影王の専属人は、森のひと

藤原 秋

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影王の専属人は、森のひと

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「えっ、今日も街へ行かれるのですか!? 先日行かれたばかりですよね!?」

 そう言って目を剥いたわたしの前で、シルフィール様はにこにこと実に屈託のないお顔で頷いた。

「どうやら噂の義賊がまた現れたらしいのよ。ここのところの目覚ましい活躍で、ついにお兄様のところへも報告が上がってくる事態になったみたい」

 そこは「活躍」と言ってはいけないのでは? 被害者は上流階級の、いわゆる貴族の方々ですよね?

 先日のお忍びが余程楽しかったらしいシルフィール様は何かにつけて外出をしたがるようになっていた。「義賊」はその口実だ。

「ね、気になるでしょうリーフィア? 国民達の関心事でもあるこの件の行く末が、わたくしもとっても気になるの! それにラステルともまた会ってお話ししたいし」

 いや、わたしはそこ、そんなには気にならないんですけれど。それよりも今日街へ行かれるとなると、今月もう四回目の「社会見学」になるんですけど!? 少し控えられた方が良いのでは!?

「お兄様は『やるべきことさえやっていれば空いた時間は好きに過ごしていい』と仰っているから、何の問題もないわ。ただ、その場合は貴女あなたを伴っていくように言いつかっているから、悪いけれどお願いね、リーフィア」
「……。かしこまりました」

 って、答えるしかないわよね。わたしの立場としては。

 陛下のお考えがよく分からないわ……こんな続けざまに街へ大切な妹君を送り出して、いったいどんなメリットがあるというの? しかも義賊とはいえ、盗みを働く輩が出回っているというのに。

 ヴァルター曰く「重度のシスコン」らしい陛下の性格的に、放任や道楽とは考えにくいし……。

 まあ、かく言うわたしも窮屈な城内にいるよりは外へ出ていた方が気が晴れるしありがたくもあるのだけれど、ただ、こう頻繁となると、背中に刺さる護衛長の視線が痛いかな……。







「また来たの?」

 街の裏路地にある花屋の傍らに今日も佇んでいたフロウ族の少女ラステルは、現れたわたし達を見て白目部分がほとんどない大きな黒い瞳を瞬かせた。

「何度来てもらっても、あなた達に手伝ってもらうようなことはないんだけど」
「それはもう承知しています。ただ、私がラステルにお会いしたくて。今日もここで少しお話しをしていってもいいですか?」
「それは構わないけどさ」

 ラステルはひとつ息をつき、シルフィール様の背後に控えるわたしに気の毒げな視線を向けた。

「あなたも毎回ご苦労様ね」

 察してくれて、ありがとう。

「ご迷惑ではありませんか?」

 気を遣ってそう返すと、ラステルは小さく首を振った。

「迷惑じゃないよ。ぶっちゃけ、あなた達がこうして来てくれるの、ちょっと嬉しいし」
「まあ! そう言っていただけて、私もとても嬉しいです!」

 シルフィール様は感激した面持ちでラステルの細い手を握りしめた。

「……シルケ様はさ、天真爛漫っていうのかな。変な意味じゃなくて、大事に大事に育ててもらったんだろうなって感じがするよ」

 ラステルはそう言ってちょっと笑った。

「何ていうか……あなたの雰囲気、癒される。あたしさ、大切な人にどうしてもお礼が言いたくて、その一心でずっとここに立っているけれど、その人に必ず会えるって保障もない中で、毎日毎日一人でただこうしてじっと待っているのって、結構キツいんだよね。
もしかしたらあたしがただ知らないだけでリオーラの花を売っているところは他にもあるんじゃないかとか、こんなに頑張っても結局会えないまま徒労に終わっちゃうんじゃないかなとか、最悪、もしかしたらあの人はもうこの世にいなくて、待ってるだけ無駄なんじゃないかとか……時間があり過ぎて、悪いことばっかり考えちゃうんだ。
いつ来るかもしれない時をただ待つって、思っていた以上にしんどくてさ―――」

 抱え込んでいた不安をそう吐露するラステル。それを聞いたシルフィール様はおもむろに両手を広げてみせた。

「な、何……? シルケ様」

 戸惑うラステルにシルフィール様はごく真面目な顔をしてこう答える。

「ぎゅっとして差し上げても宜しいですか?」

 これにはわたしもラステルも驚いた。

 まさかとは思ったけれど、そう来ます!?

「はぁ!? い、いいよ、何言ってるの!」
「遠慮なさらず」
「遠慮してない!」
「そうですか……残念です」

 ラステルにバッサリと断られてしまったシルフィール様はしゅんとうなだれた。

 いやいや、仮にも王妹という立場にある方が気軽にそんなことをしてはダメですよ! ラステルが断らなかったらわたしが止めていました!

「……来るかどうかも分からない時を待つって、本当に精神力を削られると思うんです」

 うつむいたシルフィール様からそんな言葉が漏れた。その声にいつもとは違う響きが滲んだような気がして―――わたしはうつむいたままの主の背中を注視した。

「ラステルは偉いですね。色々な葛藤を抱えながらも毎日こうしてこの場へ通い続けているのですから。強い人だと思います」

 顔を上げにっこりと微笑んだその表情は、いつもと変わらないシルフィール様のように見えた。

 気のせい……?

「な、何、子ども扱いしないでよ。まあ、そんなワケだから、あたしとしてもあなた達が来てくれると気が紛れるというかいい気分転換になるというか―――そういうことだから」

 照れくさそうに瞳を逸らしたラステルの様子が可愛らしくて、わたしとシルフィール様は視線を交わして微笑み合った。その時だった。

「―――今度はローゼン子爵の屋敷に現れたってよ」

 通りすがりの男性達からそんな会話が漏れ聞こえてきた。

「ああ、最近また出始めたっていう―――ノヴァか?」
「そう、例の義賊様」
「義賊様に狙われるなんて、その子爵、どんな悪いことをしていたんだ?」
「さあ? 特に悪い噂は聞いたことなかったけどな……でもまあ貴族だからなあ、裏で何か悪いことをやっていたんだろうよ」
「ふーん……まあ何にせよこんなご時世だ、オレ達庶民にとっちゃありがたい存在だよな。この調子で上流階級の悪い奴らをバンバンぶっちめて、オレらのトコにも分け前を届けてほしいモンだ」
「まったくだよ。今回も誰かしらはその恩恵を受けてるんだろうから、うらやましい限りだよなぁ」

 ふーん……今回怪盗の被害に遭ったのは、ローゼン子爵という人物なのか。

 シルフィール様はご存知の方なんだろうか?

 ちらりとシルフィール様を見やると、軽く首を振られた。どうやらご存じない方らしい。

「……狙うなら、もっと違う相手がいる気がするんだけどな」

 男性達の後ろ姿を見送ったラステルがぽつりとつぶやいた。

「それは―――今噂されていた義賊の話ですか?」
「うん」

 わたしの問いかけにラステルはどこか浮かない面持ちで頷く。

「こうして立っているとさ、さっきみたいにノヴァ絡みの色んな噂話を耳にするんだけど、何か、聞く度にもやっとするんだよね。上手く言えないけど、違和感……ていうのかな。前のノヴァは誰が聞いても納得するような、そういう悪名高い相手だけをターゲットにしていたのに、今はそうじゃないし……。
一度気にし始めたら、そもそもどうして今になって活動を再開させたのかなとか、今のノヴァは本当に本人なのかな、なんてことまで勘繰っちゃって。―――こんなふうに考えちゃうのは、あたしがヒマ過ぎるからなのかな」

 有名な義賊の名を第三者がかたる―――可能性としてなくはないけれど、だとしたらその目的は何なんだろう?

 わたしはそんなことを考えたけれど、シルフィール様が気にかかったのは全く別のところのようだった。

「まあ、ラステルは以前のノヴァに詳しいのですね! 私、その辺りは何も存じないので、ぜひ色々聞かせていただきたいのですけど」
「ええっ? シルケ様は彼のファンなの? 別に詳しくはないよ、当時そこらでされてた噂話を聞きかじった程度で」
「それで結構です! 私、特別その方のファンというわけではありませんけど、今、その動向にとても興味があるんです」
「そ、そうなんだ……暇だし、別に構わないけど」

 シルフィール様、勢いよく詰め寄り過ぎて、若干ラステルが引いています。

 ―――それからしばらくの間、わたし達は義賊ノヴァの過去にまつわる逸話をラステルから聞くことになったのだった。
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