影王の専属人は、森のひと

藤原 秋

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影王の専属人は、森のひと

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 木漏れ日が差し込む午後の森の中―――カインは仲間達がわたしにやられたことにはまだ気が付いていない様子で、剣を片手にわたし達の姿を探していた。

 木の上からその動向を窺いながら、わたしは音を立てないように弓矢をつがえ、彼の背中に警告を発した。

「動かないで。武器を捨てて頭の上で腕を組み、その場に膝をつきなさい」

 突如響いたわたしの声にビクリと足を止めたカインは、あせった様子で首を巡らせた。

「リ―――リーフィアさん? 待って下さい、何か色々誤解があるようです。僕達は、森に入った貴女方を心配して……。この剣は、獣に対する護身用で」
「御託はいいから。言われた通りにしなさい」
 
 ぴしゃりと言い訳を遮られたカインは、不承不承ながらそれに従う姿勢を見せた。

「……。わ、分かりました……」

 緩慢な動作で手にした剣を放り、言われた通り膝をついて、ゆっくりと頭の上で腕を組む。

 それを見届けたわたしは木から飛び降りると、背後から慎重に近付いて、途中で調達してきた植物の蔓を彼の前に放り投げた。

「それで自分の足を縛りなさい。妙な真似をしたら射るわよ」
「リーフィアさん、お願いですから僕の話を聞いて下さい」
「あなたがわたしの指示に従った後で聞くわ」
「……。こ、これでいいですか」

 おぼつかない手つきで自らの足首を縛り終えたカインの足元を確認したわたしは、眉を跳ね上げた。

 ふざけてんの? そんな一発で解けるような結び方、ダメに決まってるでしょ!

「やり直しよ。簡単には解けないように縛って」
「は、はい……。あの、せめて、貴女の姿だけでも見せてもらえませんか? こんな状態では落ち着かなくて……」
「必要ないわ」
「あの、でも、目を見て話を聞いてもらえれば、決して僕に他意があったわけではないことを分かってもらえると思うんです」

 あのねえ、あんたは聞こえてないと思っているんだろうけど、あんたの盛大な舌打ちも蔑みを含んだ亜人呼ばわりも、全部聞こえているからね。

 お得意の演技力で言いくるめようったってそうはいかないわよ。本当にシルフィール様に心を鷲掴まれていると思っていたのに、あれが全部演技だったなんて、不愉快極まりないわ。

 腹立たしく思いながら、もたもたと蔓を縛り直すカインを見据えていた時だった。

「!」

 風切り音を感知してとっさに飛び退いたわたしの髪をかすめ、大型のブーメランが旋回していく。思わぬ強襲にわたしは目を見開き、素早く体勢を立て直しながらそちらを窺った。

 な―――!?

「ち、外した」

 不満げな呟きを漏らし木陰から姿を現した体格のいい男が、戻ってきたブーメランを手に取りながらわたしをねめつける。その背後から更に数人の男が現れ、ニヤニヤと笑いながら品定めするような視線をわたしに向けた。

「勘のいいクォルフだな」
「情けねぇなあ、カイン。女一人にやり込められて」

 もう新しい追手が……! くそ、思ったより敵の動きが早い!

 奥歯を噛みしめるわたしに向かって、体格のいい男から再びブーメランが放たれる。わたしがそれを飛び退すさってかわす間に、カインは転がるようにして男達の方へ逃れると、蔓を解いて立ち上がった。

「普段身体を張っていないヤツが、慣れないことはするモンじゃねぇなぁ? お前の取り巻き連中、みーんなやられてたぜ。お偉いさんのご機嫌取り野郎が、一人で手柄を立てようとあせるからこうなるんだ。オレ達が来なかったら大失態を犯すところじゃねぇか」

 男達の一人がカインを揶揄すると、他の連中からはやし立てるような笑い声が上がった。

「く……」
「勇み足で自滅寸前のお前を助けてやろうってんだ、感謝してくれよ。今回のことはオレ達全員の手柄だ。いいな?」

 貴人の家に仕えているという小綺麗な格好をしたカインとは違って、後から現れた男達はならず者のようないでたちだった。風体と会話から察するに、汚れ役専門で雇われている者、といったところだろうか。

 男達に圧をかけられたカインは苦々しい表情を見せながらも、それを了承せざるを得ないようだった。

「……仕方がない」

 うめくようなカインの回答を聞き、男達の間から冷やかし混じりの歓声が上がる。

 これで形勢は一気に逆転した。

 弓を構えたわたしを、男達が円を描くようにして取り囲み、捕食者の眼差しを向けてくる。

「まあまあ見目のいいクォルフじゃねぇか。裏ルートでさばけば結構いい値がつきそうだな」
「『慰み者から護衛まで。どう扱うかは貴方の調教次第!』みたいなキャッチコピーつけるか?」
「いいねぇ。こいつ処女かな? 処女の方が高く売れてありがたいんだがな」
「そこは売る前にオレらで確かめてみるか?」

 こいつら、人身売買もやってるの?

 下劣な会話を交わす男達を見下げ果てた目で見やりながら、わたしは冷静に現状を観察し分析することに努めた。

 敵の獲物は剣、ブーメラン、斧……か。

 まいったな、状況としては芳しくない。こう囲まれてしまっては連射しても一度に全員は倒せないし、一角を突破して木の上に逃れたとして、ブーメランが厄介だ。

 さて、どうしよう……?

 嫌な汗が胸の間を伝い落ちるのを感じながら、わたしは目まぐるしく頭を働かせた。

 狩猟の鉄則。例え窮地に追い込まれたとしても、絶対にそれを相手に見せるな。常に平静であれ。

 あせりや怯えは禁物。敵を増長させるだけで、生き残るチャンスを奪う。常に考えろ。思考を止めるな。

 わたしは呼吸を整えながら、全身の感覚を研ぎ澄ませて周辺にアンテナを張り巡らせた。

「……!」

 そして、ひとつの打開策へとたどり着き、大いに頭を悩ませる。

 この状況を打破する切り札になるとはいえ、思い浮かんだ方法はあまり使いたくないものだった。

 けれど、四の五の言っていられないか。今はシルフィール様を無事に王城へ帰還させることが何よりも重要だし、わたし自身こんなところでこんな連中の手に落ちてしまうのはごめんだ。

「僕はなるべく穏便に事を済ませたかったのに……こうなったのは君のせいだよ。こいつらは僕の指示には従わない、大人しく口を割った方が身の為だと言っておく。はどこだ?」

 これまでとはガラリと口調を変えたカインがわたしに問う。わたしはその問い方に疑問を覚えた。

 ここでまだ「シルケ様」と通す辺り、カイン以外は相手が王妹シルフィール様だとは知らない……?

 その可能性を見出しながら、わたしは呼吸を整えて、なるべく多くの情報を引き出そうとカインをただした。

「どうしてあの方を狙うの? あなた達の主の目的は何」
「今回の件、僕の主は関係ないよ。主の為を思い、僕が勝手にしたことだ。主自身は何も知らない」

 ―――ああ、そう。これは全てあんた一人が企てたことで、ご主人様は蚊帳の外、全ての責はあんた自身にありますって宣言ね。あんたを問い詰めようが捕まえようが、黒幕は痛くもかゆくもないってワケ。

 よく教育が行き届いているじゃない。こうなるとこれもまともには答えないだろうけど、一応聞いておくか。

「ふぅん……都合の悪いことを何も知らない、無責任なその方はどなたかしら?」
「森のひとは記憶力が悪いのかな? さっき話したはずだけれど」

 やっぱり、そう来るのね。

 さっきまで「ラズフェルト侯爵」の名前を出していたにも関わらず、カインが頑なにその名を口にしない理由―――そこには曖昧なニュアンスで茶器の家紋に気付いたであろうわたしを惑わせる意味合いもあるんだろうけど―――一番の理由はおそらく、カイン以外の男達は本当の雇い主を知らないから―――じゃないだろうか。

 カインにこういう教育をしている人物が、汚れ役の連中に自分のことを明かすわけがないものね。

 わたし達のやり取りをニヤニヤしながら眺めている男達は、どいつもこいつも絶対的な勝利を確信した顔で、交わされている会話の意味を深く捉えることもなく、女一人を大勢で取り囲んだ優位なこの状況を楽しんでいる。

 わたしは質問を切り替えた。

「では、あなた達が義賊ノヴァを騙る目的は何?」

 そこを突っ込まれるとは思っていなかったんだろう、カインの瞳に動揺が走り、これまで静観していた男達の間から分かりやすいざわめきが漏れた。

 ―――当たりだ!

 わたしとしては確証があったわけではなく、男達の余裕を突き崩す一手がほしくて、カマをかけてみた結果だった。違ったら違ったで嘲笑されてもいい、何らかの油断を誘いたくて口にした当てずっぽうだった。

 平常心が崩れるところから隙は生まれ、それは勝敗を大きく左右していく要因となる。逆転の様相を成していく、その確率を出来るだけ上げておきたい。

「―――は? 何を……」

 表情を取り繕おうとするカインに被せるようにして、わたしは見透かした風情を装い断定する。

「見苦しいわよ。あの屋敷がアジトだったんでしょう?」
「何を根拠に……」

 カインが口元を歪める。

 根拠らしい根拠なんてない。カインが口にした「あの言葉」と、そこかしこに散りばめられていた違和感からその可能性を推察しただけだ。

 わたしはこれまで得ている情報を出来る限り頭の中で精査しながら、その中から考え得るいくつかの状況を導き出し、カインの反応を窺いながらもっともらしくハッタリを述べていく。

「初めてシルケ様を街中で見かけた時、元々シルケ様の顔を知っていたあなたは、あの方が何故あの場にいたのか不審に思って、一抹の懸念を抱いて声をかけたのよね? だって、
そして今日、わたし達がノヴァについて調べていることを知ったあなたは、懸念が確信へと変わりあせったはず。があなた達の主にたどり着く、その可能性を恐れて」
「……」
「でも、あなたは同時にこれを千載一遇の好機チャンスと捉えた。あなた達の主が恐れるシルケ様のお兄様―――そのアキレス腱である彼女をかどわかせば、あなた達の主はこれ以上ない強力な切り札を手に入れることになる。上手くいけば義賊騒ぎもうやむやになって、嫌疑の目を逸らすことも出来るかもしれない。
側仕えが独断で行うには大きすぎる事案だし危険を伴うことは間違いないけれど、有名な義賊を騙ってまで対抗勢力の力を削ぎ落としにかかっている人物なら、その程度の危険リスクは承知で様々な準備を図っているだろうし、むしろそれを許容するでしょう。あなたにとっては大きな手柄になる」

 義賊ノヴァは不正を働く富裕層の者達から盗んだ財貨を、貧しい人々に分け与えていた。

 国民達に広く認知され、英雄視されていた謎の人物―――カインの主はそこに目を付け、利用した。

 ノヴァに狙われた者は悪事に手を染めた者として国民に認知され、奪われた財産をばらまかれて、名誉も財力も失い、失墜する。

 今世間を騒がせているノヴァは以前とは違い、不正を働いているとは言い難い貴族を狙っていることからも、その目的は当該貴族の力を失わせることにあると考えられる。

 特定の者を狙いそれを繰り返していけば、やがては権力中枢の勢力図を塗り替えるというところにまで繋がっていくんじゃないだろうか。

 ならばこれは、クーデターの前哨戦だ。現国王クリストハルトに対する不穏分子からの宣戦布告であり、やがては国を飲み込まんとする大きな謀略だ。

「豊かな妄想力だな。こじつけもいいところだが、我々がの義賊を騙っていると言い切る根拠は何なんだ」

 あくまでもしらを切るカインに、わたしは淡々と切り込んだ。

「自分で言ったんじゃない。ノヴァのことを、『彼』と」
「は……?」
「馬車を下りる時、シルケ様に言ったわよね。『戻りましたらまたノヴァの話をしましょう。まだ語り切れていない彼の話、たくさんありますので』って」
「……!」
「? それが何だってェんだ?」

 自らの失言に気付き目を見開いたカインとは対照的に、状況をよく理解していない他の連中へ、わたしは声高に説明してやった。

「国民達の間で英雄視されていた神出鬼没の義賊ノヴァは正体不明の人物で、の義賊が『男』だと知っている者は誰もいないはずなのよ!」
「あっ!」

 脳筋男達が理解を示すのと、居直ったカインが怒号を上げるのとが同時だった。

「は、それを知ったところで、情報を持ち帰れなければ何の意味もないんだよ! 殺れ!」

 わたしの説明に衝撃を受けていた脳筋男達がその指示を実行に移す態勢に入るまでに、わずかな空白が生じた。

 その隙に、わたしは出来れば使わずに済ませたかった切り札を切った。

「ヴァルター!」

 わたしの呼びかけに応じ、顔半分を仮面で覆った長身の剣士が木陰から現れると、初動の遅れた男達へ手にした剣を一閃させた。 
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