病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋

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本編

二十一歳⑫

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 フラムアーク率いる連合軍はカルロ率いる“比類なき双剣アンパラレルドゥ・デュアル・ウィールド”の軍勢をイズーリの丘陵地帯にて退け、人的被害をほとんど出すことなく勝利を収めた。

 この戦いにおけるスレンツェの功績は突出していて、彼の活躍により短期決戦に持ち込めたことが勝利に大きく影響を及ぼした。その戦いぶりを目の当たりにした兵士達は戦闘前とは明らかにスレンツェを見る目が変わり、畏敬いけいの念を込めた眼差しを送るようになっていた。

 特筆すべきは、スレンツェは驚異的な単騎駆けで敵陣の奥深くまで到達していたにも関わらず、彼自身は敵側に一人の死者も与えていなかったということだ。スレンツェが斬り開いた道を追って彼の救出に向かった兵士達の証言によれば、薙がれて負傷した人馬はまるで道標のように連なっていたものの、死体が転がっている様は目にしなかったという。

 実際、戦闘後に兵士達が戦場を見回った際には、スレンツェが駆け抜けた周辺に遺体は見当たらなかったそうだ。戦場跡に置き去りにされた遺体そのものが、この規模の戦闘があったとは思えないほど少なかったらしい。

 とはいえ、こちらも全く死者を出さずに済んだわけではなく、残念ながら幾ばくかの尊い生命が失われてしまった。

 私は負傷者達の手当てに追われながら、救護所の片隅に布をかけた状態で並べられた自軍の兵士達の遺体を視界の端に捉え、その事実に胸を痛めた。

 相手側の兵士の遺体はフラムアークの命により丘陵地の一角に集められ、後ほど荼毘だびに付されるそうだ。

 スレンツェもフラムアークも無事で良かったけれど、亡くなった彼らにだってそう願う相手はいただろうに……それを思うと、やりきれない気持ちになる。

 こんな戦いが起こらなければいい。もう、二度と。

 そんな思いを噛みしめていた時、本陣の方がにわかに騒がしくなった。人の流れがそちらへと集まり始め、救護所にいる負傷兵達も何事かと首を巡らせて、歩ける者はそちらへと移動を始める。

「何かあったんでしょうか……?」

 私の治療を受けていた兵士がそう言って、そわそわと周囲を見渡した。

「そうみたいね―――はい、包帯を巻き終えたから見に行って来ていいわよ。ただし走らないようにね」
「はい。ありがとうございます」

 一礼してそちらへ向かった彼と入れ替わるようにして、本陣の方からエレオラがやって来た。

「ユーファさん、お忙しいところすみません。私も診ていただけますか」
「エレオラ! 怪我をしたの!?」

 現れた彼女の姿に私は目を瞠った。止血用の端切れを巻いたエレオラの左肩は、乾いた血で赤黒く汚れている。

「大した傷ではないんです。もう血も止まっているようですし……ただ、ユーファさんに診てもらうようスレンツェ様から勧められたものですから」
「化膿したら大変だもの、診せて。きちんと手当てしないとダメよ。さあこっちへ」

 私は人目を憚らず手当て出来るよう、重傷者の治療用に設置してあった天幕の中へとエレオラを招き入れた。

「相手の剣を受け止め切れなくて……こんなことではいけませんね、もっと鍛えて強い筋力を手に入れなければ」

 上衣を脱いだエレオラは気丈にそう言ったけれど、兵士達の屈強な肉体を見た後では彼女の線の細さが余計に際立った。さほど深い傷ではなかったものの、華奢きゃしゃな肩に横たわる赤黒い刃の痕は痛々しく、より凶悪なもののように映る。

 この傷は、もしかしたらうっすらと残ってしまうかもしれない。

「……あなたが無事で良かったわ。本当に」

 色々な感情を飲み込みながら、私はそう呟いた。エレオラが心身共に過酷な状況から生還を果たしたのだと実感して、恐ろしさと安堵がない交ぜになった冷たい余韻を紛らわすように話を続ける。

「そういえばさっき、本陣の方が騒がしかったようだけど―――」
「ああ、それは―――別動隊がブルーノを捕えて帰還したからです」
「えっ、ブルーノを!?」

 私は目を見開いた。

 ブルーノはスレンツェの使いをかたってカルロをそそのかした今回の騒動の中心人物だ。その背後にはおそらく第三皇子フェルナンドがいる。

 フラムアークはその確証を得る為、そう遠くないところで今回の戦乱の行く末を見守っているであろうブルーノを捜索する為の別動隊を編成していた。

 今回の事件を引き起こした首謀者はあくまで扇動役のブルーノであり、カルロ達は彼に主導され蜂起した一般国民として処理したいとフラムアークは考えており、ブルーノの身柄の確保は私達にとって最重要事項だったのだ。

「先程面通しをして確認してきましたから、間違いありません」

 ブルーノの顔を知るエレオラがそう言うのなら、間違いない。

「良かった……! 別動隊、よくやってくれたわ……! よくブルーノを見つけて捕まえてくれた……!」

 安堵の息をもらしたその時、私の兎耳はこの天幕へ足早に近付いてくる何者かの足音を捉えた。

「―――誰か来たみたい。少し待っていて」

 エレオラにそう言い置いて、万が一にもこの中へ誰かが入ってくることのないよう、天幕の入口を自分の身体で塞ぐようにして表へと出る。

「何か御用ですか? 今は女性の治療中ですので―――」

 言いかけた私は足音の相手を目にして、ひどく驚いた。

 そこにいたのは、浅黒い肌に黒褐色の髪をした、白目部分のほとんどない大きな黒目と側頭部にある丸い小さな耳が特徴的な、見覚えのある穴熊族の少年だったのだ。

「―――! ピオ……!?」

 私は愕然とその名を呼んだ。

 記憶にある面影より少し大人びて背も伸びているけれど、間違いない―――ピオだ。

「ユーファさん!」

 ピオは人懐っこい笑顔を見せて、私に駆け寄ってきた。

「久し振り! 元気にしてた!? こっちにユーファさんがいるって聞いて」
「本当にピオ……!? ど、どうしてここに!?」
「へへ。フラムアーク様から要請を受けて、少し前に村の大人達と一緒にここへ来たんだ。オレ達の助けがいるって言うからさ、恩返し! さっきまで悪い奴を探す手伝いをしていたんだ」
「えっ、もしかして別動隊ってピオ達のことだったの!?」

 目を丸くする私にピオは首を振って、事の次第を語った。

「ううん、その別動隊ってトコにオレ達が飛び入りで加わっていた感じ? 穴熊族は鼻が利くからさ、急遽頼まれて。そっちはついでで、オレ達は本領の分野で呼ばれたんだ。フラムアーク様はその、敵兵も人としてきちんと弔ってあげたいんだって」

 穴熊族は土や岩盤を掘るのが得意な種族だ。

 フラムアークはカルロ達とぶつかることが避けられないとしても、せめてそういった部分で人として彼らに報いたいと考えたのだろう。

 人の義を重んじるフラムアークらしい―――。

 知らず目元が和らいだ時、私達の会話を聞きつけたエレオラが背後から顔を覗かせた。

「―――ピオ?」
「あっ、エレオラさん! エレオラさんも来てたの!? 久し振り、こんな所で再会するなんて」
「久し振りねピオ、元気そうで良かった。ユーファさん、積もる話もありますしどうでしょう、彼にも天幕の中へ入ってもらっては」

 確かにここで話すのは人目にもつくし、兵士達には聞かれない方がいい話もあるものね。

「エレオラは大丈夫?」
「はい、キチンと手当てしていただきましたし、服ももう羽織りましたから」
「えっ、何? エレオラさんケガしたの? 大丈夫!?」

 てっきりエレオラは看護要員としてここにいるものと思っていたらしいピオが、心配そうな表情になった。

「大丈夫よ。問題ないわ」

 そんなピオに明るく笑って、エレオラは彼を中へ招き入れた。
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