影王の専属人は、森のひと

藤原 秋

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SS 影王と専属人の日常

ふとした疑問

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「ねえ、ふと思ったんだけど」
「今度は何?」

 首を巡らせたわたしに、ヴァルターが警戒混じりの声を返した。

「わたしって表向きは陛下直属の従者じゃない? けれど実際はあなたが影を演じる時にしか公の場にいないわけでしょ? それってみんなに変に思われないのかしら?」
「ああ、それなら心配ない。クリストハルト直属の従者はオレも含めて他に十数名いるけれど、みんなそれぞれ異なる役目を与えられていて、他国にずっと行ったままってヤツもいるし、機密絡みもままあるから、そういうのは詮索しないのが基本なんだ。常にクリストハルトの傍らにいるのは護衛のレビウスくらいかな」
「そういうものなの?」
「他の国はどうか知らないけど、グスタール王国このくにではそうだね」

 へえ……。

「ちなみにヴァルターは全員の顔を知っているの?」
「職務上一応ね。逆に他の従者でオレの顔を知っているのは、リーフィを除けばレビウスだけかな。ヴァルターっていう名前の従者がいることだけはみんな知っているけどね」
「そうなの? あなたの名前は公にされているの?」

 何だかそれも意外だ。

「クリストハルトは国庫金の管理を出来るだけ明確にしときたいんだって。だからオレの給金は使途不明金じゃなくてちゃんと労務費からヴァルター名義で支払われているし、もしもの時は顔を潰して『オレ』の葬儀を国が執り行うことも出来るようになっている」

 どこか自分の死というものを打ち捨てて捉えているようなヴァルターの物言いに、わたしは以前の彼の言葉を思い出した。

『クリストハルトを演じて周りの人間からもクリストハルトとして扱われると、『オレ自身』の存在がこの世界からどんどんどんどん無くなっていって。『自分』という人間そのものの需要が失われていくような感覚に陥るっていうか―――』

「……少なくとも陛下はあなたの存在を大事に思っているんじゃない? 影武者以前にあなたを一人の人間として尊重しているから、もしもの時は人としてきちんと弔いたいと考えているんじゃないかと思うけど」

 気を遣ってそう言うと、それを聞いたヴァルターは複雑そうな面持ちになって微笑した。

「だとしたら光栄だけど、実際はどうかなー? 見方を変えれば、クリストハルトにもしものことがあった場合、それを伏せたまま『あいつ』を『オレ』として弔えるわけだし、国の為に備えあれば憂いなし的な意味合いの方が大きい気がするけれど」
「穿った見方をするのね……」
「いやいや、上の連中の考え方なんて実際そういうモンだしね!? 世間は世知辛いものなんだよ!?」
「―――だとしても!」

 何故か胸の奥がじりっとして、わたしは語気を強めた。

「どういう状況下に陥ったとしても『あなた』が『あなた』であることに変わりはないでしょう!? わたしも全力でサポートする、その為の専属人でしょう? そんなふうに薄暗い考えに囚われないで、前向きに図太く構えていたらいいじゃない! その方が絶対に精神衛生上いいもの!」
「……っと。リーフィア、急にどうした? 何だか熱いぞ?」

 ヴァルターの呼び方が「リーフィア」に戻っている。いつの間にかヴァルターに詰め寄るようにして熱弁を振るっていた自分に気が付き、わたしはハッとして彼から距離を取った。

 あれ? わたし、何をこんなムキになって―――。

「何のスイッチが入ったんだ? 大丈夫か?」

 戸惑うヴァルターを目の前にして、羞恥心で顔が火照ってくる。

 う、うう~何だか一人で勝手に熱くなっちゃって、ここからどうしたらいいのか分からないくらい、今、ものスゴく恥ずかしい!

 普段ふてぶてしいヴァルターが、彼らしくもなくどこか寂しそうな表情を見せるから、調子が狂った。

 だいたいこの人、何か雰囲気が危ういのよ。デカい図体しているクセに、いつもは余裕で何もかも見透かしたような顔をしているクセに、時折不意を突くみたいに、翳りのある側面をチラつかせるから―――。

「な……何だかあなたが、自分の存在を軽んじているように、思えたから……」

 伏し目がちになりながら、歯切れ悪く言葉を絞り出す。憶測で突っ走ってしまった自分の行動を激しく後悔したけれど、どうしようもなかった。

 わたしをそんな衝動に駆り立てた当事者は、ぽかんとした様子で瞬きを返す。

「え? オレが?」
「や、わたしがそう感じただけで……ええと、つまり、その……だから、元気出してもらおう、と」
「ぶっは、何、それ、ちょ」

 消え入るようなわたしの声と、たまりかねたらしいヴァルターが吹き出すのとが重なった。わたしのいたたまれなさは最高潮に達し、獣耳をぴんと横に伏せたまま顔を上げられずにいると、そんなわたしに大きな手が伸ばされて、くしゃりと髪をかき混ぜるようにした。

「そっかそっか、オレが落ち込んでいるように見えたんだ? で、心配して元気づけてくれたんだなー? いい子、いい子」

 くつくつと肩を揺らしながら、小さい子にするみたいに髪をもしゃもしゃにされて、わたしは真っ赤になりながらその手を振り払った。

「ちょっ、やめてよ……」
「優しいんだな、リーフィ」

 呼び方が、愛称に戻っている。

 そっと視線を上げると、綺麗な空色の双眸と目が合った。

「でもリーフィ、オレを癒したいって考えてくれるんなら、君の耳をモフらせてくれるのが一番なんだけどな」

 決め顔でそう言われて、ヤツの鳩尾にわたしが一発叩き込んでしまったのは、無理からぬことだろう。



<完>
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