病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋

文字の大きさ
上 下
127 / 128
番外編 第五皇子側用人は見た!

bittersweet6②

しおりを挟む
 頬を染めるラウルから一歩距離を取って、改めて正面から彼女と向かい合ったエドゥアルトは、厳かに口を開いた。

「ラウル。僕はお前が好きだ。気付いたのはお前に掌底しょうていを食らってしばらくしてからという、なかなかに得難いタイミングだったが」

 えっ、とラウルが目を見開き、エドゥアルトはそれに思わず笑ってしまったが、改めて口元を引き締め直して続けた。

「思い返してみればお前に出会ったあの日、あの瞬間、僕はお前に心を奪われていたんだと思う。子ども心にとてもキラキラ輝いて見えたんだ……剣を振るうお前の姿が眩しくて、心から綺麗だと思って、覚えたことのない感銘に衝撃を受けたことを、今でも鮮明に思い出せる」
「……!」

 ラウルは小さく息を飲んだ。

 当時十歳だったエドゥアルトが、自分にいわゆるひと目惚れをしていただなんて、夢にも思わなかったからだ。

「そこからずっとお前は僕のお気に入りだと、そう思ってきたんだが―――実はそういう類のものとは違う種類の感情なのかもしれない、と意識するきっかけになったのが、さっき言った掌底の件だ」

 ラウルは内心あっ、と思った。

 あの時エドゥアルトに「僕はお前のことを『気に入っている』と思っていたけれど、もしかしたら違うのかもしれないな」と言われて、ラウルはてっきり「気に入っていると思っていたけど実はそうでもなかった」的な意味だと捉えてしまっていたのだが、あれは、そういう意味だったのか―――。

 ―――私、すっごい勘違いしてた。

 内心で恥じ入るラウルに、エドゥアルトはどこか懐かしむような眼差しになって告げる。

「手痛い洗礼だったが、あれで気付いた。お前は僕の初恋で、あの時からずっと特別な存在だったんだって」

 エドゥアルトは洗練された所作でラウルの前で片膝を折ると、驚く彼女の右手を手に取って、その手の甲にそっと口づけた。

「! エドゥアルトさ―――」
「ラウル。お前は僕にとって唯一絶対のかけがえのない存在で、これからも共にありたいと願う女性だ。お前が僕を受け入れてくれるなら、キスのやり直しから始めたい」
「……!」

 魂が震えるような初めての感覚に、ラウルはぶるっと身体をわななかせた。胸の奥底から湧き上がってくる絶え間のない感情に揺さぶられて、心が沸騰しそうなくらい熱くなる。

 この感情は―――歓喜だ。

 強烈過ぎるその感情に苦しいくらい胸が詰まって、ラウルは涙ぐみながら、震える喉を張るようにして声を絞り出した。

「わ……私は……亜人で、狼犬族で、平民で―――今ここで私が頷けば、貴方がこれから途方もない苦労を背負ってしまうことは、目に見えて分かっているんです」

 皇族からはもちろん、貴族諸侯からの風当たりは痛烈なものがあるだろう。ガサツで礼儀作法もなっていないし、ラウル自身、これからたくさんの努力をしていかなければならないことも分かっている。

「でも……貴方ならきっとどうにかしてしまうんだろうなって、そんな希望的な、楽観的な思いもあるんです。何より―――私は貴方にそう言ってもらえて、今、とても嬉しいから―――……もちろん私自身、至らない部分はたくさんあって、これから死ぬほど努力していかないといけないんですけど―――頑張りますから、だから、今は自分の気持ちに素直になってもいいですか?」

 言葉を紡ぐうちに感情が昂っていって、ラウルの青灰色の瞳から涙がひと筋、こぼれ落ちた。

「ラウル……」

 立ち上がったエドゥアルトは指先でそっと彼女の涙を拭うと、力強く頷いた。

「もちろんだ。他でもない僕自身がそれを望んでいるのだから」

 ラウルは真正面から彼の黄玉色の双眸を見つめて微笑んだ。

「貴方が好きです、エドゥアルト様。負けず嫌いで、努力家で、いつも真っ直ぐな気概をぶつけてくる貴方が―――幼い頃から私をずっと対等な存在として見てくれている貴方が―――好き」
「―――……!」

 エドゥアルトが弾かれたように手を伸ばし、掻き抱くようにしてラウルを腕の中に収めた。

 普段の彼からは想像もつかない、余裕のない性急な行動に、ラウルは少々驚きながら、そのギャップを嬉しく感じた。

 エドゥアルトの胸は広く厚く、ラウルに回された腕は頑強で、同じように鍛えていてもラウルとは筋肉の質が異なった。どちらかと言えば柔軟な筋肉のラウルに対して、エドゥアルトのそれは鋼のように硬い。

 ラウルの側頭部に自身の側頭部を押し当てるようにしてじっと感慨にふけっている様子の彼の背は、いつの間にか長身の彼女よりもわずかに高くなっていた。

 そんなところに時の流れと、たくましく成長した彼の男らしさを感じながら、ラウルはおずおずとエドゥアルトに身を任せた。自分のものとは違う体温と硬い質感に寄り添いながら、改めて今のこの状況を噛みしめて、幸せでこそばゆい気持ちになる。

 彼の匂いに包まれてふわふわ夢見心地に浸っていると、背中に回されていたその腕が緩み、側頭部にあったエドゥアルトの顔が正面に戻ってきて、至近距離で見つめ合う格好になったラウルは小さく喉を上下させた。

 こんなに近い距離で彼と向かい合うのは、いつぞやのティーナにそそのかされたゲーム以来だ。

 あの時は緊張しまくりで彼の顔を直視するのが難しかったが、今こうしてまじまじと見て、改めてその完成度の高さに気付かされる。

 サラサラの金髪、髪と同じ色合いの意志の強さを感じさせる眉。前髪の下から覗く一対のトパーズの瞳は至高の宝玉のようで、いつもの人を食ったような空気をしまい込んだ容貌は、精悍すぎず柔和すぎない絶妙なバランスの保たれた秀麗さと気品を漂わせており、そこはかとなく醸し出される男らしい艶が、見る者を惹きつけずにはいられない一種の麻薬のような中毒性を放っている。

 うわぁ、改めて見ると顔面が良……あのヤンチャな悪戯小僧が、いつの間に……。

 エドゥアルトの容貌に見とれていたラウルは、その彼の顔がいつの間にかさっきより近づいていることに気が付いて、反射的に距離を取りかけたが、そんな彼女の行動を見越していた彼の手によってしっかりと腰と後頭部を固定されてしまい、逃げ場を失くして上ずった声を上げた。

「! エッ……エドゥアルト様、待って!」
「待たない」
「ちょ、ほっ……本当に? するんですか?」
「そう言ったろう」

 押し問答の間にもじりじりと距離は狭まり、互いの息づかいが口元に触れる。笑みを含んだエドゥアルトの表情はラウルの反応を楽しんでいるようにも見えたが、いっぱいいっぱいのラウルはそれどころでなく、耳の奥でバクバク反響する心臓の音に支配されながら、最後の悪あがきをした。

「こっ、心の準備が……!」
「今更? 整うのを待っていたら、いつまで経っても出来ないな」
「うぐ……」
「それに僕としては、充分すぎるくらい待ったんだ」

 言いしな、エドゥアルトの唇が柔らかくラウルの唇に重なった。

「……!」

 ビクッ、と身体を震わせる彼女の身体を抱き竦めるようにして、エドゥアルトは積年の想いを伝えるようにラウルへと自分の体温を伝えていく。

 初めての彼女を怖がらせないように、昂る熱情を抑え込んで、ただ優しく唇を重ね合わせるだけのものにした。その分少し長く重ねて、初恋の成就を味わう。

 エドゥアルトとしても好きな相手とキスを交わすのは初めてのことで、これは彼にとっても特別な瞬間だったのだ。

 愛しい想いが胸の奥から際限なく溢れてきて、気を抜くと理性が溶けていってしまいそうな情動に鼓動が逸る。

 これまでは義務という行為でしかなかったキスへの概念が覆されて、まるで別のものへと昇華していく感覚に、エドゥアルトの胸は熱くなった。

 甘いな―――味わい的にも、感覚的にも。

 ラウルの唇は柔らかかったが彼女自身はガチガチで、それがまた愛おしかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

[完結]思い出せませんので

シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」 父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。 同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。 直接会って訳を聞かねば 注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。 男性視点 四話完結済み。毎日、一話更新

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

【電子書籍発売に伴い作品引き上げ】私が妻でなくてもいいのでは?

キムラましゅろう
恋愛
夫には妻が二人いると言われている。 戸籍上の妻と仕事上の妻。 私は彼の姓を名乗り共に暮らす戸籍上の妻だけど、夫の側には常に仕事上の妻と呼ばれる女性副官がいた。 見合い結婚の私とは違い、副官である彼女は付き合いも長く多忙な夫と多くの時間を共有している。その胸に特別な恋情を抱いて。 一方私は新婚であるにも関わらず多忙な夫を支えながら節々で感じる女性副官のマウントと戦っていた。 だけどある時ふと思ってしまったのだ。 妻と揶揄される有能な女性が側にいるのなら、私が妻でなくてもいいのではないかと。 完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。 誤字脱字が罠のように点在します(断言)が、決して嫌がらせではございません(泣) モヤモヤ案件ものですが、作者は元サヤ(大きな概念で)ハピエン作家です。 アンチ元サヤの方はそっ閉じをオススメいたします。 あとは自己責任でどうぞ♡ 小説家になろうさんにも時差投稿します。

処理中です...