病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋

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本編

十九歳④

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 レムリアに話を聞いてもらったおかげで自分の気持ちにひとまず整理がついた私は、自覚したスレンツェへの恋心を胸の奥にしまい込み、翌日からはいつも通りを心掛け、表面上は何事もなかったように振る舞った。

 年の功で、精神的に落ち着いてさえいれば、それくらいは問題なく出来る。

 ただ、異性として意識して見るスレンツェは正視するのが憚られるくらい眩しくて、私は心の中で一人、頬を染めて悶えなければならなかった。

 ―――あんなに、格好良かったかしら?

 無駄な筋肉のついていない、スラリと引き締まった長身。緩いクセのある黒髪に、切れ長の黒い瞳。側用人の平服に身を包んだ精悍な顔立ちの青年は、その身分にそぐわぬ尊いオーラを醸し出している。洗練された何気ない所作のひとつひとつに、彼本来の高貴な生まれが表れていた。

 そんなスレンツェと比べても見劣りしないフラムアークは、やはり生粋の皇子様なのだと思う。

 日に当たって煌めく金髪に、橙味を帯びたインペリアルトパーズの瞳。気品のある端整な面差しをした十九歳の第四皇子は、スレンツェほどではないけれど長身のたくましい青年へと成長を遂げ、もう病弱だったあの頃の面影はない。

 このキラキラ感は、王族皇族に共通するものなのかしら? 眼福だけど、二人並んでいると眩しくて、何だか目のやり場に困ってしまう。

「行ってくるよ」

 任務で遠方の地へと赴くフラムアークとハグを交わす際は、修行僧のような心持ちで精神を統一し、彼に同行するスレンツェを見送る時は、胸の高鳴りを覚えながら、態度や表情にそれが出ないよう気を付けて、込み上げてくる寂しさを飲み込む。

 私自身は上手く隠せているつもりだったし、実際、宮廷内の他の人間にそれを気取られることはなかったけれど、肝心の対象者二人の観察眼がひどく優れていたことは、私にとって不運だった。







「スレンツェ、ユーファと何かあった?」

 任務地へと向かう道中、馬を駆りながらそう尋ねてきたフラムアークに、スレンツェは並走する馬上から視線を返した。現在、二人は馬車の前を二頭の馬で先行している状況である。

「……何かあったと言えばあったし、なかったと言えばないな。どうしてそんなことを聞く?」
「ここのところ、ユーファの様子が変だから。何ていうか、いつも通り振る舞おうとしている努力みたいなのを感じるんだ」

 スレンツェはふと頬を緩めてそんなフラムアークに同意した。

「ああ、確かにな。……だが、どちらかといえば何かあったのはお前の方じゃないのか。アデリーネ嬢の件で」
「少し前、ユーファの方から彼女の名前を出してきたことはあったよ。その時もユーファらしくないっていうか、様子が変だなぁって思ったから直接尋ねたんだけど、ごまかされた」
「ユーファはお前と彼女の仲を気にしていたぞ。……実際、彼女とはどうなんだ?」
「……いい付き合いをさせてもらっているよ。考え方が似ているから、一緒にいて楽なんだ。彼女は聡明で信頼出来る相手だと思う」
「……。どうやら色っぽい理由じゃなさそうだな。利害が一致した者同士が世間を欺く為に手を組んだ、といったところか?」

 スレンツェにそう指摘されてしまったフラムアークは、思わず空を仰いだ。

「あ―――……、バレた。何で? いい雰囲気に見えたって、ユーファも言っていたのに」
「子どもの頃から見ているんだ、お前がどういう奴なのかは知っている。ユーファがまた妙な目に遭わないようにする為と、煩わしい縁談を避ける為の対策だろう? オレがお前の立場でもそうする」
「お見通しか……スレンツェには敵わないな……」

 フラムアークは嘆息して、力なく微笑した。

「スレンツェはよく見ているよね。オレのことも、ユーファのことも」
「……それがオレの役目だと思っている」

 しばしの沈黙が流れた。

 馬蹄の響きと頬を切る風を感じながら、フラムアークは諦め気味に話し始めた。

「ここだけの話、アデリーネ嬢には想い人がいるんだ。ただ相手とは身分の隔たりがあって、ハワード伯には認めてもらえない状況にある。彼女は他の相手とは結婚する気がないんだが、連日のように舞い込んでくる縁談話を断るのに苦慮していた。それを知って、オレからこの話を持ち掛けたんだ」
「互いにいい隠れ蓑になったわけだな」
「そういうこと。だからしばらくはこの関係を続けようと思う。現状、スレンツェ以外にはバレてないし」
「ユーファには言わないのか?」
「気付かれない限りは言わない。オレの申し出を受けてくれたアデリーネ嬢に対する責任もあるし、本物らしく見せる為には周りを信じ込ませないと。オレの近くにいるユーファがそう信じてくれれば、よりアデリーネ嬢との関係が信憑性を増すだろう?」
「……正論だが、それでいいのか? ユーファに誤解されたままで」

 そう問いかけるスレンツェに、フラムアークは複雑な心の内を覗かせた。

「良くないけど、いい。というか、いいとするしかない。もうユーファをあんな目に遭わせたくないし、それに……これがきっかけになってユーファもちょっと意識してくれればいいんだ、オレがもう子どもじゃない、十九歳の男だっていうことを」

 スレンツェは切れ長の瞳を軽く見開いた。こんなふうにフラムアークがユーファに対する胸の内を語ってきたのは初めてのことだった。

 そんな彼の黒い瞳を見据えて、フラムアークはほろ苦く笑む。

「矛盾しているのは分かっている。年上の彼女に対して、自分が足掻いているんだっていうことも。子どもを装って甘えておきながら、男としての自分をひた隠しておきながら、男として見られたがっているんだ。どうしようもないな」

 スレンツェは橙味を帯びたインペリアルトパーズの瞳を静かに見つめ返した。男としてのフラムアークが真正面からぶつかってきているのを感じた。

「……。そのもどかしさはよく分かる。似た者同士だな。オレも同じような思いに駆られて、つい先日、ユーファに言ったところだ」

 スレンツェの発言に、今度はフラムアークが目を見開く。

「弟扱いされていたらたまらないと思ったんだ。『身近で忘れがちかもしれないが、オレもフラムアークも、年下だが男だということを忘れるな』……そう言ったよ」
「……。そうか……」

 ゆるゆると息を吐き出し、フラムアークはその意味を噛みしめるように半眼を伏せた。

「ユーファの様子がおかしいのは、間違いなく、オレ達二人のせいだな」
「そうだろうな」

 頷き返すスレンツェにフラムアークは苦笑をこぼし、いつの間にか強張っていた肩から力を抜きながら、しみじみと呟いた。

「スレンツェと、恋敵ライバルになりたくはなかったなぁ」
「……オレもだ」

 予感はしていた。いつからかは分からないが、おそらくそうであろうと、互いに肌で感じていた。

 だが、そうでなければいいと、そうならなければいいと、互いに心の中でそう願っていた―――。

 風を切り流れていく景色を視界の端に捉えながら、フラムアークはどこか吹っ切れた心持ちになってスレンツェに語りかけた。

「―――ユーファ、可愛いよね」
「……ああ」
「優しくて温かくて、でも時々手厳しい」
「……。そうだな」
華奢きゃしゃな割に、胸はあるよね」
「……そこは口に出さずにしまっておけ」
「オレがこんな目でユーファを見ているって知ったら、ユーファはどんな反応をするかな」
「真っ赤な顔を見せられた後で、ハグ禁止だな」
「ああ……多分そうだね。想像出来過ぎる。それは嫌だな」
「オレとしては、今すぐに禁止したいところだがな」
「やっぱり、そうなんだ?」
「それはそうだろう」

 率直なやり取りを交わしながら、二人は馬を進めていく。

「……まさか、お前とこんな話をする日が来るとはな。時の流れか……予想だにしていなかったな」
「オレもだよ。何だか変な感じだね……でも仕方がないのかなとも思う。身近にあんな女性がいて、好きにならない方が難しいよね」
「……同感だ」
「はは。気が合うな」
「ここに関しては合わない方が良かったんだろうがな……」
「本当だね。でも、不思議と塞いだ気持ちにはなっていないんだ。スレンツェがごまかさずにきちんと向き合ってくれたからだろうな」

 いっそすがすがしいと思える表情で、フラムアークはスレンツェに笑いかける。

「スレンツェがオレを一人の男として認め、腹を割って話してくれた。男として、対等に扱ってくれた―――そのことが、純粋に嬉しい」
「……お前は本当に、呆れるくらい素直だな。調子が狂う」

 溜め息混じりにそう告げたスレンツェへ、フラムアークは追撃をかける。

恋敵ライバルになっても、スレンツェがオレにとってかけがえのない存在であることに変わりはないからね」
「……お前のその、恥ずかしげもなくそういうことを言えるところが、オレは苦手だ」
「はは、昔からそうだよね、スレンツェは。性分的にそういうことが言えないからって、昔からスレンツェの気持ちはユーファが代弁してくれていたものな」

 懐かしむようにそう言って、フラムアークは辛い過去を経て自らの片腕となってくれた黒髪の青年を見やる。

 先行する第四皇子達の後ろを走る馬車の御者は、親しそうに会話を交わす二人の様子を眺めやり、心の中で「楽しそうだなぁ」と羨んだ。

 何を話しているのかは聞き取れないが、主従の垣根を感じさせない彼らの様子は、まるで仲の良い兄弟のようだ。

 複雑な間柄であるはずなのに何故か強い信頼関係が築かれている第四皇子の主従関係は皇族の中でもひと際異彩を放っていると言われているが、実際にその光景を目の当たりにして、評判に偽りなしと納得した。

 何故なら、彼らの表情が、雰囲気が、雄弁にそれを物語っているからである。

「……。これから遠くへ仕事に行くってのに……二人とも、何だかいい顔してんなぁ……」

 独りごちた御者の呟きは、誰の耳に届くでもなく、風に乗って空の彼方へと消えていった―――。 
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