病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋

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本編

二十二歳②

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 昼下がりの薄曇りの空の下。

 所用を済ませ、スレンツェ達と共にユーファの待つ宮廷へと帰路を急いでいたフラムアークは、助けを求める声を聞き、馬の足を止めた。

 街道沿いに畑が広がり、民家がポツポツと点在するような場所で、畑の奥には鬱蒼うっそうとした林が続いている。

「聞こえた? スレンツェ」

 周囲を見渡すフラムアークの傍らで、やはり馬の足を止めたスレンツェが頷きを返した。

「ああ、聞こえた」

 話す合間にもう一度、甲高い悲鳴のような声が聞こえてきて、スレンツェがそちらに手綱を操った。

「行って見てくる。お前は馬車の連中とここで待っていろ。エレオラ、来てくれ」
「はい」

 連れ立って駆け出した二騎を見送り、フラムアークが馬車のバルトロ達とそちらを気にしながら待っていると、ほどなくして足を怪我した若い女性を連れた二人が戻ってきた。

「二人組の男に襲われていた。かどわかされるところだったらしい」

 女性を地面に下ろしながらそう報告するスレンツェの隣で、エレオラが腰のポーチから携帯用の救急キットを取り出し応急処置を始める。最近帝国内を騒がせている事件とも重なる内容に、フラムアークは眉をひそめた。

「その男達は?」
「オレ達の姿を見るなり逃げていった。野盗のような身なりをした連中だった」
「そうか……」

 フラムアークはエレオラの手当てを受けながら青ざめて震えている女性の前に片膝をつき、なるべく穏やかな表情と声で尋ねた。

「君はこの辺りの人? 襲ってきた連中に心当たりはある?」

 女性はぎこちなく頷きながら、身分が高そうな整った顔立ちの青年を見上げた。

「はい……このすぐ近くの家に住んでいます。畑仕事をしていたところを急に襲われて、林の中に連れ込まれて……」

 恐怖が冷めやらぬ様子の彼女は目に涙を滲ませながら、おおまかな状況を語った。

「見たことのない男達でした。でも、心当たりというか……最近、ここから少し離れた場所にある廃屋に野盗が住みついたという噂があって……旅人や商人が襲われたという話を聞いていたので、もしかしたらさっきの奴らがそうなのかも……」

 彼女の話によれば、野盗達は半月程前からその廃屋に住みつくようになったといい、不安を感じた地域住民らが近くの駐屯所へ対策を取ってくれるよう陳情を申し入れに行ったそうなのだが、今のところ人が殺されるなど重篤な被害が確認されていないことと多忙を理由に先送りにされてしまっているのだという。

「それが本当なら由々しき事態だ」

 フラムアークは眉根を寄せた。

 帝国の各地に置かれている大小様々な駐屯所は、有事の際の国防はもちろん、国民の安全を守る義務も担っており、二十四時間体制で兵士が常駐している。

 今回彼女を襲った男達が問題の野盗と同一かはさておき、こんな街道沿いに野盗が出没してそのような被害が出ていること、そういった情報が共有されていないこと自体が大きな問題だった。

 実際、こうしてこの街道を利用しているフラムアークの耳にもそんな情報は届いていなかったのだ。

 女性や子どもがかどわかされる事件が相次いでいる最中だというのに―――。

 こういう事例ケースで散見されるのが、本来あってはならないことなのだが、犯罪者側から取り締まる側に賄賂わいろが贈られていて見逃されているというパターンだ。

 そういった懸念と、万が一にも帝国内を騒がせている誘拐事件と関連するやもしれない可能性を考慮すると、フラムアークとしてはこの件を放っておくわけにはいかなかった。

 今日中に宮廷へ戻ることは叶わなくなってしまうが、仕方がない。

 そんな成り行きでクランと名乗った被害女性を自宅まで送り届けることになった一行は、家にいた彼女の両親に事情を説明し、彼らにも情報を求めた上で、今後の動きについて話し合った。

「駐屯所にはオレが確認に行ってくる。アキッレ、ボニート、付いてきてくれ」

 フラムアークは自身の付き添いに今回護衛役として帯同しているいぶし銀の兵士達を指名した。彼らとは何度も任務を一緒にこなしている間柄で、実力も気心も知れている。

「―――でしたらフラムアーク様、私も」

 バルトロが名乗りを上げたが、フラムアークはその申し出をやんわりと断った。

「バルトロはあまり体調が思わしくないんだろう? 無理せず待機しながら身体を休めていてくれ」

 実はバルトロは初日からどこか顔色がすぐれない様子で、口数もいつもより少なめだった。フラムアークはそれに気付いていた。

「フラムアーク様……」

 第四皇子の気遣いを身に沁みて感じている様子のバルトロにひとつ頷いて、フラムアークは話を進めた。

「スレンツェとエレオラは悪いが廃屋の方を確認してきてくれるか? 野盗達が本当に住みついているのなら、さっき君達を見て逃げた連中がその中にいるのかどうか……問題はその場所だな。地元の誰かに案内してもらえると助かるんだが」
「それなら私が。娘を助けていただいた恩もありますし……」

 話を聞いていたクランの父親が名乗り出た。

「そうしてもらえると助かる。お願い出来るだろうか?」
「はい。ただ、私が留守にするとなると、この状況で妻と娘を残していくのが少々気掛かりで……」
「それなら心配無用だ。ここにいる残りのメンバーを護衛役として置いていこう。男五人で少し大所帯になってしまうかもしれないが……」
「いえ、そうしていただけるなら安心です。こちらとしては願ってもありません」
「そうか。ではそのように頼む。じゃあバルトロ達はこの家でクラン達の護衛に当たりつつ、必要に応じてオレやスレンツェのサポートに動くように待機していてくれ」
「分かりました」

 皆がそれぞれ動き出す中、スレンツェがフラムアークにさりげなく耳打ちした。

「問題ないか?」
「うん。大丈夫」
「何かあったらこれを使え。どこにいてもすぐ駆け付ける」

 上衣のポケットにそっと押し込まれたのは発煙筒だった。先端についた紐を引き抜くと摩擦で発火するタイプのものだ。

「三日ぶりにユーファの顔を見れるかと思っていたが、どうやら少し先になってしまいそうだな」
「残念だけど仕方がないね。目の前の問題を見過ごすわけにはいかないし」
「……そうだな」

 傍目には何気ないそんなやり取りを交わして、フラムアークはスレンツェ達と別れ、護衛役の二人と共に馬車に乗り込み、最寄りの駐屯所へと向かったのだ。
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