病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋

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本編

二十一歳②

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 フラムアークは遠方での任務に携わることが多かったこともあって、他の皇族達に比べ、中央より地方での人気が高い傾向にある。

 権威を重んじる風潮の強い中央の貴族達からは敬遠されているけれど、地方で彼と直接関わった領主や貴族達からの信頼は厚く、評価は軒並み高いものがあった。

 その中で最も大きな影響力を持つのがイクシュル領主のハワード辺境伯だったけれど、帝国西部に位置し隣国アイワーンと接するイクシュル領はイズーリ領から遠く、今回は時間がないことも相まって、辺境伯に直接的な支援を差し向けてもらうことは難しかった。

 フラムアークは早馬と伝鳥を使ってハワード辺境伯に間接的助力を仰ぎ、イズーリ周辺の有力者に支援と協力を呼びかけてもらうよう打診した。帝国に害意を持つ大規模組織がイズーリ周辺に潜伏しているとの一報が入り、万が一に備えて兵力を貸し付けてもらいたいと。

 ハワード辺境伯はそれに応え、その口添えによって、取り急ぎイズーリ周辺の有力者達からの協力を取り付けることが出来た。その概算兵力は、およそ四千。

 イズーリ領主ロワイア侯爵には上記の理由からイズーリの駐屯軍に境界付近の防備を固めてもらうよう依頼を出し、念の為フラムアークからの連絡が入るまでは、皇帝が港に帰着してもイズーリ城内に留まるよう取り計らってもらうよう要請した。

 カルロ達の動きにまだ気が付いていないであろうアズール領主ダーリオ侯爵には、火急の情勢を伝え、とある協力を依頼した。

「時間が許す範囲内で出来る限りの手は打った。さて、後はこちらの要請に果たしてどの程度が応えてくれるか……」

 フェルナンドにこちらの動きを悟られないよう、フラムアークは当初の予定通り任務地へと向かうていを装い、元々用意してあった二台の馬車を使って宮廷を出立していた。そんな成り行きで意図せず私達と共にイズーリへ赴くことになってしまった御者や護衛などの随行者には、フラムアーク自ら大まかな事情を説明して詫び、彼らに理解と協力を求めた上でエレオラを同行者として紹介した。

 彼らはこれまでにも何度かフラムアークと共に任務へ赴いたことがある面々で、私も面識がある人がチラホラおり、そんなこともあって、全員が突然の事態に戸惑いつつも事情を汲んで了承してくれた。その中には料理人兼物資補給係として携わるレムリアの恋人バルトロの姿もあった。

 あの一件以来、フラムアークの役に立ちたいと願うバルトロは、上長に掛け合ったり独自の情報網を駆使したりして、フラムアークが遠方の任務に赴く時は自ら志願して随行任務に加わるようになっていた。

 中央の権力者達からは未だ距離を置かれているフラムアークだったけれど、一方でバルトロのように宮廷従事者達の間では彼の親和層が増えてきていた。彼と関わりを持ち、その人となりを知った者の多くはその人柄に惹かれるからだ。

 帝都からゼルニア大橋までは通常馬車で十日程度を要する距離だけれど、時間のない私達は宮廷を発つ前に一日ごとの走行距離を計算して宿泊地を定め、休憩を切り詰めながらそこに向けて馬車を走らせた。先に述べたフラムアークとハワード辺境伯らとのやり取りは、行く先々の宿泊地で早馬や伝鳥を介して行われたものだ。

 フラムアークは宮廷を出立する直前にハワード辺境伯に連絡を出す傍ら、ゼルニア大橋に至るまでの経路周辺の有力者にも取り急ぎ協力を募る早馬を出し、自身が訪れる宿泊地と日にちとを彼らに伝えていた。要請に応じてくれる者はそこに兵を率いて集まってくれる手筈になっており、イズーリへと進みながら兵を吸収していく作戦だ。

 最初に動きがあったのは、出立から三日後の宿泊地だった。町の近くの街道沿いに百人程の騎兵が待機しており、フラムアークが馬車を下りると彼の元に立派な鎧を身に着けた人物が歩み寄ってきて、折り目正しく礼を取った。

「第四皇子フラムアーク様とお見受け致します。ブラウリオ伯爵の命によりまかり越しました、隊を預かるボリバルと申します。伯爵よりフラムアーク様のご意向に沿う働きをするよう申し付けられております。どうぞよしなに」
「ボリバル、駆けつけてくれてありがとう。こちらこそ宜しく頼む。急な要請に応えてくれたこと、ブラウリオ伯爵に心から感謝と敬意を表する。共に帝国の危機を未然に防ぐ為、最善を尽くそう」

 私はまずは彼らが加わってくれたことにホッとした。

 もし誰も集まってくれなかったら―――そんな懸念が頭の片隅にあったから、まだまだ数的には及ばないながら、ひとまずその心配がなくなったことに胸を撫で下ろす。

 そんな私の老婆心を吹き飛ばすように、ボリバル隊の合流を皮切りに、そこからは次々と加勢の列が連なった。

 フラムアークのもとに集う人馬の数は日ごとに増していき、そして―――最後の宿泊地に着く頃には、私達は三千に迫る規模の軍勢となっていたのだ。

 ハワード辺境伯の口添えでイズーリ周辺の有力者達が用意してくれる予定の兵と合わせれば、その数はおよそ七千となる。

 すごい……この短期間に貴族の私兵がこれだけ集まるなんて……。

 軍勢を統べるフラムアークを見つめながら、私は万感の思いに囚われた。

 これまでの貴方の努力が、その積み重ねが、貴方という人を認め、支えてくれる人達をこうして生み出し、それが今、こうして形となって表れているのね。

 良かった……これまでのフラムアークの行いが実を結び、その呼びかけに大勢の人が応えてくれて。彼の苦労がこうして報われて―――。

 フラムアークの背中にこんなにもたくさんの人達がついてきてくれたことが、嬉しくてたまらなかった。

 そんなふうに感極まる反面、輝きを増していく彼の姿を何だか遠くに感じてしまい、私は一抹の寂しさを覚えた。

 先天的なハンデを克服し、逆境を跳ねのけて、どんどん眩しくなっていくひと。こんなひとが私に想いを寄せてくれているなんてことが、本当にあるんだろうか。

 泡沫うたかたの夢のような一夜の記憶が脳裏に甦り、無意識のうちに自分の唇に触れながら、私はそんな自分を戒めた。

 ダメよ、今はそんなことを考えている場合じゃない。

「今回のカルロの大義名分はスレンツェという旗印の奪還と、皇帝の暗殺―――帝国へ反意の狼煙を上げ、潜在的な反乱分子を決起させることにある。それが叶わないと分かった時、果たしてカルロがどういう行動に出るか―――自暴自棄にならないといいんだが……スレンツェ、カルロの人柄は?」

 フラムアークの問いかけに彼はこう答えた。

「オレの知っているカルロは真面目で実直な、武人らしい気質の男だった。だが、それゆえに頑なな一面もあったように思う。……話して、大人しく退いてくれればいいんだが」

 スレンツェの表情は晴れない。そんな彼の懸念をエレオラが汲んだ。

「“比類なき双剣アンパラレルドゥ・デュアル・ウィールド”に身を寄せる者の多くは天涯孤独となった者達です。カルロ様も帝国との戦いでご自身以外の全てを失ったと仰っていました……。並々ならぬ思いで今回の作戦に臨まれているでしょうから、真実を知って冷静ではいられない部分もあるかもしれません」

 カルロからすれば、血の滲むような労苦の末やっとの思いで悲願への第一歩を踏み出そうとしたところを、彼的には思いも寄らぬ形ではしごを外されるわけだものね。大きな衝撃と混乱を受けることは必至で、正常な判断能力を示すことは難しいかもしれない。

「話が分からない人物、というわけではないんだな……」
「分別はある男だ。その場は激情に駆られたとしても、時間を置いて冷静に立ち返りさえすれば、きっと理解は示してくれると思う」
「道理の分からない方ではありません。例え分かり合うことは難しくとも、時間を置いて別の折り合いのつけ方を探ることは可能だと思います」

 出来ることなら、衝突は避けたい。みんなのその思いが伝わってくる。

「スレンツェの使いだと名乗るブルーノはカルロの傍にいるんだろうか?」
「ブルーノは連絡役で、いつも用件を済ませた後はすぐに姿を消しますから、カルロ様の近くにはいないと思います。ですが、本当の雇い主に事の顛末てんまつを報告する必要があるでしょうから、遠からぬところに潜んで様子を窺っているのではないかと」
「うん……確かにその可能性は高いな。別動隊を設けてそれらしい人物が近くに潜伏していないか探らせよう。ブルーノの身柄は、何としても押さえたいところだ。今回の首謀者はあくまで扇動役のブルーノで、カルロ達はブルーノにていよく踊らされた一般国民ということにしたい」

 フラムアークは自身の顎に手を当てがいながら、最悪の事態を回避する方策を探った。

「カルロが説得に応じてくれれば言うことはないが、そう上手くはいかないのが実情だろう。物別れに終わって相手が向かってくるならば、迎え撃つしかない。協力してくれる諸将には逃げる者は追わないよう通達するつもりだが、兵達の中にはかつてアズール王国との戦いに従軍し、仲間を失った者もいることと思う。今回の相手が旧アズールの残存勢力だと知ったら、彼らとしてはとても見逃すことなど出来ないだろう。むしろ、やり過ぎてしまうかもしれない。そういった懸念をなくす為にも、短期決戦で終わらせることが重要になってくる」

 概算の兵力では、相手がこちらを千人程度上回っているはずだ。

 出来るんだろうか。こちらよりも多い兵力を持つ相手に、そんなことが。

「短期決戦で終わらせる為には、相手の指揮官をいち早く落とすことが重要だ。……その役目はオレに任せてくれ」

 スレンツェがそう申し出た。

「カルロが説得に応じない場合は、オレがこの剣でカルロの悲願を打ち砕く。カルロの下で鍛えられているとはいえ、レジスタンスの兵と正規の訓練を受けた貴族の私兵とでは装備も能力も根本的に異なる。指揮官を失えば残りは烏合の衆と化し、自然と敗走するだろう。最速でレジスタンスの首魁しゅかいを討ち、八千の兵を撤退させる」

 揺るぎのない物言いは、まるでそれが自身に課せられた責務とでも言っているかのようだった。悲壮な覚悟を内に秘めていることは、想像に難くない。

 スレンツェ……。

「うん……実力的に考えて、その役はスレンツェが適任だとオレも思う。でも、一人で抱え込まないでね。スレンツェにそれを命じるのは、あくまでオレなんだ」

 フラムアークはやんわりと言い含めて、その業を分け合うようにスレンツェの肩に手を置いた。

「今この瞬間は憎まれても、必ず止めよう。出来るだけ犠牲を少なくすることに全力を傾けよう。未来がどうなるかは誰にも分からないし、もしかしたら共生出来る選択肢だってあるのかもしれない。そこを目指してやりきろう」
「……。ああ……そうだな」

 スレンツェは強張っていた頬をわずかに緩めたけれど、その表情はやっぱり苦しそうで、彼の心中を思うと私は胸が痛んだ。

 あまり思い詰めないでほしいけれど、思い詰めるなと言う方が今は無理よね……。

 何か、私に出来ることはないかしら。ささやかでもいい、スレンツェの為に何かしてあげられることは……。
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