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覚醒編
悪夢
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夢の中に、暴力的な紅い気配が満ちる。
先程までの夢の残滓が泡沫のように消え、残忍な気配に満ちた夢の世界で―――またか、とガーネットは独り全身を緊張させる。
ここ最近、彼女の夢は紅い悪夢に彩られている。
この後はいつも同じ展開になるから、続きを見たくなどないのだが―――彼女の願いを裏切るように、紅い色を纏ったその男は現れる。
グランバード……!
毎夜夢の中で繰り返される、絶望的な一対一の戦闘。そして敗れる彼女を男は蹂躙し、その肌に鋭い牙を突き立てる―――彼女が悪夢に耐え切れず、目覚めるその時まで。
「―――はぁッ!」
喘ぐような呼吸と共に、ガーネットは悪夢から目覚めた。
「はぁッ、はぁッ……」
上半身を起こして周囲を見渡し、それがまた例の悪夢だったと確認して―――深い深い吐息をつく。
「はぁっ……くそ、最悪……」
水差しの水をコップに注いで一気に飲み干し人心地つくと、彼女は汗で張りついた前髪を苛立たし気にかき上げた。
グランバードとの戦闘の後から、毎晩のように見始めた悪夢―――彼女は人知れず、それに悩まされていた。
「やっぱり、呪いの類……?」
形の良い眉をひそめ、自らの左肩に触れる。
念の為状態異常を回復させる呪文もかけたし、解呪の呪文も唱えてみたのだが、まるで効果がない。
あたしの熟練度が足りていないの……? それとも何か特別な方法が必要……?
鏡に映る左の肩には、特に異変のようなものは見られない。悪夢を見るようになったこと以外、これといって彼女の周囲に変化はなかった。けれど、この状況が毎晩のように続くことが普通であるわけがない。
毎晩のように続く悪夢は次第にガーネットを疲弊させていた。
―――パトロクロスに、みんなに相談するべきだ。
冷静な心はもう何日も前からそう訴えている。
けれど内容が内容だけに、その生々しさを毎晩感じている身としては、それを想い人であるパトロクロスに伝えることはためらわれた。
言えないわよ……毎晩毎晩あいつに乱暴される夢を見てるなんて!
いくら夢の中でのこととはいえ、まだ男性経験のない十代の少女にとってそれは、あまりにも衝撃的で屈辱的で、口にすることでさえ非常に抵抗を覚えるものだったのだ。
『ガーネットはさ、ちょっとカッコつけ過ぎなんだよ~』
昨日の温泉で何気なくイルファに言われたひと言が耳に甦る。
そうかもしれない。体面なんて考えている場合じゃないのかもしれない。
精神的にもかなりきつくなってきている。
……でも。
ガーネットはきゅっと唇を結んだ。
考えようによっては、夢を見ているだけなのだ。何ら実害が起きているわけではない。だから―――実害があるものなのか確証が持てるまで、もう少し待ちたい。
―――いや、違う。本当は分かっている。それは言い訳なのだと。
悪夢の内容は何も真正直に話す必要などない。乱暴されている部分を端折って話せばいいのだ。
理屈をつけて、自分は避けているだけなのだ。そう、意図的に避けている―――そうなのだと、本当は分かっている。真実、自分が『何』を恐れているのか。
自分が本当に恐れているもの―――それは。
ガーネットは瞑目した。
パーティーの重荷になること、そしてパトロクロスに切り捨てられてしまうことだ―――……。
ベッドの上に勢いよく腰を下ろし、ガーネットは両手で顔を隠すようにして覆った。
バカなことを考えていると分かっている。
例え何があったとしてもみんなそんなことを思うような連中じゃないし、パトロクロスが仲間としての自分を本当に必要としてくれていることも今は分かっている。
ただ、ドヴァーフでの出来事が思った以上にトラウマとして自分の中に根付いているようで、それが大きくブレーキをかけているのだ。
『ローズダウンの王様とゼン様の縁がきっかけで、今回の旅にガーネットが加わることになった―――そうだよね? ということは、逆に言えば、力のある白魔導士であればパト様にとっては誰でも良かったんじゃない? ことにここは魔法王国ドヴァーフ……白魔導士どころか賢者だってごろごろいる』
幼なじみのフリードのあの言葉は、実に痛いところを突いていた。
今回のこの現象が悪夢を見るだけにとどまらなかった場合、実害が出た場合、それはどのような形で姿を現すのだろう?
すぐに解決出来るものであればいい。
けれど、四翼天のあの暴虐男の仕業だと考えると……悪夢を見るだけの嫌がらせで済むとは正直考えられなかったし、それが生易しいものであるとは到底思えない。
最悪、戦線からの離脱―――。
脳裏をかすめるのはその可能性だ。
それはパーティーからの離脱を意味している。
明日には国王会議が行われているドヴァーフの王都へガゼ族の使者を伴って戻るのだ―――混沌とした世界情勢には一刻の猶予もなく、一日も早い大賢者シヴァの復活が待ち望まれている。その使命を負ったこのパーティーには些末なことで立ち止まっている余裕などないのだ―――最悪自分がいなくても、それこそフリードの言ったように、魔法王国の名を冠するドヴァーフの王都には白魔導士どころか賢者だってごろごろいる。
『ガーネット、お前の代わりになれる者など、誰もいないんだ』
『お前の力が、私達には必要なんだ』
以前、パトロクロスはそう言ってくれた。その言葉は本当に、本当に―――何よりも、嬉しかった。
アキレウスもオーロラも、きっと同じ言葉をくれるだろう。
彼らは自分を絶対に必要としてくれる。それは分かっている。
けれど、世界の情勢がそれを許さないだろう。
アキレウスの代わりもオーロラの代わりも、パトロクロスの代わりになれる者もいない。唯一無二の存在である彼らに替えはきかない。
けれど、自分は違う。一介の白魔導士に過ぎない自分だけは替えがきくのだ。
ガーネットの身に異変が起き、パーティーの役に立てなくなった時―――立ち止まることを許されない彼らのパーティーは、パトロクロスは、彼らにとっても辛い決断をすることになるだろう。
そう、ならざるを得ない。
それが―――怖い。
だからためらう。口に出来ない。
夜の闇明けきらぬ部屋の中で額を押さえるようにして、ガーネットは独り、重い溜め息を落とした。
「おっはよーオーロラ、昨日はどうだった~!?」
朝食を取りに一階へ下りていくなり満面の笑みを湛えたガーネットとイルファに取り囲まれて、あたしは思わず後退った。
「え!?」
「昨夜は二人っきりでアキレウスとどんなふうに過ごしたのー!?」
「あたしのチョイス良かったでしょォ~!? あの夜着にクラッとこないオトコいないモンね!」
あー、あの夜着! あの夜着といえば!
「もうイルファ、あの夜着、あれ、可愛いけどやりすぎだよ! おかげで大変だったんだから!」
「何々~、大変ってどんなふうに大変だったのぉ~!?」
「やりすぎの夜着ってどんな夜着ー!?」
あっ、しまった!
「ほらほら~洗いざらい喋ってごらんン~」
「すごーく興味あるわ~」
うう、後悔先に立たず。うわぁ~、二人とも悪い顔になってる!
にやにや笑いながらにじり寄ってくるタチの悪い二人組に、あたしの後から下りてきたアキレウスの鉄拳制裁が下された。
ゴツッ、とけっこう痛そうな音がして、頭にゲンコツを落とされた二人が悲鳴を上げる。
「いったァーい!」
「何すんのよアキレウスー!」
「朝っぱらから悪そうな顔になってるのがいたから、つい」
「何ソレー!」
「暴力反対!」
ぎゃあぎゃあわめく二人を尻目にパトロクロスのところへ避難したアキレウスは、彼に苦笑して迎えられた。
「その様子だと節度は守ったらしいな」
先程の態度や目の周りの様子から推察されたらしい。どっかりと椅子に座ったアキレウスはテーブルの上に上半身を投げ出すようにして溜め息をついた。
「オレは悟りを開いたぞ……想像以上の苦行だった」
「よく頑張った」
あはは……改めて聞くと何だか申し訳ない。
あの後あたしはいつの間にか眠りに落ちてしまったけど、アキレウスはほとんど眠れなかったみたいだった。
その腹いせのように朝から濃厚なキスをされて……幸せだけどいろいろ困った。
先刻のそれを思い返して頬を染めていたあたしは、頭をさするガーネットの目の周りがかなりのお疲れモードになっていることに気が付いた。
アキレウスよりもくまが出来ているし、目も充血していて、何だか腫れぼったい。
いつも通り元気そうにはしてるけど、よく見ると顔色も白っぽくて血色が良くないし―――あたしは何だか心配になった。
「ガーネット、大丈夫?」
「え? あんたの彼にやられたトコならけっこう痛いけど」
違う違う、そこは心配してない。
「何か顔色良くないよ……どこか具合でも悪い?」
「ホントだ~、目の周りとかヤバいよぉ」
それを聞きつけたイルファもそう言ってガーネットの顔を覗き込んだ。
「ヤバいとか言わないでよ……あたしも朝、鏡見てビックリしたんだから。ここ最近いろいろあったせいか疲れが抜けきれてないみたいなのよねー。あとは昨日ちょっと食べすぎたし飲みすぎたかなぁ。何か寝つき悪くてさ、困っちゃったわ」
「そうなの? 体調が悪いわけじゃないの?」
「うん。大丈夫」
「あの温泉に入って疲れが取れないなんて相当だよぉ~。ガーネットは弱音吐かなそうだし、無理して溜め込んで倒れるタイプでしょ。近くにこんなにいい仲間がいるんだから、何かあったら仲間に寄りかかりなよぉ」
イルファにそう言われてしまったガーネットは苦笑して彼女を見やった。
「あんたって、ホント……大雑把なようでいて意外と見ているのよね」
確かに今までの旅の中でガーネットが弱音を吐いたところって見たことないな。
アストレアでパトロクロスが王子様だってことを実感した時にちょっと落ち込んでいたくらいで……キツいとか辛いとか、そういう類の言葉とは無縁のイメージ。
持ち前の明るさとポジティブな思考であたし達をぐいぐい引っ張ってくれるパーティーのムードメーカー、大抵のことは難なくこなせちゃう、器用で自信家の彼女。
あたしはそんなガーネットにたくさん励ましてもらったし支えてもらったけど、あたしはその彼女に何か返せているかな。
「ガーネット、些細なことでもいいから何かあったら相談してね! あたしじゃ頼りないかもしれないけど話くらい聞けるし、あたしはガーネットの力になりたいから!」
「オーロラ……あんたもいろいろあったばかりで大変だっていうのに、あたしをそんなに心配してくれるなんて、何ていい娘なのー!」
冗談ぽくぎゅうーっと抱きつかれて、うやむやにされそうだったから、あたしは慌てて釘を刺した。
「ちょっと、本気! 本気だからね!? 何かあったら相談してよ!?」
「……うん、あんたがいつでも本気だっていうのは分かってる。ありがとう」
あれ? 何だかガーネットがしおらしい。
調子狂っちゃうな……やっぱりどこか悪いのかな?
「いいなァー、あたしも混ぜて混ぜて~」
それを見ていたイルファが横合いから勢いよく抱きついてきて、よろけたあたし達は悲鳴を上げながらたたらを踏んだ。
「もうっ、イルファ、あんた豪快過ぎなのよっ!」
そんなあたし達を眺めながら男性陣が呟いた。
「何をしているんだ? あれは……」
「さあ……てーか、朝飯どうなってんだろうな? 腹減ってきた……」
王都へ出立する前の賑やかなひと時。
それは、束の間の休息との別れでもあった。
先程までの夢の残滓が泡沫のように消え、残忍な気配に満ちた夢の世界で―――またか、とガーネットは独り全身を緊張させる。
ここ最近、彼女の夢は紅い悪夢に彩られている。
この後はいつも同じ展開になるから、続きを見たくなどないのだが―――彼女の願いを裏切るように、紅い色を纏ったその男は現れる。
グランバード……!
毎夜夢の中で繰り返される、絶望的な一対一の戦闘。そして敗れる彼女を男は蹂躙し、その肌に鋭い牙を突き立てる―――彼女が悪夢に耐え切れず、目覚めるその時まで。
「―――はぁッ!」
喘ぐような呼吸と共に、ガーネットは悪夢から目覚めた。
「はぁッ、はぁッ……」
上半身を起こして周囲を見渡し、それがまた例の悪夢だったと確認して―――深い深い吐息をつく。
「はぁっ……くそ、最悪……」
水差しの水をコップに注いで一気に飲み干し人心地つくと、彼女は汗で張りついた前髪を苛立たし気にかき上げた。
グランバードとの戦闘の後から、毎晩のように見始めた悪夢―――彼女は人知れず、それに悩まされていた。
「やっぱり、呪いの類……?」
形の良い眉をひそめ、自らの左肩に触れる。
念の為状態異常を回復させる呪文もかけたし、解呪の呪文も唱えてみたのだが、まるで効果がない。
あたしの熟練度が足りていないの……? それとも何か特別な方法が必要……?
鏡に映る左の肩には、特に異変のようなものは見られない。悪夢を見るようになったこと以外、これといって彼女の周囲に変化はなかった。けれど、この状況が毎晩のように続くことが普通であるわけがない。
毎晩のように続く悪夢は次第にガーネットを疲弊させていた。
―――パトロクロスに、みんなに相談するべきだ。
冷静な心はもう何日も前からそう訴えている。
けれど内容が内容だけに、その生々しさを毎晩感じている身としては、それを想い人であるパトロクロスに伝えることはためらわれた。
言えないわよ……毎晩毎晩あいつに乱暴される夢を見てるなんて!
いくら夢の中でのこととはいえ、まだ男性経験のない十代の少女にとってそれは、あまりにも衝撃的で屈辱的で、口にすることでさえ非常に抵抗を覚えるものだったのだ。
『ガーネットはさ、ちょっとカッコつけ過ぎなんだよ~』
昨日の温泉で何気なくイルファに言われたひと言が耳に甦る。
そうかもしれない。体面なんて考えている場合じゃないのかもしれない。
精神的にもかなりきつくなってきている。
……でも。
ガーネットはきゅっと唇を結んだ。
考えようによっては、夢を見ているだけなのだ。何ら実害が起きているわけではない。だから―――実害があるものなのか確証が持てるまで、もう少し待ちたい。
―――いや、違う。本当は分かっている。それは言い訳なのだと。
悪夢の内容は何も真正直に話す必要などない。乱暴されている部分を端折って話せばいいのだ。
理屈をつけて、自分は避けているだけなのだ。そう、意図的に避けている―――そうなのだと、本当は分かっている。真実、自分が『何』を恐れているのか。
自分が本当に恐れているもの―――それは。
ガーネットは瞑目した。
パーティーの重荷になること、そしてパトロクロスに切り捨てられてしまうことだ―――……。
ベッドの上に勢いよく腰を下ろし、ガーネットは両手で顔を隠すようにして覆った。
バカなことを考えていると分かっている。
例え何があったとしてもみんなそんなことを思うような連中じゃないし、パトロクロスが仲間としての自分を本当に必要としてくれていることも今は分かっている。
ただ、ドヴァーフでの出来事が思った以上にトラウマとして自分の中に根付いているようで、それが大きくブレーキをかけているのだ。
『ローズダウンの王様とゼン様の縁がきっかけで、今回の旅にガーネットが加わることになった―――そうだよね? ということは、逆に言えば、力のある白魔導士であればパト様にとっては誰でも良かったんじゃない? ことにここは魔法王国ドヴァーフ……白魔導士どころか賢者だってごろごろいる』
幼なじみのフリードのあの言葉は、実に痛いところを突いていた。
今回のこの現象が悪夢を見るだけにとどまらなかった場合、実害が出た場合、それはどのような形で姿を現すのだろう?
すぐに解決出来るものであればいい。
けれど、四翼天のあの暴虐男の仕業だと考えると……悪夢を見るだけの嫌がらせで済むとは正直考えられなかったし、それが生易しいものであるとは到底思えない。
最悪、戦線からの離脱―――。
脳裏をかすめるのはその可能性だ。
それはパーティーからの離脱を意味している。
明日には国王会議が行われているドヴァーフの王都へガゼ族の使者を伴って戻るのだ―――混沌とした世界情勢には一刻の猶予もなく、一日も早い大賢者シヴァの復活が待ち望まれている。その使命を負ったこのパーティーには些末なことで立ち止まっている余裕などないのだ―――最悪自分がいなくても、それこそフリードの言ったように、魔法王国の名を冠するドヴァーフの王都には白魔導士どころか賢者だってごろごろいる。
『ガーネット、お前の代わりになれる者など、誰もいないんだ』
『お前の力が、私達には必要なんだ』
以前、パトロクロスはそう言ってくれた。その言葉は本当に、本当に―――何よりも、嬉しかった。
アキレウスもオーロラも、きっと同じ言葉をくれるだろう。
彼らは自分を絶対に必要としてくれる。それは分かっている。
けれど、世界の情勢がそれを許さないだろう。
アキレウスの代わりもオーロラの代わりも、パトロクロスの代わりになれる者もいない。唯一無二の存在である彼らに替えはきかない。
けれど、自分は違う。一介の白魔導士に過ぎない自分だけは替えがきくのだ。
ガーネットの身に異変が起き、パーティーの役に立てなくなった時―――立ち止まることを許されない彼らのパーティーは、パトロクロスは、彼らにとっても辛い決断をすることになるだろう。
そう、ならざるを得ない。
それが―――怖い。
だからためらう。口に出来ない。
夜の闇明けきらぬ部屋の中で額を押さえるようにして、ガーネットは独り、重い溜め息を落とした。
「おっはよーオーロラ、昨日はどうだった~!?」
朝食を取りに一階へ下りていくなり満面の笑みを湛えたガーネットとイルファに取り囲まれて、あたしは思わず後退った。
「え!?」
「昨夜は二人っきりでアキレウスとどんなふうに過ごしたのー!?」
「あたしのチョイス良かったでしょォ~!? あの夜着にクラッとこないオトコいないモンね!」
あー、あの夜着! あの夜着といえば!
「もうイルファ、あの夜着、あれ、可愛いけどやりすぎだよ! おかげで大変だったんだから!」
「何々~、大変ってどんなふうに大変だったのぉ~!?」
「やりすぎの夜着ってどんな夜着ー!?」
あっ、しまった!
「ほらほら~洗いざらい喋ってごらんン~」
「すごーく興味あるわ~」
うう、後悔先に立たず。うわぁ~、二人とも悪い顔になってる!
にやにや笑いながらにじり寄ってくるタチの悪い二人組に、あたしの後から下りてきたアキレウスの鉄拳制裁が下された。
ゴツッ、とけっこう痛そうな音がして、頭にゲンコツを落とされた二人が悲鳴を上げる。
「いったァーい!」
「何すんのよアキレウスー!」
「朝っぱらから悪そうな顔になってるのがいたから、つい」
「何ソレー!」
「暴力反対!」
ぎゃあぎゃあわめく二人を尻目にパトロクロスのところへ避難したアキレウスは、彼に苦笑して迎えられた。
「その様子だと節度は守ったらしいな」
先程の態度や目の周りの様子から推察されたらしい。どっかりと椅子に座ったアキレウスはテーブルの上に上半身を投げ出すようにして溜め息をついた。
「オレは悟りを開いたぞ……想像以上の苦行だった」
「よく頑張った」
あはは……改めて聞くと何だか申し訳ない。
あの後あたしはいつの間にか眠りに落ちてしまったけど、アキレウスはほとんど眠れなかったみたいだった。
その腹いせのように朝から濃厚なキスをされて……幸せだけどいろいろ困った。
先刻のそれを思い返して頬を染めていたあたしは、頭をさするガーネットの目の周りがかなりのお疲れモードになっていることに気が付いた。
アキレウスよりもくまが出来ているし、目も充血していて、何だか腫れぼったい。
いつも通り元気そうにはしてるけど、よく見ると顔色も白っぽくて血色が良くないし―――あたしは何だか心配になった。
「ガーネット、大丈夫?」
「え? あんたの彼にやられたトコならけっこう痛いけど」
違う違う、そこは心配してない。
「何か顔色良くないよ……どこか具合でも悪い?」
「ホントだ~、目の周りとかヤバいよぉ」
それを聞きつけたイルファもそう言ってガーネットの顔を覗き込んだ。
「ヤバいとか言わないでよ……あたしも朝、鏡見てビックリしたんだから。ここ最近いろいろあったせいか疲れが抜けきれてないみたいなのよねー。あとは昨日ちょっと食べすぎたし飲みすぎたかなぁ。何か寝つき悪くてさ、困っちゃったわ」
「そうなの? 体調が悪いわけじゃないの?」
「うん。大丈夫」
「あの温泉に入って疲れが取れないなんて相当だよぉ~。ガーネットは弱音吐かなそうだし、無理して溜め込んで倒れるタイプでしょ。近くにこんなにいい仲間がいるんだから、何かあったら仲間に寄りかかりなよぉ」
イルファにそう言われてしまったガーネットは苦笑して彼女を見やった。
「あんたって、ホント……大雑把なようでいて意外と見ているのよね」
確かに今までの旅の中でガーネットが弱音を吐いたところって見たことないな。
アストレアでパトロクロスが王子様だってことを実感した時にちょっと落ち込んでいたくらいで……キツいとか辛いとか、そういう類の言葉とは無縁のイメージ。
持ち前の明るさとポジティブな思考であたし達をぐいぐい引っ張ってくれるパーティーのムードメーカー、大抵のことは難なくこなせちゃう、器用で自信家の彼女。
あたしはそんなガーネットにたくさん励ましてもらったし支えてもらったけど、あたしはその彼女に何か返せているかな。
「ガーネット、些細なことでもいいから何かあったら相談してね! あたしじゃ頼りないかもしれないけど話くらい聞けるし、あたしはガーネットの力になりたいから!」
「オーロラ……あんたもいろいろあったばかりで大変だっていうのに、あたしをそんなに心配してくれるなんて、何ていい娘なのー!」
冗談ぽくぎゅうーっと抱きつかれて、うやむやにされそうだったから、あたしは慌てて釘を刺した。
「ちょっと、本気! 本気だからね!? 何かあったら相談してよ!?」
「……うん、あんたがいつでも本気だっていうのは分かってる。ありがとう」
あれ? 何だかガーネットがしおらしい。
調子狂っちゃうな……やっぱりどこか悪いのかな?
「いいなァー、あたしも混ぜて混ぜて~」
それを見ていたイルファが横合いから勢いよく抱きついてきて、よろけたあたし達は悲鳴を上げながらたたらを踏んだ。
「もうっ、イルファ、あんた豪快過ぎなのよっ!」
そんなあたし達を眺めながら男性陣が呟いた。
「何をしているんだ? あれは……」
「さあ……てーか、朝飯どうなってんだろうな? 腹減ってきた……」
王都へ出立する前の賑やかなひと時。
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