影王の専属人は、森のひと

藤原 秋

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影王の専属人は、森のひと

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 わたしは歯噛みしながら、言葉を絞り出すようにして話し始めた。

「さあ……上手く言えない。具体的にどこが、というわけじゃなくて、ただあなたを見た瞬間に『違う』と思った」
「……へえ?」
「違うと思って注意深く観察したら、わずかだけど声のトーンも顔の造作も、微妙に陛下と異なることに気が付いて―――別人だと、確信した」
「ふーん……。なあ、知ってる? 人の認識力って結構いい加減なモンでさ、声なんて若干違ってても話し方を似せとけば、聞く側が勝手に脳内補完してその人物の声だって思わせてくれるモンなんだよ。自分で言うのも何だけど、オレら鏡かってくらい似てるしな。実際今まで気付かれたことなんてなかったし―――でも、あんたは『オレ』に気付いた」

 耳元で紡がれる低い声から、おちゃらけた気配が抜けた。

「オレが知りたいのは、あんたがオレを見た瞬間に『違う』って感じたっていう感覚の方」
「……さっきも言ったけど、上手く言えないわ。何ていうか―――あなた自身の内側から滲み出る、言うなれば魂の気質……のようなもの―――そういうものが陛下とは違うって、そう、感じたから」
「魂の、気質……?」

 ぽかん、とした感じで聞き返されて、わたしは思わず赤くなった。

「だから、上手く言えないって言ってるじゃない! そんな感覚のヤツよ!」
「それって、他の人間や生物にも日常的に感じるものなのか?」
「え? いいえ……」

 改めて聞かれると、それはない……わね。あんな感覚、今までに感じたことがないもの。どうしてなのかはわたしにも分からないけれど、ただあの瞬間、そうとしか言えないものを感じたのだ。感じ取ってしまったのだ。

「ふーん……じゃあ、『それ』はあんた的にも初めての感覚だったってコト?」
「そ、そうよ! そもそも、他人に成りすましている人なんてそうそういないし、あんな違和感を感じること自体が日常的に有り得ないじゃない」

 そう訴えると男は可笑おかしそうに肩を揺らした。

「はは、確かに。問題はそれがあんた独自の感覚なのか、森のひとなら誰でも持っている感覚なのか、はたまた亜人全体に共通するものなのか―――ってコトだ」
「え……?」

 な、何だか大げさな話になってきたわ。

 真剣味を帯びた相手の声色に肌寒いものを感じて、尋ね返すわたしの声は自然と小さいものになった。

「わたし独自の感覚ならまだしも、全てのクォルフや亜人全体に共通する感覚だとしたら、国としてまずい―――ってこと……?」
「察しがいいな。この国の権力中枢は歴代の無能な連中のせいで亜人種に対して排他的な側面があって、そういった面が非常に遅れているんだ。人間より能力的に優れた部分を持つ亜人を必要以上に権力から遠ざけた結果、今この城にいる亜人はあんただけ―――諸外国では亜人が要職に就いているところだって珍しくないのにな。
この国は亜人について無知過ぎるんだ。今の国王に変わってようやく、これからは人種の垣根なく出来るヤツを登用していこうって方針なのに、その国王が時々まがい物に入れ替わってるって簡単にバレたんじゃ、マズ過ぎるだろ」

 確かに……国としてはそれはまずいわよね。影武者の意味がなくなって、国のトップを守る手段がひとつ失われるわけだし―――逆に諸外国がそういう手段を取っていたとしても、国の中枢が人間のみで構成されているこの国には現段階でそれを知る術がないということになってしまう。

「あなたが求める確かな根拠にはならないけど……少なくとも、クォルフの村でそういった感覚云々の話は村の者からは聞いたことがないわ。さっきも言ったように他人に成りすました人に遭遇すること自体がそうあることじゃないから、参考にはならないかもしれないけど」
「ふぅん」

 ふぅん、て!

 味気ない相手の反応にわたしは片眉を跳ね上げた。

 こっちが善意で話しているのに、何、その気のない返答は!? いちいち神経を逆なでるわね、この男は!

「……なあ、今、イラッとしたろ?」
「!」

 不意にそれを言い当てられて、わたしは思わず言葉に詰まった。

「あんたってさ、意識的にそうしてるのかどうか分かんないけど、感情があんま表情オモテには出ないじゃん。でもその分、耳がスッゲー素直なのな? 感情ダダ漏れ」
「……!」

 ウソッ……!

 これまで上手く平静を装っていたつもりが自分の未熟さを指摘され、恥ずかしさでカッと頬が熱くなった。

 ―――そんなに、出てる!?

 出来れば両手で耳を抑え込んで隠したいところだったけれど、背後の男に羽交い絞めにされているからそれは叶わない。

 お―――落ち着いて、わたし。せめて恥の上塗りは避けなければ。これ以上の失態は犯せないわ。落ち着くのよ―――。

「聞かれたことは喋ったし、もういいでしょう? いい加減離してくれない?」

 動揺する心を押し隠してなるべく冷静に対応しようとしたわたしの努力を、男は盛大に踏みにじった。

「ああ、指摘されて恥ずかしかった? ゴメンゴメン、そんなに毛を逆立てないで」

 キャー! 何なの、その全てを悟っているかのような発言は!?

 嫌だこいつっ……! 本当にムカつく! 嫌い!!

「いい加減にして! 離して! 離しなさい! 怒るわよ!!」
「はは、もう怒ってんじゃん」

 暴れるわたしを男は軽くいなしながら、こちらの側頭部に頬を寄せるような真似をした。

 !? なっ……!

「んー……これがもしあんた独自の感覚なら、こっちとしては期せずして逸材を手にしたってコトになるんだけどな~」
「ちょっ、セクハラ!」
「セクハラじゃないよ、頭突き封じ。暴れるからさ」

 頭突き! その手があった!

「あー、そんなに目ぇ輝かせてももう遅いからな。これだけ近いとだいぶ威力は殺がれるからね」
「~~っ、何よ、まだ何か聞きたいことがあるの!?」
「はは、そうだなぁ、オレのこと気付いてたのに、どうして周りに黙っていたんだ?」

 うう~、耳元で余裕綽々よゆうしゃくしゃくに問い重ねてくる、どこか楽し気な低い声が盛大に腹立たしい。

「……陛下と入れ替わっているってことは少なくとも陛下はあなたの存在を認知しているのだろうし、あなたが現れる時は決まって重要そうな来客のある時だから、多分あなたは影武者で、このことは機密事項なんだろうなって思ったから……」
「うんうん、それで?」

 くっ……その何もかも見透かしたかのような促し方がムカつく!

「それにっ……、言ったところでどうせ、まともには取り合ってもらえないから。わたしの言葉をまともに聞いてくれる人なんて、ここにはシルフィール様以外、誰もいないもの!」

 自分でその言葉を口にすると思った以上のダメージを受けたみたいだった。目の奥がずんと熱くなってきて、必死で感情の抑制に努める。

 そうよ……分かってる。どうせ言ったところで、わたしの言うことなんか誰にもまともに取り合ってもらえない。護衛長の時のように頭ごなしに叱責されて終わるのが関の山だ。

「シルフィールに尋ねてみようとは思わなかったんだ?」
「シルフィール様がご存じないのは、陛下のご判断でしょう……わたしがそんな勝手な真似をするわけにいかないじゃない」

 それにシルフィール様にそんなことを尋ねようものなら、そのまま陛下のところへ行って時も場合も考えずに直接問いただしてしまいそうだ。そんな恐ろしいこと出来るはずもない。冗談抜きで城内を大混乱におとしいれかねない。

 わたしのその考えを汲み取ったように背後の男は朗らかに笑った。

「はは、それは賢明だったな。……なあ、あんたのその気持ち、オレちょっと分かるかも。オレもここでは『自分』の言葉を聞いてくれる奴なんて、いないようなモンだからさ」

 それを聞いて初めて気が付いた。

 そうか……この人は「影」だから……。最重要機密であるだろう彼の存在を知っている人は城内でも多分ごくごく限られているわけで―――他の人はみんな、「陛下」として彼に接するんだ。「彼自身」はその存在すら認知されず、今この瞬間のように「彼自身」として話をするような機会自体がほとんどないのに違いない。

「何か意外と似たモン同士? オレら」
「……」

 へらっとした軽い物言いに、ちょっと感傷的になりかけていたわたしの気分は大いに水を差された。

 何なの、その軽いトーン。話の持って行き方が軽過ぎるのよ、ちょっぴり共感してしまった自分がバカみたいじゃない。

「……全然違うし。懐柔でもするつもりだった? 同情誘う作戦なら効かないから」

 そうよ、わたしとこの人とでは立ち位置が違い過ぎる。

「あ、気付かれた? やっぱ勘がいいのかな? あんた」
「いや、今のはほとんど誰でも気付くでしょ……ていうか、話は終わり? 終わりね?」
「そんなに終わらせたい? この状況」
「当たり前でしょ……何よ、まだ何かあるの?」
「いーや、今日はまあ、とりあえずいいかな?」
「じゃあさっさと離して!!」

 わたしが思わず怒鳴ってしまったのは無理からぬことだろう。

「あ、手ぇ離す前に確認するけど、反撃はナシな? それから今日のことはもちろん、『影』の件もこれまで通り他言無用で。シルフィールに言うのもダメだぞ。約束を破ったら懲罰な」

 懲罰……死罪ってこと? それとも無期の幽閉……?

 機密の重要性を考えたら、普通は前者を示すだろう。今更ながら自分が大いなる機密に触れてしまったのだと思い知らされて、わたしは血の気が引いていくのを覚えずにはいられなかった。

「……。分かったわ」
「ゆめゆめ忘れないようにな。それと……色々大変だろうけど、頑張れよ」

 完全に拘束を解かれる寸前、大きな掌が頭にやんわりと置かれて緩く撫でていった。まるで、小さな子供にするみたいに。

 きっ、とにらみつけると、わたしから素早く距離を取った国王もどきは淡く笑んで、それからクリストハルト陛下の影へと戻った。

「ご苦労だった―――下がって良い」

 相手がそう出てきたのでわたしも形だけ臣下の礼を取り、無言のまま大股で執務室を後にしたのだった。
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