DESTINY!!

藤原 秋

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アストレア編

闇の外へ

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 その流れの導くまま光の海をたゆたっていたあたしは、瞼にひと際明るい光を感じて、ぼんやりと目を覚ました。

 光の流れの向かう先に、白く輝く裂け目が見える。

 出……口……?

 思った瞬間、あたしは勢いよく地面に投げ出されていた。

「あ……っ……」

 その衝撃で背中に激痛が走り、あたしはうめき声を上げた。

 痛……。

 頬に、土と緑の感触。

 太陽の光が燦々さんさんと降り注いでいる。

 何……? 夜じゃ……なかったっけ……。

 背中が痛い。

 何が……どうなって……。

「痛い……」

 ズキン、ズキンと響く痛みに意識が遠のきかけたその時、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。

「オーロラ!」

 アキ……レウス……?

「オーロラ! 大丈夫か!?」

 彼はそう言って駆け寄ると、息を切らせてあたしの顔を覗き込んだ。

「アキ……レウス……」

 彼はあたしの状態を見て取ると、素早く腰の道具袋から何かを取り出し始めた。

しゃべらなくていい……傷を見せてみろ」

 そう言うと、うつ伏せに倒れたあたしの襟ぐりに手をかけ、短衣チュニックを引き裂こうとした。

 ―――あ!

「ダッ……ダメッ!」

 あたしは思わず叫んで、彼の手を振り払った。

「オーロラ!?」
「いいっ! 大丈夫、だからっ……いい!」

 背中が燃えるように熱く、引きつれるように痛んだけど、あたしは無理矢理半身を起こして、彼の手を拒んだ。

「大丈夫なわけ、ないだろ!?」
「いい! もう、大丈夫だか、らっ……放っておいて……!」

 アキレウスは困惑顔であたしを見た。

「おい、恥ずかしがっている場合じゃないだろ?」
「そんなんじゃ、ない……。いいの……いいから……大丈夫、だから……」

 震える息を吐き出しながら、あたしはかたくなに彼の手を拒んだ。

「おい、オーロラ……」
「いいったら! 放っておいてよ!」

 叫ぶあたしに、アキレウスが本気で怒った。

「バカヤロウ! そんなこと言ってる場合か!!」

 彼はあたしの手を取ると、有無を言わさずうつ伏せに押さえつけた。

「やっ……! いやっ!」
「ジッとしてろ」

 あたしの必死の抵抗をものともせず、アキレウスはそう言うと短衣チュニックを一気に引き裂いた。

「やぁっ……!」

 露わになった肌に、外気が触れるのを感じる。

 アキレウスの目の前に晒された光景を思い、あたしは一瞬呼吸を止め、そして、ぐったりと大地に身をゆだねた。

 あぁ……。

 涙がゆっくりと、頬を伝う。

 アキレウスにだけは……見られたくなかった……。

 あたしの背に刻まれた、古い傷跡。

 背骨を挟んで、左右にひと筋ずつ刻まれた、醜い、大きな傷跡。

 あたしの過去を知っている、その傷跡を。

 アキレウスには……見られたくなかった……。

「……傷を洗い流すから少ししみるぞ」

 静かになったあたしにそれだけ告げると、アキレウスはアルコールの入った小瓶を開け、それをあたしの背中にかけた。

「あッ……!」

 激痛に、ビクン、と身体が跳ね上がる。

「く……うっ……」

 唇をかみしめてそれに耐えながら、あたしは意識が遠のいていくのを感じた。

 涙がとめどなく溢れて、止まらなかった。







 深い深い闇の中―――あたしは一人たたずんで、震えている。

 周りを覆い尽くすのは、漆黒の闇。それが、見渡す限りどこまでも続いている。

 あたしの足元には、一本の道。細い細い、今にも崩れ落ちてしまいそうな、心許こころもとない一本の道が、闇の中を延々と続いている。

 左右は切り立った崖となっていて、そこから吹き上げてくる冷たい風が、不安定なあたしの足場を危うくする。

 寒い……。

 ガタガタと震えながら、あたしは途方に暮れて立ち尽くしている。

 どこへ向かえば、いいんだろう。

 前から歩いてきたのか、後ろから歩いてきたのか、それすらもあたしには分からなくなってしまった。

 あぁ……寒い。

 足元から吹き上げる風が、容赦なくあたしの身体を凍りつかせていく。

 あたしは……どこへ向かおうとしていたんだろう……?

 過去へ……未来へ……?

 今となってはそれも分からない……どちらも―――怖い。

 あたしは凍える自分の身体を、きつく抱きしめた。



 あたしは……何―――?



 それは、とてつもない恐怖を呼び起こす疑問符。

 ずっと頭の片隅にあって、いつも考えないようにしていた疑問符だった。

 ついこの間まで、あたしは自分を普通の女の子だと思っていた。

 ただちょっと記憶を失くしているだけで、それ以外は何ら他のと変わりのない、普通の女の子だと―――そう、思っていた。

 なのに―――……。



 ―――このまま、突き詰めていったら、どうなるんだろう?



 ずっと、突き詰めていって……記憶を取り戻したら。その時あたしは、思い描いていた本当の自分の姿と、全く異なった自分になっているのかもしれない。

 大賢者シヴァを復活させて、元の世界に戻れたとしても―――誰も、受け入れてくれない存在になっているのかもしれない。



 ―――怖い……!



 それは、例えようもない孤独と恐怖感。まるで、世界中から見放されてしまったかのような。



 あたしはいったい何なの……!?



 怖い。

 どうしようもないほどに。

 寒い。

 身も心も、凍てついてしまいそうなほどに。

 あぁ……。

 進むことも戻ることも出来ず、あたしははらはらと涙を流した。

 怖いよ……。



(……)



 その時、何かが聞こえたような気がして、あたしはハッと顔を上げた。

(……ラ)

 何……?

(……ロラ)

 気のせいじゃ、ない。

(……ーロラ)

 ―――あぁ、これは……。

 あたしは涙に濡れた瞳を見開いた。

(……オーロラ)

 あたしの名前……!

(オーロラ)

 誰かがあたしを呼んでいる……!

 その瞬間、前方の闇に微かな光が差し込んできて、あたしは息を飲んだ。

(オーロラ!)

 声は、光の方から聞こえてくる。

 凍える身体を引きずるようにして、あたしは歩き始めた。

 待って……。

 必死に、光に向かって腕を伸ばす。

 一人にしないで……!



「オーロラ!」



 あたしはハッ、と目を覚ました。

 涙が幾重にも流れて、頬を濡らしている。

 目の前で、翠緑玉色エメラルドグリーンの瞳が心配そうにあたしを見つめていた。

「大丈夫か? ひどくうなされてたから……」

 そう言って、アキレウスはあたしの頬の涙を優しく拭った。

「アキ……レウス……」

 今のは夢……?

 甦ってくる背中の痛みを感じながら、あたしは虚ろな瞳で辺りを見渡した。

 小さな洞穴どうけつのような場所で、あたしはアキレウスの外套がいとうにくるまれ、うつ伏せに寝かされていた。

 焚火たきびがたかれ、薄暗い洞穴内をオレンジ色に照らし出している。その向こうには、深い夜の闇が見えた。

 焚火にあたっているはずなのに、暖かく感じられない。

 さっきの夢の続きのよう……。ひどく……寒い。

 身体の芯まで凍りついているみたいなのに、背中の傷だけがひどく熱い。全身に、冷たい汗をかいていた。

 寒い……。

 ガタガタ震えているあたしの額に、そっとアキレウスの手が触れた。

「ひどい熱だ……この傷のせいだな。寒いか……?」

 あたしが頷くと、彼はあたしを抱き上げて、焚火のすぐ側まで移動してくれた。

「どうだ? さっきよりいいか?」
「ん……」

 カチカチと歯の根の合わないあたしの髪を柔らかくなでながら、アキレウスは申し訳なさそうに呟いた。

「ごめんな……オレをかばったせいで……」

 あたしに触れる彼の掌が大きくて、温かくて、そのぬくもりに、あたしは涙が溢れるのを止められなかった。

「オーロラ? 傷が痛むのか?」

 心配してあたしの顔を覗き込む彼の頬に、あたしは震える指を伸ばして、触れた。

 温かい……。

 果てのない闇の中に一人残された、精神こころが凍てつくような夢と、不安を抱える現実、そして肉体からだに負った深い傷に、あたしはひどく弱っていた。

 触れる指先から伝わってくるアキレウスの体温ぬくもりだけが、自分を束の間救ってくれるような、そんな気がした。

「アキレウス……側にいて……」

 震える声で、泣きながらあたしは訴えた。

「側にいて……あたしに、触れていて……お願い……」
「オーロラ……」
「怖いの……」

 しゃくりをあげながら、あたしは彼の翠緑玉色エメラルドグリーンの瞳を見つめた。

「自分が何者なのか分からない……考えないようにしていたけれど、本当は怖くて怖くてたまらない……! これからどうなっていくのか……不安で不安で、胸が潰れそう……! 本当は、全てから逃げ出してしまいたい……だけど、あたしには逃げられる場所がない……!」

 涙でぐちゃぐちゃになりながら、あたしは胸にしまい続けていた弱音を吐き出した。

「怖いよ……!」
「オーロラ……!」

 あたしの名前を強く呼んで、アキレウスは腕の中のあたしを抱き寄せた。

 涙で濡れる瞼に、頬に、優しく口づける。

「側にいるよ」

 耳元でそう囁いて、彼は優しくあたしを抱きしめてくれた。

「側にいる……」
「―――っ、うっ……」

 泣きじゃくりながら、あたしは彼の胸にしがみついた。

 静かな森の……緑の香りがする……。

 アキレウスの肌の匂い。

 凍えそうな心が、少しだけ癒されていくのを感じながら、あたしは瞳を閉じた。

 意識が闇に溶けていくまでに、さほど時間はかからなかった。







 まどろみの中、大きな優しい手が自分を包んでくれているのを、あたしはぼんやりと感じていた。

 唇に柔らかく温かいものが触れ、そこからゆっくりと流しこまれる液体を飲み込むと、ほっとしたような息づかいが感じられた。

 自分のものとは違う体温を近くに感じる―――一人じゃ、ない。

 大きな安心感に包まれて眠るあたしは、もう怖い夢を見なかった。







 暖かい……。

 うららかな春の日差しを浴びているかのような心地良い眠りの中で、あたしはぼんやりと目を覚ました。

 気持ちいい……。こんなに穏やかな朝は、久しぶり……。

 すり、と枕に頬を寄せたあたしは、その違和感に気が付いた。

 あれ……? 何か、変。

 ベッドも……妙に固いような……。

 っていうか、あれ? あたし、横になっていな……。

「気が付いたか?」

 突然頭上から降ってきた声に驚いて顔を上げると、澄んだ翠緑玉色エメラルドグリーンの瞳にぶつかって、あたしは息を飲んだ。

 なっ……。

「具合はどうだ?」

 上半身裸のアキレウスに抱かれ、そのたくましい胸にもたれかかるようにして、あたしは寝ていたのだった。

「アッ……!? アキレウス!?」

 驚いて飛び起きた直後、背中に激痛を感じて、あたしはその場にうずくまってしまった。

 いっ……た、ぁ……。

「バカ、傷口が開くぞ」

 そ、そんなコト言われたって……。

 涙目で、あたしは背中を覗き込んだ。

 そう……だ。あたし、背中をケガして……それで……?

 そして、そこで固まってしまった。

 え゛……。

 あたしは上半身裸で、背中から胸にかけてきつく包帯が巻かれ、下半身は黒い厚手のレギンス、という姿をしていた。包み込むようにしてアキレウスの外套がかけられていたけど、自分の短衣チュニックも、外套も、身に着けていない。

 思考能力が停止する中、どうにか記憶を手繰たぐっていくと、傷を手当てしようとしたアキレウスに背中の古傷を見られてしまったことを思い出した。

「あ……」

 カァッ、と頬が火照るのを感じながら、あたしは恐る恐る、彼に聞いた。

「アキレウスが……手当て、してくれたの?」
「あぁ」

 神妙な面持ちで頷く彼に、あたしは思わず外套で胸を隠すようにしながら、真っ赤になって尋ねた。

「……見、た?」

 するとアキレウスは、少し赤くなって視線を逸らした。

「……なるべく見ないように、努力はした」

 初めて見るそんな彼の表情に、恥ずかしいやら何やらでいっぱいになりながら、あたしはどうにか口を動かして、お礼を言った。

「そ……か、ありがと……」

 それっきり、二の句を継ぐことが出来なかったけど。

 み……見られちゃったんだ……。

 古傷どころか自分の貧相な身体まで見られてしまったなんて、もう穴があったら入りたい心境!

 緊急時だからしょうがないんだけど、だいたい何がどうして、こんな状況になってしまったんだろう。

 死霊使いネクロマンサーに斬りつけられて、それから―――……?

 あたしは一生懸命記憶を探ろうとしたけれど、そこからここへ来るまでの経緯がすっぽりと抜け落ちてしまっている。

 状況から見て、ここにはアキレウスとあたししかいないみたいだし、パトロクロスやガーネット、それにアストレアのみんなはいったいどうしてしまったんだろう。

「……傷はもう痛まないのか」

 気まずい沈黙を破って、アキレウスが話しかけてきた。

「えッ!? あ、あぁ……うん。痛いけど、動かなければもうそんなに……」

 動揺しまくりながら答えると、彼はすっと腕を伸ばして、あたしの額に触れた。

 ドッキン!

 心臓が大きな音を立てて、アキレウスに聞こえるかと思った。

「熱は下がったみたいだな……薬が効いたみたいで良かった」

 え? 薬……?

 そんなの飲んだっけ???

「近くに小川があったから、行って水を汲んでくる」

 アキレウスはそう言うと、敷物代わりに敷いてあった自分の上着を着て立ち上がった。

 洞穴内に差し込む朝日が鍛え抜かれた彼の半裸を一瞬照らし出して、その引き締まった無駄のない筋肉に、あたしは思わず見とれてしまった。

 前にも思ったけど……アキレウスって、すごくいいカラダをしている。

 しなやかで、綺麗な……野生の獣みたい。

 そんな彼についさっきまで抱きしめられるようにして寝ていたのだと思うと、きゅうっと胸がしなるような気がした。

 アキレウス……。

 切ない溜め息をつきながら、あたしはしばらく彼の出て行った洞穴の外を見つめ、それから内部に視線を戻した。

「あ……?」

 そして、始めて気が付いた。

 そこが、ただの洞穴ではないことに。

「何、これ……」

 呟きながら、あたしは洞穴の奥の方へと歩み寄った。

 そこには、自然の造形では有り得ない、明らかに人工の産物があった。

 奥行きがそんなに深いわけじゃない、一見自然の洞穴のように見える、このほら穴。

 その最奥に、何やら機械の装置のようなものが置かれていたんだ。

 苔生こけむし、錆びついた、時の流れを感じさせる、古い装置。

 長い歳月の間にかすれた文字が、微かに見取ることが出来た。

 その見覚えのある文字に、あたしは藍玉色アクアマリンの瞳を見開いた。

 これって……英語……!?

 マエラの母国語ではなかったけど、あたしの居た港町には外国からの船の往来も多く、度々目にしていた文字だ。

 掠れていて、何ていう単語が記されていたのかは分からない。読める文字は、T、E、R……たった、これだけ。

 けれど、懐かしくて懐かしくて……涙が、溢れた。

 ここは、やっぱり地球なんだ。

 未来の……世界なんだ……。

 手の甲で涙を拭いながら、あたしは深い息を吐き出した。

 こんな旧時代の装置があるなんて……ここはいったい、どこなんだろう。どうして、あたしとアキレウスだけがここへ来ることになったんだろう。

 死霊使いネクロマンサーに斬りつけられてから、ここへ来るまでの経緯が、あたしにはどうしても思い出せない。

 だけど……覚悟を決めよう。

 きっと……あたしが、関わっているんだ。

 何故だかハッキリと、そう思った。

 アキレウスが戻ってきたら……聞いてみよう。

 そして、それがどんな事実であっても受け止めよう。

 あたしには、前に進む道しかないんだから―――。







 アキレウスは携帯用の水筒に水を入れてすぐ戻ってきた。

 古びた装置の前に佇むあたしの様子を見て、彼は何かを察したらしい。

「……それ、何の装置だろうな。随分と古いモノっぽいけど……どうした?」
「これ……多分、『旧暦』の時代の装置だと思う」
「え?」
「あたしの居た時代……『西暦』の、多分後半―――文明が滅びる前に造られたモノじゃないかな」

 金属なのか何なのか、よく分からない素材で出来た、見慣れない形状の装置―――あたしのいた時代ときより、多分少し未来で生まれることになったに違いない、旧暦の遺産。

 アキレウスはそうか、とだけ呟いて、あたしに水筒を渡してくれた。

「ほら。喉渇いてるだろ?」
「ありがとう」

 微笑んで、あたしはそれを受け取った。

 意識していなかったけど、ひと口水を含むと、カラカラに乾いていた喉にそれがしみ渡っていって、身体がすごく水を欲していたことが分かった。

「あと、ルフラの実がなっていたから取ってきた」

 アキレウスから受け取った拳大のオレンジ色の果実を、あたしはまじまじと見つめた。

「ルフラの実?」
「甘みが強くてウマいぞ。ちょっと皮が厚めで、種がデカいのが難点だけどな」

 アキレウスがガブリとかぶりついたのを見て、あたしもそれにならった。甘くてみずみずしい果肉とほのかな酸味が口の中いっぱいに広がって、弱った身体を優しく癒してくれるような気がした。

「美味しー……あ、ホントに種大きい」
「だろ。だから見てくれの割に、食べるトコが少ないんだ」

 小指の先の大きさくらいの種が、四個も入ってるの。確かにこれは、難点だな。

「……ねぇ、アキレウス」

 ルフラの実を食べ終わったところで、あたしは彼に切り出した。

「ここは……どこなの? どうしてあたし達だけ、ここにいるの?」
「え?」

 微かにアキレウスが目を見開く。

「……覚えてないのか?」

 彼のその様子を見て、あたしは自分の予想が当たっていたことを確信し、ゴクリと息を飲んだ。

「……うん」

 アキレウスはためらうように一瞬黙り込んだ後、静かな口調で話し始めた。

「……ここがどこなのかは、オレにも分からない。あの時―――」

 覚悟していたこととはいえ、彼の口から語られた内容は、あたしにとってあまりにショッキングなものだった。



 空間を切り開いて、別の場所に移動した―――。



 小刻みに身体が震えだすのを、止められなかった。

「あ……はは……まいっちゃったな……」

 動揺する心を抑えながら、あたしは引きつった笑顔を浮かべた。

「そんなコトまで出来ちゃったんだ……。あたしって、何なんだろうね……?」

 震えが、止まらない。

「人間じゃ……なかったりして……」
「オーロラ」

 アキレウスが力強い声であたしの名前を呼んだ。

「オレが事実をありのままに伝えたのは、お前が本当の自分自身を知って、それを受け止める必要があると思ったからだ。誰だって、自分から逃げることは出来ないんだからな。オーロラは、空間を移動することが出来る―――そういう特殊能力を持った人間なんだよ」

 彼の言葉は、あたしの胸にズシンと重く響き渡った。

「わ……分かってるよ。それくらい……」

 彼の言っていることは、真実だ。分かっている。

 だからこそ、心に痛い。

 その事実を受け入れることは、弱いあたしにとって、大変な勇気のいることだった。

 どうしてあたしは、こんなに弱いのかなぁ……。

 ほら。今だって、涙をこらえるのに精一杯で、アキレウスの顔さえまともに見れない。

「……」

 そんなあたしの様子を見ていたアキレウスはおもむろに手を伸ばすと、あたしの頬を挟みこんで、ぐいっと自分の方に顔を向けさせた。

「!!?」

 驚くあたしの藍玉色アクアマリンの瞳を覗き込んで、彼はこう言った。

「あともうひとつ。オレを……オレ達を、もっと信用しろよ」
「え……?」

 きょとんとするあたしを見つめて、彼は言葉を続けた。

「オレ達は仲間だろ? どんな能力チカラを持っていたって、オーロラがオーロラであることに変わりはないだろ? パトロクロスだって、ガーネットだって、きっとそう思っている。そんなふうに何でも一人で抱え込まないで、もっとオレ達を頼れよ。耐えることも大事だけど、時には吐き出すことも必要だろ? えーと、何が言いたいのかっていうと、つまり―――」

 アキレウスは赤くなりながら、こう言った。

「泣きたい時には泣け! ってコトだ。お前が辛い時には、オレ達が支えてやる。それが仲間ってモンだろ?」

 彼の言葉に、あたしは胸がジン、と熱くなるのを感じた。

 同時に、鼻の奥がツン、と痛くなった。

「……そんなコト言うと、また、泣いちゃう……から、ね」
「……もう泣いてる」

 涙を溢れさせるあたしを見て、アキレウスはくすっと笑った。

「うっ……わあぁ……ん!」

 子供のように声を上げて、あたしは泣いた。いつものように押し殺した声ではなく、大声を上げて泣いた。

 そんなあたしを、アキレウスがそっと包み込む。

「もう、あんなふうに……夢の中で、一人で泣くな」

 あたしの髪に頬を押しつけて、何事か囁く彼の声も聞き取れないほど、あたしは泣いた。

 それは、自分という存在をありのままに受け止めてくれる、何よりも心強い、かけがえのない存在を得ることのできた、喜びの涙でもあった。 
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