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本編
二十歳⑤
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エドゥアルトが意外な一面を見せたところで、フラムアークの右手が上がった。
「―――私も兎耳族の保護の在り方について考察し直すべき、という意見については賛成です」
議場の視線が一斉に第四皇子へと集まった。皇帝により任命された兎耳族のユーファを臣として抱えるフラムアークがすぐにそれに賛同の意を示すとは、多くの者が思わなかったに違いない。
フラムアークとて、出来ればまだこの問題には切り込みたくなかった。それが本音だ。
だが、フェルナンドによって早々にこの問題は提議された。そしてそれに切り込む覚悟は、既に彼の中で出来ていた。
「ですが、今回の件とそれを安直に切り離して考えるべきではないと考えます。先程指摘が出たように、保護当時と今では状況が違います。様々なものを一度に失い茫然自失としていた被災直後と、落ち着きを取り戻し冷静に物事を考えられるようになった今とでは、兎耳族達の意識の在り方に違いが出て当然なのです。それが『人が人を愛する』という、人類の普遍的な感情に基づいたものであればなおさらではないでしょうか」
「は……何を言い出すかと思えば、甘っちょろいことを。まさかそんな感情論でこの問題を片付けられると思っているのではあるまいな?」
ゴットフリートが侮蔑混じりにフラムアークをねめつけた。
「感情論で片を付けようなどとは毛頭思っていません。ですが、生きる上で人と感情とは切り離すことが出来ないものです。今回、彼らは確かに禁を犯しましたが、人が人を愛するというその行為自体は、普通に考えたら罪として裁かれるべきものではないはずです。約定に違反したという事実に対しては然るべき処罰を科すべきですが、その処罰が常識から鑑みて甚だしいものであってはならないと、私はそう考えます」
「皇帝はこの大帝国の法であり柱だ。彼奴等はその皇帝の定めた制約を犯したのだ! 亜人の一種族の絶滅を憂い御心を砕いた、種の保存という尊い計らいを! これ以上の罪があるか!?」
声を荒げるゴットフリートに対し、フラムアークはあくまでも冷静にそれに応じる。
「彼らは人を殺めたわけでも傷付けたわけでもありません。ただ、互いを必要とし求め合っただけです」
「そんな理屈で罪を免れると思うのか! それでは民に示しがつかん! 恩情を踏みにじられた陛下のお立場はどうなる!?」
「お言葉ですが、この程度のことで揺らぐような陛下のお立場ではないでしょう。必要以上に厳しい措置を取ることがその威信を示すことになるとは思いません。むしろ寛大な処置を取られた方が、民に懐の深さを感じさせ、より陛下への支持を集めることに繋がるのではないでしょうか」
「きっ……貴様は罪人を無罪放免せよ、と言っているのか!」
唾を飛ばして憤る皇太子を橙味を帯びたインペリアルトパーズの瞳が鋭く見据える。
「勘違いなされぬよう。制約に違反した事実については然るべき処罰を科すべきだと申し上げています。ただ、その内容が著しく度を越えたものであってはならないと、そう申し上げているのです」
「ぐぬ……!」
青筋を立ててフラムアークをにらみつけたままゴットフリートが押し黙ったところへ、涼やかな声が割り入った。
「確か……当事者の一人であるレムリアは、お前の宮廷薬師のルームメイトなのだったな」
声の主は第三皇子のフェルナンドだった。彼は穏やかながら感情の窺い知れない眼差しを、正面の席から直下の弟に注いでいる。
沈黙しかけていたゴットフリートはこれで息を吹き返した。
「そうだ……そうであった、私もそこは重々確認せねばと思っていたのだ。よもやとは思うが、貴様、先程の弁は兎耳のママに友達の罪を軽くしてやってほしいと頼まれてのことではあるまいな?」
あまりにも直接的なこの当てこすりに、上座ではさざめきが広がった。
「審議の場を軽んじておられるのか? 厳粛な場での子どもの戯言のような発言は控えていただきたい。それと、私の臣下を侮辱するような発言は慎んでいただこう」
心無い皇太子の発言に、さしものフラムアークも険しい表情となった。
「はは、これは済まぬ。つい本音が漏れてしまった。だがこれは重要な確認事項である故、今一度問うぞ。臣下に懇願されて先程の答弁に至ったわけではないのだな?」
「無論です」
「ならば質問を変えよう。貴様の臣下と当事者のレムリアはルームメイトだというが、兎耳の宮廷薬師は今回の件を事前に知り得ていたということはないのか? 以前からレムリアとバルトロの関係を知っていたにも関わらず黙っていたというようなことは?」
「それはありません」
「ほう。よぉく確認はされたのかな?」
「もちろんです」
「ふぅむ、今回の件が表沙汰になってから初めて知ったと? 女という生き物は種族を問わず恋愛話が大好きなものと相場が決まっていると思っていたが」
「それは女性に対する偏見ですよ。認識を改められた方が良い」
淡々と回答するフラムアークにゴットフリートは厚い唇を歪めた。
「ならばそれが偏見かどうか、当事者から話を聞いてみるとしようか」
こういった流れになるだろうことは当初から予想がついていた。レムリアがユーファのルームメイトであるという格好の事実をゴットフリートやフェルナンドが攻撃材料にしないわけがないからだ。
「……それで貴方がたの私の臣下に対する嫌疑が晴れるのならば、どうぞ」
落ち着き払ったフラムアークの態度にゴットフリートは面白くなさそうな顔をしたが、気を取り直すように大袈裟な身振りで「罪人を中へ」と告げた。
それに従い議場のドアが開いて、あらかじめ控えさせられていたレムリアが刑務官に伴われて室内へ入ってきた。
この場に出廷させる為、事前に湯浴みをさせられたらしく身綺麗にはなっていたが、囚人服を着た彼女の首と身体の前に出された両手首には枷が嵌められ、その間は縦に細い鎖で繋がれている。両の足首には逃亡防止用の金属製の丸い重しが鎖で繋がれており、彼女が歩く度に冷たい金属音を立てた。
櫛の通されていない顎の辺りまである雪色の髪はぼさぼさで、同色の兎耳は力なく垂れさがっている。うつむいた大きなトルマリン色の瞳には生気がなく、頬はこけて、だいぶやつれているような印象を受けた。
フラムアークは初めての対面となるレムリアの様子をつぶさに窺った。彼にとってもここからは正念場だった。彼自身は彼女の人柄を知らないが、ユーファの彼女に対する信頼は厚かった。
「面を上げよ」
進行役に促されて初めて顔を上げたレムリアは、皇帝以下、大帝国の皇族と重鎮達が居並んだ錚々たる光景に慄いた様子を見せ、不安そうに兎耳を動かしながらひとしきり視線を彷徨わせた。
一瞬だけ、フラムアークの視線と彼女の視線とが交じわり合う。その時の彼女の瞳に、フラムアークはわずかながら意思の光のようなものを感じ取った。
「我が名はゴットフリート、この大帝国の皇太子である。ここは我が父である皇帝グレゴリオの御前にして神聖な議事の場だ。嘘偽りはまかりならぬと肝に銘じよ。真実のみを口にすると誓え。偽りが露見した場合はその命を以って贖う覚悟とせよ」
「……は、はい」
ゴットフリートの大仰な物言いに青ざめて頷いたレムリアは、一拍遅れてそれに対する誓約を述べた。
「はい……真実を述べると、誓います」
「汝の名は」
「レ、レムリアと申します」
自らの名を告げる彼女の身体は遠目にも分かるほど小刻みに震えていた。
「ではレムリア、汝に問う。宮廷薬師ユーファは保護宮での汝のルームメイトであり友人なのであったな。間違いないか?」
「えっ? は、はい……」
自分の罪に関する質問がなされると思っていたレムリアは、想定外の質問に戸惑いながらも頷いた。
「友人と言ってもその親しさには様々あると思うが、汝とユーファの仲はいかほどのものだったのか?」
「わ……私は……彼女のことは、親友だと思っています。口頭で確認したことはありませんが……」
レムリアはユーファと同じ見解を述べた。彼女達の互いを思う心は一緒であったということだ。
それを聞いたゴットフリートはしてやったりと言わんばかりの顔になった。
「ふぅむ、親友とな。親友であれば、汝はバルトロとの仲を彼女に……ユーファに相談することはなかったのか?」
「えっ?」
「禁じられた恋に身をやつした汝は、例えようもない幸福感と背徳感に苛まれたことだろう。一人で抱えるには辛い、辛過ぎる問題だ。身近に心を許せる存在がいれば、それを共有してほしいと考えるのは人としての常であろう?」
「えっ……ま、待って下さい……」
「女は殊にその傾向が強い。汝は己が恋愛事情を吐露せずにはいられなかったはずだ。これはもう女の性のようなもの―――故に、ユーファは汝とバルトロとの関係を知っていた。違うか?」
ゴットフリートはレムリアをそちらへと誘導するかのように、おぞけ立つような猫なで声でそう示唆する。
議場中の注目が集まる中、レムリアは震えながらも毅然とした口調でそれに答えた。
「―――いいえ。ユーファは、私達の関係を知りませんでした」
その回答にフラムアークは心の中で拳を握り、ゴットフリートは目を剥いた。
「なッ……! 嘘偽りは、許さぬぞ!」
「嘘では、ありません」
「黙れッ、痴れ者!」
皇太子の怒号が轟いた。耳をつんざくような怒声にビクッ、と身を竦ませたレムリアに、いきり立ったゴットフリートは更なる大声で迫る。
「親友とは互いの間に秘密など一切存在しない、心から分かり合った唯一無二の相手のことを言うのではないのか! その相手が、何も知らぬなどということがあるわけが……!」
「無二なればこそ……」
皇太子のあまりの剣幕にレムリアは兎耳を伏せて涙目になりながら、それでも必死に嗚咽を堪えて意見した。
「無二の親友だからこそ、伝えないことも、あります。こんなことを言ったら、いつかユーファに迷惑がかかるかもしれない……私はそう思いました。そう、思ったから……そういう怖さが、あったから……!」
唇を噛みしめて大粒の涙をこぼしながら、自らを奮い立たせるように真っ直ぐに皇太子を見据えて、レムリアは訴えた。
「だから私、言えませんでした。ユーファは、何も知りません。本当です……! 疑うなら、バルトロにも聞いてみて下さい! これは私達だけの、二人だけの秘密……彼も、そう答えると思います……」
フラムアークはこれがレムリアからの自分へのメッセージだと気が付いた。
審議でこの問題が取り沙汰されることを想起してユーファに事前確認をした時、彼女は自分が二人の関係を知っていることをバルトロが知っているかどうかは分からないと言っていた。
レムリアは、それについて教えてくれている。自分をだしに使ってユーファを、ひいてはフラムアークの責任問題にまで発展させようとしている皇太子の意図を察した彼女は、ユーファが知らないであろう情報をフラムアークに提示することで曖昧な状況を回避し、親友がこれ以上不利になることがないよう取り計らってほしいと、暗にフラムアークに伝えているのだ。
二人の関係をユーファが知っていたという事実をバルトロが知らないのであれば、レムリアが口を割らない限り、それが露呈することはない。
―――ありがとう。
フラムアークは心の中でレムリアに礼を言った。
これで懸念のひとつが消えた。
自分が罪人という立場でこれからどういう運命をたどるのかも分からない中、国の中枢を担う面子に囲まれて、大声で恫喝されながら真実と異なる供述をするのは、相当な覚悟と勇気が要ったことだろう。
さすがはユーファの親友だ。聡くて度胸もある。
―――ここからは、オレの番だ。
議場ではレムリアの意見に納得しないゴットフリートの怒声が響き続けている。皇太子の怒りを浴び続けるレムリアはすっかり萎縮して、今はもう何も言えず、小さく震えながらただただ涙を流していた。強き者が逃げ場のない弱き者をひたすら糾弾し追い詰めているだけの光景に、議事の場はどちらかといえば罪人のレムリアに同情的な空気が漂い始めていた。
これは彼女の身体を張ったファインプレーと言えるだろう。
「もう、その辺りで収めるのが妥当ではありませんか」
フラムアークが右手を上げ異議を申し立てると、ゴットフリートは鼻息荒く振り返った。
「何だとッ!?」
「彼女は既に貴方の問いに対し回答しています。論も証拠もなく、そのような憶測に基づいた恫喝まがいのやり方で物事を推し進めようとするのは、如何なものか」
「憶測ではない、事実だッ!」
激高し、言葉を叩きつけるようにして返すゴットフリートの様子にフラムアークは眉をひそめた。
先程から彼は何が何でもレムリアの言質を取ろうと躍起になっているように見えた。しかも今、彼は確かに事実だと言い切った―――。
ゴットフリートはレムリアからユーファが二人の関係を知っていたという言質を取れるはずだった……? その目論見が外れて怒り狂っている?
そう仮定してみると、おおよその状況が見えてきた。彼がどういう経緯でそう思い込むに至ったのか、大体の察しもつく。
ならば、ここが反撃の糸口だ。この場で奴の口からそれを吐かせる!
「―――私も兎耳族の保護の在り方について考察し直すべき、という意見については賛成です」
議場の視線が一斉に第四皇子へと集まった。皇帝により任命された兎耳族のユーファを臣として抱えるフラムアークがすぐにそれに賛同の意を示すとは、多くの者が思わなかったに違いない。
フラムアークとて、出来ればまだこの問題には切り込みたくなかった。それが本音だ。
だが、フェルナンドによって早々にこの問題は提議された。そしてそれに切り込む覚悟は、既に彼の中で出来ていた。
「ですが、今回の件とそれを安直に切り離して考えるべきではないと考えます。先程指摘が出たように、保護当時と今では状況が違います。様々なものを一度に失い茫然自失としていた被災直後と、落ち着きを取り戻し冷静に物事を考えられるようになった今とでは、兎耳族達の意識の在り方に違いが出て当然なのです。それが『人が人を愛する』という、人類の普遍的な感情に基づいたものであればなおさらではないでしょうか」
「は……何を言い出すかと思えば、甘っちょろいことを。まさかそんな感情論でこの問題を片付けられると思っているのではあるまいな?」
ゴットフリートが侮蔑混じりにフラムアークをねめつけた。
「感情論で片を付けようなどとは毛頭思っていません。ですが、生きる上で人と感情とは切り離すことが出来ないものです。今回、彼らは確かに禁を犯しましたが、人が人を愛するというその行為自体は、普通に考えたら罪として裁かれるべきものではないはずです。約定に違反したという事実に対しては然るべき処罰を科すべきですが、その処罰が常識から鑑みて甚だしいものであってはならないと、私はそう考えます」
「皇帝はこの大帝国の法であり柱だ。彼奴等はその皇帝の定めた制約を犯したのだ! 亜人の一種族の絶滅を憂い御心を砕いた、種の保存という尊い計らいを! これ以上の罪があるか!?」
声を荒げるゴットフリートに対し、フラムアークはあくまでも冷静にそれに応じる。
「彼らは人を殺めたわけでも傷付けたわけでもありません。ただ、互いを必要とし求め合っただけです」
「そんな理屈で罪を免れると思うのか! それでは民に示しがつかん! 恩情を踏みにじられた陛下のお立場はどうなる!?」
「お言葉ですが、この程度のことで揺らぐような陛下のお立場ではないでしょう。必要以上に厳しい措置を取ることがその威信を示すことになるとは思いません。むしろ寛大な処置を取られた方が、民に懐の深さを感じさせ、より陛下への支持を集めることに繋がるのではないでしょうか」
「きっ……貴様は罪人を無罪放免せよ、と言っているのか!」
唾を飛ばして憤る皇太子を橙味を帯びたインペリアルトパーズの瞳が鋭く見据える。
「勘違いなされぬよう。制約に違反した事実については然るべき処罰を科すべきだと申し上げています。ただ、その内容が著しく度を越えたものであってはならないと、そう申し上げているのです」
「ぐぬ……!」
青筋を立ててフラムアークをにらみつけたままゴットフリートが押し黙ったところへ、涼やかな声が割り入った。
「確か……当事者の一人であるレムリアは、お前の宮廷薬師のルームメイトなのだったな」
声の主は第三皇子のフェルナンドだった。彼は穏やかながら感情の窺い知れない眼差しを、正面の席から直下の弟に注いでいる。
沈黙しかけていたゴットフリートはこれで息を吹き返した。
「そうだ……そうであった、私もそこは重々確認せねばと思っていたのだ。よもやとは思うが、貴様、先程の弁は兎耳のママに友達の罪を軽くしてやってほしいと頼まれてのことではあるまいな?」
あまりにも直接的なこの当てこすりに、上座ではさざめきが広がった。
「審議の場を軽んじておられるのか? 厳粛な場での子どもの戯言のような発言は控えていただきたい。それと、私の臣下を侮辱するような発言は慎んでいただこう」
心無い皇太子の発言に、さしものフラムアークも険しい表情となった。
「はは、これは済まぬ。つい本音が漏れてしまった。だがこれは重要な確認事項である故、今一度問うぞ。臣下に懇願されて先程の答弁に至ったわけではないのだな?」
「無論です」
「ならば質問を変えよう。貴様の臣下と当事者のレムリアはルームメイトだというが、兎耳の宮廷薬師は今回の件を事前に知り得ていたということはないのか? 以前からレムリアとバルトロの関係を知っていたにも関わらず黙っていたというようなことは?」
「それはありません」
「ほう。よぉく確認はされたのかな?」
「もちろんです」
「ふぅむ、今回の件が表沙汰になってから初めて知ったと? 女という生き物は種族を問わず恋愛話が大好きなものと相場が決まっていると思っていたが」
「それは女性に対する偏見ですよ。認識を改められた方が良い」
淡々と回答するフラムアークにゴットフリートは厚い唇を歪めた。
「ならばそれが偏見かどうか、当事者から話を聞いてみるとしようか」
こういった流れになるだろうことは当初から予想がついていた。レムリアがユーファのルームメイトであるという格好の事実をゴットフリートやフェルナンドが攻撃材料にしないわけがないからだ。
「……それで貴方がたの私の臣下に対する嫌疑が晴れるのならば、どうぞ」
落ち着き払ったフラムアークの態度にゴットフリートは面白くなさそうな顔をしたが、気を取り直すように大袈裟な身振りで「罪人を中へ」と告げた。
それに従い議場のドアが開いて、あらかじめ控えさせられていたレムリアが刑務官に伴われて室内へ入ってきた。
この場に出廷させる為、事前に湯浴みをさせられたらしく身綺麗にはなっていたが、囚人服を着た彼女の首と身体の前に出された両手首には枷が嵌められ、その間は縦に細い鎖で繋がれている。両の足首には逃亡防止用の金属製の丸い重しが鎖で繋がれており、彼女が歩く度に冷たい金属音を立てた。
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フラムアークは初めての対面となるレムリアの様子をつぶさに窺った。彼にとってもここからは正念場だった。彼自身は彼女の人柄を知らないが、ユーファの彼女に対する信頼は厚かった。
「面を上げよ」
進行役に促されて初めて顔を上げたレムリアは、皇帝以下、大帝国の皇族と重鎮達が居並んだ錚々たる光景に慄いた様子を見せ、不安そうに兎耳を動かしながらひとしきり視線を彷徨わせた。
一瞬だけ、フラムアークの視線と彼女の視線とが交じわり合う。その時の彼女の瞳に、フラムアークはわずかながら意思の光のようなものを感じ取った。
「我が名はゴットフリート、この大帝国の皇太子である。ここは我が父である皇帝グレゴリオの御前にして神聖な議事の場だ。嘘偽りはまかりならぬと肝に銘じよ。真実のみを口にすると誓え。偽りが露見した場合はその命を以って贖う覚悟とせよ」
「……は、はい」
ゴットフリートの大仰な物言いに青ざめて頷いたレムリアは、一拍遅れてそれに対する誓約を述べた。
「はい……真実を述べると、誓います」
「汝の名は」
「レ、レムリアと申します」
自らの名を告げる彼女の身体は遠目にも分かるほど小刻みに震えていた。
「ではレムリア、汝に問う。宮廷薬師ユーファは保護宮での汝のルームメイトであり友人なのであったな。間違いないか?」
「えっ? は、はい……」
自分の罪に関する質問がなされると思っていたレムリアは、想定外の質問に戸惑いながらも頷いた。
「友人と言ってもその親しさには様々あると思うが、汝とユーファの仲はいかほどのものだったのか?」
「わ……私は……彼女のことは、親友だと思っています。口頭で確認したことはありませんが……」
レムリアはユーファと同じ見解を述べた。彼女達の互いを思う心は一緒であったということだ。
それを聞いたゴットフリートはしてやったりと言わんばかりの顔になった。
「ふぅむ、親友とな。親友であれば、汝はバルトロとの仲を彼女に……ユーファに相談することはなかったのか?」
「えっ?」
「禁じられた恋に身をやつした汝は、例えようもない幸福感と背徳感に苛まれたことだろう。一人で抱えるには辛い、辛過ぎる問題だ。身近に心を許せる存在がいれば、それを共有してほしいと考えるのは人としての常であろう?」
「えっ……ま、待って下さい……」
「女は殊にその傾向が強い。汝は己が恋愛事情を吐露せずにはいられなかったはずだ。これはもう女の性のようなもの―――故に、ユーファは汝とバルトロとの関係を知っていた。違うか?」
ゴットフリートはレムリアをそちらへと誘導するかのように、おぞけ立つような猫なで声でそう示唆する。
議場中の注目が集まる中、レムリアは震えながらも毅然とした口調でそれに答えた。
「―――いいえ。ユーファは、私達の関係を知りませんでした」
その回答にフラムアークは心の中で拳を握り、ゴットフリートは目を剥いた。
「なッ……! 嘘偽りは、許さぬぞ!」
「嘘では、ありません」
「黙れッ、痴れ者!」
皇太子の怒号が轟いた。耳をつんざくような怒声にビクッ、と身を竦ませたレムリアに、いきり立ったゴットフリートは更なる大声で迫る。
「親友とは互いの間に秘密など一切存在しない、心から分かり合った唯一無二の相手のことを言うのではないのか! その相手が、何も知らぬなどということがあるわけが……!」
「無二なればこそ……」
皇太子のあまりの剣幕にレムリアは兎耳を伏せて涙目になりながら、それでも必死に嗚咽を堪えて意見した。
「無二の親友だからこそ、伝えないことも、あります。こんなことを言ったら、いつかユーファに迷惑がかかるかもしれない……私はそう思いました。そう、思ったから……そういう怖さが、あったから……!」
唇を噛みしめて大粒の涙をこぼしながら、自らを奮い立たせるように真っ直ぐに皇太子を見据えて、レムリアは訴えた。
「だから私、言えませんでした。ユーファは、何も知りません。本当です……! 疑うなら、バルトロにも聞いてみて下さい! これは私達だけの、二人だけの秘密……彼も、そう答えると思います……」
フラムアークはこれがレムリアからの自分へのメッセージだと気が付いた。
審議でこの問題が取り沙汰されることを想起してユーファに事前確認をした時、彼女は自分が二人の関係を知っていることをバルトロが知っているかどうかは分からないと言っていた。
レムリアは、それについて教えてくれている。自分をだしに使ってユーファを、ひいてはフラムアークの責任問題にまで発展させようとしている皇太子の意図を察した彼女は、ユーファが知らないであろう情報をフラムアークに提示することで曖昧な状況を回避し、親友がこれ以上不利になることがないよう取り計らってほしいと、暗にフラムアークに伝えているのだ。
二人の関係をユーファが知っていたという事実をバルトロが知らないのであれば、レムリアが口を割らない限り、それが露呈することはない。
―――ありがとう。
フラムアークは心の中でレムリアに礼を言った。
これで懸念のひとつが消えた。
自分が罪人という立場でこれからどういう運命をたどるのかも分からない中、国の中枢を担う面子に囲まれて、大声で恫喝されながら真実と異なる供述をするのは、相当な覚悟と勇気が要ったことだろう。
さすがはユーファの親友だ。聡くて度胸もある。
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議場ではレムリアの意見に納得しないゴットフリートの怒声が響き続けている。皇太子の怒りを浴び続けるレムリアはすっかり萎縮して、今はもう何も言えず、小さく震えながらただただ涙を流していた。強き者が逃げ場のない弱き者をひたすら糾弾し追い詰めているだけの光景に、議事の場はどちらかといえば罪人のレムリアに同情的な空気が漂い始めていた。
これは彼女の身体を張ったファインプレーと言えるだろう。
「もう、その辺りで収めるのが妥当ではありませんか」
フラムアークが右手を上げ異議を申し立てると、ゴットフリートは鼻息荒く振り返った。
「何だとッ!?」
「彼女は既に貴方の問いに対し回答しています。論も証拠もなく、そのような憶測に基づいた恫喝まがいのやり方で物事を推し進めようとするのは、如何なものか」
「憶測ではない、事実だッ!」
激高し、言葉を叩きつけるようにして返すゴットフリートの様子にフラムアークは眉をひそめた。
先程から彼は何が何でもレムリアの言質を取ろうと躍起になっているように見えた。しかも今、彼は確かに事実だと言い切った―――。
ゴットフリートはレムリアからユーファが二人の関係を知っていたという言質を取れるはずだった……? その目論見が外れて怒り狂っている?
そう仮定してみると、おおよその状況が見えてきた。彼がどういう経緯でそう思い込むに至ったのか、大体の察しもつく。
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騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。
全23話。
2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。
イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。
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