病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋

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本編

二十二歳㉘

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 私の体調が落ち着いてほどなく、宮廷へと戻った私達は、その足で地下牢のレムリアと対面を果たした。

 私の転落現場を目撃し、精神的に不安定になっている友人を演じていた彼女は、フラムアークの命により自殺を防ぐ名目で宮廷内にある監視付きの部屋へ入れられていた為、真実を知ったフラムアークからの一報を受けた兵士達により、そのまま拘束されていたのだ。

 薄暗い地下牢の格子の中から気怠げな眼差しをこちらに向けたレムリアは、第四皇子一行の中におぼつかないながら自分の足で歩いている私の姿を見つけて、皮肉げに口元を歪めた。

「……本当に生きてたんだぁ。まさか、あそこから落ちて生きているなんて思わなかったなぁ―――あたし、結構思い切って押したつもりだったんだけど。ユーファのこと苦しめたくなかったから、一気に楽にしてあげたかったのに」

 薄暗い微笑み。悪意を隠す気もない、見たことのない表情。

 私の知らないレムリアの顔。

 出来ればあなたのこんな顔を知りたくはなかった―――。

「あたしねぇ、ユーファのこと、好きだったんだよ」

 ことさら優しい口調で囁かれる、虚構の言葉。

 格子の向こうで冷たく微笑むレムリアに、私は震える声で尋ねた。

「レムリア―――どうして? あなた……いつからグリファスと通じていたの? 最初から、ずっと私を欺いていたの……?」

 私はあなたを、親友だと思っていたのに。

 心を許せるかけがえのない存在だと、そう信じていたのに。

 そんな私に、彼女はあっけらかんと答えた。

「最初っから、ってことはないよぉ。そうだなぁ……ユーファがフラムアーク様付きの宮廷薬師に任命されて、少し経った頃だったかなぁ。保護宮にいたあたしのところに、身分高そうな身なりをした人が秘密裏にお願いに来たんだよね―――フラムアーク様に関して知り得た情報を横流ししてほしい、って」
「その人物が……グリファス?」
「当初は偽名を使われていたけどね」

 レムリアはあっさりと肯定した。

「当時のユーファはほとんどフラムアーク様のところに詰めっきりで、滅多に保護宮に帰ってくることなかったし、世間話ですらろくに出来ないような状況だったから、そんなので意味あるのかなって感じだったけど、それで構わないって言うんだよねぇ……だから受けたんだ。保護宮での生活は衣食住は保障されてても、自由がなくて息が詰まってたし、毎日同じことの繰り返しでうんざりしてたし、彼はいい男だったし? 少し後ろめたい気持ちもあったけど、自分好みの男と秘密裏にやり取りする背徳感みたいなのはたまらなかったなぁ……。宮廷中から見放されているような病弱な皇子様なら、これからも表舞台に上がってくることはないだろうし、ユーファにそう迷惑をかけることもないだろうなって、軽い気持ちだった」

 つらつらと語りながら、レムリアは私の隣に立つフラムアークに視線をやって、乾いた笑みをいた。

「それなのに、どうしてこうなっちゃったかなぁ? ―――……フラムアーク様が病弱なままなら良かったのに。病弱なまま、鳴りを潜めてくれていたら良かったのに。そしたらあたしはユーファを崖から落とす必要もなくて、今も仲のいいルームメイトのまま、穏やかな関係をずぅっと続けられていたかもしれないのにね」

 その言葉に、私はカッと頬を紅潮させた。

「フラムアーク様のせいにしないで!」

 彼に責任転嫁するような彼女の物言いが、許せなかった。

「この現状は、あなたの選択と行動によってもたらされた、他ならぬあなた自身によるものよ……! フラムアーク様は関係ない! だってあなたは、自分の意思でそんなにも以前から私を裏切っていたんだもの! そんなまやかしの関係が続いたって、ちっとも嬉しくないわ! 長い時間と血の滲むような努力を経て、自分で自分の道を切り拓いてきたフラムアーク様をないがしろにするような言い方をしないで!」

 レムリアはそんな私を冷ややかな目で見やった。

「相変わらず手厳しいなぁ、ユーファは。ことフラムアーク様に関しては顕著だね。あたしも結構上手く立ち回ったつもりだったけど、あんたのそういうところ、なかなかに手強かったなぁ。あの手この手で押して引いてねだってみても、結局肝心なところは話してくれないし、お酒を飲ませても引くくらいザルで、酔わせてガードを崩すことも出来ないし―――情報を収集する側としては本っ当、やりにくくて仕方がなかった」

 鼻の頭にしわを寄せて、レムリアは口の端を吊り上げた。

「ねえ、あたし達って、面白いくらい正反対だよね? 恋愛脳であまり深く考えずに目の前の楽しいことに夢中になるあたしと、いつもどこか一歩引いて冷静に状況を見ているユーファ。誰にでも出来る仕事を調理場で渋々やっているあたしと、自分にしか出来ない仕事を宮廷で、それも皇族に仕えて、意欲的に取り組んでいるユーファ。あたしの目にはいつもユーファが一段高いところにいて、キラキラ輝いているように見えてた……そのユーファを自分が裏で密かに出し抜いていると思うと、小気味よかったんだぁ」

 うっとりと嗤うレムリアから私への悪意が伝わってきて、彼女から放たれた言葉の数々が、毒のようにじわじわと私を侵していく。

 ―――そんなふうに私のことを思っていたの?

 私からすれば恋愛にいつも一生懸命で、年相応の女性らしくはしゃいだり落ち込んだり、恋に忙しくしているレムリアの方がよっぽどキラキラ輝いて見えていた。私にはそんなあなたがうらやましくすらあったのに。

「……私達の仲がまやかしで、あなたが私のことを本当は嫌っていたのだとしても、私はあなたのことが好きだったし、かけがえのない親友だと思っていた。だから、あなたに突き落とされて、それが全部偽物だったと分かった時は、言葉では言い尽くせないくらいショックだったし、悲しくて、やりきれなかった。身体もものスゴく痛かったけれど、それよりも、心の方がずっとずっと痛かった……!」

 今この瞬間だってそうだ。膝から崩れ落ちて泣き叫びたいくらい悲しいし、傷付いている。

「例え偽りでも、あなたがかけてくれた言葉に私はずっと救われてきたから。あなたの存在に元気づけられて、たくさんの勇気をもらえていたから……! 私にとってあなたはそういう、特別な存在だったんだよ……!」

 だから私は今、この矛盾にぶつかっている。

 レムリアがそんなにも以前からグリファスの手先として動いていて、私のことを嫌っていたのなら、どうして、私がスレンツェに特別な想いを寄せていたことをグリファスに報告して、攻撃材料にしなかったんだろう……?

 彼女がそれを知ったのはまだ兎耳族が皇帝の庇護下にある時期で、人間と兎耳族の恋愛がタブーとされていた時節だ。

 その後も言及こそしなかったけれど、レムリアは私がフラムアークとスレンツェへの想いの狭間で揺れ動いて悩んでいたことを察していたはず―――。

 けれど、彼女はむしろ自分からその話を振らないようにしている気配すらあった。それどころか、誠実とすら思えるアドバイスを私にしてくれている。

 現在に渡ってグリファスやフェルナンドが私達をそういう関係として捉えていないことを踏まえても、レムリアから彼らにそういった情報が行っていないと考えるのが自然だ。

 ―――どうして? レムリア……。

 あなたが何を考えているのか、分からないよ。
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