病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋

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本編

二十歳⑦

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 今回の趣旨は、目障りな第四皇子フラムアークの戦力を分析がてら、あわよくば片翼ユーファをもぎ取ろうって辺りか―――。

 そう見積もるエドゥアルトの隣でフェルナンドは参席者達に向け粛々と述べた。

「思いも寄らぬ展開となったところではありますが、この件は一度ここで差し止め、ということにしてはどうでしょう? 状況からどちらかに重大な非があることは明白ですが、この問題を突き詰めるとなると、本日ではとても時間が足りません。本来すべき審議に影響を及ぼしてしまいますし、この件についてはまた日を改めて別できちんと審議をすることにして、本題へと戻りませんか? 本日の議題はレムリアとバルトロの不義の関係について、それと兎耳族の保護に関する抜本的な見直しについてです」

 状況的にはゴットフリート側が限りなく黒に近かったが、看守長を呼ぶにも時間がかかり、諸々に関する客観的な精査もなされておらず、この問題に直ちに決着をつけることは現実的ではない。フェルナンドの提言に賛成の声が多数上がり、首の皮が一枚繋がった形のゴットフリートも、冷静に状況を判断したとみられるフラムアークもそれに同意する。

 横道に逸れていた審議が改めて再開されると、フラムアークは事前に兎耳族達に聞き取り調査を行った結果を参席者達に提示した。

「―――この結果から、兎耳族として一概に同じ道を望んでいる、とは言えないことが分かります。彼らの多くは陛下の庇護に多大な感謝を抱いている半面、若い世代では特に、様々な自由に関する渇望も強く抱いているのです。このことから、ひと括りに彼らの望む方向性を見出すのは難しいと考えられます」
「陛下の恩情によって衣食住を保障されたこの状況がどれだけ感謝すべきことであるのか、理解の足りない兎耳族が多いようですな」

 重鎮の一人が呈した苦言にフラムアークは頷いて、自身の経験に基づいた考えを語った。

「仰ることももっともです。帝国内には様々な理由から明日の生活にも困窮している民がおり、そういった者は比較的亜人が多いのが現状です。彼らが皇帝の庇護下で生活を保障された兎耳族を羨み、贔屓ひいきだと名指しで非難していることはご存知でしょうか。庇護の理由が種の保存だというのならば、何故それが自分達には該当しないのかと、不平不満を抱いている亜人族は思いのほか多いのです」

 穴熊族の少年ピオにその現実を突きつけられた後、フラムアークはそれまで考えたことのなかった兎耳族の保護に対する疑問を初めて抱いた。

 言われてみれば何故、兎耳族だけが―――?

 物心がついた頃より兎耳族は皇帝の庇護下にあったから、それが当然の環境で育った彼は、それまでその状況に疑問を抱いたことがなかったのだ。

 だが、言われてみれば道理だ。兎耳族以外にも数が減っている亜人の種族はいる。昨年ベリオラで多大な人的被害を被った穴熊族などは、まさにそれに該当するはずだ。

 しかし、穴熊族に対する救済策はアズール領主ダーリオ侯爵の政策で充分にまかなわれていると判断され、彼らは保護の対象とはならなかった。

 フラムアークは自分なりに彼らのような亜人族の置かれた現況について調べ、それを皇帝グレゴリオに報告の上、これまで考えたことのなかった兎耳族の保護に対する疑問を投げかけた。

 しかし、それらについて皇帝から納得のいく回答を得ることは出来なかった。

「彼らからすれば、自由を求める一部の兎耳族達の主張は傲慢なものと映るでしょう。ですが、一方で彼らは保護の対価として兎耳族に課せられた様々な制約を知りません。
かたや、自由を主張する兎耳族達にも言い分があります。種の存続とはまた別の問題として、彼ら自身の人生は有限なのです。例え庇護により綿々と種が続いたとしても、その中で人としての生が謳歌出来ないのならば、自分達にとって果たして種の存続とは意味のあることなのか、自由の制限は己を殺すことに他ならないのではないのか、彼らはその葛藤の中で声を上げ、再び自分達の足で人生を歩もうと思い立つところまで来ているのです! ならば国としてはそれを歓迎し、彼らの後押しをしてやるべきではないのでしょうか!?」

 参席者達に向けて、皇帝グレゴリオに向けて、フラムアークはそう訴えた。

「大禍の後の兎耳族の保護には大きな意義があったと思います。これによって彼らは絶滅を免れたと言っても過言ではないでしょう。しかし長きに渡る救済措置を巡っては他の亜人族から不平等だという声が高まっているのも事実です。当の兎耳族からも一部で保護の解除を求める声が上がっている今、国民達の間の不平等感を失くすという観点からも、私は段階的に兎耳族の保護を解除していく時機に差し掛かっているのではないかと考えます。まずは希望者から順次保護を解いていき、一定の期間を定めてその中で全ての兎耳族の保護の解除を目指していく、そういう方向性を考えていく余地もあるのではないでしょうか!?」
「……僕は悪くないと思うな。現在城内で様々な仕事に従事している兎耳族かれらに一斉にいなくなられるのはこちらとしても困るけれど、段階的に実践していくのであれば現場もさほど混乱しないだろうし、何より国民の不平等感を無くすことは大事だと思う。彼らが自立してくれれば彼らの保護に回されていた予算を他へ回すことも出来るしね」

 賛同の意を示すエドゥアルトに対し、アルフォンソはためらいがちに疑問を呈した。

「ええと……若い世代はそれで構わないかもしれませんが、老人はどうするのですか? この調査結果を見ると、彼らのほとんどは保護生活の継続を望んでいるようですけれど」
「ある程度の支度金を持たせ、こちらで住む場所を斡旋あっせんしてやれば問題ないだろう。後は自助努力だ。兎耳族の高齢者にだけ特別待遇をしたのでは他種族の高齢者が納得しないであろうからな」

 フェルナンドの回答になるほど、と頷いたアルフォンソの二つ隣の席で、ベネディクトが首を捻った。

「しかし、陛下の保護が実を結び、ようやく数が増してきたというところだったのに……これで兎耳族の絶滅が加速する、というようなことにはならないだろうか」
「そんなに心配だったら、希望者が住む用にどこか静かな森の奥地にでも兎耳族の集落を用意してあげたらいいんじゃない? そこを統括する責任者にベネディクト兄上がなって、有事の際は直轄の精鋭部隊で守ってあげるとか」

 エドゥアルトにそう提言されてしまったベネディクトは大慌てで首を振った。

「そこまでしてしまったら、またエコ贔屓だと反発が来るではないか」
「冗談だよ。でも、兎耳族の集落を用意してあげるっていう案はいいんじゃないかな? 保護宮と同じ顔触れで生活出来た方が安心する者は多いと思うし……年寄りは特に。こちらとしても兎耳族を管理しやすくなるし、悪くないと思うけど」
「なるほど……」
「確かにそうですな」
「保護宮でまるっと彼らを抱え込むよりは双方にとってメリットがありそうですな」

 議論は兎耳族達の保護を解除する方向へと傾き、様々な意見が交換されていく。

 そうなると、保護を前提とした種の保存を犯した罪に問われたレムリアとバルトロに関する処遇の意識も参席者達の間で大きく変容していき、最終的な協議の末、二人には一ヶ月間の社会奉仕活動が相当という、当初からは考えられないほど軽減された処罰が妥当と結論付けられた。

 自らが兎耳族の保護に関する取り決めによって裁かれかねない立場に置かれたゴットフリートは、それに異を唱えなかった。

 しかし、これはあくまで審議に参席した者達の見解の総意であって、最終的にそれをとするか非とするか、判断を下すのは皇帝グレゴリオである。

「―――私がこれを是とすることがどういう意味合いを持つのか、分かっているな? フラムアーク」

 しばしの静寂を挟んだのち、厳かな口調で眼光鋭くグレゴリオにそう問われたフラムアークは、固い表情で頷いた。

「……はい。承知しています」
「宜しい。ならば―――私はこれを、是としよう」

 ―――この日、議場に於いて審議され出された結論は、皇帝グレゴリオによって承認された。







「ずいぶんとためらいなく兎耳族の保護の解除を受け入れたものだな。それに、事前にあのような聞き取りまで行っていたとは……」

 審議が閉会し、参席者達が散開していく議場でフェルナンドからそう声をかけられたフラムアークは、不本意ながら足を止め、秀麗な顔立ちの兄と向き合うことになった。

「少々意外だったよ。昔のお前は兎耳の宮廷薬師にべったりだったからな」
「……彼女にはずいぶんと助けられましたから。昔からずっと考えていたんです。たくさん助けてもらった分、いつかその恩を返したいと。期せずしてそのタイミングが訪れたから、それに乗っただけのことです。思っていたよりだいぶ早いタイミングではありましたが」

 弟の小さな嫌味を意に介す様子もなく、フェルナンドは笑った。

「自由を彼女に返すことがお前なりの恩返しというわけか。だが、それでいいのか? 陛下の保護が解かれてもお前が望めば彼女を据え置くことは可能だろうに」

 ―――その発言の真意は、どこにあるのか。

 フラムアークは警戒感を覚え、密かに気を引き締めた。

 フェルナンドにユーファへの想いが気付かれるようなことがあってはならない。絶対に。

「彼女はもう長いこと、オレを支えてくれました。それこそ実の母親以上に。ここからは何に縛られることもなく、彼女自身の人生を歩んでいいはずです。正直引き留めたい気持ちはありますが、オレの方からそれを妨げるような真似はしたくない」

 母親代わりにもなってくれた片翼への感謝と惜別の情を滲ませつつ、余計な執着は見せないように、フラムアークは細心の注意をもって振る舞った。

「殊勝なことだ。虚弱で泣いてばかりいたお前がこうも化けるとは、当時は想像もつかなかったよ。彼女は薬師としてだけでなく母親としても優秀だったようだな」

 弟の様子をつぶさに眺めやった兄は、内面の窺い知れない穏やかな表情でそう言い置くと、議場を後にした。

 フラムアークは知らず自身の拳を握り込みながら、その背中が消えていくまでじっとその場に佇んでいた。

 やがてフェルナンドの姿が見えなくなった後、いつの間にか握り込んでいた拳を開いたフラムアークは、じっとりと汗の滲んだ空の己の掌を見つめて思った。

 ユーファ……長いこと君を閉じ込めていた鳥籠から出してあげる算段が、整ったよ。

 今、この手の中にある自由を手にしたら―――君はいったい何を思い、何を願うのだろうか―――?
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