病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋

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本編

二十歳⑱

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 そのお店はラウルが言った通り奥まった場所にひっそりとあって、馴染みの客でないと気軽に中へ入れないような雰囲気を醸し出していた。

「これは教えてもらわないと分からないな……普通に通りを歩いただけではここに店があると気付かない」
「そうなんですよ! 私もここは人づてに教えてもらって初めて知ったんです」

 道中スレンツェと手合わせの約束を取り付けたラウルは上機嫌でフラムアークにそう答えた。

「店主はちょっと偏屈なんですけど、モノはいいのがそろっているんですよ」

 そんなことを言いながら慣れた様子で店の中へと足を踏み入れた彼女から、「ぎゃっ」と声が上がる。何事かと、彼女に続いて店内に入った私達はそこに思いがけない人物を見出して、驚いた。

「これは―――どういう組み合わせだ? お前達」

 不機嫌さも露わな声を返してきたのは、普通ならこんなところにいるはずもない人物だった。フラムアークをヤンチャにしたような顔立ちをした彼の弟―――第五皇子エドゥアルトその人が店内で商品を物色していたのだ。

「エ、エドゥアルト様こそ、何でこんな所にいるんですか! 今日中に片付けないといけない書類があるんじゃありませんでしたっけ!?」
「さして重要でもない執務などそう長々やっていられるか。適当に済ませといたから後はハンスが何とかしてくれるだろう」
「うわー、ハンスが気の毒……ていうか、お一人でこんな所へ来たらダメじゃないですか!」
「お前がいなかったんだ、仕方がないだろう」

 ハンスというのは確か、いつもエドゥアルトの傍らにいるあの側用人の男性の名前だ。

「街で偶然お会いしたんです。こちらのお店の場所が分かりづらいので、ラウルと一緒にご案内を」

 ティーナからそう説明を受けたエドゥアルトは仏頂面で腕を組み、はすに構えた態度でフラムアークを眺めやった。

「いい身分だな。僕の従者を捕まえて道案内とは」
「エドゥアルト様、私が自分から買って出たんです! ここ、分かりづらいので!」
「お前はまた余計なことを……」

 舌打ちしたげな様相でラウルをにらむエドゥアルトの前に、フラムアークが笑顔で割り入りった。

「彼女達のおかげで助かったよ。道徳心を持ってオレに接してくれる宮廷関係者は少ないから、痛み入った。気心の優しい、いい従者達じゃないか」
「ふん……」
「お前もよくこの店には来るのか?」
「何だ、なれなれしいな」
「いつぞやは見舞いに来てくれた仲じゃないか。それに、こういう所でないとなれなれしく話せないだろう?」

 フラムアークがぐいぐいエドゥアルトにいっている間に、ラウルはスレンツェの腕を取ると「こっちこっち!」と彼が見たがっていた武具の手入れ用品の所まで連れて行った。

 一触即発の雰囲気が和らぎ、ホッと息をつく私の傍らでティーナが感心したように呟いた。

「あのお二人が並んでいるところ、私は初めて目にしたのだけれど……やっぱりご兄弟なのねぇ。タイプは全く違うけれど見目は似通っていらっしゃるし、フラムアーク様、エドゥアルト様の皮肉にも全く動じられないのね。何だかんだでお話が弾んでいるわ」

 確かに……不承不承といった様子ながらエドゥアルトとフラムアークの会話は続いている。それは多分、エドゥアルトがフラムアークのことを認めている証と言えるのだろう。

 十年前は想像も出来なかった光景だ。

 店内にいる客は私達だけで、カウンターに見える初老の店主以外に人の目がないことも影響しているのかもしれない。

「あの……ここは界隈かいわいで有名なお店なんですか? 他にも宮廷関係者の出入りがあったりするんでしょうか」
「私も詳しくは知らないけれど、ラウルみたいな職種の人達の間では有名みたいよ。宮廷の御用達や貴族のお抱えではないようだけど、噂を聞きつけてやってくる関係者はいるかもしれないわね」

 まさに、今の私達がそうだものね。そう考えると、あまり長居はしない方がいいのかもしれない。こうなったのは偶然なんだけど、こんな場面を宮廷関係者に見られたらどんな憶測が入り混じった噂が飛び交うことになるか、想像するだけで頭が痛い。

 そんなことを考えていた時、ラウルが一人戻ってきた。

「お目にかなう品があったみたい。今、お会計しに行ってるよ」

 彼女が示す先を見ると、カウンターで支払いをしているスレンツェの姿があった。

「ラウル」

 そんな彼女をエドゥアルトが手招いた。

「何ですか?」
「僕は先に戻っているから、案内が終わったら油を売らずに戻って来いよ。……ああ、それと」

 エドゥアルトは内緒話をするように自身の口元に手を当てがった。怪訝そうな顔をして軽く長身をかがめたラウルの獣耳に唇を寄せて、何事か囁く。

「~~~っ!?」

 途端に頬を赤らめて不自然な距離を取ったラウルに意味ありげな笑みを投げかけたエドゥアルトは、会計を終えてこちらへやって来たスレンツェに一転して威圧的な眼差しを向けると、その場に何とも言えない空気を残して一人店を後にしたのだった。

「……? ど、どうしたんでしょう?」

 色々突っ込みづらい光景に目を丸くしていると、ティーナが軽い調子で肩をすくめてみせた。

「ああ、気にしないで下さい。この間ベイゼルンから戻ってきてからずっとこんな調子なんです。向こうの貴族達の間で流行はやっているちょっとしたお遊びみたいで。エドゥアルト様、ああ見えて意外とミーハーなところがあるんですよ」
「そうなんですか……?」

 何のお遊び? とは何となく聞きづらい雰囲気だ。

 私の耳でもよく聞き取れなかったけれど、気のせいでなければラウルへの囁きに「キレイ」という単語が混じっていたような……。

 それにしても、最後にスレンツェへ向けたあの圧はいったい何だったのかしら? 大体にしてエドゥアルトはスレンツェへの当たりがきつい気がする。最初はラウルが好敵手と認める彼に対して、自分がそこへ及ばないことへの嫉妬や苛立ちの表れかと思ったけれど、もしかしたら……。

「ほらラウル、エドゥアルト様を追わなくていいの?」

 ティーナにそうせっつかれたラウルはハッとした様子で獣耳を震わせた。

「えっ、でも、ティーナを一人置いていくわけには」
「何言ってるの、どっちを優先すべきかは明白でしょ。私は皆さんと一緒に宮廷に戻らせてもらうから、ほら、早く行きなさいな」
「わ、分かった……ユーファごめん、ティーナをお願い!」
「えっ……ええ、はい、お任せ下さい」
「フラムアーク様失礼します、スレンツェ、またね!」

 嵐のように去っていくラウルを見送り、やれやれと肩の力を抜いたティーナは申し訳なさそうに私達を見渡した。

「ごめんなさいね、勝手にご一緒させていただくことにしてしまって」
「いえ、元々私達がお願いしたことですから。何だか逆に申し訳なかったですね」
「そんなこと。騒がしくて申し訳なかったのはこちらの方よ。さて、では気を取り直して今度は私のお勧めのお店の方に向かうとしましょうか」

 そう仕切り直したティーナの案内で薬草店へと向かう途中、フラムアークが首を捻りながら、私も気になっていた件をスレンツェに投げかけた。

「しかしエドゥアルトはやたらスレンツェを意識しているな? あれは剣に対する負けん気の表れなんだろうか」
「そういう類のものではない気がするがな……オレとしてはあずかり知らぬところで敵視されているように感じてならないが」

 私と並んで歩いていたティーナが首を巡らせて、背後のスレンツェに同情的な声をかけた。

「あー、あれは露骨でしたねぇ。いつもあんな感じなんですか?」
「そうだな。ああいう目でにらまれなかったことはないな」
「あらあら。原因は間違いなくラウルですね」

 ティーナはそう言って苦笑した。

「あの、ふとした時に何気にあなたのことを喋っているんですよ。身近に全力で手合わせを出来る相手がいるのが相当嬉しいらしくって、ふふ、さっきも約束を取り付けてご機嫌だったし。あのテンションでしょっちゅうあなたの話を聞かされているエドゥアルト様はそれは面白くないのよ。子どもの頃から目標にしているラウルの一番の好敵手になりたいのに、自分が未だそれに成り得ない現実と、お気に入りのラウルの目があなたに向いてしまっていることに嫉妬してしまっているのね」

 確かにそれもあるのだろうけど……でも、それだけかしら?

 ティーナに上手くお茶を濁されたような気がする。

 フラムアークの気持ちがいつの間にか私に向いていたように、子どもの頃から共にいるエドゥアルトとラウルの間にも、何か変化のようなものが起きていたとしても不思議じゃないんじゃ……? そんなふうに考えてしまうのは穿ち過ぎかしら?

 けれど、もしそうだとしたら。

 その可能性を考えて、私はどこか安心感にも似た感情を覚えている自分を意識した。

 そんなふうに感じるのは、フラムアークに対する感情に私自身が罪悪感と漠然とした不安感を抱いているから……? だから自分と似通った境遇にあるかもしれない相手を見つけて、道ならぬ想いに身を染めているのは自分だけではないのだと、安心したがっている?

 これが抱いてはいけない感情ではないのだと、抱いても許される感情なのだと、私は誰かに肯定してほしいのだろうか? 彼らの可能性にどこかホッとしているこの気持ちは、私のそういう願望の表れなのだろうか―――……?
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