影王の専属人は、森のひと

藤原 秋

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SS 影王と専属人の日常

印象は人それぞれ

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「何だか機嫌が良さそうだね? リーフィ」

 とある午後の昼下がり。オレにそう尋ねられたリーフィアは少し意外そうな面持ちで瞬きを返した。

「分かるの?」
「何となく」
「実は明日、シルフィール様からお茶飲みに誘われたの。珍しいお茶が手に入ったんですって。明日は外出予定も特別な用事も入っていなかったから、急な仕事が入らなければ伺えますって返事をしたの」

 ほんのり頬を上気させて話す彼女の表情からは、シルフィールへの好意が窺える。

「そうか。行けるといいね、今のところそういう気配はないし、多分大丈夫じゃないかな」
「ホント?」
「うん。リーフィはシルフィールが好きだね」

 彼女は穏やかな笑みを湛えて、それを肯定した。

「人としても女性としても可愛らしくて、とても素敵な方だもの。ちょっと天真爛漫過ぎるきらいはあるけれど、ただそこにいるだけでパッとその場が華やぐっていうか……華やかなのに癒しのオーラが出ているっていうか……」 

 癒しのオーラ……ねえ。オレの前では主に負のオーラしか出てないけどな。

 リーフィアにはとても言えないが、知られざるシルフィールの本性を知っている身としては同意しかねる内容だ。

「同性のわたしでもこんなふうに思うんだから、男性は高嶺の花だと分かっていても憧れてしまうんじゃない?」
「うーん……確かにそういう男は多いだろうね。オレ的にはリーフィの方が好みだけど」

 そう言うと、ひどく胡乱うろんな目を向けられてしまった。

「目が悪いの、ヴァルター? それとも感性がおかしいの?」
「いやいや!? 自分を卑下し過ぎでしょ、リーフィは充分可愛いし、癒しのオーラも出ているからね!?」

 特に耳。何かの音を感知した時とか、たまにぴるぴる動いているところを見ると、可愛くてモフりたくなる衝動を抑えるのにひと苦労だ。

「シルフィール様にセクハラまがいのことしていたクセに」

 こちらを見つめる琥珀色の双眸に冷ややかな色が入り混じる。

「そういえばあなたが日々シスコンと言って憚らない陛下は、そのことをご存じなのかしら……?」
「ちょ、待って。あれはリーフィが『オレ』を認識しているのかどうか確認する為に……! てか、クリストハルトにそれ言ったら物理攻撃だけじゃ済まないからね!? シャレにならないから、マジで!」

 あれ? 何でこんなにオレが追い込まれているんだ?

「好みは人それぞれでしょ、オレ的にはリーフィアの方が魅力的なの!」

 冷や汗をかきながら、まくし立てるようにしてまずい方向に行きそうな話を切り上げると、彼女は少し考える素振りを見せた後、一人納得するように頷いた。

「確かに好みは人それぞれよね……シェラハが素敵だと騒いでいたひとの魅力が、わたしには分からなかったもの。それにしてもシルフィール様の魅力が伝わらない人がいるなんて……」
「その残念な人を見るような目、やめてくれない? リーフィ。それとオレの言葉、響かなすぎじゃない?」

 仮にも眉目秀麗な独身男性から魅力的だと伝えられてるんだけどな、君!?

「そういう君はどういうタイプが魅力的だと感じるわけ?」
「わたし? そうね……誠実で、一緒にいて落ち着けるタイプの人かしら」
「ふーん、見た目は? 綺麗系? ワイルド系? それともマッチョ?」
「あまりこだわりはないけれど、細すぎたり太すぎたりしないで適度に鍛えている感じが好きかな」
「顔は? 分かりやすく城内の人間で言うと誰?」
「ヴァルター」

 迷いなく即答されたので、一瞬聞き間違いかと思った。

「え? オレ?」

 びっくりして聞き返すオレに、リーフィアは何でもないことのように頷いて理由を述べる。

「あなたの顔、いい顔だと思うけど。端整で品があって、わたしは好きよ」
「……へー。そんな印象を抱いてくれているとは思わなかった」

 真顔でさらっと言っている辺り、特別な意図はないんだろうな。クリストハルトと同列ってことだろうし、オレ自身そういう意味合いで同じようなことを彼女に対して言っているわけだし。

 そうとは分かっていても褒められて悪い気はしないもので、どことなく気分が高揚する。リーフィアもこんな気持ちだったらいいな。

「好みとか理想像ってみんなそれぞれあるけどさ、実際に好きになったり付き合ったりする相手はまたそれと違っていたりするから、不思議だよね」
「そうね、現実は案外ギャップがあるものよね」

 彼女が同調してくれたので、オレは興味本位で少し突っ込んだ質問をしてみた。

「リーフィもそういう経験あるの?」
「その時は特別そうは思わなかったけど、今にして思えばっていう感じかしら」
「それって、付き合っていた人?」
「だいぶ前の話だけど」
「……へー」

 そっか……リーフィアは誰かの彼女だったことがあるのか。そう思うと、何だか変な感じだな。

 確か今、20歳だっけ? 過去に付き合っていた相手がいても別におかしくないけれど、何だろう……想像がつかないというか、想像が出来ない―――というか。とにかく、妙な感じだ。

 別に彼女を貶めているわけじゃない。リーフィアは綺麗な顔立ちをしているし、獣耳の毛並みも良くてスタイルもいいから、そんな彼女に惹かれる男がいるのは当然だと思う。

 ただ、誰かの隣で恋人として振る舞っている彼女の姿を想像できないというか―――。

 瞼の裏に、頬を染めて動揺を見せた先日のリーフィアの姿が去来する。

 あんなふうに、オレの知らない、女としての彼女の顔を見たことがある相手が他にいるのだと思うと、何となく面白くない気分になった。

「今は? 付き合っている相手、いないの?」
「今はいないわ。そういうヴァルターはどうなの?」
「オレも今はいないよ。というか、だいぶいない。義賊としての活動を始めるにあたって、何かあった時に迷惑かけたくなかったから、そこからえて作らないようにしてた。それ以前は結構モテたから、彼女が途切れたことなかったんだけど」
「……へえ」

 リーフィアの声音が心なしかワントーン低くなった。

「…………」

 何だろうな、この空気。

 さっきまでの和やかな雰囲気もどこへやら、ほんのり浮き立っていたはずの気分はすっかりしぼんでしまい、どことなく陰鬱な空気に包まれる中、オレ達は無言で仕事に戻ったのだった。

 ―――しくったな……。余計なこと、聞くんじゃなかった。



<完>
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