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SS 影王と専属人の日常
ふとした懸念
しおりを挟む大小様々な魔物が咆哮を上げながら王都へと侵入する。激しく地響きを立て街全体が揺れているようだった。王国民のみならず兵士達までもが逃げ惑っていた。
「こりゃ数が多過ぎる! 食い止めらんねぇぞっ!!」
アンクバートが次々に矢を放つがまさに焼け石に水。スタンピートによる魔物の進軍は益々勢いを増していた。
エンシェントドラゴンにはまだ止めを刺せていない。だがここは一旦スタンピートを止めるのが先決か、とおれが逡巡している時だった。迫り来る魔物達に微動だにせず、プルジャは両手を目の前に掲げた。
「百鬼夜行」
プルジャの目の前に大きな光の輪が現れ、そこから何十体もの巨大な死霊が飛び出してきた。
「ボストロールの死霊か!? にしてもなんちゅう数だよ!」
アンクバートが驚愕の声を上げるもプルジャがそちらを見る事はない。
「こつこつ集めた。もったいないけど出し惜しみはしない」
ボストロールの軍隊とでも言うべきであろうか、巨大な死霊達が魔物の大群を次々に薙ぎ払っていく。中には怯えて逃げ出す魔物まで現れ始めた。
その様子を見ておれは改めてドラゴンに意識を向けた。予期せぬ攻撃を喰らった事でドラゴンの雰囲気も一変していた。確実におれを敵認定している。だがそれは却って好都合だ。激昂状態を長く続けると思考が完全に失われかねない。
ドラゴンが体を回転させ頭をこちらへ向けた。首をわずかに縮めながら大きく口を開いた。おそらくまたブレスを放つ気だろう。
「突っ込むぞ!」
おれの言葉が届いたのか、それとも死を恐れぬ死霊だからなのか。ワイバーンはその翼で空を叩くかのように前へと突き進んだ。大口を開けたドラゴンの頭がぐんぐんと近づく。その喉の奥には真っ赤に燃え上がる炎が膨れ上がるように大きくなっていた。
おれは剣を一本鞘に納めると右手に握った剣に魔力を集中させた。顔に吹き付ける風が猛烈に熱くなる。眩い光が一瞬で目の前に広がった。炎に巻かれワイバーンは焼失する。おれは炎を切り裂きながらドラゴンの口の中へと飛び込んで行った。
「刺突!」
魔力を込めた剣先がドラゴンの肉を骨を貫いていく。
「うおぉぉぉぉーー!!」
更に魔力を絞り出し一気に放出させた。パリーンと鱗が砕ける音が響き渡った。全身を真っ赤な血で染めたおれの目の前には突き抜けるような青空が広がっていた。
足元から這いずるように湧き出した影が私の全身を包んでいく。冥界の悪魔の吐息が、冷笑が耳元で微かに聞こえた。まだ完全に乗っ取られるわけにはいかない。自我をわずかに残すように顔の半分だけは影に飲み込まれずに済んだ。
「まさか悪魔を憑依させるとはな! 狂乱勇者の妻に相応しいじゃないか!」
ロディは目を見開きながら嘲笑を浮かべていた。そして瞬時に構え魔法を放った。
「風切り!」
迫り来る風の刃に向け私は手をかざした。闇の魔力によってロディの魔法はあっさりと消え失せた。
「くっ! 雷光の槍!!」
アジュダに放った時よりも強力な稲妻が伸びてくる。私はそれを片手で払い除けながらロディへと歩を進めた。
「闇夜の蝶」
私の指先から現れた真っ黒な蝶が、まるで花びらが舞うようにひらひらとロディに向かって飛んでいく。
「氷壁《ムルデゲル》っ!」
分厚く張られた氷の壁も蝶が軽く触れただけで崩れ落ちた。慌てて蝶を払い落とそうとしたロディの手が一瞬で黒く染まった。
「ぎゃああああーーー!!」
腕を押さえながらロディが叫び声を上げた。ボタボタと血が流れ出し、そして皮膚が壊死したかのように紫色へと変わっていった。私は歩みを止める事無くロディへと一歩一歩と近づいていく。
「く、来るなっ来るなーー!」
もはや戦意を失ったかのようにロディは後退る。恐怖に慄《おのの》く彼に私が手をかざした時だった。
「閃光!」
まぶしい程の光で私は目を閉じた。そして次の瞬間、目の前にいたロディは姿を消していた。思わず私は後ろを振り返る。
そこにはアジュダを抱きかかえたロディが下卑た笑いを浮かべながら立っていた。
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