魔眼

藤原 秋

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魔眼 another side

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 ザーハルトという肉食性の魔物の群れが町の郊外に住み着いたので一掃してほしい―――ガラムの町の依頼はあっさりと片が付いた。

 まあ魔眼が二人そろっていれば当然の結果だな。魔眼を開眼するまでもなかった。

 仕事が片付き、夕闇に染まり始めたガラムの町を歩きながら、フレイアが晴れ晴れとした面持ちでこちらを振り返った。

「お疲れさん! ここで解散でいいよね?」

 彼女としては早く厄介払いしたい気持ちでいっぱいなのだろう。

 だが、残念だったな。オレはここであなたを逃がす気はないんだ。

「ギルドの規則では依頼を受けた支部に戻って完了依頼書を提出後に解散、ということになっていますよね」
「んん!? そりゃ確かにそうだけど……」

 誰も守ってなどいない形骸化した規則を持ち出すと、フレイアは困惑の表情を刻んだ。まさかそう返されるとは思わなかったのだろう。

「わざわざ一緒に支部まで戻るのなんて面倒くさいし大変じゃん。わたしが依頼書持って行くからいいよ」

 口を尖らせる彼女にオレは溜め息をつきながら言った。

「昨日からのあなたを見ている身としては、正直心配で任せられません」

 フレイアがぐっと言葉に詰まる。

「じゃああんたが持って行ってよ、任せるから」
「規則を破るのは好きじゃありません」

 一貫して規則を盾に取るオレの様子に不穏な空気の流れを感じたのだろう、彼女は見るからにあせった顔になった。冗談じゃない、と大々的に顔に表れる。

「わたし、この後寄るところがあるんだ。時間かかると思うし、あんただっていけ好かない人間とこれ以上一緒にいたくはないだろ? だからさ」
「オレは別にあなたをいけ好かないと思ったことはありません。ただ、見ていてイライラするだけで」
「何だよ、それ!」
「一緒に行きます、あなたと」

 真正面からフレイアの顔を見てきっぱりと言い切ると、彼女は茶色の瞳を大きく見開いて絶句した。

「寄るところというのは、非公式で受けた依頼のことでしょう?」

 拒絶の言葉を持ち出される前に畳みかけるようにして問い重ねると、彼女はひとつ瞬きをして、我に返ったように問い返した。

「え、何でそれを」
「あなたが非公式の依頼を積極的に受けているという話は有名ですから。察しがつきます」
「ああ……『紅蓮の破壊神はひとつ処の依頼では血が見足りない』、ってヤツ?」

 彼女はげんなりとした様子でオレを見やった。さすがに耳に入っているらしい。

「依頼をこなしに行くのなら、戦力はあった方がいいと思いますけど」
「本気で言っているの? 危険度が高い割に見返りは少ないぞ。やめといた方が」
「さっきの案件じゃ準備運動にもならなかったので。せっかくの機会なので『紅蓮の破壊神』の本当の戦いぶりも見てみたいですしね」

 オレを何とか思いとどまらせようとする彼女の言葉を意図的に遮ってそう言うと、フレイアは諦念の息を吐いた。

 彼女に何とか食いつくことが出来たと確信して、オレは彼女とは正反対の安堵の息を密かにもらした。







 日が落ちてからの移動は危険を伴うので、オレ達はこの日はガラムの宿に一泊することになった。

 宿の近くの酒場で夕食を取りながら、これから向かう非公式の依頼についてフレイアと話し合う。

 依頼人はガラムの町から徒歩で半日ほどの距離にあるラーダという村に住むエルサという少女で、内容は村の近くに住みついた恐ろしい魔物に最近村人が食い殺される事件が続いており、助けてほしいというものだった。

 記された魔物の目撃情報と現場の状況から、この魔物はおそらくオロフだろうと推測されたが―――。

「でも―――それだと、おかしいですね」

 嘆願書を眺めながら呟くオレにフレイアが相槌を打った。

「うん、そうなんだ。オロフだとすると、矛盾が生まれるんだ」

 殺された村人は皆、内臓を中心に食べられていたのだという。だが、オロフは内臓を食べない―――そもそも、好んで人を食べる魔物ではないのだ。魔物に対する知識が浅い村人は知る由もないことだろうが、魔物に詳しい者であればすぐに気が付く致命的な矛盾だ。

 だからこの嘆願書を見た時、フレイアは違和感と―――同時に嫌な予感を覚えたのだろう。そしてここに赴くことを決めたのだ。オレは彼女が覚えたに違いない嫌な予感について、ひとつ心当たりがあった。

「……確か、ラダフィート山脈を挟んだ反対側―――オルフラン地方で、一年くらい前に幻惑蛾げんわくがによる被害がありましたよね」

 フレイアが頷く。ラダフィート山脈はガランディア地方とオルフラン地方を東西に分けるようにして走る山脈で、今回のラーダの村は幻惑蛾の被害があった場所のちょうど反対側、東の麓に位置していた。

「ああ、データベースで確認したらオルフランのギルドに依頼が来ていて、依頼は一応解決済みになっていたけど、取り逃した女王の幼生だけが見つからなかったと記録されていた。……やっぱり、それが疑わしいよな」

 幻惑蛾は肉食の凶暴な蛾だ。何万分の一という確率で生まれてくるメスは女王となり、恐ろしい数の卵を産む。孵化した幼虫は一定期間土中で過ごし、その後地上へ出て羽化する。彼らが好んで食するのが、人間を含む動物の内臓なのだ。

「幻惑蛾だとしたら、ランク的にはA+、ほぼSですよ。一人で行くつもりだったんですか?」

 オレは苦り切りながら言った。正気の沙汰じゃない。

 Sランクの依頼は最低でも一人以上のSの傭兵と十名以上のAの傭兵、それに準ずる戦力が望ましいとされている。それに近いランクの幻惑蛾はS一人でもやれなくはないだろうが、無事では帰れない目算も大きい。

 それをこの人は―――。

「報酬のところ見た? 誘っても普通は誰も行ってくれないよ。小さな村みたいだからギルドに正式に依頼を出すのは難しかったんだろうな」

 フレイアはそう言って肩をすくめてみせた。報酬は村人達から集めただろうなけなしの金額と、少女が大切にしている母親の形見の指輪というものだった。

「……確かにこれでは、同志を募るのは無理ですね」
「だろ? あんたもやめるなら今のうちだよ」
「……どうしてあなたは行くんですか?」
「んー……言うなれば自分の昔の体験に起因しているのかな。まぁありがちな話だけど。寄る辺ない者が抱える孤独と不安―――それがどんなものか、知っているから」

 彼女の言葉はすとん、とオレの胸に下りた。

 フレイアの仕事ぶりから、彼女には多分オレと同じように胸に期するものがあるんだろうとは思っていたが、やはりそうだった。オレと彼女は過去に同じような体験をしているのだ。だからおそらく―――依頼を選ぶ基準が……価値観が、似ている。

「―――それはオレも同じです。だから、行きますよ」

 それだけ言うと、フレイアは顔を上げてオレの顔を見た。

「後悔しても、責任は持たないぞ」
「自分の選択の結果を他人に押し付けるような、無粋な真似はしませんよ」

 似たような過去を抱いているのなら、オレがこの無茶な依頼に同行しようとしている理由も理解出来ると思ったのだろうか。

「なら、遠慮なく手伝ってもらうことにしよう」

 フレイアはそう言って、少しだけ頬を緩めた。



 




 夕食が済みかけの頃だった。席を外していたフレイアを待ちながら一人で飲んでいるオレに、キツい香水を纏った一人の女が作った微笑みを浮かべながら話しかけてきた。

「ねぇ、君、いくつ?」
「 16です」

 一人で飲んでいるとこの手の質問は良く受ける。さらりと年齢を偽ると、それを怪しむ様子もなく女は続けた。

「可愛い顔しているわね。そのカッコ、察するに傭兵さん? ねぇ、良かったらあたしとどこかで飲み直さない? 二人っきりで」

 またこの手合いか。年端のいかない若い男を食べたがる大人の女は多い。

 気が乗れば童貞のふりをして遊ばないこともなかったが、あいにくとそんな気分ではなかった。

「……連れがいるので」
「そんなの放っておきなさいよ。ねぇ、大人の時間、過ごしてみたくない? 興味あるでしょ?」

 女は素直に引き下がらなかった。しなを作り、衿ぐりの開いた胸を強調するようにして迫ってくる。

「色々教えてあげるわよ。オトコを磨く、いいチャンスだと思うんだけど……どう?」

 面倒くさいな。オレは女に不自由していないし、そこそこの経験値はある。今更ご教授願う必要はないんだ。

「すみません、オレ、初めての相手は自分の好きな人と……って決めているので」

 何の自慢にもならないが、童貞のふりをして疑われたことはない。女の流し目に戸惑うような表情を作って、わざと視線を逸らしながらふるふると震えて見せると、彼女は頬を染めてよろめいた。

「素敵なひとからこんなふうに誘ってもらえて、なのに、こんなスゴく失礼なこと……どうか許して下さい」
「ううん、ううん、いいのよ。スゴく好きな相手がいるのね……あたし、ここの酒場にしょっちゅう来ているから。もし何か聞きたいことがあったら教えてあげるから、その時は声をかけてね」

 上手く退散願えた。彼女の背中が消えるのを見届けてから、いつもの口調に戻って傍らに声をかける。

「……いつまでそうして突っ立っているんです?」
「あんた、何、さっきのあれ。思わず突っ込むところだったんだけど」

 自分の席へ戻ってきたフレイアが苦虫を噛みつぶしたような顔になって、オレに苦い視線を投げかけた。

「処世術ですよ。ああいう流し方をすれば相手も嫌な思いをしないですし、妙なトラブルに巻き込まれることもない。オレは自分の容姿を知っていますから。使えるものを使っただけです」
「わたしも知ってはいたけど、改めてあんたの黒さを垣間見た気分だわ……」

 言いながら半分飲みかけのジョッキに手をかける。それを見てオレは釘を刺した。

「今日は飲み過ぎないで下さいよ」
「分かってるよ、これで終わり!」

 唇を尖らせる彼女を見やりながら、オレは皿に残っていたピザに手を伸ばし、それを無造作に口の中へ放り込んだ。目の前でジョッキを傾ける彼女を眺めながら、ふと不思議な思いに囚われる。

 今日もこうしてフレイアと一緒にジョッキを傾けることになるとは、昨夜食事をしていた時点では想像もしていなかった。それは彼女にしてもそうだろうが。

 考えてみれば昨日はオレ自身、思いもよらなかった自分の行動に翻弄されっぱなしだった。自分を御しきれなかったのは初めてだ。

 自分は淡白で何事にも動じず、冷静に対応出来る人間なのだと思っていた―――昨夜、このひとに会うまでは。

 だが、現実はどうだ。

 フレイアはオレ自身が知らなかった「オレ」を次々と引き出してみせた―――実に軽々と。

 あの制御の利かないたぎるような想いは何だったんだ、彼女を見る度に感じるこのイライラは、もやもやは―――突き上げてくる、この収拾のつかない情動は。

 答えが、知りたい。

 明日はこのひととラーダの村へ赴く。そこでは、どんな展開が待ち受けているのだろうか。
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