病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋

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本編

二十二歳㉚

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 第三皇子フェルナンドの側近グリファスによる第四皇子フラムアーク暗殺未遂事件の審理は、宮廷内の議場ではなく、宮廷の広大な敷地内の一角にある大聖堂で、一ケ月後に執り行われることが決まった。

 代々の皇帝達が戴冠式を行う場所としても知られる大聖堂は、地下に歴代の皇帝達が眠る皇家の墓所でもあり、数々の神事が執り行われる神聖な場だ。

 皇帝グレゴリオ直々の指示であることもさりながら、次期皇帝候補の筆頭であるフェルナンドの側近グリファスが、今やそれに次ぐ勢いで台頭するフラムアークの暗殺を目論んだというスキャンダラスな一面と、その場に臨席する皇位継承資格保持者が当事者の第三、第四皇子を除いては、独立遊隊長を務める第五皇子エドゥアルトのみだということが伝わると、開催される場所のことも相まって、審理後に何か重大な発表がされるのではないかとの憶測が広まり、宮廷内はにわかに騒がしくなった。

「本人に今のところその気はないようだけど、何だかんだエドゥアルトも有力な次期皇帝候補として名が取り沙汰されている一人だからね。皇帝の真意は分からないけど、この三者だけが臨席するとなれば、当然こういった憶測が広まることは織り込まれているはずだ」

 フラムアークはそう言って、その審理に臨む為の下準備に余念なく取り組むのだった。

 渦中の人物でもあるエドゥアルトとの共闘が密かに決まったことは、私達にとってこの上ない朗報だった。

 元々「状況次第で敵にも味方にも翻る」と暗に告げていた彼が味方になってくれる意義は大きく、フラムアークにとっては宮廷内で初めて出来た大きな後ろ盾だ。彼が力を貸してくれるならば、厳しい戦いの中に見えてくる光明も大きくなる。

 それに、彼の配下のラウルやティーナと敵対せずに済むということも私的には純粋に喜ばしかった。

 彼らは現在、フラムアークとエドゥアルトの間で交わされた密約に基づき、忙しく各地を奔走している。

 各方面の水面下では貴族達による腹の探り合いが繰り広げられ、誰もが政局の動きを見極めて、この時流に乗ろうと躍起だった。

 重要事件の罪人として警備の堅固な特別牢に拘禁されたグリファスは、常用していた麻薬の一種オピュームの禁断症状が出て一時は深刻な状態に陥ったらしいけれど、今は宮廷薬師の管理の下、適切な緩和治療が行われて快方に向かっており、症状は少しずつ落ち着いていっているとのことだった。

 ひと月後の審理の場に問題なく出廷させるべく、治療に当たる宮廷薬師達はかなりピリピリしながら彼の体調管理に努めているらしい。

 そのグリファスについてフラムアークは意外なことを言っていた。

「宮廷では主に後ろ暗い評判しか聞かないけど、地元ファーランド領での評判は全く違うみたいなんだ。ファーランドの多くの領民達は領主であるヴェダ伯爵家に対して好意的で、感謝の念を抱きながら生活しているらしい。伯爵家の三男グリファスについても、彼がフェルナンドに召し抱えられてから暮らしが楽になったと、その働きを口々に称えているようなんだ。
オレも実際に領地視察でファーランド領を訪れた際、ヴェダ伯爵と会っているけど、領民の暮らしを第一に考えた領地運営をしている人物といった印象を受けた覚えがある」

 フラムアークのその見解にスレンツェも同意を示した。

「ああ、確かにそれはオレも感じたな……ヴェダ伯爵は他の領主達と比べて、ずいぶんと慎ましやかな生活を送っていたように記憶している。ファーランド領は他領と比べて気候に恵まれず、土地が痩せている印象だった」

 初めて聞くファーランド領とヴェダ伯爵家の話に、私は何とも言えない気持ちになった。

 そうなの……? ためらいなくグリファスに殺されかけた身としては想像もつかないわ……。

「当時歓待を受けた際に伯爵からチラッと聞いたが、グリファスが宮廷に出仕する以前は領地運営にかなり苦労していたようだ。天候不順で農作物が被害を受けた時などは領民の税を軽くする為、自ら家財を売り払って工面していたこともあったらしい。だが、グリファスがフェルナンド付きになってほどなく、皇帝から薬用オピュームの原料となるケルベリウスの栽培許可を与えられ、そのおかげで安定した領地運営を行えるようになったのだと感慨深げに語っていた」

 ケルベリウスは寒冷地や肥沃ひよくでない土地でも育つ、たくましい植物だ。その花の未熟果からオピュームは作られる。

 ファーランドの痩せた土壌にも適合し、の地を潤す重要な産業となったケルベリウスの栽培―――そこにフェルナンドの力が働いたであろうことは、想像に難くない。

「グリファスのフェルナンドへの忠誠には、そういった事情もあるのでしょうか……?」

 そう呟いたエレオラの表情はどこか複雑だ。

「無論、そういったものも込みだろう」

 相槌を打つフラムアークの傍らで、考え込んでいたスレンツェが口を開いた。

「……今にして思うと、皇帝直下のケルベリウス栽培が行われている領地の領主にしては、ヴェダ伯爵の暮らしは質素過ぎなかったか……? 息子のグリファスがオピュームを違法に使用していたことを踏まえれば、違法な横流しも行われていたと考えるのが自然だが、そこで得たはずの莫大な利益はどこへ行った? ……フェルナンドのところか?」
「去年のカルロ達の事件後、信頼出来る人物を介して帳簿関連を遡って調べてみたが、不審な箇所は見当たらなかった。だが、おそらくはそうだ」

 なら―――裏帳簿が存在する?

「もしファーランド領でそういったことが行われていたのが事実であれば、粗悪なオピュームが領民達の間に出回って、害をもたらすようなことはなかったんでしょうか?」

 そう案じると、「ユーファらしい心配だね」とフラムアークは瞳を和らげた。

「怪しまれずにファーランド領へ出入り出来る者達を先日送り込んで、改めて色々調べてもらっているところなんだけど、どうやらその心配はなさそうだよ。おそらく、貴族向けの質の良い商品に一本化しているんじゃないかな」

 怪しまれずにファーランド領へ出入り出来る人達というのは、きっとのことね。

「言い換えれば、グリファスは……ヴェダ伯爵家は領民を大切にしているということか……」

 どこかやりきれなさを滲ませるスレンツェの物言いにフラムアークは頷いた。

「そう捉えることも出来るね。独善的で、決して褒められたことではないけれど」

 グリファスは根っからの悪人というわけではない……?

 もしかしたらレムリアは、そんな彼の一面を知って心惹かれたんだろうか……?

 人は誰しも単純ではないし、皆、その内には様々なものを抱えている。

 表から見える姿だけが全てではないと頭では分かっているけれど、それをこういう形で知らされると、何とも言えない気持ちになるものね……。

 私から見たグリファスはフェルナンドの側近で、目的の為なら手段を問わず実行する冷酷で許しがたい人だけれど、そんな彼にも背負うものや守らねばならないものがあったのかもしれないと思うと、容赦なく私を殺そうとした相手なのに、完全に憎みきることは難しくなってしまう気がした。

 もちろん同情はしないし許すことなど出来ないけれど、ある種の思うところが生まれてしまうのも事実だ。

「グリファスはどうして違法な横流しのみならず、自らオピュームに手を染めたのでしょうか……? 彼の性格からすると、麻薬として使用するその危険性を認知していなかったとは思いづらいのですが……」

 そう疑問を呈すると、みんなから様々な意見が出た。

「確かにね。本人に接見出来ない今となっては推測するしかないけれど、そうせざるを得ない状況に追い込まれていた可能性はあるのかもしれないね。逆らえない立場にある者からの強要や、彼自身も知らないうちにオピュームを摂取してしまっていた可能性……」
「麻薬漬けにしてしまえば、裏切られたり逃げ出されたりする可能性は著しく低くなるだろうからな。非人道的ではあるが、有効な手段だ」
「あるいは彼自身に良心の呵責というものがあったのかもしれませんね。意に添わぬ仕事に耐えかね、それを摂取することで辛い現実から逃れていたのかも……」

 グリファスの側面が垣間見えた今となっては、エレオラの言うことも可能性としてあるように思えてきてしまう。

 憶測の域を出ないけれど、頭の切れる彼が自身の心身を著しく害すると分かっているオピュームの違法摂取を進んで行うというのは、やはり考えづらい気がする。

 フラムアークはファーランド領とヴェダ伯爵家がこの大局を動かす鍵になると考えているようだった。

「エドゥアルトとも意見が一致したんだが、グリファスが秘密裏にフェルナンドの命令を受けて違法に動いていた証拠が国の捜索によって出てくることは、まずないだろう。だが、出てこないのなら、出させればいい。そうなるように事態を動かす。それがオレとあいつの見解だ。その為に、みんなの協力が要る」

 フラムアークは私達を見渡して、表情を引き締めた。

「みんな、どうかオレに力を貸してほしい。これから一ケ月、類を見ないほど忙しくなるだろうが、ここに全ての力を集約してもらいたい。そして必ずや、オレ達が目指す未来への道を切り開こう」

 橙味を帯びたインペリアルトパーズの瞳が、力強い輝きを放つ。

「この審理の場をもって、フェルナンドには皇位継承争いから退場してもらう」

 その言葉に私達は小さく息を飲み、鼓動を震わせ、それから顔を見合わせて、力強く頷き合った。

 ―――ついに、この時が来た。

 全ての力をもって、フェルナンドと対峙する時が。

 一ケ月後の審理の場には、私も証人として召喚されることが決まっている。

 私は身体の回復を最優先に手伝える範囲のことを手伝い、フラムアーク達は粛々と準備を進めて、忙しない日々は瞬く間に過ぎていった。

 ―――そしていよいよ、最後の舞台の幕が上がる。
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