病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋

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番外編 第五皇子側用人は見た!

bittersweet4②

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 夜も更けた頃、長いパーティーがようやく終わり、エドゥアルトとハンスと共にティーナが待つ客室へと引き上げてきたラウルは、両手を高々と上げて大きく伸びをした。

「あ~疲れたぁ、お腹減ったぁー!」
「お疲れ様、ラウル。その様子だとパーティーの方はつつがなく済んだみたいね」

 笑顔で出迎えたティーナはそう言ってエドゥアルトにいたわりの言葉をかけた。

「エドゥアルト様もお疲れ様です。お酒の相手をし過ぎて気分がすぐれないなど、どこか障りはありませんか?」
「問題ない。飲んだ端から汗をかいてアルコールは全部抜けていった」
「あらあら、今夜もだいぶおモテになったみたいですね。たくさん汗をかかれたなら、まずはご入浴になさいますか?」
「そうする。正装でのダンスは肩が凝ってかなわん」

 ハンスに外衣を預けて首元を緩めるエドゥアルトにティーナはグラスに入れた冷たい水を渡しながら、そういえば、と尋ねた。

「今日はラウル用に料理の取り置きを頼まれていないんですか? まだこちらには届いていないのですけれど」
「いや? ハンスを通して頼んでおいたはずだが」

 主の視線を受けて、ハンスも頷いた。

「マシュー様の側仕えの者に確かに頼んであります。どこかで伝達が滞ってしまっているのでしょうか」
「あ、じゃあ私、厨房に確認しに行ってきます」

 お腹が減ってたまらないラウルはそう言って手を上げた。

「くれぐれも廊下を走るなよ。僕の品位が下がる」
「子どもじゃないんですから! 分かってますよ」

 揶揄するエドゥアルトに文句を言って、ラウルは客室を後にした。護衛役の務めとして王宮の見取り図は頭の中に入っている。

 万が一厨房へ話が通っていなかったとしても、今夜のパーティーの余りものはたくさんあるはずだから、その時は事情を話してそれを分けてもらえればいいや―――そんなふうに考えながら広い回廊を歩いていた時だった。

「―――本当かよ、その話」

 灯りの漏れている部屋から仕事を終えて酒盛りをしているらしい王宮の兵士達の話し声が聞こえてきて、たまたまそれが耳に入ったラウルは足を止めた。

「帝国の皇子が護衛役の狼犬族の女剣士とデキてるって」

 ―――は? 

 ラウルは耳を疑った。

 誰と誰がデキてるって!?

「それがマジらしい。聞いた話だとアラン伯爵のトコのほら、狼犬族の護衛長がパーティーの時にその女に声をかけていたらしいんだよな。そしたら皇子がダンスの相手を放り出してやってきて、スッゲェ圧をかけていったらしい。そんなの普通有り得ねぇだろ?」
「あの場にいたダンスの相手って、そうそうたる顔ぶれだよな。それをほったらかしてくるって、確かにねぇな。そりゃデキてるわ。どんだけお気に入りなんだよ」
「だろー!?」

 ―――だろー!? じゃない! 勝手な解釈をして、ありもしない噂を広めるな!

 あの時どうしてエドゥアルトがあの場に現れたのか、その理由はラウル自身にも定かではなかったが、彼らが面白可笑おかしく言っているような理由では断じてないと、彼女自身はそう考えていた。

「でも何でまた狼犬族の女剣士? その辺の男よりデカい筋肉質な女にわざわざいくかぁ? あの皇子サマならもっと綺麗どころをよりどりみどりだろうに」
「そういうのは食い尽くして飽きちまったんじゃねーの? ちょっと違うのつまみたくなったっていうか」
「オレはアリだけどな―。いいじゃん、獣耳。そそられるじゃん」
「人間の女とはアソコの具合が違ったりするのかな? スゴくよく締まるとか」
「ぎゃはは、そうかもな! スゲー名器なのかもしれねぇぞ! 昼間は剣で守ってくれて、夜は自分の剣を収めてくれるとかサイコーだろ!」

 ―――コ、コイツら……! 頭をかち割ってやりたい……!

 聞くに堪えない内容に歯噛みしながら憤るラウルの存在など知りもせず、兵士達は馬鹿笑いをしながら明け透けな会話で盛り上がっている。

「でも女はいいよなぁ、カラダ使って王侯貴族に取り入ることが出来るんだからよー。世継ぎでも孕んじまえばしめたモンだろ? 羨ましいぜ。あの女剣士も案外そっちから取り入ったんじゃねーの? 大帝国の皇族が、わざわざ亜人の女剣士を取り立てたりしねーだろ、普通?」

 ラウルはぎゅっと拳を握りしめた。

 女のくせに、女の分際で、亜人のくせに、亜人の分際で―――そういった種類の言葉をこれまで何度投げつけられてきただろう。

 女が剣を極めたいと、志してはいけないのか。

 亜人が才を認められ、取り立てられることがあってはならないのか。

 性別や人種を理由に一方的に見下げてくるこういった連中の脳みそは、どうしてこうも凝り固まっているのだろう。

 この世界に根ざしている下らない固定概念を、ぶった切ってやりたい。

 ティーガにしてもそうだ。女だから年下だから、そういったラウル自身にはどうしようもない部分で彼女に敗れたことを恥じ、己の未熟さや精神的な弱さには目を向けなかった。ラウル自身の努力や剣にかける情熱には、これっぽっちも思い巡らせてくれなかった。

 敗れてなお、彼の中でラウルは「近所の年下の女の子」であり、未だ対等な一個人として、剣士としてのラウル自身を見てくれてはいないのだ。

 そうだ―――初恋が破れたことより何より、それが何よりも悲しいと、当時のラウルは感じていたのだ―――。

 勝手な妄想を酒のさかなにする男達に言ってやりたいことは山程あったが、外交関係に支障をきたしても困るので、ぐっとこらえる。

 同じような噂話はきっと他でもされているのだろうから、ここで意見をしたところで焼け石に水、下手なことをして余計な誤解を招いてしまうのも馬鹿馬鹿しいから、ここは聞き流すのが利口なのだ―――うん。

 そう自身に言い聞かせ、これ以上不愉快な気分になる前にと、ラウルは足早にその場を立ち去ったのだった。
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