DESTINY!!

藤原 秋

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旅立ち編

誘いの洞窟

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 ひと晩ガーネットの家でお世話になったあたし達は、翌朝早くにいざないの洞窟へと向けて出発した。

 ガーネットは薄紫色の長衣ローブに身を包み、淡いピンクの半透明のストールを羽織っていた。ゼンおばあさんから譲り受けたという杖を装備し、腕には綺麗な銀細工の腕輪をはめている。

 古い趣きを感じさせるその杖は、“波動の杖”と呼ばれる魔法の杖で、その名の通り強力な波動を巻き起こすことが出来るらしい。白魔導士のガーネットは攻撃魔法を使えないけど、これによってその弱点をカバーできるんだとか。他に、魔力を高めてくれる効果なんかもあるらしい。

 銀細工の腕輪は“守護の腕輪ガーディアンブレス“と呼ばれるもので、呪文による魔法攻撃のダメージを軽減してくれたり、毒や麻痺といった間接攻撃なんかも防いでくれる効果があるんだって。スゴいよね!

「我が祖母ながら、とんでもないばーさんだわ。突然どこかに行っちゃうのはいつものコトだけど、出掛けにこんなモン渡していくから、どうしたのかと思っていたら……まさか、こういうコトだったとはねー。変だとは思ってたのよ。旅にいつも連れていくミゲルさんは置いていくしさー」

 ミゲルさんというのは、ゼンおばあさんの一番弟子。

 アキレウスが運びこまれた時はたまたま外出していたらしいけど、おばあさんもガーネットも家を空けることになる間、彼が責任者としてその留守を預かることになるらしい。

 おばあさんはきっと、ガーネットがあたし達と旅に出るだろうことを予測して、信頼ある彼を置いていったんだろうな。まさか、あんな動機で彼女が旅に加わることになるとは、夢にも思っていなかっただろうけど。

「ふふ。顔の広い人だとは思っていたけど、まさかローズダウンの王様とまで知り合いだったとはねー」

 そう言って、ガーネットは楽しそうに笑った。

 四人そろっての旅立ちは、しょっぱなのクリックルに乗るところからつまずいてしまった。

「だからぁ、パトロクロスとあたし、アキレウスとオーロラの組み合わせでいいじゃない。何の問題もないでしょ?」

 そう言い切るガーネットの前で、パトロクロスは難しい顔をしてうなっている。

「わ、私がお前と一緒に乗るのか……」
「こんな素敵な女の子と一緒にクリックルに乗れるなんて、ラッキーじゃない!」
「―――アキレウス、一緒に乗ろう」
「ヤだよ。何が悲しくて男二人でクリックルに乗らなきゃいけねーんだ」

 結局、アキレウスにフラれたパトロクロスは、しぶしぶガーネットと一緒にクリックルに乗ることとなったのだった。

「なるべく私にくっつくなよ」
「あたし、後ろに乗っているとしがみつきたくなるのよねー」
「では、前に来い」
「前に行くともたれかかりたくなっちゃう」
「あのなぁッ」
「何よー、その方がパトロクロスの為にもなるじゃない。免疫力、高めたいんでしょ?」

 ふふ。昨日の朝までは想像もできなかった光景だよね。

 二人はもめた末、とりあえずはガーネットが後ろに乗るということで決着したらしい。

「オーロラも後ろに乗るか?」

 アキレウスがそう聞いてきたので、あたしは小首を傾げて彼を見上げた。

「アキレウス的には、どっちの方が乗りやすいの?」
「んー……まぁ、剣を使うことを考えたら、後ろにいてもらった方が戦いやすいかな」
「そっか、じゃあ後ろで」

 あたし達がクリックルに騎乗したのを見計らって、ガーネットが声をかけてきた。

「アキレウス、オーロラ、準備はいいー?」
「あぁ、いいぜ!」
「よぉーし、じゃあ、しゅっぱーつ!」

 ガーネットが高らかに右手を上げたのを合図にするようにして、二羽のクリックルは勢いよく駆け出した。

 うわっ、相変わらずのスピードだ。

 目の前にあるのは、アキレウスの広い背中。後ろを振り返ると、ルザーの町がどんどん遠くなっていくのが見えた。

「オーロラ、落ちるなよ。前に乗ってる時と違って、オレは支えてやれないんだぞ」
「うん、分かってる。大丈夫だよ」

 ……多分。

 その心の呟きが聞こえたのか、アキレウスが疑わしそうな声をかけてきた。

「……どうも心配だ。オレの腰に掴まってろ」

 アキレウスにとって、どうやらあたしは手のかかる子供のような存在であるらしい。

 まぁ、今までが今までだし、しょうがないか。

 素直に彼の腰に手を回すと、並走するクリックルからパトロクロスの悲鳴が聞こえてきた。

「はっ、離せっ、ガーネット!」
「あーん、だって落ちちゃう~」
「嘘をつくな、嘘をッ!」
「ホントだもーん」

 パトロクロスの腰にしっかりと両腕を回して、身体をぴったり密着させながら、ガーネットはぺろっと舌を出した。

「あれは掴まるというより、抱きつくに近いな……」

 アキレウスが笑いをかみ殺しながら言った。

「近いというより、完璧に抱きついてるよ」

 あたしも吹き出すのをこらえながら言った。

 あーあ、パトロクロスったら失神寸前。さっきまで真っ赤だったのに、今は青ざめてきちゃってる。

「おいガーネット、徐々に慣らしていこうぜ。パトロクロスが死んじまう」

 見かねたアキレウスが助け舟を出した。

「しょーがないわねー」

 ガーネットが腕を離したおかげで、パトロクロスはすんでのところで息を吹き返した。

「た、助かった……もう少しで金色の花畑が見えるトコロだったぞ……」
「幸せすぎて?」
「死にかけたんだッ」

 あはは、パトロクロス、これから前途多難だね。

「なぁ、パトロクロス。オレ、思ったんだけどさ」

 アキレウスがパトロクロスに話しかけた。

「ローズダウンって、やたら大賢者シヴァにまつわるモノが多くないか。“シヴァの書”に“誘いの洞窟”、それに……多分、“賢者の石”」
「……気が付いたか。実は、私の祖先にあたる人物は、シヴァと深い関わりを持っていたようでね。これから行く“誘いの洞窟”の奥深くに眠る、封印されたほこらに安置された地図―――その守役もりやくとなったことが、ローズダウン王家の始まりと伝えられているんだ」

 へえぇ……。

「シヴァとローズダウンは、切っても切れない関係なのさ」
「そういうことか……」
「でも、何だか不思議な感じね。小さい頃からおとぎ話として聞いていたシヴァが、まさか実在する人物だったなんて……。しかもまだ現実に生きていて、パトロクロスのご先祖様とそんな繋がりがあったなんて……そんなこと、夢にも思わなかったわ。何だかロマンを感じちゃう」

 ガーネットがそう言うように、シヴァという人にまつわる数々の逸話は、大人が子供に語って聞かせる昔話として、この地に住む人々の間に定着しているらしい。

 それほどの偉業を成し遂げた、伝説の大賢者。

 ホントに……不思議。

 シヴァ……あたしと同じ西暦の生まれ。そして、あたしの未来の鍵を握る人物。

 全てを知る者……。

「誘いの洞窟は我が王家の管理下にある。常駐の兵士達の詰所が設けられていて、彼らが交代で常に監視しているんだ。奥の祠は封印されていて、何人たりとも近付けないようになっている。封印を解く為には三つの鍵が必要で、そのどれが欠けても封印は解けないようになっているんだ」

 三つの鍵?

「ひとつは、王家の血を継ぎし者。もうひとつは、魔法の合言葉マジック・ルーン。そして、地図が所有を認めし者―――この三つだ」

 そのうちのひとつが、あたしの耳に引っかかった。

「え……待って、パトロクロス。『地図が所有を認めし者』って……どういうこと? まさか、地図に『意思』があるっていうこと?」
「あぁ。オーロラのいた時代にはなかったのかもしれないが……こちらでは、稀に意思を持つ『物』が存在するんだ。意思を持つといっても、喋ったりするわけではないが……己を持つにふさわしい者を自らが選び、その時が来るまで静かに眠り続ける―――そういう『物』が、この世界には確かに存在する。その多くは伝説の武器や防具とされているが、この地図はその中のひとつというわけさ」

 信じられない……『物』が、意思を持っているなんて。

 生き物じゃないのに……有り得ないよ!

「不思議なことではあるが、実際にそうなんだよ。一度自分の目で確かめてみれば分かるさ」

 苦笑するパトロクロスの後ろで、ガーネットがうんうんと頷いた。

「百聞は一見にしかず、っていうもんね。この中の誰が所有者として認められるのかしら?」
「つーか、要は地図次第ってコトだろ―――誰も認められなかったらどうするんだ?」

 アキレウスのその言葉に、ガーネットは苦虫をかみつぶしたような顔になった。

「ヤなコト言うわねぇ、アキレウス……」
「オレは可能性を言ってるんだよ。有り得ないコトじゃないだろ?」

 た、確かに……その可能性もある、よね……。

 パトロクロスを見やると、彼は大げさに肩をすくめてみせた。

「ま、有り得ないことではないが、その可能性は低いだろうというのが我々の見解だ。おそらく、オーロラかアキレウスが該当するのではないかとの見方が有力だったが、万が一の時は仕方がない―――トボトボと戻ろう」
「えっ、あたし!?」
「オレ!?」

 ほぼ同時に声を上げたあたし達を見て、パトロクロスは爽やかな顔で笑った。

「かたや“聖女”、かたや“神竜の氣”の持ち主だからな。期待されてしまうのも仕方がない―――だが、気にするな。もしもの時は、別の方法を考えればいいだけの話だ」
「―――ねぇねぇ、あたしは?」

 割りこんだガーネットの声を、パトロクロスは冷たくあしらった。

「お前だとは考えていない」
「何よー、その言い方っ!」
「こっ、こらっ! 髪を引っ張るなッ」

 もしかしたら、あたしが選ばれるかもしれないんだ……。

 ズシン、と心が重くなった。

 自分は普通の女の子なのに、何のチカラもないって言っているのに……誰もそれを、認めてくれない。何だか呼び名だけが一人歩きして、どんどん大きくなっていってしまうような、そんな気がして―――胃の辺りがぎゅっ、と引き絞られるような思いがした。

「おっ―――目的地が見えてきたぞ」

 パトロクロスのその声で、暗い思いに沈んでいたあたしはハッと我に返った。

「えっ、どこどこっ!?」

 ガーネットが身を乗り出すようにして、前方に目を凝らす。

 彼女と同じように前を見やると、近付いてくるある岩山の一部を取り囲むようにして門のようなものが造られ、その周囲に兵士達の詰所らしい建物が設けられているのが見えた。

「―――……ん?」

 見つめるパトロクロスの表情が険しさを帯びた。

「どうしたの?」
「様子が……おかしい」

 アキレウスの声にも緊張が走った。

「何か……変だ! 急ごう、パトロクロス! オーロラ、しっかり掴まっていろ!!」
「うっ……? うん!」

 な、何? 何が起こったっていうの!?

 わけも分からないままアキレウスにあたしが掴まり直した瞬間、クリックルのスピードがぐんと上がった。

 その頃になって、ようやくあたしの目にも異変が捉えられるようになってきた。

 門は外側から強い衝撃を受け、打ち破られていた。

 外壁は崩れ、へし折られたローズダウンの国旗が無残にも垂れ下がり、薄暗い入口を晒した洞窟の周囲に、何かが折り重なるようにして倒れている。

 近付いていくと、それが兵士達なのだということが分かった。

 パトロクロスがクリックルから飛び降りるようにして洞窟の入口へと駆け寄った。倒れた兵士の一人を抱き起こし、声をかける。

「おいっ、しっかりしろ! いったい何があった!?」

 血まみれの兵士は薄目を開け、パトロクロスを見た。

「……パ、ト……様、お逃げ…下、さ…い……」
「どうした!? 何があったのだ!!」
「……」

 彼は何か言いかけたけど、それを言葉にすることが出来ないまま、血の泡を吹いて絶命してしまった。

「くっ……!」

 パトロクロスが顔を歪める。

 他の兵士達を見て回ったアキレウスとガーネットが首を横に振った。

「……ダメだ。みんな死んでいる」
「こっちもよ……ひどいわ」

 兵士達は皆、皮膚がひどく焼けただれた状態で死んでいた。目を背けたくなるほどの惨状だ。

「ローズダウンの精鋭が、30人はいたんだぞ……いったい、何が……!」

 そううめいて、パトロクロスは額を押さえた。

 あたしは、初めて目にする凄惨な光景を前に、ショックで身体が動かなくなってしまっていた。

 むせ返るような血の臭いと、それに混じって鼻をつく、粉塵と金属の入り混じった、焼けつくような戦場の臭い。

 肉体の一部が欠けた遺体。顔の判別も出来ないほどに損傷した遺体。元が人だったのかということさえ分からない、肉塊と化したモノ……。

 地面がぐらぐらとひどく揺れ、青い空がぐるぐる回って、むせ返るような死臭に、あたしはへたりと膝をついた。途端、気持ち悪くなってきて、こらえきれずにあたしは嘔吐した。

「オーロラ……」

 ガーネットが優しく背中をさすってくれる。

「大丈夫?」

 彼女からタオルを受け取って、あたしは小さく頷いた。涙が溢れてくる。

 ローズダウンの兵士達が勇敢に何かと戦い、そして敗れてしまったのだということだけは分かった。

 戦うということは、こういうことなんだ……。

 想像と現実では、大違いだ。

 生々しい現実に触れ、あたしはようやく、自分が巻き込まれてしまった事の重大さを思い知らされた。込み上げてくる嗚咽を、喉の奥で必死にかみ殺す。

「何があったのかは分からないが、ここを襲ったやからの狙いは明らかだ」

 パトロクロスの言葉にアキレウスが同調して頷いた。

「だな。オレ達の他にも、地図を必要としている……あるいは、コイツがあると都合が悪い連中がいるってコトだ」
「……その何者かがここを通ったのは、現状から見てさほど前ではないだろう。奴がまだ中にいる可能性は、高い」
「この洞窟は広いのか?」
「あぁ。迷宮のような入り組んだ造りになっているし、侵入者対策の様々な仕掛けも施されているから、祠への抜け道を使えば、あるいは奴より先にたどり着けるかもしれん」

 この中に……入る!

 アキレウス達の会話を聞いて、あたしはゾッとした。

 ローズダウンの精鋭達が束になっても敵わなかった何かがいる、この洞窟に!

 ―――怖い!!

「オーロラ……」

 アキレウス達の心配そうな視線が、肌に痛い。

 嫌だ……怖い!

 逃げたい……逃げたい……逃げ出してしまいたい……!


 ―――ドクンッ……。


 ローズダウン城で見た月が、頭の中をよぎった。


 逃げる……?


 あたしの中のどこか冷静な自分が、静かな声でそう問いかけた。


 どこへ……?


 あたしはハッ、と目を見開いた。



 逃ゲラレル場所ナンテ、ドコニモ、ナイ。



 あの夜―――バルコニーでアキレウスの胸を借りて泣いた時………あの時に、覚悟を決めたはず、だった。

 あたしには、選択の余地はないのだと。

 どんなことがあっても、前に進むしかないんだと。

 強く、なるしかないって。

 そう、決めたはずだった……。

 あたしはぐぐっ、と拳を握りしめた。

 逃げちゃ、ダメだ……。

 怯える自分に、そう言い聞かせる。

 強くなるって……決めたじゃない……。

 どんなことがあっても、前に進むしかないって……そう、覚悟を決めたはずじゃない―――!!

 あたしは理性で、無理矢理感情をねじ伏せた。

 逃げちゃダメ……強くなるの、逃げちゃダメ―――!!

 あたしは震える足で立ち上がり、みんなに向き直ると、引きつった笑顔を浮かべた。

「―――ごめん……初めての光景に、ビックリしちゃったけど……もう、大丈夫。―――行こう!」

 みんながほっとしたような表情を見せた。

「よし、では行こう。どんな奴が潜んでいるか分からない……くれぐれも用心しよう」

 パトロクロスに促され、あたし達は誘いの洞窟の中へと足を踏み入れた。

 暗く、深い口を開けたその中に……。







 洞窟の中の空気はかび臭く、ひんやりとして、少し湿っているように感じられた。

「大丈夫か?」

 知らず自分の腕を抱いていたあたしに、アキレウスが声をかけてきた。

「あ、う、うん」

 嘘。

 本当は、全然大丈夫なんかじゃない。

 小刻みに震える身体を今も止めることの出来ない、弱い自分がここにいる。

 傍目はためにもそれは明らかだったんだろうけど、あたしの心情を察したのか、アキレウスはそうか、とだけ呟いた。

 その対応が、あたしにはありがたかった。

 今、優しい言葉をかけられてしまったら、きっとあたしは立てなくなる。現実から逃げ出して、未来まえに向かって進めなくなってしまう。

「ここだ」

 入口近くの岩壁の前で、パトロクロスは立ち止まった。

 見たところ、何の変哲もないただの壁みたいだけど……。

 パトロクロスはそこに手をかざすと、静かな声で何ごとか呟いた。それに反応して、それまでただの岩壁だったところに突如通路が現れ、あたしは驚きの声を上げた。

「パトロクロスも魔法が使えるの!?」
「いや、使えないよ。これは王家の血筋に反応する魔法の鍵マジック・ロックだ」
「この通路が祠まで続いているの? ずいぶん狭いのね」

 そう言って、ガーネットが通路を覗き込んだ。

 大人がちょうど一人通れるくらいの広さだ。

「あぁ、祠のすぐ近くに出られる。私、ガーネット、オーロラ、アキレウスの順で行こう。かなり急な傾斜になっているから、気を付けてくれ」
「分かったわ。行こ、オーロラ」

 息を飲むあたしの手を、ガーネットが掴んだ。

「う、うん」

 彼女に手を引かれるようにして、おそるおそる、あたしは通路に足を踏み入れた。

 うわ……入ってみると、思ったより狭く感じられる。前を行くパトロクロスなんか、見ていてかなり窮屈そうだ。

 後ろからアキレウスがついてくる気配が感じられた―――と、急に通路が暗くなって、あたしは思わず悲鳴を上げた。

「きゃっ!」
「大丈夫、魔法の鍵マジック・ロックが発動して入口が閉じただけだ」

 な、何だ。ビックリした……。

 入口が閉じても、通路は完全には暗くならなかった。天井に光ゴケのようなものが生えていて、ほのかに通路を照らし出している。

「急ぐぞ」

 パトロクロスを先頭に、あたし達は急ぎ足で祠へと向かって歩き始めた。

 緊張で、じっとりと掌が湿ってきた。心臓の音が身体中を支配して、息をすることさえ苦しく感じられる。

「……オーロラ」

 ガーネットがあたしを振り返った。

「一人じゃないのよ」
「え……?」

 彼女の言わんとすることが分からず、あたしは黙ってその顔を見つめた。

「みんな、一緒よ。一人で戦うんじゃない……仲間がいるわ。助けてくれる、仲間がいるのよ……だから、大丈夫! 何とかなるモンよ、気楽にいきましょ!」

 ガーネットはにっこり笑って、繋いだ手をぎゅっと握ってくれた。

「ガーネット……」

 ふぅっ、と心が軽くなったような気がした。

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 !?

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 な、何が何だか……。

 狐につままれたような面持ちのあたしの後ろで、パトロクロスの声が響く。

「そこのT字路を右へ行くと、まず魔法で封印された扉がある。その奥が地図の眠る祠だ……行くぞ」

 パトロクロスとアキレウスがゆっくりと剣を抜いた。ガーネットも杖を構え直す。あたしも彼らにならって、短剣を手に取った。

 なるべく足手まといにならないように、頑張ろう。

「パトロクロス、これ……」

 T字路にさしかかったところで、ガーネットが声を上げた。

 祠の方へと向かって、巨大なナメクジが這ったような跡が残っている。

 ぬらぬら光る粘液状の分泌物を見て、あたし達は顔を見合わせた。

「コイツが犯人か……」

魔物モンスターね。兵士達は、皮膚がひどく焼けただれた状態で死んでいた……炎ではなく、酸だと思うわ。この跡から見て、大ナメクジみたいな、軟体の気持ち悪い系だと思うんだけど」
「同感だ。アキレウス、どう思う?」
「オレも同じ意見だ。ただ、コイツはかなり手強そうだ……痕跡からすると単体だと思うが、それにしてもバカでかい。それ系でこれほどのヤツは記憶にない……気になるな」

 アキレウスが顎に手を当て、じっと考えこむような仕草をした、その刹那!

 ガアァァ……ン!

 大きな音と共に洞窟全体が揺れ、あたし達はハッとその方向を見やった。

 ―――何!?

「くっ……! 祠の方からだ!」

 小さく叫んでパトロクロスが駆け出した。あたし達も急いでその後を追う。

 轟音は、なおも響いてくる。

 あたし達がそこに駆けつけた時、祠へと通じる扉は既に打ち破られ、そこに無残な姿を晒していた。

「なっ……!」

 絶句するパトロクロス。

「バカな……! この扉には、強力な魔法による封印が施されていたんだぞ……!? 滅多なことで、打ち破られるはずが……!」
「敵はどうやら……相当なバケモノらしいな」

 アキレウスがぎらりと翠緑玉色エメラルドグリーンの瞳を光らせる。

 ガアァァン!

 打ち破られた扉の奥から今また、黒い光と共に強烈な爆音が聞こえてきた。

 そこに足を踏み入れた、あたし達が見たモノは―――……。

 天井高くかれた、おごそかな壁画に囲まれた、広い空間―――そして。

 爆風の吹き荒れる粉塵の中、祠にまとわりつく影がひとつ。

「貴様ッ……何者だ!?」

 誰何すいかの声を上げるパトロクロスに、それはぎょろり、と仄赤く光る目を向けた。

 祠の結界が、パリッ、と忌むべき者の身体を弾く。

 赤い瞳をかすかに細めると、それはもう一度、封印された祠に攻撃を加えた。

 グワッ!

 黒い巨大な光の球が、祠に向かって放たれる!

 ガアァァァン!

 黒い光の球は祠の結界に弾かれ、洞窟の壁にぶち当たり、先程と同じように轟音を轟かせた。

「何、あれ……重力の球……!? 重力で、結界を押し潰そうとしているの……!?」

 ガーネットが目を見開く。

「何て攻撃しやがる……! これじゃ、いつ洞窟が崩れてもおかしくねぇぞ!」

 大剣を握りしめ、アキレウスが奥歯をかみしめた。

 その言葉の意味するところに、あたしはゴクリと息を飲んだ。

 あたし達は今、地上からかなり深く潜ったところにいるはずだ。

 今、洞窟が崩れたりしたら……。

 絶対に、助からない。

 重力で祠の結界を打ち破ることをとりあえずあきらめたのか、それはずるり、と大地へ降り立った。

 ―――ドックン。

 心臓が一回、鼓動を飛ばした。

 全員が息をひそめる中、視界をうっすら覆っていた砂塵が、ゆっくりと晴れていく。

 やがて現れたその姿の禍々しさに、あたしは全身に鳥肌が立った。

 それは、上半身が人型の女で、下半身が蛇のような姿をしていた。人間の数倍はある巨大な身体は、全身が粘液で覆われていて、青白い薄い皮膚の下を通る無数の血管が透き通って見える。

 ぎょろりとした仄赤い目は、眼球が半ば飛び出し、まばらな長い黒髪が青白い肌にべったりと張りついて、その頬や額には、苦悶の表情を浮かべる赤ちゃんの顔がいくつも浮き出ている。鼻は削げ落ち、歯茎と鋭い牙が剥き出しになった大きな口が、耳元まで裂けていた。

 それは、あたしが今まで目にしてきた魔物達と、明らかに一線を画する姿だった。

 ―――何て、恐ろしい姿をしているの……。

「何だ、コイツは……」

 呆然と、アキレウスが呟く。

「こんな魔物、初めて見たぜ……」
「私もだ。おそらく、王宮の魔物辞典モンスターじてんにも載っていまい」
「そうね……多分、突然変異か何かで生まれた固有体だわ」
「固有体、って何?」

 あたしが聞くと、ガーネットはこう答えた。

「つまり、この魔物は、世界中でコイツしか存在しない、ってコトよ」

 な、なるほど……。

 分かりやすいその回答に、あたしは短く頷いた。

 良かった、こんなのが何体もいたら怖すぎる!

「…ふ、ウいん…ヲ……」

 魔物の口がゆっくりと動いた。

 なっ……。

 絶句するあたしの隣で、ガーネットが驚きに目を見開いた。

「―――人語を解する!?」
「封印……ヲ、解ケ……」

 モ、魔物モンスターが喋っている……。

 呆然と立ち尽くすあたしの前で、パトロクロスが小さく叫んだ。

「バカな……! 人語を解するだと!?」

「人語を解する魔物は、皆無じゃないがごくわずかとされている……魔物モンスターハンターの古い歴史の中でも、その報告例は数えるほどだ……。そいつがこの時期、この場所に、この祠の封印を解きに……いや、破壊しに現れた……。とても偶然とは思えねぇな……」

 アキレウスは厳しい表情で、目の前の魔物に問いかけた。

「何故、封印を解こうとする!? お前の意思か! それとも……背後にいるヤツの指示か!?」

 ふしゅうぅぅ。

 魔物は威嚇なのか、荒い息を吐き出した。

 こっ、怖すぎるっ……。

 立ちすくむあたしを背に、アキレウスは魔物に再び問いただした。

「答えろ!」
「……」

 答える代わりに、魔物は仄赤い目を怪しく光らせると、ゆらりと上体をもたげた。

 うぅぅ、蛇みたい。

「封印、ヲ……解かヌ者に、用ハ……なイ」

 ざわり、と禍々しい気配が辺りに立ちこめた。急激に気温が下がったような錯覚を覚えて、あたしは全身総毛立った。

「―――来るわよっ!」

 ガーネットが短く叫ぶ。

「我が名ハ……エシェム。用ナき者は……全テ、ほふル……!」

 鋭い牙を剥き出し、魔物が咆哮する。

 今ここに、あたし達の死闘の幕が切って落とされたのだった。 
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