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 さっ……最悪! サイアク!! まさかそんなことが入れ替わるキッカケになってたなんて―――!?

 ウソでしょ!?

 あたしは頭を抱える勢いで記憶をさらってみたけれど―――確かに思い返してみても、ノラオが現れるのはいつも喜多川くんと話している最中で、キュンとしたりドキッとしたり、そうでなくても彼に対して何らかの感情が動いた瞬間だった―――と認めざるを得ない……ような気がする。

 ええっ―――ちょ、これ、喜多川くんにバレたら恥ずかし過ぎない!? 軽く死ねる!!

 全身真っ赤になって困惑するあたしに、ノラオがのんきな声をかけてきた。

『ヒマリ? おーい、スゲェ動揺してんじゃん』

 当たり前じゃん! こんなん、動揺すんなって方が無理!!

 ―――ノラオ、このことは喜多川くんには絶対秘密だからね!? エージの名に誓って、絶っっ対に秘密だからね!?

 分かった!? 分かったね!?

『―――お、おぅ。わぁーったよ。だから壁ドン……』

 ―――出来るか! どんな顔してお願いしろって!? そんなんお願いするだけで死ねるわ!

『んだよ、大袈裟だなぁ……』

 ―――はぁ!? 自分とエージで想像してみ!?

『……。スミマセン。オレが悪かったデス……』

 ―――よし!

『じゃあ何ならイケるんだよ? イケるキュンは何なんだ?』

 あんたそれ、鬼のような難問出してるからね!?

『じっと互いの目を見つめ合う―――とかでもキュンとするのか? なぁ、これくらいならイケんじゃね? ちなみにこれならオレはやれるぞ!』

 う、うぅーん……。まあそれくらいなら、やれなくはない……かな?

 人の目を見て話すの、得意な方だし。

 いや、いっそノラオに代わるのをやめるという選択肢も……。

『―――おい。エージの名を使ってオレに誓約させた以上、取り消すとかはナシだからな!』

 うっ……!

 ノラオに気取られて先手を打たれたあたしは、渋々とBLコーナーから離れたところにいる喜多川くんの元へと向かった。彼は、推理小説コーナーで何やら分厚い本を手に取って目を落としている最中だった。

「喜多川くん」
「岩本さん。選び終わった?」
「ごめん、それがなかなか時間かかって、手間取ってて……」
「そっか。オレのことなら気にしなくていいよ。気になった本、何冊か見繕ってあっちで読んでいるから。ゆっくり選んで、終わったら声かけて」
「あー、うん。あの、それでね……」

 あたしは歯切れ悪く言いながら、長身の彼の瞳を見つめた。

 うわー、改めて見ると睫毛長……あたしより全然長いんじゃない? 付け睫毛ツケマいらず……。

「このままだと効率悪いから、一度ノラオに変わろうと思って―――喜多川くんをビックリさせると悪いから、一度それ言っておこうと思って」

 そう言うと喜多川くんは軽く目を見開いて、驚いた様子を見せた。

「……岩本さんはそれで大丈夫なの?」
「うん。エージの名に誓って、あたしが戻してって言ったらちゃんと身体を返すって、そう約束してくれたから、信じる」
「……そうか。これからもしばらくはノラオと過ごすことになるんだろうし、二人の間でそういう誓約が成されてそれが守られるなら、それが何よりだと思う。岩本さんが納得してそう望むなら、オレはそれを尊重して見守るよ」

 その間もあたしはずっと喜多川くんの目を見続けていて、彼もまたあたしの目を真っ直ぐに見つめていたんだけど、真面目な話をしているからかドキドキ感が足りないらしく、いっこうにノラオが来る気配がない。

「―――ところで、そうやって二人の意思で入れ替われるようになったっていうことはつまり、ノラオとスイッチするキッカケが何なのか分かったっていうことだよね? それって何だったの?」

 喜多川くんからそう突っ込まれたあたしは、ドキーンと心臓を高鳴らせた。でもこの高鳴らせ方ではノラオの言う琴線とやらは現れないらしく、こんなふうに突っ込まれることを想定していなかったあたしは、とっさに上手い返しを思いつくことが出来ず、口をもごもごさせながら、真っ直ぐな彼の視線に耐えかねて、思わずふい、と視線を逸らしてしまった。

 あ、あう~! 何てかわしたらいい!? こうやって突っ込まれるのを想定していなかったー!

 ああもう、アホ過ぎ……! あたしとノラオのアホー!

『何だよ、お前が早くときめいてくれりゃ済む話だろ』

 簡単に言うなー!

「岩本さん?」

 視線どころか顔ごと逸らしてうつむいてしまったあたしに、喜多川くんが心配そうな声をかけてくる。

 ああ、これじゃ心配させちゃう……!

 こんなふうに心配かけちゃダメだ! 喜多川くん、ゴメン! ずるいけど、ここは女の武器を使わせてもらって、多少強引にでもごまかして乗り切ろう……!

 そう思って勢いよく顔を上げたあたしの視界に、予想外の喜多川くんのドアップが映って、あたしはぴゃっ、と、肩をすくめた。

 どうやらあたしを心配した彼がこちらの顔を覗き込むようにしたところへ、あたしがちょうど顔を上げてしまったらしい。

 タイミング悪! けれど、キスする寸前の恋人みたいな距離感で、顔面偏差値の高い顔を見てしまった破壊力は大きかった。

 自分でもヤバいくらい顔が熱くなるのを覚えながら、あたしはぎこちなく瞳を逸らして、消え入るような声で言った。

「―――ゴ、ゴメン。秘密にしてもいい? ちょ、恥ずかしくて言えないや」

 何とかそう言い切るのと同時に、意識をぐんっと引っ張られるあの感覚が来て、あたしはノラオと入れ替わっていた。

 ノラオの視線の先には、驚いたような顔のまま赤くなって、フリーズした喜多川くんがいる。

 そんな彼の首にするりと腕を回して、ノラオは悪戯っぽくその耳元で囁いた。

「ダメだよレント、女の子にあんなこと言わせちゃ」
「! ノラ……!?」

 ノラオから慌てて距離を取った喜多川くんは、くすぐったそうに耳元を押さえながら、少しあせった様子でこう言った。

「いや、オレは別に、そういうつもりじゃ……!」
「ははっ、分かってる分かってる。可愛いな―もう、レントは」
「……!」

 喜多川くんは何か言いたげにしながらも、ここが図書館であることを思い出して自重したようで、周囲を気にする素振りを見せながらノラオをBLコーナーへ追いやった。

「代わってもらえたんなら、早く選んできなよ」
「ははっ、りょーかい」

 軽やかな足取りでそちらへと向かうノラオを見送りながら、喜多川くんが平常心を取り戻すように眼鏡の真ん中を押さえながらこう呟いたことを、あたしは知る由もなかった。

「……っ。あれは……あの顔は、不意打ちが過ぎるだろ―――」
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