DESTINY!!

藤原 秋

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旅立ち編

旅立ち

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 朝の、澄んだ空気が満ち満ちる。

 窓を開けてそれを胸いっぱいに吸い込み、あたしは大きく深呼吸した。

 ローズダウンの王宮を訪れてから、はや七日。

 “聖女一行”の出立を明日に控え、その準備に密かに慌しい、この国の上層部など素知らぬ様子で、目の前には穏やかな朝の風景が広がっている。

 朝露に濡れて光る青々とした芝生と、美しい色とりどりの花が咲き誇る、手入れの行き届いた王宮の広大な中庭を眺めながら、あたしはこの一週間のことを思い返していた。


 大賢者シヴァ復活の任命を受けた翌日、あたしとアキレウスはラウド・ジオ・ローズダウン王の私室へと呼ばれていた。そこには他に、パトロクロス王子と大神官ゼファの姿もあった。

「まず其方そなたらには、ルザーへ向かってもらいたい」

 ラウド王がこう切り出した。

「ルザーの西南に、『いざないの洞窟』と呼ばれる、我が王家管理下の洞窟がある。その奥には封印されたほこらがあり、シヴァの居場所を記した地図があると伝えられている。まずは、地図を手に入れるのだ」
「……はい」
「パトロクロスを其方らに同行させる。私の口から言うのも何だが、剣の腕はかなりのものだ。足手まといになることはないだろう。また、他国を訪れた際には外交的な面でも役に立つはずだ。『誘いの洞窟』の詳細についてはパトロクロスに伝えておく。後で聞くと良いだろう」

 父王の言葉を受けたパトロクロス王子は、少し照れくさそうに口を開いた。

「……そういうわけだ。宜しく頼むよ、二人とも」

 彼の強さは、王宮までの道中で確認済みだった。

 王族なのに気取ったところがなく、紳士的で、ちょっぴりプレイボーイ。そんな王子が一緒だったら、あたし達的にもとても心強い。

「それと―――もう一人」

 続いた王の言葉に、あたしとアキレウスは目を丸くした。

「旅に、白魔導士は不可欠だ。ルザーに私の古い知り合いで、ゼンという白魔導士がいる。彼女はもう高齢だが、其方らと同じ年頃の孫娘がいてな。確認したところ、本人を説得できれば仲間に加えてもかまわぬとのことだった。能力は折紙付きだそうだ」

 え……えぇ―――ッ!?

 ゼンって……ガーネットのおばあさんの名前だよね。孫娘ってことは、ガーネットのこと言っているわけだよね!?

「うん……? どうかしたのか」

 あたし達の様子を見てそう尋ねたラウド王は、事の顛末てんまつを聞いて破顔した。

「ははは、そうか! そういう経緯いきさつがあったのか……いや、これはまったくもって、運命というものを感じずにはおられぬ。ぜひ彼女を仲間に加え、誘いの洞窟へ向かってもらいたい―――ときに、オーロラよ」
「はっ……? はいっ」
「其方、何か武器を扱ったことはあるか」
「……いいえ」
「武術をたしなんだことは」
「……ありません」
「そうか―――大神官」

 ラウド王に促され、大神官ゼファが口を開いた。

「オーロラ、貴女は遥か彼方の地よりこの地へ召喚よばれ、まだ日が浅い。この地について知らぬことも多いだろう。これより数日間、貴女にはこの地の基礎的な知識と初歩的な護身術を学んでもらいたい。この地は、一瞬の隙が生死を分ける所なのだ」

 その言葉が決して大げさなものではないことを、あたしはすでに嫌というほど学んでいた。

 最低限の知識がなければ余計なトラブルを起こしかねないし、今のままじゃ、自分の身を守ることさえ、出来ない。

「教養的な部分については、わたくしの配下の神官に説明させていただく。護身術については、王とも話し合ったのだが、アキレウス……貴殿にお願い出来ないだろうか」
「私……ですか? それは別に、かまいませんが……」
「ではお願い致す。ああ、王宮に滞在中、貴殿らは『王子の友人』という設定にしてあるので、そのように振舞ってもらいたい。真実は、一部の重臣達しか知らぬゆえ」


 ―――というわけで。


 あたしは午前中からお昼過ぎまでは神官の講義を受け、それが終わったらアキレウスに護身術の稽古をお願いする、という日々を送っていた。

 護身術といっても、時間がないせいもあって、受け身の取り方とか、羽交い絞めにされた場合の対処方法とか、本当に基本的なことだけ。あと、短剣の扱い方も習った。

 アキレウスに教えてもらうまで知らなかったんだけど、ひと口に剣っていっても色々あるんだよ!

 長剣・大剣・小剣・短剣と大きく分けて四通りに分類されていて、あたしが習うことになった短剣は、ナイフとか、ダガーとか、文字通り短い刃の剣。

 小剣はレイピアとか、ショートソードっていう、長剣と短剣の中間に分類される剣。重量は比較的軽めで扱いやすく、女性に人気があるんだそうだ。

 ちなみに、長剣というのが、一般的に剣と言われて思い浮かべるイメージの剣。パトロクロス王子が使っているのもこれなんだって。

 アキレウスが使っているのは、大剣。長剣より長さも幅もあって、攻撃力は高いけど、その分重量があって、両手でないと扱えないらしい。つまり盾が使えないってこと。攻守のバランスが一番取れているのは、長剣なんだそうだ。

 言われてみれば、道中魔物モンスターに襲われた時、王子は盾を装備していたけどアキレウスはしていなかったような……はは、パニックになっていて、そんな細かいトコまで見ている余裕がなかったよ。

 アキレウスの剣を持たせてもらったけど、ホントすっごく重かった。持ち上げるだけで精一杯。どうやったらあんな重いモノ、自在に操ることが出来るのか……短剣にさえ振り回されてしまうあたしにとって、アキレウスはまるで雲の上の人のように思えた。

 教養担当の神官からは、五つの国の位置や世界の大まかな歴史、人々の慣習、亜人種や魔物についてなど、様々なことを学んだ。

 驚いたのは、言葉同様、全く見たことのないはずの文字が、何故かあたしには解読出来てしまったこと。

 もう、ホントに何で? 何でなの!?

 自分自身にひどく薄気味悪いモノを感じたものの、あたしはあえてそれについては考えないことにした。

 それを考えるには、心の余裕があまりにも足りなかった。考えてしまったら、心のバランスが崩れてしまいそうで、怖かったんだ。

 それとは別に、もっともあたしを戸惑わせたのは、“魔法”だった。

 魔法の仕組みについて簡単な説明を受けた後、あたしはある部屋へと通された。

 そこには三つの魔法陣があり、それぞれが白・黒・青の淡い輝きを放ちながら、薄暗い部屋の中でぼんやりと光っていた。

「オーロラ様、こちらへ」

 神官に促されるまま、あたしは順番にその魔法陣へと足を踏み入れた。

 足を踏み入れる度に魔法陣が怪しい輝きを放ち、その光を見ていた神官が小首を傾げながらこんなことをつぶやいた。

「ふぅーむ……聖女と言われる方ですから、どのような反応が起こるかと思いましたが……このようなものではその能力チカラは計りきれない、ということでしょうか……」

 どうやらその魔法陣はそれぞれの色が三系統の魔法を示し、その上に乗った者の魔法の資質と魔力のレベルについて調べる為のものだったらしいんだけど、その結果が彼の期待していたものとは大きくかけ離れていたらしい。

 そんなコト言われてもさ……あたしは普通の女の子だって、言っているじゃない。『聖女』なんていう、仰々しいモノじゃないって……勝手にがっかりされても困るんだけどな。

 内心溜め息をついたあたしだったけど、続いてもたらされた彼の言葉は意外なものだった。

「高い数値ではありませんが、魔力はお持ちのようですね。全ての魔法についても資質は持っておられる……強いて言えば、その中でも黒魔法の資質が一番高いようですな」

 はぁ!?

 マジ、ですか?

 その信じがたい内容にあっけに取られるあたしの様子などどこ吹く風で、神官はあたしに黒魔法を教えることに決めたらしい。

 魔法は精神の制御コントロールが何よりも重要だと、精神を集中させる為のコツや、その高め方、解き放ち方などを熱心に指導した。

 魔法は通常、呪文を唱えることによって発動するんだそうだ。

 あたしは炎の初級の呪文だけ習ったんだけど、その呪文は、

「炎よ、火球となりて敵を焼き尽くせ。“火焔の弾丸ファイフ・ルー”」

 この詠唱によって、火の球が敵に襲いかかるんだけど、熟練度が上がっていくと、前の部分は省略して呪文名の「火焔の弾丸ファイフ・ルー」だけで呪文を発動出来るようになるんだって。

 けど、自分にそんな芸当が出来るとは、あたしには到底思えなかった。

 だって、魔法だよ!? おとぎ話の世界の話だよ!?

 実際、ガーネットが魔法を使うところをこの目で見たけれど、この時代の人達は、あたしの知っている『ヒト』のレベルを遥かに超えている。

 あたしは、西暦の時代の人間だもん。

 あたしが本当に『聖女』とされるような人間であったなら、そんな人智を超えるような力を本当に持っていたなら、ルザーでアキレウスが殺されかけた時に、どうにかすることが出来たはず。『聖女』としての力を、振るえたはず……。

 けれど実際には、パトロクロス王子が助けてくれるまで、あたしにはどうすることも出来なかった。

 そして案の定、あたしの魔法は、数日間に及ぶ神官の熱心な指導もむなしく、一度も成功することはなかったのだった。

 ほらねー。

「うーむ……何故でしょう。魔力と呼べるモノがあることは、確かなのですが……私達とは、能力チカラの使い方が根本的に違うのでしょうか……」

 神官はそう言ってしきりに首をひねっていたけど、あたしにしてみれば、それは当然の結果だった。

 彼は初級の呪文を記した呪文書を手渡してくれたけど、これを活用することは多分、ないだろうな。

 魔法については辟易してしまったあたしだったけど、その分、他のことについては頑張った。

 あたしの脳裏には常に、ルザーでのあの光景が焼きついていた。

 もう二度と、あんな胸が潰れるような思いはしたくない。

 絶対に、アキレウスの、王子の足手まといにはなりたくない。自分のせいで、彼らを危険な目に合わせるようなことだけはしたくない。

 足手まといにならない、というのはきっと無理な話なんだろうけど、せめて、今の自分に出来るだけのことはして、少しでも彼らの負担を軽くしたい。

 勉強も、護身術の稽古も、あたしは必死に頑張った。

 そしてどうにか一通りのノルマをこなし、出発の日を明日に迎えることとなったのだった。


 今日はゆっくり静養するようにと言われていたけど、することがなくて、逆にあまり落ち着かない。

 庭に出て、散歩でもしてこよっかな……。

 そう思い立って部屋を出たあたしは、偶然隣の客室から出てきたアキレウスとばったり会った。

「っはよ、オーロラ」
「おはよう、アキレウス。……剣の稽古?」

 彼が手にした剣を見てそう尋ねると、アマス色の髪の長身の青年は、爽やかな顔で頷いた。

「あぁ、もう習慣だな。暇さえあれば……ってカンジ。生きるも死ぬも、コイツ次第だからな」

 スゴいなぁ……アキレウス、あんなに強いのに。強い人はやっぱり、おごるコトなく、常に精進するものなんだね。

「ねぇ、あたしも一緒に行っていい?」
「別にいいけど……今日はゆっくり休めって、上から言われてるんだろ?」
「うん、でも……じっとしていると、逆に落ち着かないし。短剣取ってくるから、先に行ってて」
「あぁ、分かった」

 あたしは自分の部屋に戻ると、机の上に置いてあった短剣を手に取り、アキレウスの後を追って、稽古場になっている王宮の裏庭へ向かって歩き始めた。その途中、ふと視線を感じて振り返ると、回廊の隅にいた侍女の一人と目が合った。

「あっ……」

 小さく声を上げて、まだ年若いその侍女が、慌ててあたしから視線を逸らす。

 ん……?

 その反応に違和感を覚えながら、なおも先に進もうとすると、あちらこちらから同じような視線が絡みついてきて、あたしは足を止め、周囲を見渡した。

 そして、ぎょっとしてその場に立ち竦んでしまった。

 え……?

 いつの間にか、思いつめた表情をした侍女達が、あたしを遠巻きに取り囲むようにして、じっとこちらを見つめていたのだ。

 な……何なの? かなり、怖いんですけど……。

「あの……何か……?」

 恐る恐るそう尋ねると、その中の一人が覚悟を決めたように、あたしの前に進み出てきた。

 ごくんっ。

「……あの……オーロラ様」
「は……い?」
「ぶしつけな質問で、申し訳ないのですがっ……」

 どくんっ。

 緊張するあたしに彼女がぶつけてきた質問は、あまりにも想定外のモノだった。

「アキレウス様とは、どーいうご関係なのでしょうかッ!?」
「―――はぁッ!?」

 思わず、そんな間の抜けた声が出てしまった。

 ア……アキレウスと~!?

 あっけに取られるあたしとは対照的に、彼女達は息をつめてその回答を見守っている。

 ど……どういうって……砂漠で拾われた仲というか、シヴァ復活に巻き込んでしまった仲というか……こんなコトは言えないしなぁ。

 思わぬ質問に困惑しつつ、あたしは結局こう答えた。

「ただの仲間、ですけど」
「―――本当に!?」

 声をハモらせて、侍女達がずいっとあたしに詰め寄る。

 うっ、こ、怖いッ。

「本当ですッ」

 悲鳴のようなあたしの答えを聞いて、彼女達の表情が一斉に明るくなった。きゃあっ、と手を合わせながら喜び合っている。

「ありがとうございますっ」
「は、はぁ……」

 へぇ……アキレウスって、人気あるんだなぁ。

 呆然としているあたしに、侍女達から矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

「彼女、っているんですか?」
「さ、さぁ……」
「いくつなんでしょう?」
「18って言ってましたけど」
「18だってー」
「きゃ~、若ーい!」

 乙女モード全開で盛り上がる彼女達に、あたしは控えめに聞いてみた。

「―――あの、皆さん、アキレウスのコトを……?」
「好きっていうか、ファンみたいなカンジなんですけど」
「抜け駆けはナシだよねー」
「そう。みんなで観賞用にっていうか」

 か、観賞用……。

 引きつった笑顔を浮べながら、あたしは世間話を振ってみた。

「じゃあ、もしかしてパトロクロス王子のファンであったりもするんですか?」

 あの人もカッコいいからなぁ。このノリだと、ファンクラブとかあってもおかしくないよね。

 ところが何故か、あたしの言葉を聞いて一同くすくす笑い出した。

 えっ、何で?

「王子も確かに素敵ですけど、あたし達のタイプとは違うっていうか。あたし達は、アキレウス様のようなワイルドなタイプが好きなので」
「母性本能はくすぐられますけど」
「可愛いカンジだもんね」
「可愛い系が好きなには、人気ありますよ」

 母性本能? 可愛い系!?

 な、何だかあたしの知っている王子のイメージとはかなりかけ離れているんですけど。

 ワイルドではないだろうけど、知的な雰囲気の漂う、正統派美男子系……だと、思うんだけどなぁ……。

 彼女達から解放されたあたしは、意外な情報に首をひねりながら、アキレウスの待つ裏庭へと向かった。

 アキレウスは上着を脱いで素振りをしている最中だった。

 一分の隙もなく、研ぎ澄まされて鍛え上げられた、身体。日焼けした肌の上を流れる汗が、朝日を浴びて輝いている。

 今まで意識したコトなかったけど……確かに、カッコいいよね。

 背、高いし。足も……長い。

 顔は言うコトないと思うし、何だかんだ言って優しいし……面倒見も良くて、正義感も強い。それに剣の達人で、おまけに王様が名前を知っているほどの有名人。

「モテない方がおかしいか……」

 ぽそ、と呟く。

 初めて気が付いた……アキレウスって、スゴくカッコいいんだ。

 あんなに……モテるんだ。

 それは、あたしが初めてアキレウスを男性として意識した瞬間だった。

「オーロラ」

 アキレウスがあたしに気が付き、素振りの手を止めた。

「遅かったな」

 タオルを手に取り、汗をふきながら笑いかける。

「ちょっとトラブルがあって……」
「トラブル?」
「あ、大したコトじゃないの、全然。もう済んだし」
「? ふーん……」
「よーし、あたしもおさらいしよっと」

 そう言いながらアキレウスに近寄り、何気なく彼の上半身カラダを見たあたしは、ドキッとして立ち止まった。

 うわ……アキレウスって、着やせするんだ。

 スゴい筋肉……細身だけど、ガッチリしているんだ……。

 先日の夜のことを、あたしは急に思い出してしまった。

 バルコニーで泣いてしまった夜のことだ。

 泣きじゃくるあたしを、アキレウスはそっと抱き寄せてくれて……。

 カァーッ、と頬が紅潮した。

 や、やだ、何を思い出しているの、あたしってば!?

「ん?」

 一人で赤くなったまま固まっているあたしの顔を、アキレウスが不思議そうに覗き込んだ。

「どうした?」

 うわっ、今、それヤバいっ!

「や、べべっ別にっ……」

 あう~、不自然にどもっちゃったりしてるし。

「何どもってんだよ。あ、もしかしてオレのカッコ? わりぃ……つーか、お前、顔真っ赤なんだけど」
「や、これは、あの、その」

 しどろもどろのあたしを見て、アキレウスはイタズラ小僧みたいな顔になった。

「さては何かヤラしいコト考えてたな!?」

 そう言って、大げさに両腕で胸を隠してみせる。

「なっ! そ、そんなわけっ!」
「うわー、襲われるー! 誰か~!」
「コッ、コラーッ!」

 耳まで真っ赤になったあたしがアキレウスを小突こうとすると、彼はそれをひょいっ、とかわしてしまった。

「あっ」

 思いきり前傾姿勢になっていたあたしは、そのまま顔面から地面へ―――!

「きゃ……!」
「お、おいっ」

 驚いたアキレウスが、とっさにあたしの腕を掴んだ。

 そのまま前後の体勢を入れ替えるようにしながら、もつれあうようにして、地面に倒れこむ。

 ドサッ……!

「……ってぇ~」
「いったぁ……」

 アキレウスがクッション代わりになってくれたおかげで、幸い顔面を強打しなくてすんだ。

 ……え。クッション代わり……!?

 顔を上げると、すぐそこに翠緑玉色エメラルドグリーンの瞳があった。

「おいおい……コケるほど前傾姿勢になるなって」

 アキレウスの上にあたしが乗っかった形で、あたし達は地面に倒れていたのだった。

「きゃあっ、ごめん!」

 あたしは慌てて立ち上がった。

「ごめんね、大丈夫!?」
「あぁ、平気。……オーロラ」
「えっ?」
「顔、真っ赤」

 ぶーっ、とアキレウスが吹き出した。

 こっ……のお。

「元はといえば、誰のせいだと思ってるのーっ!?」

 あたしはこれ以上赤くなれないほど赤くなりながら、地面に転がったままのアキレウスのおでこをぴしっと叩いた。

「てッ」

 うー、もおーっ、完全に遊ばれちゃっているよ、あたし。

 こんなんで、明日から大丈夫なのかな?







 旅立ちの日。

 あたし達はラウド王から贈られた装備に身をかため、謁見の間にいた。

 アキレウスはつや消しされた銀色の鎧を装備し、肩から粗い目のグリーン外套がいとうを羽織っていた。背中には愛用の大剣、腰の剣帯にはいつもの短剣が収まっている。

 パトロクロス王子は蒼色の全身鎧バトルスーツに身を包み、オフホワイトの皮製の外套を纏っていた。外套を留める金のボタンには、ローズダウン王家の紋章である、四枚の翼を持つ双頭の鷹が刻印されている。その腰の剣帯には愛用の長剣と短剣が収められ、意匠の凝らされた盾が装備されていた。長めの褐色の髪を、いつも通り後ろでひとつにまとめている。

 あたしはというと、薄い水色の短衣チュニックに身を包み、黒い厚手のレギンスをはいていた。なめし革で作られた白い外套と、おそろいの白のブーツ。腰に特殊な銀を用いて造られたという短剣を差し、腕には神の加護が得られるという魔除けのブレスレットをはめている。

「内密な任務ゆえ、外まで見送ることは叶わぬが……頼んだぞ。オーロラ、アキレウス、そしてパトロクロスよ」

 ラウド王はそう言って、ゆっくりとあたし達を見渡した。

「まずはルザーへ行き、四人目の仲間を得よ。そしていざないの洞窟へ赴き、大賢者シヴァへと繋がる地図を手に入れるのだ。の大賢者の復活は、其方らの手にかかっている……心して頼むぞ!」
「はい!」
「うむ……では、行くがよい!」

 ラウド王以下、ローズダウン国の重鎮達に見送られて、あたし達はローズダウン城を後にした。

 これが、長く険しい、思いもよらぬ運命へと導かれていく、あたし達の旅の始まりとなったのだった。







 正門から出るのは目立つので、あたし達は来た時と同じように、城の裏門からクリックルに乗って出た。

 あたしはクリックルに乗る練習をしていなかったので、例によってアキレウスの前に乗せてもらっていた。パトロクロス王子は荷物を後ろに乗せて走っている。

「何か、オーロラがそういうカッコしていると新鮮だな」

 アキレウスにそう言われて、あたしはちょっと頬を赤らめた。

「そ、そう?」

 実はあたしもちょっと恥ずかしいんだよね、着慣れてなくて。

「良く似合っているよ、オーロラ。すごく素敵だ」

 王子にそうほめられて、あたしは照れつつお礼を言った。

「本当ですか? ありがとうございます。そんなふうに言われると、ちょっと照れますけど」
「そうかい? あぁ、そうだ。オーロラとアキレウスに言っておくことがあるんだった」

 王子の言葉に、あたし達は顔を見合わせた。

「? 何ですか?」
「私達は今日から仲間だ。王子と呼ぶのはヤメにして、パトロクロス、と名前で呼んでほしい。私も其方……お前達を貴公、貴女とは呼ばん」

 えぇ―――!?

 あたし達は驚いて、パトロクロス王子の端正な顔を見つめた。

「敬語というのは、どうにも落ち着かないんだ。見えない距離があるような気がしてな……私もお前達も、同じ一個の人間だ。一人の人間として、仲間として、対等な立場で付き合ってくれないか」

 照れくさそうに、淡いブルーの瞳が微笑む。

 嬉しいけど……いいのかな。仮にも一国の王子である人を、呼び捨てにするなんて……。

 戸惑うあたしの背後で、アキレウスが楽しそうに声を立てて笑った。

「ホンットに変わってる王子様だよなぁ……いいなぁ、オレ、そういうの好きだぜ。ヨロシクな、パトロクロス!」

 王子もニヤリと笑った。

「あぁ。ヨロシクな、アキレウス!」

 並走するクリックルの上で、二人は固い握手を交わした。

「オーロラ?」
「あ、あの、ヨロシクね、パト……」

 言い淀むあたしをの顔を、パトロクロス王子が覗き込む。

「うん?」
「―――ヨロシクね、パトロクロス!」
「あぁ。ヨロシクな、オーロラ!」

 あたしも王子……パトロクロスと、握手を交わした。

 あー……っ、何かもう、スッゴイ緊張したぁ……。

 脱力するあたしを置いて、二人の話題は第四の仲間となる、ガーネットのことに移っていた。

「アキレウスとオーロラは、彼女に会ったことがあるんだな?」
「いや、オレは気ぃ失ってたから……後でオーロラから話を聞いただけなんだ」
「じゃあ実際に会ったことがあるのは、オーロラだけなのか」
「そうなるな」
「そうか……」

 呟いて、パトロクロスはあたしを見た。

「どんな女性ひとだった?」
「明るくてハキハキした、綺麗なでし……だったよ。肩の辺りでそろえられた漆黒の髪に、ぱっちりした茶色の瞳で、歳は……あたし達と同じくらい、かな?」
「同じくらいか……女性に歳を聞くのはどうかと思うが、参考までにオーロラは幾つなんだ?」
「え、あたし? えーと……」

 口ごもるあたしの後ろから、アキレウスが助け舟を出した。

「オレが18だから―――、推定年齢、17歳ってトコか?」
「推定年齢?」

 いぶかしげなパトロクロスの反応は、まぁ当然のことだよね。

「実は……」

 あたしの話を聞き終わったパトロクロスは、悩ましげな吐息をもらした。

「そうか……そんなことが……。記憶を失った美女―――まるで歌劇の題材になりそうな話だ」

 形の良い額に長い指を当て、そう呟いた彼は、熱っぽい視線をあたしに向けてきた。

「私で力になれる問題なら良かったんだが……こればかりは、どうしようもないな。ささやかながら、オーロラの記憶が戻ることを心から祈っているよ」
「ど、どうもありがとう」

 この人がこういうキャラだっていうのは分かっているんだけど、麗しい美青年にこんなコト言われちゃうと、ついつい赤くなってしまう。

「と、ところでパトロクロスは幾つなの?」
「私か? 私は今年21になる。この仲間パーティーの中では最年長になるな」

 へぇ、じゃあ今は20歳か。みんな、似たり寄ったりの歳なんだね。

「なぁ、パトロクロス―――国王と彼女のばあさんは、そもそもどういう関係だったんだ? 古い知り合いとか言ってたけど……」
「私も詳しくは知らないんだ。あの人も今でこそ落ち着いているが、昔はよく城を抜け出して、あちらこちらへ出没していたらしい。危ない目に合った時に彼女の祖母が助けてくれたことが縁で、今日こんにちに至っているという話だが……」
「蛙の子は蛙、だな」

 アキレウスがそう言うと、パトロクロスは苦笑した。

「まぁ、そういうコトだ」

 今のラウド王の姿からは何だか想像できないよね。ローズダウン王家では、これが代々の習わしだったりして?

「どうやって彼女を説得する?」
「まずは、ありのままを話して、正攻法で彼女の使命感に訴えようと思っている。それでダメだった場合は、私がデートにでも誘って……」

 話すパトロクロスの瞳がキラキラしてきた。

 あーあ、絶対口説く気だな……もぉ。

「色仕掛けか……オレには無理だな。そうなった時は頼む」

 アキレウスは溜め息をついて、そうパトロクロスに返した。

 ガーネット……かぁ。

 感じのいいだったよね。

 仲間になってくれるといいなぁ……。

 あたし達のそんな思惑を乗せ、二羽のクリックルはひた走る。

 ルザーへと向かって―――。







 翌日のお昼過ぎに、あたし達はルザーの町へとたどり着いた。

 ついこの間訪れたばかりなのに、何だか懐かしい気さえする。

 以前この町を出た時は、まさかこんな形で再びここを訪れることになろうとは、夢にも思わなかった。

 あの時に比べて、あたしを取り巻く環境は、何て大きく変わってしまったんだろう。

 相変わらず人で賑わう大通りを抜け、あたし達は目的の場所を目指した。

 わぁ……何だかドキドキしてきた。

 ガーネット、いるかな。

 あたし達を見たら、ビックリするだろうな。

 話を聞いたら、もっとビックリだよね。

「何となく緊張するなぁ」

 アキレウスがそう言ったので、あたしは少し嬉しくなった。

「アキレウスも? 実はあたしもさっきからドキドキしているんだよね」
「私もだ」

 意外ッ、パトロクロスも!?

「これからどんな美しい女性ひとに出会えるのかと思うと……」

 そっちかい!

 ゼンおばあさんの店の前に来ると、店員のお兄さんがあたし達を発見して目を丸くした。

「あっ!? 貴方達は……」

 あ、この人、あたしが首を絞めそうになった人だ。

 お兄さんはパトロクロスの姿に気が付くと、手に持っていた品物をぼとっと落としてしまった。

「おっ、王子様……!? ど、ど、ど……」
「先日は急ぎだったゆえ、挨拶も出来ずに失礼した……ガーネット嬢にお会いしたいのだが、おられるかな?」

 パトロクロスがにっこり微笑んでそう言うと、彼は壊れかけたオモチャみたいに動き出した。

「はっ、はいっ! おら、おられます! いや、おります!! どっ、どうぞっ!!」

 あらら……気持ちは分かるけど。

 あたし達はぎくしゃくした動きのお兄さんに、ガーネットの私室まで案内してもらった。

「ガ、ガーネットさん、お客様です。この間ケガの手当てをしたカップルの方と、王……」
「カッ、カップルじゃないですッ」

 あたしは慌てて彼の言葉を否定した。

「オーロラ、んな力いっぱい否定しなくても……みんな分かってんだから」

 アキレウスに溜め息をつかれてしまった。

「だ、だってぇ」

 何か……恥ずかしいじゃん。

「入ってもらって」

 ドアの向こうから、ガーネットの声がした。

「は、はい。では……どうぞ。すぐに飲み物をお持ちします」
「あの、どうぞおかまいなく」

 お兄さんにドアを開けてもらって、あたし、アキレウス、パトロクロスの順で部屋の中に入った。

 ガーネットはイスに座って読書しているところだった。

「いらっしゃい! え、と……オーロラ。それに……アキレウスだっけ?」
「こんにちは、ガーネット。この間はお礼も言わずにごめんなさい。あの時は、どうもありがとう」

 お礼を言うあたしの隣で、アキレウスもぺこりと頭を下げた。

「初めまして……と言うべきかな? この間は気を失ってたから……後でオーロラから、君が助けてくれたことを聞いたんだ。どうもありがとう」

 ガーネットはイスから立ち上がると、ゆっくりとかぶりを振った。

「困った時はお互い様よ。今度はあたしがあなた達に助けてもらうこともあるかもしれないし」

 肩までの真っ直ぐな漆黒の髪に、勝気に輝く大きな茶色ブラウンの瞳。白い肌に、パールピンクの唇。

 柔らかな印象の中にも凛としたモノを感じさせる、そんな雰囲気を持った少女。

「今日はわざわざお礼を言いに来てくれたの?」
「あの……実は、それだけじゃないの。ちょっとお話があって」
「なーに? あら? 後ろの方は?」

 ガーネットがあたし達の後ろに佇むパトロクロスへと視線を向けた。

「初めまして、ガーネット」

 あたしが紹介する間もなく、するりとパトロクロスが前にすべりこんできた。

「私の名はパトロクロス・デア・ローズダウン。ゆえあって、今日は貴女の元を訪ねました。噂以上に美しい女性ひとだ……今日貴女に出会えたことが、私には運命のように感じられる」
「…………」

 ガーネットは驚いたように目を見開いて、目の前のパトロクロスを見つめた。

 顔を見たことはなくても、自分の国の王子様の名前くらいは知っているよね。

 そりゃ、いきなりその人が目の前に現れたらビックリするだろうなぁ。

 しかも、秀麗な顔立ちのその王子様に、息が止まるほどに見つめられ、あんな歯の浮くような台詞セリフを囁かれたりしたら……女の子としては、一瞬夢の世界に迷い込んじゃったようなカンジにもなるよね。

 そんなことを思いながらあたしはアキレウスと顔を見合わせた。

 あーあ、やっぱり始まった―――アキレウスの翠緑玉色エメラルドグリーンの瞳がそう言っている。

 あ、パトロクロスったらいつの間にかガーネットの手まで取ってるし。

「…………」

 その時、ガーネットの唇がかすかに動いた。

 ……ん?

 始めに違和感に気が付いたのはあたしだった。

「うん?」

 少し遅れて、パトロクロスもガーネットの様子に気が付いた。

 茫然とした面持ちのガーネットの唇から、かすかな声がもれる。

「……わ」
「……? どうかしたのか……?」

 パトロクロスがそう声をかけた瞬間に、それまで時が止まっていたかのようだった彼女の表情が、一気に花開いた!

「運命だわ……!」

 その頬は桜色に上気し、瞳には星の輝きが溢れ、太陽のような笑顔がこぼれた。それはまさに、冬を越した花達が一斉に開花したかのような、劇的な変化だった。

「え……?」

 固まるパトロクロスの手を握り返し、ガーネットが熱っぽく囁く。

「―――あたしも、今、運命を感じたの」

 キラキラ輝く瞳でパトロクロスの瞳を見つめ、ガーネットは彼の前に一歩踏み出した。それに押されるようにして、パトロクロスが一歩後退する。

「嘘みたい……こんなことって、あるのね」
「ガ……ガーネット……?」

 うっとりと呟く彼女に押されるようにして、パトロクロスがじりじりと後退する。

 その展開に、あたしとアキレウスは顔を見合わせた。

 どうしたのかな? 何だかパトロクロスらしくない。それに、心なしか顔色が悪いような……?

「どんなことに関しても、あたしの直感は外れたことがないの。あなたもあたしに運命を感じたと言ったわ―――……」
「いや……それは、その」

 とん、と、とうとうパトロクロスの背が壁に突き当たった。両手を半ば上げるようにしてガーネットを牽制する、彼の顔には冷や汗のようなものが光っている。

「ま……待て! 落ち着くんだ、ガーネット! 話せば分かる!!」

 もはや訳の分からないことを叫ぶパトロクロス。

 そんな彼に、ガーネットは極上の笑みでこう応えたのだった。

「あたし達、出会うべくして出会ったのね」

 言って、勢いよくパトロクロスに抱きつく!

「これはもう、運命だわ!」



「―――うっ、うあぁぁぁぁ――――ッ!!」



 可憐な乙女に抱きつかれた瞬間、蒼白になったパトロクロスの口から驚くような大絶叫が上がった。

 ―――そして。

 くたっ。

「あら? あららら?」

 何と、ガーネットと壁との間で、へなへなと倒れこんでしまったのだった。

 あまりにも思いがけないその展開に呆然としているあたしとアキレウスとを、ガーネットが振り返る。

「……何か、気絶しちゃってるみたいなんだけど」

 え……?

 な、何……?

 いったい何が、起こったの?

 もしかして、パトロクロスって……?

 しばしの沈黙の後、こらえきれなくなったかのように、突然アキレウスが吹き出した。

「ぷーっ……!」

 それを引き金にして、あたしも笑い出した。

「ぷっ……!」

 だ……だってだって、おっかしーい! パ、パトロクロスったら……!

「あははははは!」
「やべ、は、腹いてっ……! ぷーっ……!」

 あたし達につられて、ガーネットも笑い出した。

「何、何? この人って、女の子苦手だったの? もしかして」
「あたし達も知らなかったんだけど……ぷっ」
「どうやら、そうみてーだなっ」

 そっかぁ、ローズダウンの王宮で侍女達が言っていたのって、こういうコトだったんだ。確かにこれじゃ、ワイルドには程遠い。

「なぁんか、この人って可愛いね!」

 気絶したパトロクロスを膝枕したまま、ガーネットはきゅっと彼を抱きしめた。

 部屋からはしばらくの間、笑い声が絶えなかった。







 しばらくして目を覚ましたパトロクロスは、頬を赤らめ、憮然とした面持ちで口を開いた。

「私は本当は、女性が苦手なんだ……」

 やっぱり。

「別に女性が嫌いというわけではない。いや、むしろ好きだ。だが、どうしたわけか、こう……女性と身体が触れ合ってしまうと、先程のような状態になってしまうんだ……」
「昔からそうなのか?」
「あぁ。昔からだ」

 アキレウスにそう答え、パトロクロスは深い溜め息をもらした。

「でも、スゴく意外だった。あたしはてっきり、パトロクロスって女の子大好きなプレイボーイなんだと思ってた」
「オレも」

 あたしの言葉に頷くアキレウス。

 パトロクロスはきっ、とあたし達をにらみつけると、真っ赤な顔でこう言った。

「あれは、私なりの努力の表れなんだ。弱点を少しでも克服しようと、積極的に話しかけて抵抗力を高めようとしているんだ。努力の甲斐あって、手を握るくらいであれば平気になったぞ……笑うなっ、アキレウス! オーロラ!」
「わ、わりぃ」
「ごっごめんっ」

 で、でもおかしいっ!

 あの時も、あの時も……パトロクロスは、実は必死で倒れそうになる自分と戦っていたんだと思うとっ!

 言われてみれば、クリックルに乗る時も自分から荷物を持つって言って、アキレウスにあたしを任せていたし……あの時は何とも思わなかったけど、冷静に考えてみると変だよね。ホントにプレイボーイの王子様だったら、荷物なんか他の人に任せて、自分が女の子とクリックルに乗ろうとするはず。

「お前達には面白おかしく映るかもしれんが、私的には大変な問題なんだぞ!」

 パトロクロスは憤然とうなると、わなわなと両手を震わせた。

「このままでは、永久に社交ダンスも踊れん。他国からの実は同性愛者なのではないかという屈辱的な疑いの目を晴らすことも出来ん。あまつさえ結婚など、夢のまた夢……」
「―――それなら心配ないわよ」

 それまで黙ってあたし達の話を聞いていたガーネットが、唐突に口を開いた。

 その声に反応して、パトロクロスがビクリと身構える。

「そんなに怯えないでよ」
「怯えてなどいないぞ。心配ないとはどういうことだ?」
「うふふ」

 ガーネットはにっこり笑って、愛しのパトロクロスを見つめた。

「決まってるじゃない、あたしがずぅっとあなたの側にいるからよ」
「なっ、何!?」
「ねーっ、オーロラ。アキレウス」
「うん、そうだね」
「あぁ、そうだな」

 実は、パトロクロスが気絶している間に、ガーネットには事情を全部説明したんだ。

 彼女はひとつ返事で、あたし達の仲間になることを承諾してくれた。

 多分、その意味をあまり深く考えてはいないと思うけれど。

 うーん、凄まじき乙女パワー。

「あたしも今日から仲間パーティーの一員よ! ヨロシクね、パトロクロス」

 パトロクロスは青くなったり赤くなったり、一通りの反応を出し尽くした後、自らの使命を思い出したかのように、ようやく頷いた。

「……あ、あぁ」
「ずっとあたしとくっついていれば、免疫も出来てじきにダンスくらい出来るようになるわよ。パトロクロスならどこを触ってもOKよ!」
「な゛っ……」
「二人で頑張ろうね!」

 そう言って、ガーネットは真っ赤になったパトロクロスの手をぎゅっと握った。

「こっ、こらっ! 触るんじゃないっ!!」
「手を握るくらい平気になったって言ったじゃない~」
「心の準備が必要なんだッ」
「ぶっ」
「ぷっ」
「そこ、笑うんじゃない!」

 あはは、だってー。パトロクロス、何だか可愛いんだもん。

 ガーネットが仲間になってくれて、何だか楽しくなりそうな予感。

 女の子が加わってくれたということで、あたしには二重に嬉しい。

 アキレウス達には聞けないことも色々聞けるし、色んなアドバイスもしてもらえるだろうし。心強いな。

 このメンバーで、明日はいよいよ最初の目的地……誘いの洞窟へ向かうんだ。

 何が待ち受けているか分からないけど……一歩一歩、進んでいこう。 
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