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「―――あの、蓮人くん。話は変わるんだけど、実はさっきおじいちゃんから電話があって―――」
「おじいさんから? もしかして例の名簿の件?」
「うん。そうなんだけど、ちょっと想定外のことがあったっていうか―――」
「想定外のこと?」
「うん。名簿自体はひいおじいちゃんの遺品の中から見つかったらしくて、綺麗にしまわれていて保存状態も良かったから、閲覧するのに差し支えなかったって―――だから、冷たくなっているノラオを管理人さんと一緒に発見したっていう友人の名前も問題なく確認出来たらしいんだけど」
「! エージさんのことが分かったの!?」

 大きな反応を見せる蓮人くんに、あたしは静かにかぶりを振った。

「その人、エージって名前じゃなかったの」
「! 第一発見者の友人とエージさんは別人だった、っていうこと?」
「そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。蓮人くんがここへ来るまでの間、ずっとそれを考えていたの。それを蓮人くんに確かめてみないといけないって」
「……!? どういうこと……?」

 困惑する蓮人くんに、あたしはおじいちゃんから聞いた第一発見者の友人の名前を告げた。

「名簿にあった第一発見者の友人の名前は、喜多川英一郎きたがわえいいちろう。―――蓮人くん、もしかしたら、心当たりのある名前だったりしない?」

 それを聞いた蓮人くんは、眼鏡の奥の綺麗な瞳を愕然と見開いた。

「―――父方の祖父と、同じ名前だ。今は施設に入っている祖父と―――……」

 ―――蓮人くんの、おじいちゃん!

 繋がった! ノラオと、蓮人くんの関係が!

「えっ―――つまり、オレの祖父とノラオが友人関係だったっていうこと? じゃあ祖父とエージさんももしかしたら友人関係にあったっていうことに……?」

 額を押さえながら状況を整理しようと努める蓮人くんに、あたしは緊張で胸が苦しくなるのを覚えながら、自分の考えを口にした。

「―――蓮人くん、あたし思ったんだけど。ノラオは喜多川英一郎っていう名前を聞いても、何だかピンと来ていない感じなの。なのに、スゴく動揺しているし混乱しているのが伝わってくるの。何か、普通じゃない感覚なの。それにエージと蓮人くんはスゴく似ているって―――だから、あたし思ったんだけど。蓮人くんのおじいちゃん、あたしのおじいちゃんみたいに苗字が変わったりしていないかな? あたしのおじいちゃんも苗字が変わっていて、それでノラオは最初ピンときていなかったのかなって、そう感じた部分があったから」
「えっ―――それは祖父がエージさんかもしれないってこと? でも、そもそも名前が」

 戸惑う蓮人くんに、あたしは自分の胸の辺りのシャツをぎゅっと掴んで、必死で訴えた。

「そうなんだけど! 普通に考えたら有り得ないって思うんだけど、でも、第六感的なものがどうしても引っ掛かるの! 上手く説明出来ないんだけど、スゴく胸が急いて、確かめなきゃって気がしてて―――」

 あたしの剣幕に言葉を飲み込んだ蓮人くんは、とりあえず頷いてくれた。

「……分かった。どっちにしろ祖父とノラオに繋がりがあったことは事実だろうし―――まずは親に確認してみるよ。祖父の苗字が変わっているのかどうか、オレはその辺りの情報を持ち合わせてなくて―――この時間なら父親はまだ仕事中だろうけど、母親の方はもう仕事が終わってる頃合いだろうから」

 スマホを取り出してその場でお母さんに確認の電話をしてくれた蓮人くんは、不審がるお母さんに適当な理由をつけておじいちゃんのことを聞き出してくれた。

「―――陽葵ひまの勘、もしかしたら当たってるのかも。知らなかったけど、父方の祖父も祖母の家に婿入りして苗字が変わってたみたいだ。旧姓は神代かみしろだって。神代英一郎かみしろえいいちろう



 ―――神代英一郎。



 その、瞬間。

 深層意識の底にあった暗闇が一斉に音を立てて砕け散り、全方向から差し込んだ白い光に凄まじい勢いで塗り替えられていくような錯覚に、全身が粟立った。

 閉ざされていたノラオの記憶が溢れ出して、あたしの中に凄まじい勢いで流れ込んでくる。怒涛のような記憶の奔流に押し流されて溺れてしまいそうになり、あたしの口からは無意識に喘ぐような呼吸が漏れた。

「! 陽葵ひま!?」

 異変に気付いた蓮人くんが、瞬きを忘れたまま小刻みに震えて立ち尽くすあたしの身体を支えてくれる。

 そのぬくもりに縋るようにしながら、あたしの意識はノラオの記憶の只中へと飲み込まれていった。
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