魔眼

藤原 秋

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魔眼 another side

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 フレイアの部屋を後にしたオレは自分の部屋へ戻って着替えると、夜の街をギルドへと向かっていた。

 気を失ったままの彼女の部屋には鍵をかけ、その鍵を今はオレが持っている。防犯上、あんな状態の彼女の部屋に鍵をかけないまま外出するわけにはいかなかった。

 フレイアはおそらくギルドで次の依頼に目星をつけているはずだ。もしかしたら既にエントリーしているのかもしれない。

 何とか仕事で彼女と繋がりを持ちたかった。彼女との縁をこれで終わらせたくなかった。

 その時のオレは、みっともないくらい必死だった。







 月明りの下、ギルドの入口の傍らで薄暗い照明に映し出された大型の掲示板には、特にこれといったような嘆願書は見当たらなかった。

 入口のドアを開け、ギルドの中へと入る。深夜なので人影はまばらだったが、カウンターの端に置かれた器械の前には先客がいた。

 二人組の傭兵だ。器械を操作しながら何やら相談をしている。

「おっ、これオイシイぜ。これにするか?」
「んん……確かにオイシイけどよぉ、コイツの評判ヤバいじゃん。二人でエントリーしたら『一人いりゃ充分だ、報酬の取り分が減る!』なんて怒りを買わないか?」
「そしたら降りりゃいいだけの話だろ。この内容ならせいぜい一日耐えれりゃ大丈夫だ。一日の我慢で済む! それに、中身はともかく見た目はけっこうイイ女だよ」
「そういやお前、そう言ってたなぁ。一日って考えりゃ、ムサい男とよりはイイ女と一緒の仕事の方が気分も上がるか。『破壊神』と一緒に仕事したってなりゃ、箔もつくしな」
「んじゃ、決まりっと―――」
「―――待った」

 操作盤に指を伸ばした傭兵Aの腕を、オレは横合いから掴んで止めていた。

「その依頼、オレが先約受けてるんだ。悪いが、こちらに譲ってもらえるか」
「はぁ? 何だぁ、お前」

 胡散臭そうな目で傭兵Aがオレを見やる。

「おいガキ、お前が『破壊神』に乗ろうなんて二十年早ぇんだよ。順番守りな」
「そうそう、まずはルールから覚えて出直してきな。これね、Aランクの依頼。分かるか? Aランク以上の傭兵じゃねぇとエントリー出来ねぇんだよ」

 傭兵Bが小馬鹿にしたような相槌を打ちながら、オレを追い払う仕草をする。カウンターの中からそれを見ていた古株の職員が一人、オレに気付いて声を上げた。

「―――あ、おい、彼は……」

 オレの手を邪険に振り払おうとした傭兵Aの腕に力を込めながらオレは二人を見据え、不敵に口角を上げて迫った。

「オレが先約を受けていると言ったろう……寄越せ。それとも、冥府の淵を覗いてみるか?」
「いっ……!」

 魂食いソウルイーターがオレの機微に反応し、瞳を金色に輝かせる。

「ひっ……!」
「め、『冥府の使者』……!」

 傭兵AとBは戦意を喪失して、逃げるようにその場から去っていった。

 多少強引に彼らからその依頼を譲り受けたオレはエントリーを済ませ、一部始終を見ていた古株の職員からガラムの町の依頼書とフレイアへの封書を受け取った。

「本当にお願いしていいのかい?」
「ああ。宿泊先が同じなんだ。オレから彼女に渡しておくよ」
「そうか、じゃあ頼んだよ。しかしAランクの案件に魔眼が二人も関わるとは珍しいね」
「成り行きでね。オレも初めての経験だ」

 ギルドを後にしたオレは宿へと戻り、フレイアの部屋を訪れた。彼女はまだベッドの上で気を失っていた。

 その傍らに歩み寄り、眠るフレイアを静かに見下ろす。呼吸は安定しているし顔色も悪くない、明日になれば目を覚ますだろう。

 彼女の剣帯が置かれたベッドサイドに部屋のキーを置き、ドアの隙間から差し込まれた位置にギルドからの封書を置いて、彼女の部屋を出る。鍵は開けっ放しになってしまうが、朝まで隣の部屋にオレがいるから、防犯上の心配はないだろう。

 明日、目覚めた後―――ギルドからの封書を見て、同行者の名を確認したフレイアはどう思うだろう。そして待ち合わせの場所にオレが現れた時、彼女はどんな反応を示すだろう。

 楽観的な状況は考えられなかったが、とりあえず明日までは彼女と繋がることが出来た。その事実にそっと息をつく。心許ない繋がりになるが、何とかそれを繋いでいって、この問題を解決しなければならない。







 翌日、待ち合わせ場所になっている乗合馬車のターミナルの近くにある偉人像の前で、オレはフレイアを待っていた。

 待ち合わせ時刻の正午を過ぎているが、彼女はまだ現れない。

 ずいぶんと「ランヴォルグ」に執心の様子だったから、その名前を見て彼女がやって来ないはずはなかった。あのまま、なかなか目覚められずにいるのだろうか。あるいは昨夜の深酒が尾を引いている……?

 そんなことを考えていた時だった。息を弾ませてフレイアが姿を見せた。きょろきょろとせわし気に辺りを見回して「オレ」を探している。

「遅刻ですよ」

 背中から声をかけると彼女は反射的に飛び退すさった。声でオレだと分かったのだろう、身構えるようにしながら昨夜の狼藉者の姿を確認し、愕然と目を見開く。

「ドルク!? 何であんたがここに……!」

 そんな彼女の眼前に依頼書を突きつけてオレは言った。

「ガラムの町のAランクの依頼。行くんでしょう?」

 さあ、ここで彼女がどんな反応を見せるか?

 密かに臨戦態勢を整えるオレに、フレイアは意外な反応を返した。

「えっ……。何、まさかあんたが今回の同行者!?」

 オレは虚を突かれた。

 何だ? この反応は、おかしい。

 そこは「何でランヴォルグじゃなくてあんたが!?」というような反応が来るべきところじゃないのか。

 ……まさか。いや、他に考えられない。

「……もしかして確認していないんですか? 仕事の同行者を」

 半信半疑で尋ねると、フレイアは気まずそうに目を逸らした。

「今朝、ギルドからの封書に気が付いて……慌てて来たから」

 有り得ないだろう。事によっては自分の命運を預けることにもなる仕事上のパートナーだぞ。確認せずに来るなんて、どれだけ無謀なんだ。常識的に有り得ない。

 どうしてこのひとは、ことごとくオレの予測を裏切ってくれるんだ。

 ランヴォルグの正体を明かしてフレイアと正面から向き合うつもりが、出だしから頓挫してしまった。

「今朝というか、察するにほぼ昼でしょうね、それ。で、詳細を確認し忘れて、ついでに封書そのものも忘れたと?」
「……うう」
「仕事で失態は犯さないんじゃなかったんですか」
「ううう……」

 計画が阻害された苛立ちもあって、ぐうの音も出ず押し黙るフレイアにオレは意地の悪い溜め息をついた。

「本番では頼みますよ。足、引っ張らないで下さい」

 彼女は渋面になったが、自分に非があることは充分に理解していたらしく、色々な思いをこらえて飲み込んだようだった。

「遅刻したのは悪かった、ゴメンナサイ。大丈夫だから、誓ってあんたの足は引っ張らない」

 昨日もそうだったが、フレイアはこういうところが潔い。どんな相手に対しても悪いと思ったことは素直に詫びるし、受けた配慮に対してはきちんと礼を言う。

「……昨夜の酒は残っていないんですか」
「ああ、もう平気」

 頷きながら、彼女は思い出したようにぎろりとオレをにらみつけた。

「昨夜のことといえば、あんたもわたしに何か言うべきことがあるんじゃないの?」
「オレがあなたに?」
「そうだよっ! 昨夜のこと、色々謝るべきことがあるだろう!?」

 気色ばむフレイアにオレは小首を傾けてふっと微笑んだ。

「キスしたことですか? それともキスで気絶させたことですか?」
「両方だよ!!」

 彼女に比べて、オレはガキだな。思い描いていた筋書通りにいかなかっただけで、もう「ランヴォルグ」に戻れない。

「貸しを、返してもらっただけなんですけどね……」
「あんな勝手で一方的な取り返し方があるか!」
「だいぶ優しくしたつもりだったんですけど……目が覚めた時、ホッとしたでしょう?」

 揶揄するようにそう言うと、フレイアは赤くなった。

「あれの! どこが! 優しいんだっ!? こっちは窒息するところだったんだぞ! ほら、手首だって―――」

 言いながら防護スーツの袖をまくってあざになった手首をオレに見せつける。昨夜のことがまざまざと脳裏に甦った。

 鼻腔に忍んできた清潔感のある彼女の肌の香り―――重ねた唇の感触、甘い味わい、切なく乱れた吐息に、堪えきれずもらした声―――その全てに、どうしようもなく本能を刺激された。

 見せつけられたフレイアの手を取り、おもむろに手首のあざへと口付ける。

「―――!?」

 オレの取った予想外の行動にフレイアは目を剥いて硬直していた。そんな彼女の様子など素知らぬふりで、オレは伏し目がちに密かに魔眼を発動させると、彼女の手首のあざの上をゆっくりと舌でなぞっていく。

 しばらくして我に返ったフレイアはオレから手首を取り返すようにしながら叫んだ。

「なっ……にするんだ!」

 叫びながら、自身の肉体に訪れた異変に気が付く。彼女は茫然として、綺麗にあざの消え去った自分の手首を確認していた。

「もう片方もどうぞ?」

 何事もなかったかのようにフレイアに手を差し伸べると、彼女はためらった様子を見せながらも今し方の出来事を確かめたい気持ちの方が大きかったらしく、自らオレにもう片方の手を差し出した。

 嫌悪感より知的好奇心を優先させるタイプらしい。オレは彼女のその部分を好ましく感じた。

 豪胆だな……普通の女性にはなかなか出来ないことだろう。昨日あんな目に遭わされた男に自分から手を差し出すなんて―――。

 再びフレイアの手首のあざに口付ける。何が起こるのか見逃すまいと目を凝らす彼女の気配を感じながら、魔眼の発動を悟られないよう、慎重に力を開放する。あざの方に注視している彼女はオレの眼には気が付かなかったようだ。その時だった。

「いやだ、目のやり場に困るわぁ~」

 近くに居合わせた年配の女性からそんな声が上がった。現実に引き戻されたフレイアは衆人の注目を集めてしまっている状況に気が付いて赤面すると、急き立てるようにオレを促し、その場から逃げ去るようにして乗合馬車のターミナルへと走り去った。







 ガラムの町への乗合馬車が出発した。フレイアの正面の席に座ったオレは、馬車に揺られながら窓の外を駆け抜けていくガランディの街並みに目を走らせていた。

 予想外の展開はあったが、とりあえずうやむやのうちにフレイアと一緒に仕事をする流れになり、密かに安堵の息をつく。

 と―――フレイアが窓の外に反応を示した。さり気なく目で追うと、窓の外に見える一軒の雑貨屋が気にかかったらしい。

 彼女の女性らしい一面を見たと何気なく思っていた時、その彼女から声がかかった。

「ドルク、あんたはどうしてこの依頼を受けたんだ? わたしがエントリーしてたのは知ってただろう?」

 オレの正体を知らない彼女からしたら当然の質問だろう。

 だがオレとしては、会って全てを話すつもりだったんだ。正体を明かして、正面からあなたに向き合って、この捻じれた状態をまっさらに戻して―――そのつもりだった。だが、その出鼻を挫かれた。他ならぬあなた自身によって。

 そんな思いもあり、オレは憮然とした口調で彼女に応えた。

「……少し気になったことがあって」
「気になったこと? この依頼について?」
「あなたに言うことじゃありません。これはオレの問題なので」

 ぶっきらぼうに言い捨てると、フレイアはしかめっ面になった。

「わたしがあんたの名前を見てキャンセルするとは考えなかった?」
「結果的にそうなりませんでしたから。まさかSランクの傭兵が、己の些細な問題で助けを求める罪なき人々を無下にするとも思いませんでしたし」

 嫌味ったらしいオレの対応に完全に機嫌を損ねたフレイアは、仏頂面でそっぽを向いた。

 どうしてか、彼女とはこういうパターンに陥ってしまうな。オレも大概学習すればいいものを……似た者同士、ぶつかりやすいのかもしれない。

 苦々しい思いに囚われながらも、まあそれも一興かもしれない、と思い直した。

 最悪から始まった関係だ、これ以上悪くなりもしないだろう。前向きに考えれば、これ以上は良くなるしかないと言うことも出来るのだから……。
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