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覚醒編
プロローグ
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「許さない、許さない、許さない……」
男達の屍が累々と転がる薄暗い部屋の中、暗い翳りを帯びた女の呪詛の声がいつ果てるともなく続いている。
緩やかなクセのある、荒れ果てた長い長いピンクの髪を床の上に撒き散らすようにして、石造りの冷たいそれに膝をついた女の顔には、癒えることのない、無残な傷痕が刻まれている。
元が美しかっただけに、女の顔に横たわるその傷痕は残酷で、生々しい。
裏切り者によって己が呪力を顔面に受け、焼けただれてしまった彼女の顔は、普通の方法ではもう元には戻らない。
かつて美の化身ともてはやされた彼女の美貌は、永遠に失われてしまった―――いや、このままでは、永遠に失われてしまう。
美をこよなく愛する彼女にとって、それは耐え難いことだった。だが、それ以上に―――今は、この上なく傷付けられたプライドが灼熱の溶岩の如く全身を滾り続けている。
―――許さない。
このあたしのプライドを土足で踏みにじった、全ての者達。
長い睫毛に縁取られたピンク色の瞳に宿るのは、暗澹たる復讐の焔―――そして、鬱屈し、歪んだ怒りの矛先は―――彼女自身も知らぬうちに、超絶の美を纏う一人の存在へと向けられる。
―――笑っているんでしょう。
このあたしの、惨めな体たらくを。
あたしのことなんてまるで歯牙にもかけていないかのような、いつもみたいに涼しい顔をしたその裏側で、不様だと嘲り、ほくそ笑んでいるんでしょう。
自分の勝利を、確信しているんでしょう……!
―――許さない……!
その時だった。重い音を立てて部屋のドアが押し開かれ、差し込む明りと共に無遠慮な男の声が陰鬱な室内に響き渡った。
「よぉ、セルジュ。派手にヤラれたらしいな。ずいぶん鬱々としてるみてェじゃねーか」
こちらの不機嫌さをことさらに煽るような口調。ある意味、今は一番会いたくなかった輩だ。
そちらに背を向け微動だにしないまま、セルジュは狂気をはらんだピンクの眼だけを動かして、不遜な声の主に殺気立った声を返した。
「グランバード。あたしは今最高に機嫌が悪いのよ。ケガしたくなかったら目障りなその姿をさっさと消すのね」
目障り、と名指しされた男は、彼女の警告などまるで意に介する様子もなく、ニヤニヤと鋭い牙を口元から覗かせながら、無遠慮に話しかけてきた。
「おぉ、怖ェ怖ェ。そう殺気を振りまくなよ。すぐ退散するって……一応断りを入れに来ただけだからよ」
「断り?」
「ああ。おめェ、その様子じゃしばらくまともに動けねェだろ」
容赦のない指摘に、張り詰めていたセルジュの気がピリッ、と震える。
「そう威嚇すんなって。なぁに、おめェが復活するまでの間、オレがちょっくら遊ばせてもらおうかと思ってよ。オレの区域はウィルハッタだけどよ、ルシフェルのヤツすぐに全滅させねーでじわじわ攻めろとか言うし、まぁ早ェ話退屈でよ。手持ち無沙汰ってヤツ? まあンなワケで、あいつらがドヴァーフ領内にいる間、ちょっくら手ェ出させてもらうからよ」
ヨロシク、といとも軽い調子で、セルジュが看過など出来るはずもない発言をしゃあしゃあと吐く。
「フザけんじゃないわよ」
男が言う『あいつら』とは、彼らが『イヴ』と呼ぶ少女を含んだ人間のパーティーのことだ。セルジュがこの忌まわしい顔の傷を負うことになった戦闘、その中心にいた因縁のパーティー……そんな戯言、認められるわけがない。
当然の如く怒りを露わにするセルジュに、紅の翼を持つ男はうっすらと意地の悪い笑みを刷いた。
「フザけてねー、本気だよ。オレは退屈がキライなんだ。おめェにわざわざソレ言いに来たのは、ま、儀礼上よ? どうしてもやめてほしいってんなら、そのツラこっちに向けて『お願いします』って懇願してみろよ」
セルジュは拳をきつく握りしめ、長い爪を自身の皮膚に食い込ませてその屈辱に耐えた。
この男の性格は知っている。
傲慢、残忍、そういう類の言葉を体現化したような存在なのだ。この世は自分が楽しむ為に在り、そこに存在する全てのものは自分のオモチャなのだと勝手に定義している。
今はルシフェルに与しているような立場だが、それはグランバード曰く「ルシフェルの目的が面白そうだったから自分の力を貸してやることにした」だけなのであり、彼の中ではルシフェルとの間に主従関係など始めから存在していないのだ。
彼にとっては何より『面白い』ことが重要なのであり、その他のことはどうでもいい。
手負いの相手を嬲るのはこの男の大好物だ。いたぶって、追い詰めて、心身共に屈服させて、最後には殺す。どんなに懇願してみせたところで、絶対に言動を翻したりなどしない。
そんな男がわざわざセルジュに『儀礼上』それを伝えに来たのは、大嫌いな『退屈』をしのぐ為―――そう、彼女を嬲るのが目的だったからに他ならない。
それを悟ったセルジュは憤りに震えそうになる身体を制し、グランバードに背を向けたまま、沈黙を貫いた。
反応すればするほど、この男を悦ばせるだけだ。
はらわたが煮えくり返る思いだが、現状の自分では、絶対にこの男には敵わない。
しばしセルジュの動静を窺っていたグランバードは、彼女が動かないのを見取るとつまらなそうにひとつ鼻を鳴らした。
「んじゃ、ま、一応断りは入れたってコトで。オレの領域じゃねェトコで本気は出さねーつもりだから、そこんトコは安心しろ」
下卑た笑い声を残し去っていく相手の気配を背中に感じながら、セルジュは荒れ狂うやり場のない怒りが自身の中に充満していくのを、ただ惨めに堪えることしか出来なかった。
いつか、殺してやる……!
耐え難い屈辱にまみれ、冷たい石造りの床に押し付けられ続けた彼女の両手は、紅に染まっていた。
男達の屍が累々と転がる薄暗い部屋の中、暗い翳りを帯びた女の呪詛の声がいつ果てるともなく続いている。
緩やかなクセのある、荒れ果てた長い長いピンクの髪を床の上に撒き散らすようにして、石造りの冷たいそれに膝をついた女の顔には、癒えることのない、無残な傷痕が刻まれている。
元が美しかっただけに、女の顔に横たわるその傷痕は残酷で、生々しい。
裏切り者によって己が呪力を顔面に受け、焼けただれてしまった彼女の顔は、普通の方法ではもう元には戻らない。
かつて美の化身ともてはやされた彼女の美貌は、永遠に失われてしまった―――いや、このままでは、永遠に失われてしまう。
美をこよなく愛する彼女にとって、それは耐え難いことだった。だが、それ以上に―――今は、この上なく傷付けられたプライドが灼熱の溶岩の如く全身を滾り続けている。
―――許さない。
このあたしのプライドを土足で踏みにじった、全ての者達。
長い睫毛に縁取られたピンク色の瞳に宿るのは、暗澹たる復讐の焔―――そして、鬱屈し、歪んだ怒りの矛先は―――彼女自身も知らぬうちに、超絶の美を纏う一人の存在へと向けられる。
―――笑っているんでしょう。
このあたしの、惨めな体たらくを。
あたしのことなんてまるで歯牙にもかけていないかのような、いつもみたいに涼しい顔をしたその裏側で、不様だと嘲り、ほくそ笑んでいるんでしょう。
自分の勝利を、確信しているんでしょう……!
―――許さない……!
その時だった。重い音を立てて部屋のドアが押し開かれ、差し込む明りと共に無遠慮な男の声が陰鬱な室内に響き渡った。
「よぉ、セルジュ。派手にヤラれたらしいな。ずいぶん鬱々としてるみてェじゃねーか」
こちらの不機嫌さをことさらに煽るような口調。ある意味、今は一番会いたくなかった輩だ。
そちらに背を向け微動だにしないまま、セルジュは狂気をはらんだピンクの眼だけを動かして、不遜な声の主に殺気立った声を返した。
「グランバード。あたしは今最高に機嫌が悪いのよ。ケガしたくなかったら目障りなその姿をさっさと消すのね」
目障り、と名指しされた男は、彼女の警告などまるで意に介する様子もなく、ニヤニヤと鋭い牙を口元から覗かせながら、無遠慮に話しかけてきた。
「おぉ、怖ェ怖ェ。そう殺気を振りまくなよ。すぐ退散するって……一応断りを入れに来ただけだからよ」
「断り?」
「ああ。おめェ、その様子じゃしばらくまともに動けねェだろ」
容赦のない指摘に、張り詰めていたセルジュの気がピリッ、と震える。
「そう威嚇すんなって。なぁに、おめェが復活するまでの間、オレがちょっくら遊ばせてもらおうかと思ってよ。オレの区域はウィルハッタだけどよ、ルシフェルのヤツすぐに全滅させねーでじわじわ攻めろとか言うし、まぁ早ェ話退屈でよ。手持ち無沙汰ってヤツ? まあンなワケで、あいつらがドヴァーフ領内にいる間、ちょっくら手ェ出させてもらうからよ」
ヨロシク、といとも軽い調子で、セルジュが看過など出来るはずもない発言をしゃあしゃあと吐く。
「フザけんじゃないわよ」
男が言う『あいつら』とは、彼らが『イヴ』と呼ぶ少女を含んだ人間のパーティーのことだ。セルジュがこの忌まわしい顔の傷を負うことになった戦闘、その中心にいた因縁のパーティー……そんな戯言、認められるわけがない。
当然の如く怒りを露わにするセルジュに、紅の翼を持つ男はうっすらと意地の悪い笑みを刷いた。
「フザけてねー、本気だよ。オレは退屈がキライなんだ。おめェにわざわざソレ言いに来たのは、ま、儀礼上よ? どうしてもやめてほしいってんなら、そのツラこっちに向けて『お願いします』って懇願してみろよ」
セルジュは拳をきつく握りしめ、長い爪を自身の皮膚に食い込ませてその屈辱に耐えた。
この男の性格は知っている。
傲慢、残忍、そういう類の言葉を体現化したような存在なのだ。この世は自分が楽しむ為に在り、そこに存在する全てのものは自分のオモチャなのだと勝手に定義している。
今はルシフェルに与しているような立場だが、それはグランバード曰く「ルシフェルの目的が面白そうだったから自分の力を貸してやることにした」だけなのであり、彼の中ではルシフェルとの間に主従関係など始めから存在していないのだ。
彼にとっては何より『面白い』ことが重要なのであり、その他のことはどうでもいい。
手負いの相手を嬲るのはこの男の大好物だ。いたぶって、追い詰めて、心身共に屈服させて、最後には殺す。どんなに懇願してみせたところで、絶対に言動を翻したりなどしない。
そんな男がわざわざセルジュに『儀礼上』それを伝えに来たのは、大嫌いな『退屈』をしのぐ為―――そう、彼女を嬲るのが目的だったからに他ならない。
それを悟ったセルジュは憤りに震えそうになる身体を制し、グランバードに背を向けたまま、沈黙を貫いた。
反応すればするほど、この男を悦ばせるだけだ。
はらわたが煮えくり返る思いだが、現状の自分では、絶対にこの男には敵わない。
しばしセルジュの動静を窺っていたグランバードは、彼女が動かないのを見取るとつまらなそうにひとつ鼻を鳴らした。
「んじゃ、ま、一応断りは入れたってコトで。オレの領域じゃねェトコで本気は出さねーつもりだから、そこんトコは安心しろ」
下卑た笑い声を残し去っていく相手の気配を背中に感じながら、セルジュは荒れ狂うやり場のない怒りが自身の中に充満していくのを、ただ惨めに堪えることしか出来なかった。
いつか、殺してやる……!
耐え難い屈辱にまみれ、冷たい石造りの床に押し付けられ続けた彼女の両手は、紅に染まっていた。
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