 ノエルは何があっても守りたいと思うが、ノエルから何かしてほしいと強く求めることは無い。健やかに生きてくれていれば充分だ。友人達とは、今日のようにタイミングが合った時に、楽しく過ごせれば良い。きっと多くを求めることは無いだろう。

 でもリュカには、ずっと一緒にいてほしいと思う。抱き締められるとホッとするし、幸せになる。たくさんキスをして、その……セックスもしたい。見つめられながら、大好きと言われると嬉しい。なるべくなら俺を優先してほしい。

 たくさんの感情や願望が湧いて、心がリュカで満たされていく。いっぱいになって、それでも溢れて、溢れて……そうして、ただひたすら、愛しくなる。

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