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本編
二十二歳㉙
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感情の読めない不敵な表情を湛えたままのレムリアを見やり、私はきつく唇を結んだ。
私の言葉は、あなたの心に何も響かないの? ルームメイトとして過ごしたこの十数年は、たくさん語り合って交わしてきた数々のやり取りは、思い出は、あなたにとっては全部紛い物だった?
「―――バルトロのことは……?」
私の口からこぼれたその名に、わずかにレムリアの兎耳が反応したように見えた。
レムリアの本命がグリファスだったのならば、彼女の恋人だったはずのバルトロは、使い捨ての駒として利用されたカムフラージュだ。
彼の最期をフラムアークから聞いた時は、自分の境遇とも重なって、涙が溢れて止まらなかった。
「バルトロのことも演技で、全く愛していなかったの……? 彼は本気であなたのことが好きで、自分の命に代えてもあなたを守ろうとして、最後まで、あなたのことを案じながら逝ったと聞いたわ」
「……」
「私自身、バルトロと直接話す機会が何度かあって、はにかみながら幸せそうにあなたとのことを語る彼の姿が瞼に焼き付いている……その彼をあんなふうに騙して、逆賊に仕立て上げるような真似をして、死後も彼の名誉を傷付けるようなやり方をして、使い捨てるようにして死なせて、あなたの心は少しも痛まなかったの……!?」
「―――……バカな男だよね……」
レムリアはぽつりと呟いて、ひどく冷めた口調でバルトロを評した。
「しがないとはいえ貴族の家に生まれて、人の欲がひしめき合う宮廷に従事していたっていうのに―――そういうものに全く染まっていない変わり者だった。バカみたいに純粋で、お人好しで、疑うことを知らなくて―――危険でしかない兎耳族のハニートラップにあっさり引っ掛かってさ―――演技だなんて、これっぽっちも疑ってなかっただろうなぁ。あたしに愛されてるって信じたまま逝ったんだから、ある意味幸せだったんじゃない? 真実を知って、ユーファみたいに苦しむことも悲しむこともなかったんだから」
「……! レムリア、あなた―――!」
あんまりな言いように声を荒げかけた私は、次の瞬間、彼女の頬を伝う涙を見て、ハッと息を飲んだ。
「本当……バカな男―――……」
口調だけは蔑むように、大きく揺れるレムリアの瞳からは後から後から涙が溢れて、彼女の白い頬を伝い落ちていった。
レムリア―――……。
その涙を見た瞬間、私の心にある仮説が思い浮かんだ。
もしかして―――もしかして、レムリアは―――。
―――もしかしてレムリアは、私と同じだった……?
グリファスとバルトロ、どちらにも心惹かれていて―――私と同じように迷い、悩んでいた……?
「……フラムアーク様。少し、レムリアと二人で話をさせてもらえませんか……? 本当に少しの間でいいので……」
隣に立つ彼にそう申し出ると、それまで黙って私達のやり取りを見守っていたフラムアークは迷う素振りを見せた。
「でもユーファ、君はまだ体調が万全じゃないだろう。何かあっては……」
「少しの間ですから、大丈夫です」
私の強い意思を感じ取ってくれたんだろう。背後のスレンツェとエレオラに相談するような視線を送ったフラムアークは、ややしてから頷いた。
「……分かった。くれぐれも無理をしないで、牢には近付き過ぎないように。すぐ近くで待機しているから、何かあったら呼んでくれ」
「分かりました」
フラムアーク達が席を外し、二人きりになった空間で、格子の向こうから私をにらみつけたレムリアは挑発的な物言いをした。
「……人払いまでして何? 涙を見て、同情でもした? お優しい言葉でもかけてくれるつもりならいらないんだけど―――ここから出してくれるって言うんなら大歓迎だけどね?」
私は小さく首を振った。
「……ただ、確かめたくて。あなたは昔から自分は恋愛脳で、『恋の為に生きて恋の為に死にたい』って言ってたわよね。そして、『いつか運命の人と大恋愛するんだ』って―――。
……その通りに生きれたのかと、そう思って」
「……。何かと思えば、そんなこと? 心配しなくても、自分の気持ちに後悔するような生き方はしてないよぉ。その結果がこのザマだけどね」
自嘲するレムリアへ、私は尋ねた。
「恋に対しては、誠実に生きられたということ?」
「……。まあね」
それを聞いて、うっすらと悟った。
きっと―――バルトロの一途な熱情はきっと、いつしか演技の枠を超えて、確かにレムリアの心に届いていたんだろう。
その熱にほだされて溶かされかけながらも、レムリアは悩んだ末、当初から想い続けていたグリファスの手を取った。
愛してくれる男性よりも、愛する男性の手を取ることを選んだ。
だけど、恋愛脳で、女として恋する気持ちを何よりも大切にするレムリアは、その信念だけは何物にも譲らなかった。
疎ましく感じていた私に対してすら、それを守った。
―――それが、この結果なんだ。
「そう……」
瞳を伏せて頷いた私はゆっくりとレムリアの元へ歩み寄り、衣服を掴まれたりしないよう、牢から少し距離を置いた場所で立ち止まると、彼女に告げた。
「―――私の心は私のものだし、あなたの心はあなたのもの。第三者がとやかく言うことではないけれど、その結果、他者を不当に貶めて傷付けたことは許されるべきではないし、償わなければならないことよ。然るべき裁きを受けて、バルトロに、彼の家族に心からの謝罪をしてちょうだい」
「……わぁ。優等生的な、それでいて嫌味ったらしい言い方~。以前人が言った言葉を焼き直して持ち出すなんて、性格悪ーい」
「あなたに言われて、ハッとさせられた言葉よ」
『あたしの心はあたしのものだし、ユーファの心はユーファのもの。心は他の誰でもないその人のものなんだから、その結果を第三者にとやかく言われる筋合いはない! ってね』
以前、フラムアークとスレンツェの間で揺れ動いて思い悩んでいた時、レムリアからかけられた言葉―――私にとっては心が救われた思いがした、大切な言葉だ。
「あなたからは他にもたくさんの言葉をもらったわ。今の私に根付いている、忘れられない言葉をたくさん。偽りでもまやかしでも気まぐれでも、それでも過去の私を救って、今の私へと導いてくれた言葉―――無邪気で前向きで明るいあなたはずっと私の憧れで、輝きだった。もう戻れはしないけれど、あなたからもらったもの、学んだことは忘れないわ。私はずっとあなたとの思い出を背負って、これからも生きていく」
「……。ユーファ……」
牢の中からこちらを見つめる大きなトルマリン色の瞳を見つめ返して、私は言った。
「さようなら、レムリア」
踵を返して牢に背を向けると、堪えきれない涙が後から後から、頬を伝い落ちていった。
近くで待機していたフラムアーク達を呼び、エレオラに支えられるようにして地上へと戻った私は、彼女の胸を借りて泣いた。
フラムアークとスレンツェは私に気遣わしげな眼差しを向けながら、レムリアを尋問する為に再び地下へと潜っていった。
レムリア―――レムリア。
きっとあなたは不本意ながら、誰よりも私の心を理解して寄り添うことが出来ていたんだね。
そして、いいか悪いかは別にして、自分の信念に最後まで従った。
さようなら、大好きだった人。かけがえのない親友だと思っていた人。
例え偽りであったとしても、あなたの隣は温かで穏やかで賑やかで、落ち込んでいても元気をもらえる、私にとっては特別な、大切な場所だったよ―――。
私の言葉は、あなたの心に何も響かないの? ルームメイトとして過ごしたこの十数年は、たくさん語り合って交わしてきた数々のやり取りは、思い出は、あなたにとっては全部紛い物だった?
「―――バルトロのことは……?」
私の口からこぼれたその名に、わずかにレムリアの兎耳が反応したように見えた。
レムリアの本命がグリファスだったのならば、彼女の恋人だったはずのバルトロは、使い捨ての駒として利用されたカムフラージュだ。
彼の最期をフラムアークから聞いた時は、自分の境遇とも重なって、涙が溢れて止まらなかった。
「バルトロのことも演技で、全く愛していなかったの……? 彼は本気であなたのことが好きで、自分の命に代えてもあなたを守ろうとして、最後まで、あなたのことを案じながら逝ったと聞いたわ」
「……」
「私自身、バルトロと直接話す機会が何度かあって、はにかみながら幸せそうにあなたとのことを語る彼の姿が瞼に焼き付いている……その彼をあんなふうに騙して、逆賊に仕立て上げるような真似をして、死後も彼の名誉を傷付けるようなやり方をして、使い捨てるようにして死なせて、あなたの心は少しも痛まなかったの……!?」
「―――……バカな男だよね……」
レムリアはぽつりと呟いて、ひどく冷めた口調でバルトロを評した。
「しがないとはいえ貴族の家に生まれて、人の欲がひしめき合う宮廷に従事していたっていうのに―――そういうものに全く染まっていない変わり者だった。バカみたいに純粋で、お人好しで、疑うことを知らなくて―――危険でしかない兎耳族のハニートラップにあっさり引っ掛かってさ―――演技だなんて、これっぽっちも疑ってなかっただろうなぁ。あたしに愛されてるって信じたまま逝ったんだから、ある意味幸せだったんじゃない? 真実を知って、ユーファみたいに苦しむことも悲しむこともなかったんだから」
「……! レムリア、あなた―――!」
あんまりな言いように声を荒げかけた私は、次の瞬間、彼女の頬を伝う涙を見て、ハッと息を飲んだ。
「本当……バカな男―――……」
口調だけは蔑むように、大きく揺れるレムリアの瞳からは後から後から涙が溢れて、彼女の白い頬を伝い落ちていった。
レムリア―――……。
その涙を見た瞬間、私の心にある仮説が思い浮かんだ。
もしかして―――もしかして、レムリアは―――。
―――もしかしてレムリアは、私と同じだった……?
グリファスとバルトロ、どちらにも心惹かれていて―――私と同じように迷い、悩んでいた……?
「……フラムアーク様。少し、レムリアと二人で話をさせてもらえませんか……? 本当に少しの間でいいので……」
隣に立つ彼にそう申し出ると、それまで黙って私達のやり取りを見守っていたフラムアークは迷う素振りを見せた。
「でもユーファ、君はまだ体調が万全じゃないだろう。何かあっては……」
「少しの間ですから、大丈夫です」
私の強い意思を感じ取ってくれたんだろう。背後のスレンツェとエレオラに相談するような視線を送ったフラムアークは、ややしてから頷いた。
「……分かった。くれぐれも無理をしないで、牢には近付き過ぎないように。すぐ近くで待機しているから、何かあったら呼んでくれ」
「分かりました」
フラムアーク達が席を外し、二人きりになった空間で、格子の向こうから私をにらみつけたレムリアは挑発的な物言いをした。
「……人払いまでして何? 涙を見て、同情でもした? お優しい言葉でもかけてくれるつもりならいらないんだけど―――ここから出してくれるって言うんなら大歓迎だけどね?」
私は小さく首を振った。
「……ただ、確かめたくて。あなたは昔から自分は恋愛脳で、『恋の為に生きて恋の為に死にたい』って言ってたわよね。そして、『いつか運命の人と大恋愛するんだ』って―――。
……その通りに生きれたのかと、そう思って」
「……。何かと思えば、そんなこと? 心配しなくても、自分の気持ちに後悔するような生き方はしてないよぉ。その結果がこのザマだけどね」
自嘲するレムリアへ、私は尋ねた。
「恋に対しては、誠実に生きられたということ?」
「……。まあね」
それを聞いて、うっすらと悟った。
きっと―――バルトロの一途な熱情はきっと、いつしか演技の枠を超えて、確かにレムリアの心に届いていたんだろう。
その熱にほだされて溶かされかけながらも、レムリアは悩んだ末、当初から想い続けていたグリファスの手を取った。
愛してくれる男性よりも、愛する男性の手を取ることを選んだ。
だけど、恋愛脳で、女として恋する気持ちを何よりも大切にするレムリアは、その信念だけは何物にも譲らなかった。
疎ましく感じていた私に対してすら、それを守った。
―――それが、この結果なんだ。
「そう……」
瞳を伏せて頷いた私はゆっくりとレムリアの元へ歩み寄り、衣服を掴まれたりしないよう、牢から少し距離を置いた場所で立ち止まると、彼女に告げた。
「―――私の心は私のものだし、あなたの心はあなたのもの。第三者がとやかく言うことではないけれど、その結果、他者を不当に貶めて傷付けたことは許されるべきではないし、償わなければならないことよ。然るべき裁きを受けて、バルトロに、彼の家族に心からの謝罪をしてちょうだい」
「……わぁ。優等生的な、それでいて嫌味ったらしい言い方~。以前人が言った言葉を焼き直して持ち出すなんて、性格悪ーい」
「あなたに言われて、ハッとさせられた言葉よ」
『あたしの心はあたしのものだし、ユーファの心はユーファのもの。心は他の誰でもないその人のものなんだから、その結果を第三者にとやかく言われる筋合いはない! ってね』
以前、フラムアークとスレンツェの間で揺れ動いて思い悩んでいた時、レムリアからかけられた言葉―――私にとっては心が救われた思いがした、大切な言葉だ。
「あなたからは他にもたくさんの言葉をもらったわ。今の私に根付いている、忘れられない言葉をたくさん。偽りでもまやかしでも気まぐれでも、それでも過去の私を救って、今の私へと導いてくれた言葉―――無邪気で前向きで明るいあなたはずっと私の憧れで、輝きだった。もう戻れはしないけれど、あなたからもらったもの、学んだことは忘れないわ。私はずっとあなたとの思い出を背負って、これからも生きていく」
「……。ユーファ……」
牢の中からこちらを見つめる大きなトルマリン色の瞳を見つめ返して、私は言った。
「さようなら、レムリア」
踵を返して牢に背を向けると、堪えきれない涙が後から後から、頬を伝い落ちていった。
近くで待機していたフラムアーク達を呼び、エレオラに支えられるようにして地上へと戻った私は、彼女の胸を借りて泣いた。
フラムアークとスレンツェは私に気遣わしげな眼差しを向けながら、レムリアを尋問する為に再び地下へと潜っていった。
レムリア―――レムリア。
きっとあなたは不本意ながら、誰よりも私の心を理解して寄り添うことが出来ていたんだね。
そして、いいか悪いかは別にして、自分の信念に最後まで従った。
さようなら、大好きだった人。かけがえのない親友だと思っていた人。
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