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本編
二十二歳㉗
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長い片想いを成就させたばかりのフラムアークには、ひとつ思い悩んでいることがある。
それは、スレンツェにその事実を報告するか否か―――だ。
スレンツェもユーファを想っていることは、何年も前に彼自身の口から聞いて知っていた。
その後その件について彼と具体的な話をしたことはなかったが、スレンツェの彼女に対する気持ちは変わっていないと、フラムアークは肌に感じていた。
だが、ここ数日の行動から察するに、どうもスレンツェはフラムアークとユーファが両想いであることに気付いているようなのだ。
何故そう思うのかというと、忙しい中、さりげなく仕事を肩代わりして隙間時間を作り出し、フラムアークがユーファの顔を見に行く時間を捻出してくれるからである。―――それも、一度ならず。
にもかかわらず、彼自身は救出後に一度ユーファの元へ行ったきりでそれ以降足を運ぶ様子がなく、フラムアークがそれとなく促しても、適当な理由を付けて彼女に会いに行くのを後回しにしているのだ。
実際スレンツェは忙しく、度々フラムアークの仕事まで肩代わりしていてはそんな暇がないのも当たり前なのだが、その礼にとフラムアークが彼の隙間時間を作ろうとしても、もっともらしい理屈を付けて遠慮されてしまうのだ。
こうなると意図的にフラムアークとユーファが会える時間を作った上で、彼自身は身を引いているようにしか思えない。
即席の執務室に仕立てた宿の一室で、黙々と各方面へ送る書類を片付けるスレンツェに視線をやったフラムアークは、そんな現状に密かに頭を悩ませた。
明らかに気を回されているのは分かったが、そこを察してわざわざ改めて報告しないでほしいと思われているのか、素直に礼を言って両想いになれたことを報告してもいいものなのか、その判断がつきかねて迷う。
恋愛においては図らずも恋敵関係となってしまったが、フラムアークにとってスレンツェは大切な友であり、兄のような最も身近な同性であり、様々なことを師事した心から尊敬する相手でもあって、ユーファとはまた違う意味でかけがえのない存在なのだ。
そんな彼との間にしこりが残るような結果にはしたくない。
オレがスレンツェの立場だったとしたら―――スレンツェにならユーファを安心して任せられると思う反面、ひどく落胆した気持ちになるだろうな……。
自分自身に置き換えてそうなぞらえ、フラムアークは鬱屈とした気持ちになる。
祝福したい気持ちももちろんあるが、心から祝福するにはきっと時間がかかるだろう。
しばらくはそっとしておいてほしいかもしれない。だが、周りからその情報が入ってきて後々知ることになるのは嫌だとも思う。
矛盾しているが、その報告は本人の口から一番に聞きたいと思うかもしれない。
だが、それはあくまで自分の場合だ。はたしてスレンツェがどう捉えるのか―――。
報告するなら、リスク回避の為にも宮廷に戻る前―――人の耳が少ないこの場で行うのが最善だ。それは分かっているのだが……。
手元の書類に目を落としながら正解の分からない難しい問題に頭を悩ませていると、デスクと向き合っていたスレンツェが重い溜め息をついて、ゆっくりと身体ごとこちらへ向き直った。
「……何だ、何か言いたいことがあるならさっさと言え」
「えっ?」
思いも寄らぬスレンツェからの指摘に驚いて瞬くと、そんなフラムアークに彼はぶっきらぼうにこう言った。
「さっきから上の空だろう。加えてこっちにチラチラ刺さる視線がうっとうしい」
「あー、ごめん。バレてたか……」
フラムアークは苦笑をこぼした。同時に、一見不愛想に見えるこの振りがスレンツェからの救いの手だと悟り、表情が和らぐ。
「ユーファと、両想いになれたよ」
そう報告すると、やはり知るところだったのかスレンツェは眉ひとつ動かすことなく静かに「そうか」と呟いて、こう続けた。
「なら、いっそう気持ちを引き締めていけ。ユーファの手を取った以上、あいつを幸せにしないのは許さない。中途半端も認めない。お前はこの戦いに勝って、どれだけ時間がかかっても、あいつを必ず正妃にしろ」
その言葉に、スレンツェのユーファへの想いが集約されていた。他ならぬ相手から大切な女性を託されたフラムアークは、決意新たに力強く頷いた。
「うん。何しろ、それがオレの子どもの頃からの夢だからね。皇帝になって、堂々とユーファを隣に迎えると約束するよ―――必ず」
それを聞いたスレンツェはわずかに精悍な頬を緩めた。
「皇帝を目指すきっかけになった、どうしても叶えたいふたつの願いのうちのひとつ、だものな?」
ニヤリと口角を上げて被せられたその言葉に思わず目を丸くしたフラムアークは、一拍置いて後ろ頭をかいた。
「はは。やっぱバレてた。口止めしといて正解だったな」
そんなフラムアークをしたり顔で見やったスレンツェは、涼し気にこう締めくくる。
「分かりやす過ぎる願いだからな。もうひとつが何なのかは知らんが―――、その為にも今は、目の前のことに集中するんだな」
「分かった。……ねえ、スレンツェ」
「うん?」
再びこちらに視線を向けた彼へ、フラムアークは心からの思いを伝えた。
「ありがとう。大好きだよ」
その表情にスレンツェは切れ長の瞳を大きく見開いて、動きを止めた。
そんな彼に、フラムアークは改めて柔らかく微笑みかける。
スレンツェは昔から変わらないフラムアークの目標であり、憧れだ。
今も飾りのない気遣いと度量の広さで、一瞬にして悩めるフラムアークを救ってしまった。
そんなところがやはり格好いい、と思わずにはいられない。
フラムアークにとってスレンツェは自分もいつかこうなりたいと焦がれる目標であり、子どもの頃から今も変わらず追い続ける存在なのだ。
「何だ、気色悪い」
スレンツェは盛大に顔をしかめてみせたが、その内実を知っているフラムアークの胸は温かさに満ち、その表情は晴れやかだった。
それは、スレンツェにその事実を報告するか否か―――だ。
スレンツェもユーファを想っていることは、何年も前に彼自身の口から聞いて知っていた。
その後その件について彼と具体的な話をしたことはなかったが、スレンツェの彼女に対する気持ちは変わっていないと、フラムアークは肌に感じていた。
だが、ここ数日の行動から察するに、どうもスレンツェはフラムアークとユーファが両想いであることに気付いているようなのだ。
何故そう思うのかというと、忙しい中、さりげなく仕事を肩代わりして隙間時間を作り出し、フラムアークがユーファの顔を見に行く時間を捻出してくれるからである。―――それも、一度ならず。
にもかかわらず、彼自身は救出後に一度ユーファの元へ行ったきりでそれ以降足を運ぶ様子がなく、フラムアークがそれとなく促しても、適当な理由を付けて彼女に会いに行くのを後回しにしているのだ。
実際スレンツェは忙しく、度々フラムアークの仕事まで肩代わりしていてはそんな暇がないのも当たり前なのだが、その礼にとフラムアークが彼の隙間時間を作ろうとしても、もっともらしい理屈を付けて遠慮されてしまうのだ。
こうなると意図的にフラムアークとユーファが会える時間を作った上で、彼自身は身を引いているようにしか思えない。
即席の執務室に仕立てた宿の一室で、黙々と各方面へ送る書類を片付けるスレンツェに視線をやったフラムアークは、そんな現状に密かに頭を悩ませた。
明らかに気を回されているのは分かったが、そこを察してわざわざ改めて報告しないでほしいと思われているのか、素直に礼を言って両想いになれたことを報告してもいいものなのか、その判断がつきかねて迷う。
恋愛においては図らずも恋敵関係となってしまったが、フラムアークにとってスレンツェは大切な友であり、兄のような最も身近な同性であり、様々なことを師事した心から尊敬する相手でもあって、ユーファとはまた違う意味でかけがえのない存在なのだ。
そんな彼との間にしこりが残るような結果にはしたくない。
オレがスレンツェの立場だったとしたら―――スレンツェにならユーファを安心して任せられると思う反面、ひどく落胆した気持ちになるだろうな……。
自分自身に置き換えてそうなぞらえ、フラムアークは鬱屈とした気持ちになる。
祝福したい気持ちももちろんあるが、心から祝福するにはきっと時間がかかるだろう。
しばらくはそっとしておいてほしいかもしれない。だが、周りからその情報が入ってきて後々知ることになるのは嫌だとも思う。
矛盾しているが、その報告は本人の口から一番に聞きたいと思うかもしれない。
だが、それはあくまで自分の場合だ。はたしてスレンツェがどう捉えるのか―――。
報告するなら、リスク回避の為にも宮廷に戻る前―――人の耳が少ないこの場で行うのが最善だ。それは分かっているのだが……。
手元の書類に目を落としながら正解の分からない難しい問題に頭を悩ませていると、デスクと向き合っていたスレンツェが重い溜め息をついて、ゆっくりと身体ごとこちらへ向き直った。
「……何だ、何か言いたいことがあるならさっさと言え」
「えっ?」
思いも寄らぬスレンツェからの指摘に驚いて瞬くと、そんなフラムアークに彼はぶっきらぼうにこう言った。
「さっきから上の空だろう。加えてこっちにチラチラ刺さる視線がうっとうしい」
「あー、ごめん。バレてたか……」
フラムアークは苦笑をこぼした。同時に、一見不愛想に見えるこの振りがスレンツェからの救いの手だと悟り、表情が和らぐ。
「ユーファと、両想いになれたよ」
そう報告すると、やはり知るところだったのかスレンツェは眉ひとつ動かすことなく静かに「そうか」と呟いて、こう続けた。
「なら、いっそう気持ちを引き締めていけ。ユーファの手を取った以上、あいつを幸せにしないのは許さない。中途半端も認めない。お前はこの戦いに勝って、どれだけ時間がかかっても、あいつを必ず正妃にしろ」
その言葉に、スレンツェのユーファへの想いが集約されていた。他ならぬ相手から大切な女性を託されたフラムアークは、決意新たに力強く頷いた。
「うん。何しろ、それがオレの子どもの頃からの夢だからね。皇帝になって、堂々とユーファを隣に迎えると約束するよ―――必ず」
それを聞いたスレンツェはわずかに精悍な頬を緩めた。
「皇帝を目指すきっかけになった、どうしても叶えたいふたつの願いのうちのひとつ、だものな?」
ニヤリと口角を上げて被せられたその言葉に思わず目を丸くしたフラムアークは、一拍置いて後ろ頭をかいた。
「はは。やっぱバレてた。口止めしといて正解だったな」
そんなフラムアークをしたり顔で見やったスレンツェは、涼し気にこう締めくくる。
「分かりやす過ぎる願いだからな。もうひとつが何なのかは知らんが―――、その為にも今は、目の前のことに集中するんだな」
「分かった。……ねえ、スレンツェ」
「うん?」
再びこちらに視線を向けた彼へ、フラムアークは心からの思いを伝えた。
「ありがとう。大好きだよ」
その表情にスレンツェは切れ長の瞳を大きく見開いて、動きを止めた。
そんな彼に、フラムアークは改めて柔らかく微笑みかける。
スレンツェは昔から変わらないフラムアークの目標であり、憧れだ。
今も飾りのない気遣いと度量の広さで、一瞬にして悩めるフラムアークを救ってしまった。
そんなところがやはり格好いい、と思わずにはいられない。
フラムアークにとってスレンツェは自分もいつかこうなりたいと焦がれる目標であり、子どもの頃から今も変わらず追い続ける存在なのだ。
「何だ、気色悪い」
スレンツェは盛大に顔をしかめてみせたが、その内実を知っているフラムアークの胸は温かさに満ち、その表情は晴れやかだった。
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