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SS 影王と専属人の日常
影王の予言と忖度
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「先日は、本当にごめんなさい。あなたを巻き込む形になってしまって……」
クォルフの村から王城へと戻った翌朝。
わたしはヴァルターのデスクの前に立ち、改めて彼に謝罪していた。
「もういいよ、帰りの馬上からずっと謝りっ放しじゃん。あれはリーフィのせいじゃないから」
「でも、結局わたしの父に押し切られる形で夕食を共にすることになってしまって、そのせいで時間が遅くなってしまったから、その日はそのままうちに泊まらざるを得なくなってしまったし……しかもアレスとセレアがあなたと一緒に寝るって言って聞かないから、結果、狭いところで雑魚寝させるみたいな形になってしまって」
何だか言葉にすればするほど、申し訳ない。
「アレスとセレアと一緒に寝れたの、オレは貴重な体験で楽しかったけど。セレア、初めはスゴく距離を置いていたのに、最終的には仲良くなってくれて嬉しかったな。可愛い二人に挟まれて寝るの、あったかくってふわふわして、少しくすぐったかったけど心地好かったよ」
もふもふ好きのヴァルターがそう言うなら、それはそれで良かったのかもしれないけど。
「リーフィのお父さんが仕留めてきた新鮮な肉を使ったお母さんの手料理も美味しかったし、久々に賑やかな食卓で、リーフィはこういう環境で育ってきたんだなって知るいい機会にもなったし、オレ的には悪くなかったよ」
「そう言ってくれると、救われるけど……帰城が一日遅くなって、陛下に咎められたりはしなかった?」
「ああ何だ、そこ気にしてたの? 交渉が上手くいかない場合もままあるから、元々二日程度の猶予は見てあったんだ。今回は薬の備蓄を確保する為でとりあえず現状の分は足りているし、多少の遅れは問題ない。それに」
ヴァルターは言葉を区切り、デスクからわたしを見上げた。
「そこはオレの裁量の問題であって、その結果をクリストハルトに何と言われようが、君が気に病むところじゃない」
しっかりと一線を引かれた。
それを感じ、わたしは素直に頷いた。
「……そうね。出過ぎたことを言ったわ」
ヴァルターはわたしの仕える主であって、同僚や友人じゃない。こんな心配はお門違いだった。
そう頭では分かっているのに、何となくそれに寂しさを感じてしまったのは、普段があまりに気さくな間柄だからだろうか。
「それとリーフィが一番気にかけているのは、イーファのことじゃない?」
うっ……。
「彼のオレに対するあの振り、意味深だったもんな? 一緒に食卓を囲んだ後もずっとオレと君のこと見ていたし」
図星を差されたわたしは、呻くように声を絞り出した。
「本当に……実はそれが一番申し訳なくて、心に引っ掛かっていて。シャイロンとフィリアも面白がっちゃって、わざと波風立てるような物言いするし……あなたは全く関係ないのに、本当に嫌な思いをさせてしまったなって」
「はは、あのくらい軽く受け流せる程度に年は経ているから、そこも別段気にしなくていいよ」
その言葉にホッとしながら、わたしは今まで何となく尋ねることのなかった彼の年齢について聞いてみた。
「ありがとう。そういえば今まで聞いたことなかったけど……ヴァルターはいくつなの?」
「今ここでそれを聞いてくるあたり、君のオレへの興味のなさが見て取れるよね……。24だよ」
「へえ。思っていたより若いのね、何となく二十代後半をイメージしていたわ」
「どういう意味かな?」
「別に見た目が老けているとかじゃなくて、酸いも甘いも全部噛み分けていそうな、そういう、色んな経験を経て矯正されてきたんだろうなっていう雰囲気が醸し出されているから」
「それは、主にヤンチャなことをたくさんやってきただろうっていう悪口だな?」
「悪口を言っている意図はないけど、概ねその通りよ」
「……君って、こういうところは忖度の欠片もないのに」
ヴァルターは溜め息をついて椅子から立ち上がると、どこか読めない表情になってわたしに顔を近づけた。
「なのに、もういいっていうくらい同じことを謝ってきたり、よく分かんないな? ん?」
「な、何よ」
ここで引いたら何となく負けな気がする。表情を取り繕ってじっと端整な顔を見返すと、ヴァルターは薄く笑ってわたしに忠告した。
「正直で真っ直ぐなのは悪いことじゃないけど……20歳過ぎたら、そろそろ苦いことも覚えておくべきだな?」
わー、悪い顔……。陛下と同じ造作なのに、いつもより低い声と合わせると、全然違う印象になるのね……。
そんなことを思っていた次の瞬間、結構な勢いで耳にふっと息を吹き入れられて、油断していたわたしは反射的に悲鳴を上げてしまった。
「きゃっ!? な、何するの!」
「年上を敬わない年下に、お仕置きと教訓。パーティーの警護に就いたりする時は、酔っ払った貴族のおっさんなんかがもっと無体な行動に出てきたりすることもあるから、気を付けなよ。今みたいに油断しないように」
真っ赤になって耳を押さえるわたしをしたり顔で見やったヴァルターは、してやられて折れかけているわたしの心を更にへし折る予言を残した。
「あ、そうそう、酸いも甘いも噛み分けたオレから言わせると、イーファみたいな思い詰めるタイプは、相当な量の手紙を相当な回数寄越すと思うから、その気がないなら早めに対処した方がいいと思うよ」
「……! 対処したくたって、そうそう村へ帰る暇なんてないじゃない」
歯噛みしながら訴えると、彼は空々しく考える素振りを見せながらこう言った。
「今回クォルフの村へ同行して、その点はオレもちょっと反省したんだ。君に会いたがっている家族もいることだし、もう少しまとまった休みを取らせてあげないといけないなぁって。……でもなぁ、これはクリストハルトの予定にもよるところだからなぁ、オレの一存ではどうにも」
ぐぬぬぬ……!
そんな気、さらさらないクセに言ってるわね!? こんな仕返しをするなんて、何て大人げのない年上なの!
数日後―――ヴァルターの予言どおり、イーファから初めての、彼の熱い想いをしたためた分厚い手紙がわたしの元へと届いた。
するとそれを皮切りに、彼からの手紙はほぼ週一のペースで届くようになり、やがて、わたしの部屋の一角を占有していくほどの量になっていくのだった―――。
<完>
クォルフの村から王城へと戻った翌朝。
わたしはヴァルターのデスクの前に立ち、改めて彼に謝罪していた。
「もういいよ、帰りの馬上からずっと謝りっ放しじゃん。あれはリーフィのせいじゃないから」
「でも、結局わたしの父に押し切られる形で夕食を共にすることになってしまって、そのせいで時間が遅くなってしまったから、その日はそのままうちに泊まらざるを得なくなってしまったし……しかもアレスとセレアがあなたと一緒に寝るって言って聞かないから、結果、狭いところで雑魚寝させるみたいな形になってしまって」
何だか言葉にすればするほど、申し訳ない。
「アレスとセレアと一緒に寝れたの、オレは貴重な体験で楽しかったけど。セレア、初めはスゴく距離を置いていたのに、最終的には仲良くなってくれて嬉しかったな。可愛い二人に挟まれて寝るの、あったかくってふわふわして、少しくすぐったかったけど心地好かったよ」
もふもふ好きのヴァルターがそう言うなら、それはそれで良かったのかもしれないけど。
「リーフィのお父さんが仕留めてきた新鮮な肉を使ったお母さんの手料理も美味しかったし、久々に賑やかな食卓で、リーフィはこういう環境で育ってきたんだなって知るいい機会にもなったし、オレ的には悪くなかったよ」
「そう言ってくれると、救われるけど……帰城が一日遅くなって、陛下に咎められたりはしなかった?」
「ああ何だ、そこ気にしてたの? 交渉が上手くいかない場合もままあるから、元々二日程度の猶予は見てあったんだ。今回は薬の備蓄を確保する為でとりあえず現状の分は足りているし、多少の遅れは問題ない。それに」
ヴァルターは言葉を区切り、デスクからわたしを見上げた。
「そこはオレの裁量の問題であって、その結果をクリストハルトに何と言われようが、君が気に病むところじゃない」
しっかりと一線を引かれた。
それを感じ、わたしは素直に頷いた。
「……そうね。出過ぎたことを言ったわ」
ヴァルターはわたしの仕える主であって、同僚や友人じゃない。こんな心配はお門違いだった。
そう頭では分かっているのに、何となくそれに寂しさを感じてしまったのは、普段があまりに気さくな間柄だからだろうか。
「それとリーフィが一番気にかけているのは、イーファのことじゃない?」
うっ……。
「彼のオレに対するあの振り、意味深だったもんな? 一緒に食卓を囲んだ後もずっとオレと君のこと見ていたし」
図星を差されたわたしは、呻くように声を絞り出した。
「本当に……実はそれが一番申し訳なくて、心に引っ掛かっていて。シャイロンとフィリアも面白がっちゃって、わざと波風立てるような物言いするし……あなたは全く関係ないのに、本当に嫌な思いをさせてしまったなって」
「はは、あのくらい軽く受け流せる程度に年は経ているから、そこも別段気にしなくていいよ」
その言葉にホッとしながら、わたしは今まで何となく尋ねることのなかった彼の年齢について聞いてみた。
「ありがとう。そういえば今まで聞いたことなかったけど……ヴァルターはいくつなの?」
「今ここでそれを聞いてくるあたり、君のオレへの興味のなさが見て取れるよね……。24だよ」
「へえ。思っていたより若いのね、何となく二十代後半をイメージしていたわ」
「どういう意味かな?」
「別に見た目が老けているとかじゃなくて、酸いも甘いも全部噛み分けていそうな、そういう、色んな経験を経て矯正されてきたんだろうなっていう雰囲気が醸し出されているから」
「それは、主にヤンチャなことをたくさんやってきただろうっていう悪口だな?」
「悪口を言っている意図はないけど、概ねその通りよ」
「……君って、こういうところは忖度の欠片もないのに」
ヴァルターは溜め息をついて椅子から立ち上がると、どこか読めない表情になってわたしに顔を近づけた。
「なのに、もういいっていうくらい同じことを謝ってきたり、よく分かんないな? ん?」
「な、何よ」
ここで引いたら何となく負けな気がする。表情を取り繕ってじっと端整な顔を見返すと、ヴァルターは薄く笑ってわたしに忠告した。
「正直で真っ直ぐなのは悪いことじゃないけど……20歳過ぎたら、そろそろ苦いことも覚えておくべきだな?」
わー、悪い顔……。陛下と同じ造作なのに、いつもより低い声と合わせると、全然違う印象になるのね……。
そんなことを思っていた次の瞬間、結構な勢いで耳にふっと息を吹き入れられて、油断していたわたしは反射的に悲鳴を上げてしまった。
「きゃっ!? な、何するの!」
「年上を敬わない年下に、お仕置きと教訓。パーティーの警護に就いたりする時は、酔っ払った貴族のおっさんなんかがもっと無体な行動に出てきたりすることもあるから、気を付けなよ。今みたいに油断しないように」
真っ赤になって耳を押さえるわたしをしたり顔で見やったヴァルターは、してやられて折れかけているわたしの心を更にへし折る予言を残した。
「あ、そうそう、酸いも甘いも噛み分けたオレから言わせると、イーファみたいな思い詰めるタイプは、相当な量の手紙を相当な回数寄越すと思うから、その気がないなら早めに対処した方がいいと思うよ」
「……! 対処したくたって、そうそう村へ帰る暇なんてないじゃない」
歯噛みしながら訴えると、彼は空々しく考える素振りを見せながらこう言った。
「今回クォルフの村へ同行して、その点はオレもちょっと反省したんだ。君に会いたがっている家族もいることだし、もう少しまとまった休みを取らせてあげないといけないなぁって。……でもなぁ、これはクリストハルトの予定にもよるところだからなぁ、オレの一存ではどうにも」
ぐぬぬぬ……!
そんな気、さらさらないクセに言ってるわね!? こんな仕返しをするなんて、何て大人げのない年上なの!
数日後―――ヴァルターの予言どおり、イーファから初めての、彼の熱い想いをしたためた分厚い手紙がわたしの元へと届いた。
するとそれを皮切りに、彼からの手紙はほぼ週一のペースで届くようになり、やがて、わたしの部屋の一角を占有していくほどの量になっていくのだった―――。
<完>
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