魔眼

藤原 秋

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情動

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「それ―――救護所勤務用の虫除けだったんじゃないんですか?」

 夜の海岸でフレイアとアデライーデが他愛もない話に盛り上がっていた頃、クラウスの左手の薬指に光る指輪を見てそう尋ねたオレに、彼はいつもと変わらない柔らかな物腰でこう答えた。

「ああ、アデラに聞いた? うん、そうなんだけど外すのが面倒くさくて、このままでもいいかなって」

 それが本心なのか、はたまたそうではないのか―――細いフレームの眼鏡の奥に隠された表情は、読み取ることが出来なかった。

「フレイアはそれ、知っているんですか?」
「どうだろう? アデラに聞いて知ってるかもね。気になるんなら、彼女に直接聞いてみたらいいんじゃないかな」

 それはクラウス本人からは、フレイアには何も伝えていないということか。

 食えない男だ―――そう感じた。

 穏やかなその表情の下で、いったい何を考えている? どういうつもりでその言葉を口にしているのか。

 クラウスの言う通りフレイアにその事実を確かめれば早い話なのだろうが、彼の言葉そのままに行動するのは癪に思えたし、自分の余裕のなさを表すようでためらわれた。

 こちらがそういった思考回路に陥ることすら計算に入れて、クラウスの口からあの発言が出たのではないかとさえ考えてしまう。そんな自身に自嘲を覚えた。

 フレイアに対して格好つけている余裕がないと言っておきながら、どうにか格好をつけようとあがいてしまうんだな、オレは。

 既に終わった彼女達の関係をみっともなく気にしていることを、悟られたくない。彼女の前では悠然と構えていたいんだ。

 結局、内心では気を揉みながらもフレイアにそれを尋ねることはせず、彼女に自重を促すに留めた。

 フレイアにしか恋をしたことがないオレには、分からないんだ。昔の恋人というのがどういうものなのか。

 オレが今、彼女に抱いているような情熱を、彼女はかつてクラウスに向けていたのだろうか。クラウスは、オレと同じような恋情を彼女に対し注いでいたのだろうか。

 彼女にしかその熱情を覚えたことがないオレには、今もその想いを滾らせている只中のオレには、分からない。この気持ちが冷める瞬間が訪れることなど、想像も出来ない。

 だから、危惧してしまうんだ。再び巡り合ったフレイアに対して、クラウスが何も感じずにいられるのか。凛とした輝きを纏うあの女性ひとに、心動かされずにいられるのか―――。

 堂々巡りに陥る思考に苛まれている間に、窓の外で夜の闇が白みを帯び始める。宿のベッドの上でぼんやりとそれを感じながら、オレは瞑目し、独り嘆息した。

 揺らぐな。

 あがくのなら、あがききろう。

 彼女が気持ちを伝えてくれるその時を、揺るがず、泰然と待ち切ってみせる。







 ミス・オーシャンブルーコンテストの開催当日、会場となるクンツの別荘の入口には早朝から出場を希望する人達が長い列をなしていた。

「うわぁ……スゴいね。予想以上だ」

 溜め息をもらしながら先頭を見やるわたしにクラウスが苦笑をこぼした。

「とりあえず参加してお祭り気分を楽しみたいという人も多いんだろうね。今日は参加者にプライベートビーチも開放されるらしいから、それ目当ての人もいるだろうし。何にしろ、ちょっとしたセレブ気分を味わえるなかなかない機会だからね」
「コンテスト自体は午後の開催なんですよね?」

 そう確認するドルクにクラウスはうん、と頷いた。

「そのはずだよ。参加者が多いから受付を早目に締め切って、本選までにある程度ふるいにかけるんじゃないかな」

 ふるいかぁ、そこでわたしは弾かれるんだろうなー。別にいいんだけどさ。

「何だかあたしが緊張してきちゃった……フレイアさん、頑張って下さいね!」

 握り拳を作り気合の入った顔を見せるアデライーデに、わたしは力なく笑った。

「いやいや、アデライーデ……そこはオマケみたいなモンだからさ……」

 そして行列に並んで待ち続けることしばらく。ようやくわたし達が受付をする番になった。

 会場の入口前にいくつか設けられた受付カウンターのひとつに招かれその前に進むと、係員の若い女性がわたし達を見上げ明るい声をかけてきた。

「本日はミスオーシャンブルーコンテストへようこそ! 参加ご希望で宜しいですか?」
「ああ、うん」

 ここへ入る為には仕方がないもんな。

「ありがとうございます、お連れ様はそちらの三名様ですか? はい、ではこちらへご記入をお願いします」

 差し出されたエントリーの受付用紙には名前と年齢、居住地や職業なんかの他に趣味や特技といった個人情報を書く欄があった。

 まあこんなの、バカ正直に書く必要もないよな。わたしを特定されても困るし。

 名前と年齢以外は適当に書いて受付の人に渡すと、78という数字の入った大きいバッジをひとつと、同じ数字の入ったそれより小さいのを三つ手渡された。

「大きいものは参加されるご本人様、それ以外は同行者の方用です。会場内では必ずこちらのバッジをよく見える位置にお着け下さい。着けていらっしゃらないと警備の者に退場させられてしまいますので、ご注意下さいね」

 へえ、そういうシステムなのか。

「武器及び危険物の持ち込みはご遠慮下さい。その他、当方が安全上問題があると判断したものにつきましてはお預かり、もしくは没収させていただきます」

 武器の持ち込みが禁じられているのは知っていたから、壊劫インフェルノ魂食いソウルイーターは事前に会場近くのとある場所にアデライーデに結界を張ってもらって、そこに置いてきていた。受付のところに臨時の手荷物預かり所が設置されていたけれど、何があるか分からないからね。

 それから大まかな説明を受けた後、イベントの詳細が書かれた案内を受け取り、ボディチェックと手荷物検査を経て、会場内へと足を踏み入れることを許された。

「思ったより厳しいセキュリティーだったな」
「後ろ暗い面からの裏打ちでなければ、こういうイベントでは類を見ないほどの安全管理と言えますね……」

 会場内には大勢の参加者に紛れて黒っぽい制服を着た男達が巡回していた。彼らは全員が帯剣している。

 これがクンツの警備員だな。

 厳しい安全管理は参加者に安心してイベントを楽しんでもらう為、と言えば聞こえはいいけれど、自身の保身の為とも取れるし、見方を変えれば、丸腰の参加者達はこの時点で自衛手段を放棄していることにもなる。

 安全管理が逆の意味に変わった場合、それは恐ろしい状況をもたらすことになるのだ。

 この会場で武器を持っているのはクンツの息のかかった人間だけ―――極端な言い方をすれば、会場中の人の命がクンツの手に握られていると言っても過言ではない状況になる。

 現実にそんなことが起こってもらっちゃ困るわけだけど―――……。

 敷地の奥に見えるクンツの別荘は白を基調にした豪邸だった。楽団の演奏による賑やかな楽曲が流れる中、色鮮やかな南国の植物が咲き誇る整備された庭園の遊歩道の両端にはたくさんの出店が軒を連ね、そのずっと先には白い砂浜と青い海が広がっていて、晴れ渡った空とのコントラストが美しかった。

 庭園の一角にある青い芝生が生い茂った広場にはドーム型の大きな天幕が設置されていて、その中へ参加者らしい妙齢の女性達が次々と消えていく。

「あ、わたしこっちみたいだ。じゃあみんな、後で」

 手を上げてドルク達と別れ、天幕の中へ入ると、そこはコンテスト参加者の更衣室兼控室になっているみたいだった。天井に設置されたキラキラ光る魔法のアイテムから冷気が流れ出ていて、内部は快適な温度になっている。

 おお、スゴい。さすが金持ちだな。

 感心しながら受付でもらった詳細に改めて目を通そうとした時だった。

「フレイアじゃない!」

 聞き覚えのある声がして振り向くと、赤みの強い金髪を肩の下辺りまで緩やかに流した、愛らしい天使のような容貌をした人物が目に入り、わたしは驚きの声を上げた。

「リルムじゃないか!」
?」

 わたしに名前を呼ばれた彼女は途端に整った眉をひそめ、不服そうな表情を見せた。

「あたしは、って呼んだんだけど?」

 そう言われて、以前彼女と別れる際に交わした会話を思い出す。

『今回はこれでお別れだけど、機会があったら今度また、一緒に戦おう』

 そう言って微笑んだわたしに、リルムは赤く染まった顔を向け、大きな緑色の瞳を照れくさそうに逸らしながらこう応えたのだった。

『……。その時はリルって呼んでもいいわよ……』

 ああ、そういえば―――考えてみたらリルムに「フレイア」と、ちゃんと名前で呼ばれるの、初めてだったかもしれない。前は基本「あんた」だったもんな……。

「ごめん。えーと……リル?」

 改めて愛称で呼ぶのってちょっと照れる。リルムは自分でそれを催促したくせに、わたしにそう呼ばれると真っ赤になって少し視線を逸らした。

「な、何よ」

 こういうの、彼女の仲間のアレクシスが見たら「たまらない」って悶えるんだろうなぁ。

「久し振り。いつこっちに来たんだ?」
「ほんの何日か前よ。泊まった宿屋にこのコンテストのポスターが貼ってあって……ビックリするような賞金につられて参加したってワケ。そっちは?」
「わたし達は十日くらい前かな……思わぬ成り行きでこのコンテストに参加することになって……」
「ふぅーん、ワケ有り?」

 リルムはそれに突っ込むことはせず、猫みたいな表情になると、わたしの顔を覗き込むようにした。

「ねぇ……ランヴォルグも来てるんでしょ?」
「それはまあ。そっちもアレクシスとベルンハルト、来てるんだろう?」
「来てるわよ、その辺で鉢合わせていたら面白いわね。ねぇ、どんな水着なの? 見せてよ」
「ん? これだけど」

 せがまれて水着を見せると、渋面になった彼女に激しいダメ出しをされてしまった。

「何なの、このやる気のない水着! 色気がまるでないじゃない! あんたねぇ、これでランヴォルグを悩殺出来ると思ってんの!? てか、これでコンテストに出る気!? こんなんで優勝出来ると思ってんの!? なめ過ぎよ!」

 ちょっ……声、声がデカいって! それと相変わらず失礼だな!

「さっきも言っただろ、成り行きで出ることになったんだよ! 優勝とか、誰かを悩殺とか、考えてもないから!」

 リルムの細首を抱き込むようにして隅っこへ引きずっていき、小声でまくし立てると、溜め息混じりに諭された。

「成り行きだろうが何だろうが、出ると決めた以上は全力を尽くさなくてどうするのよ」

 うっ、リルムが何だか正論を言っている!

「まあこのあたしを差し置いて優勝することはないにしても決勝のステージくらいには上がれるかもしれないし、wチャンスで豪華ビュッフェにはありつけるかもしれないじゃない」
「wチャンスで豪華ビュッフェ?」
「もらった案内まだ読んでないの? 観客の前で行われる午後の本番ステージに出られるのは最終選考に残った十名だけらしいけど、そこに残れなくても抽選で十人~二十人程度? クンツ邸で催される豪華ビュッフェパーティーにご招待って書いてあったわよ」
「そうなんだ?」

 それは……魅力的だ! 魅力的だけど……確率的には低そうだなぁ……。

「ちなみにリルはどんな水着なのさ」

 そう尋ねると、リルムはふふん、と挑発的な笑みを浮かべてわたしの腕を引っ張った。

「実際に着て見せてあげる。こっちよ」

 更衣ブースに引っ張っていかれて、水着に着替えた彼女を見たわたしは、その愛らしさとセクシーさに目を瞠ってしまった。

 このコンテストに出る為に急遽用立てたのだという彼女のそれは、白地にわずかにピンクの色彩が入った、清楚系なんだけどどこかエロティックな香りの漂うビキニスタイル。カップの縁やショーツの後ろに大きめのフリルがついていて、ショーツのサイドはレースの紐で結ばれている。水着とおそろいのリボンで緩やかに肩の先まで流れている赤みの強い金髪を高い位置で結い上げると、後れ毛と白いうなじがひどくあでやかに映った。

 彼女は小さくて細いのに出るトコは出ていて、谷間を強調する豊かな胸とつんと持ち上がった小振りなお尻は同性から見てもうらやましい武器だった。長い睫毛に縁取られた大きな緑色の瞳は宝石のように煌めいて、つややかなパールピンクの唇はどこか小悪魔的な雰囲気を醸し出している。

 ヤバい、直視出来ないくらいエロ可愛い。

「これ、アレクシス―――アレクに見せたら鼻血噴きそうじゃない?」

 そういえば今度会った時はアレクシスのことも愛称で呼ぶ流れになっていたんだと思い出し、言い方を改める。リルムはひとつ瞬きをしただけで特にそれに触れることなく、不敵に口角を上げると色っぽく前髪をかき上げてみせた。

「ふふん、アレクなんかいちころよ。ランヴォルグもなびいちゃうかもね」

 得意げにセクシーポーズを取られて、女同士なのに何となく頬を赤らめてしまった。

 う、ううーん。なびくかどうかは置いといて、目は行っちゃうだろうなぁ。同性のわたしでも思わず見ちゃうもん。これは、本当に優勝出来るかも。

「フレイアのその背の高さは武器よね。見栄えがするもの。それに綺麗な足しているのね。やる気のない水着が残念だけど」

 褒めてるのかけなしてるのか、どっちなんだ!

「褒めてるのよ、一応」

 ―――そうこうしているうちに予選の審査が始まった。

 番号順に五人ずつ小さなステージの上に立って審査スタッフ(本番の審査員とは違うっぽい)の前でそれぞれ決めポーズを取り、次の五人に交代していく。

 パッと見、参加者の七割くらいは肌の色からして地元の人っぽいな。

 リルムは35番でわたしより前だった。彼女がステージに登場すると周りから小さなどよめきが起こり、やっぱり別格なんだなぁと実感する。

 わたしも自分の番が来て、他の人の見様見真似で慣れないポーズを取ってみたけれど、どうにも恥ずかしくていたたまれなかった。これ、ドルクには絶対に見せられない。

 結果はお昼頃にこの天幕に張り出されるとのことで、それまでは審査が終わった人から自由解散になった。

 ああ、何かもう、慣れないことしてどっと疲れた。

「ねえ、せっかくだからみんなでお昼ご飯食べましょうよ」

 疲れを知らないリルムがするりとわたしの腕に腕を絡めてきた。

 彼女はドルクにもよくこんなふうに絡んでいたけれど、これ、彼女自身に変な意図はなくて、親愛表現で取る行動なんだな。華やかな容貌のせいでそれを周りに誤解されちゃうだけで……。

 そんなことに初めて気が付く。

 そしてふにふにと腕に押し付けられる柔らかな感触にちょっと困った。リルムは全く意に介していなかったけど。

「女同士なんだし別に構わないでしょ。ほら、行くわよ」
「えっ、このまま?」
「結果発表されてないのに着替える人もいないでしょ。プライベートビーチが開放されてるんだし、水着姿の人なんて溢れているわよ」
「ちょっ、待って、ラッシュガード!」
「そんな野暮ったいの着なくていいじゃない」
「わたしには必要なの!」

 どうにかラッシュガードだけ羽織ってリルムと一緒に天幕を出ると、あの人混みの中でどうやって出会ったのか、ドルク達とアレクシス達が一緒になってわたし達を待っていた。

「リル! 何て格好で出てくるんだ!?」

 予想通りというべきか、彼女の姿に目を剥いたアレクシスが赤くなったり青くなったりしながら悲鳴のような声を上げている。

 彼は褐色の髪に柔らかな飴色の瞳をした優男風の甘い顔立ちをしているんだけど、溺愛するリルムの前ではその相好が崩れがちだ。

「水着審査なんだから仕方がないでしょ。本番はこれからなの!」
「それにしたって! 君もフレイアみたいに何か羽織るとか!」
「せっかく可愛い水着を着ているのに隠したらもったいないじゃない。あたしはあんな野暮ったいの着たくないの!」

 野暮ったくって悪かったなー、日焼けして後悔しても知らないぞ!

「フレイア、久し振り」

 憮然としているわたしにベルンハルトが手を上げて笑いかけた。黒い髪黒い瞳の彼は背が高く、すっきりとした嫌味のない顔立ちをしている。

「元気だった? ベルンハルト」
「おかげさまで。オレ達やっぱ縁があるのかなー、ふと見たらランヴォルグがいてビックリだよ。今日はフレイアの水着姿が拝めると思ったんだけど、本番までおあずけ?」

 そう言ってラッシュガードを羽織った姿のわたしを見やる彼に、わたしは苦笑交じりの言葉を返した。

「残念だけど、今日は無理だろうなー。参加者多いし、リルにはダメ出しされるし」
「おっ、呼び方が『リル』に変わってる。じゃ、見る目のない審査員の代わりにオレが審査してみようか? はい、それ脱いでみて」

 ベルンハルトの軽口を聞きつけたドルクが無言で彼のももの裏を蹴りつけた。

「って! 何だこの番犬!」
「次は番犬らしく噛みつこうか?」
「うわ、やだコイツ顔がマジ怖っ」

 後退あとずさるベルンハルトと入れ替わるようにしてリルムがドルクに駆け寄り、彼の前でくるりとひと回りして、男なら誰でも蕩けてしまいそうな笑顔を向けた。

「ランヴォルグ、どう? どう? あたしの水着姿。可愛い? 似合ってる?」
「ああ、いいんじゃないか? よく似合ってる」

 全く動じる様子もなくそう返せるドルクがスゴい。わたしだって動揺してしまうエロ可愛さなのに。

「嬉しい! ランヴォルグのお墨付きもらっちゃった~」

 満面の笑みを浮かべてリルムがドルクの腕にぎゅっとしがみつき、ぎょっとするわたしの視界の端に、蒼白になって身体をわななかせるアレクシスの姿が映った。

 うわ、コラ、その格好で!

 さっきの彼女の胸の感触が思い起こされて、わたしは赤くなりながらリルムをドルクから引き離した。

「ちょっ、リル~!」

 恐ろしい形相になっているアレクシスへとリルムを引き渡し、自分の行動を顧みない彼女に説教する。

「親しい間柄でもそんな格好で男に抱きつかないの! それと、衆人の前でそういう行為は慎む! 初対面の人がドン引きしてる!」

 大人のクラウスは苦笑程度にとどまっているけれど、アデライーデは固まっていた。あんな美女が水着姿で知り合いの男に抱きつくのを見ちゃったら、彼女くらいの年頃の女の子は衝撃を受けるだろう。

「何よ、久々の再会で、ちょっと褒められて盛り上がっちゃっただけじゃない」
「あんたはもっと慎みってモンを持たないとダメ!」

 首をすくめて上目遣いにこちらを見上げるリルムを一喝すると、彼女は頬を膨らませてそっぽを向いた。

「破壊女に慎みとか説かれたくないわ」
「何おぅ、この自己中小悪魔!」
「―――まあまあまあまあ、リルもフレイアも」

 アレクシスがそう言って角を突き合わせる勢いのわたしとリルムの間に割って入った。

「こんなところでいさかうのはよそうよ。初対面の人もいることだし、場所を移して和やかに話さない? 久々の再会を祝して、美味しいものでも食べながらさ」

 彼に取りなされて、わたしもリルムもお互いを横目で見やりながら矛を収めた。

 確かにその通りだと思ったし、アデライーデの手前もある。それにこんなところで口論して、変に目立つわけにもいかないもんな。 
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