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番外編 第五皇子側用人は見た!
bittersweet
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大帝国の皇子達の部屋はそれぞれ、居室・寝室・執務室の三室からなっている。
自身の執務室で溜まっていたつまらない書類を片付けていた十八歳の第五皇子エドゥアルトは、ひとつ息をついて、冬晴れの柔らかな日差しが入り込む窓の外を見やった。
こんな日は退屈な執務に身を置くのではなく、外で伸び伸びと身体を動かしていたいものだ。必要だとは分かっているが、窮屈なデスクワークはどうしても自分の性に合わない。
室内に視線を戻すと、側用人のハンスがやはりデスクに向かい書類を片付けていた。有力貴族を父に持つ彼は、色素が薄い長めの金髪をオールバックにした地味な顔立ちの青年だが、穏やかな性格で口数が少なく、仕事が出来るところがエドゥアルトは気に入っている。存在感が薄くて気配をあまり感じさせないところもいい。
さて、もうひと頑張りするか―――。
つまらない仕事に再び取りかかろうとしたエドゥアルトは、雑なノックと共に勢いよく開け放たれたドアによってそれを阻害された。
「エドゥアルト様ー、お届け物ですよー!」
ハンスとは正反対の存在感ありまくりの大声でそう言いながら室内へ入ってきたのは、彼の護衛役を務める狼犬族の女剣士、ラウルである。平積みにされた小包を両手いっぱいに抱えた彼女は、それを空いているデスクの上へどっさりと置いた。
大量の小包はどれもこれも色とりどりの包装紙で可愛らしくラッピングされており、ひと目で女性からと分かるものだ。第五皇子との仲を繋ぎ止めたい貴族の令嬢達が贈って寄越したものだろう。
しかし、今日はその数がいやに多い。
「何だ? 今日は何か特別な日だったか?」
少なくとも誕生日ではない。心当たりのないエドゥアルトはハンスにそう尋ねた。思案する面持ちになったハンスの目線の先で、小包に鼻を近付けたラウルが自信満々に断言する。
「これ、中身は全部チョコレートですね! 間違いない!」
それを聞いたハンスは合点のいった顔になった。
「バレンタインデーというイベントの贈り物ですね、きっと」
耳慣れないその名称に、エドゥアルトは黄味の強いトパーズの瞳を瞬かせる。
「バレンタインデー? 何だそれは?」
「シュタウト共和国の菓子店が数年前に発案したイベントで、一年に一度、女性が意中の男性にチョコレートを贈って愛を伝えるというものらしいです。それが女性達の間で爆発的な支持を得まして、年ごとに国を越えて広まっているという話を聞き及んでいます。それがついに帝国まで押し寄せてきて、流行に敏感なご令嬢方がいち早く取り入れられたのではないかと」
「これが全部チョコレートだと?」
エドゥアルトは整った顔を盛大にしかめて、デスク上に置かれた色とりどりの小包の山を見やった。
彼は、甘いものが苦手なのだ。
「ちなみにそれに対するホワイトデーという返礼イベントもあるようでして、何でもバレンタインデーにチョコレートを贈られた男性が女性に気持ちをお返しする日だとか」
「何だそれは……シュタウトの菓子店め、はた迷惑なイベントを考えやがって……」
「エドゥアルト様、甘いものも面倒臭いことも嫌いですもんねー」
苦虫を噛み潰したような面持ちのエドゥアルトとは対照的に、からかい口調で主をこき下ろすラウルはニコニコとして、ひどく機嫌が良さそうだ。
その理由は、甘いもの好きな彼女はエドゥアルトに献上されてくる数々のスイーツの処理を担当しており、山のようなチョコレートを前に今、その使命感に燃えているからである。
「甘いものはいつも通り私が責任を持って片付けますし、面倒臭いことはハンスが片付けてくれるでしょうから、エドゥアルト様は送り主だけ把握しておけばいいんじゃないですか?」
「それが充分面倒臭いんだよ……」
苦り切るエドゥアルトにラウルはやや冷たくなった眼差しを向けて、皮肉混じりの忠告をする。
「あんまり物ぐさだと、ご令嬢方に愛想を尽かされちゃいますよー? 夜のお相手がいなくなっちゃっても知りませんからね」
「要らん心配だ。第五皇子の看板に群がってくる卑しい女など、いくらでも沸いてくる」
「わー、エドゥアルト様サイッテー」
主に対して歯に衣着せぬラウルの物言いも物言いだが、対するエドゥアルトの返答もひどい。
いつもの流れでここからラウルの爆食タイムが始まると察したハンスは、お茶の用意をすべく静かに席を立った。それに気付いたラウルが、彼の背中に声をかける。
「あー、ハンス、私今日はミルクがいいな!」
無言で頷いたハンスの背後でエドゥアルトがラウルを揶揄する声が聞こえた。
「子ども舌だな、お前は」
「そうやって人の嗜好に文句付けないで下さいよ。チョコレートにはミルクが合うんです! この取り合わせの魅力が分からないなんて可哀想!」
「はん、分かりたくもない」
「わー、可愛くない! そんなあげつらうようなことばっかり言ってると、今に痛い目に遭いますからね!」
ぎゃあぎゃあとくだらない応酬で騒がしくなるのは、第五皇子の執務室では日常茶飯事だ。
初見の者なら「エドゥアルト様に向かってあんな口を……」と青ざめるところだろうが、とうに慣れっこのハンスは背後の喧騒を聞き流し、こなれた手つきで三人分の飲み物を用意する。
エドゥアルトにはブラックコーヒー、ラウルには今朝搾りたてのミルク、自分にはそのミルクを少し足したミルクティー。
「ハンス、ありがとう」
ミルクをひと口飲んで機嫌を取り直したラウルは「まずは男爵家ご令嬢ミレイ様~」と言いながら、早速ピンク色のリボンの包装を解き始めた。
箱の蓋を開けると仄かな甘い香りが室内に広がり、エドゥアルトとハンスもバレンタインのチョコレートとは如何なるものかと興味深げな視線を向ける。
「わー、いい香り。それに何だかお上品な見た目ですよ、ほら」
ハートやひし形など、ひと口大の様々な形が模されたシックなチョコレートが詰まった箱の中身を男達に見せながら、ラウルはその中のひと粒をつまんで口に頬張ると、この上なく幸せそうな顔になった。
「んー、美味しい~! 甘過ぎなくて、なめらかで、口溶け最高です!」
それを皮切りに、彼女は次々と小包を開け、綺麗にたいらげながら、見た目や味わい、食感について感想を述べていく。エドゥアルトは一応それに耳を傾けながら、データとして記憶していくのだ。
「皆さんやっぱり、エドゥアルト様が甘いものを好きじゃないって知っているから、どれもビターで甘さ控え目ですね。トッピングも甘いものの上乗せじゃなくて、ナッツやお酒といったものですし」
そんなラウルに対し、エドゥアルトは憤懣やる方ない溜め息を返す。
「僕としては、知ってるなら甘いものを贈ってくるなという話だがな……」
「それはあのー、あれじゃないですか? 女子としては一度は流行りものに乗っておかねばっていう変な女子意識というか……あとは、甘いもの好きな女子の心情として、好きな人と自分の好きな味をちょっとでも共有出来たら嬉しいなっていう、乙女心?」
ラウルは一応令嬢達を擁護する言葉をかけてみたが、不機嫌モードのエドゥアルトにすげなく一蹴された。
「知るか」
あー、こりゃダメだ。女子力の高さや気持ちの大きさをアピールしたかったのかもしれないけど、エドゥアルト様相手にこれは、完全なマイナスポイントだわ~。
心の中で天を仰ぎながら、どれもみんな美味しかったチョコレートがひと口もエドゥアルト自身に食べてもらえず終わろうとしているこの状況に、ラウルの胸は少しだけ痛んだ。
いつものスイーツとは違って、これは「バレンタイン」というイベントの、特別な意味がこもったチョコレートだという意識があるからだ。
中には時間をかけて、精一杯の気持ちを込めて、これを作ったご令嬢もいたんじゃないだろうか。
それを自分だけが食べて終わってしまうのが何となく忍びなくて、ラウルは最後のひと箱のチョコレートをハンスにも勧めた。
「ハンスも甘いものはあまり得意じゃないけど、エドゥアルト様ほど苦手じゃなかったよね? 良かったら食べてみない?」
本当はエドゥアルトに勧めたいところなのだが、不機嫌さに拍車をかけてしまうのが目に見えているので、ハンスに代役を頼んだ格好だ。
「……じゃあ、ひとつくらいなら」
「ひとつと言わず何個か食べてみなよー。せっかくだし、甘さ控え目で本当に美味しいから」
「いや、ひとつで充分。美味しいと言えば美味しいのかもしれないが、やはり私には少し甘いかな」
「ええ?」
ラウルは小さな落胆を覚えると同時に、得も言われぬ憤りを感じて眉を跳ね上げた。
世の中には甘いもの好きの男だっているのだろうに、どうしてここの男達はそろいもそろって甘いものが苦手ときて、この美味しさにこれっぽちも共感してくれないのか。
あくまで嗜好の問題であり、彼らに非はなかったのだが、妙な義憤に駆られたラウルはひとつで済ませてなるものかと、残りのチョコを手に取った。
「じゃあほら、これは私からのバレンタインチョコだと思って。こっちは多分、色的にさっきのよりビターじゃないかな?」
言いながら、チョコレートを食べ終えたばかりのハンスの口にひょいひょいと何粒か突っ込む。
「うぐっ! ちょ、ラッ、ラウル」
突然の暴挙に、目を白黒させながら必死に口を閉ざして抵抗するハンス。それを見かねたエドゥアルトが席を立って足早に歩み寄り、ラウルの手首を掴んだ―――そう、二人は思ったのだが。
第五皇子の口から放たれた言葉は、彼らの予想の斜め上を行くものだった。
「―――馬鹿が。お前がバレンタインのチョコを渡すというなら、主の僕に一番に寄越すのが順当だろうが!」
……。え……!?
まさかの発言に思わず動きを止めた二人の前で、不愉快極まりない顔でそう言ってのけたエドゥアルトは、目を瞠るラウルの指から直接、チョコレートを口に含んだのだ。
「……クソ甘いな」
眉間にしわを寄せて呟きながら、エドゥアルトは呆然としているラウルに尋ねる。
「ハンスの口にいくつ突っ込んだ?」
「え? あー……二個? 三個かな?」
目でハンスに確認を取ると、チョコレートで口がいっぱいの彼に指で三と示された。
「じゃああと三つだ。三つ寄越せ」
「ええーと……ハンスみたいに直接口に突っ込んでいいんですか?」
「は? いいわけがないだろうが」
額に青筋を立ててにらみつけられ、ラウルが首を竦めているうちに気を利かせたハンスが皿を持ってきた。そこにラウルがチョコレートを三つ取り分けて差し出すと、それを受け取ったエドゥアルトは憮然とした面持ちのまま、無言で席へと戻っていった。
指先に残るエドゥアルトの熱と感触に、ラウルはらしくもなく少々動揺してしまった自分を意識する。
―――ビッ……クリしたぁ。まさか、あんな形でエドゥアルト様の自己顕示欲が発動するとは。身体は大きくなっても中身はまだまだ……。
「子どもだなぁ……」
でも、おかげでチョコレートの供養が出来たから、まあ結果オーライだ。
くすりと笑って、満足げに頷いた彼女の呟きを耳にしたハンスは一人、内心でこう突っ込んだ。
いや、あれはそういう類の独占欲ではないだろう、と―――。
あの甘いものを毛嫌いしている主がそこを押してまで、しかも手ずから直接口にするというあんな形で、なお且つハンスよりひとつ多い量にこだわって、ラウルからのチョコを受け取った意味。
―――いや、まさか、エドゥアルト様がそう来るとは。
エドゥアルト自身にその自覚があるのかどうかは推し量り難かったが、ラウルに関しては完全に無自覚だ。しかも当事者達は既に平常モードに戻っているというのに、ハンスだけが、腹の底から込み上げてくるムズムズ感に翻弄されてしまっている状況である。この何とも言えない不条理感をどう表現したらよいものか。
口の中に残る甘ったるい後味とリンクする衝撃的な甘酸っぱさに苛まれながら、優秀な側用人ハンスは、とりあえずこの件を自分の胸だけにしまっておこうと心に決めた。
そして期せずして自分から困難な状況を招いてしまったエドゥアルトは、時間をかけて苦心しながら、どうにかそのチョコレートを食べ切ったのだ―――。
<完>
自身の執務室で溜まっていたつまらない書類を片付けていた十八歳の第五皇子エドゥアルトは、ひとつ息をついて、冬晴れの柔らかな日差しが入り込む窓の外を見やった。
こんな日は退屈な執務に身を置くのではなく、外で伸び伸びと身体を動かしていたいものだ。必要だとは分かっているが、窮屈なデスクワークはどうしても自分の性に合わない。
室内に視線を戻すと、側用人のハンスがやはりデスクに向かい書類を片付けていた。有力貴族を父に持つ彼は、色素が薄い長めの金髪をオールバックにした地味な顔立ちの青年だが、穏やかな性格で口数が少なく、仕事が出来るところがエドゥアルトは気に入っている。存在感が薄くて気配をあまり感じさせないところもいい。
さて、もうひと頑張りするか―――。
つまらない仕事に再び取りかかろうとしたエドゥアルトは、雑なノックと共に勢いよく開け放たれたドアによってそれを阻害された。
「エドゥアルト様ー、お届け物ですよー!」
ハンスとは正反対の存在感ありまくりの大声でそう言いながら室内へ入ってきたのは、彼の護衛役を務める狼犬族の女剣士、ラウルである。平積みにされた小包を両手いっぱいに抱えた彼女は、それを空いているデスクの上へどっさりと置いた。
大量の小包はどれもこれも色とりどりの包装紙で可愛らしくラッピングされており、ひと目で女性からと分かるものだ。第五皇子との仲を繋ぎ止めたい貴族の令嬢達が贈って寄越したものだろう。
しかし、今日はその数がいやに多い。
「何だ? 今日は何か特別な日だったか?」
少なくとも誕生日ではない。心当たりのないエドゥアルトはハンスにそう尋ねた。思案する面持ちになったハンスの目線の先で、小包に鼻を近付けたラウルが自信満々に断言する。
「これ、中身は全部チョコレートですね! 間違いない!」
それを聞いたハンスは合点のいった顔になった。
「バレンタインデーというイベントの贈り物ですね、きっと」
耳慣れないその名称に、エドゥアルトは黄味の強いトパーズの瞳を瞬かせる。
「バレンタインデー? 何だそれは?」
「シュタウト共和国の菓子店が数年前に発案したイベントで、一年に一度、女性が意中の男性にチョコレートを贈って愛を伝えるというものらしいです。それが女性達の間で爆発的な支持を得まして、年ごとに国を越えて広まっているという話を聞き及んでいます。それがついに帝国まで押し寄せてきて、流行に敏感なご令嬢方がいち早く取り入れられたのではないかと」
「これが全部チョコレートだと?」
エドゥアルトは整った顔を盛大にしかめて、デスク上に置かれた色とりどりの小包の山を見やった。
彼は、甘いものが苦手なのだ。
「ちなみにそれに対するホワイトデーという返礼イベントもあるようでして、何でもバレンタインデーにチョコレートを贈られた男性が女性に気持ちをお返しする日だとか」
「何だそれは……シュタウトの菓子店め、はた迷惑なイベントを考えやがって……」
「エドゥアルト様、甘いものも面倒臭いことも嫌いですもんねー」
苦虫を噛み潰したような面持ちのエドゥアルトとは対照的に、からかい口調で主をこき下ろすラウルはニコニコとして、ひどく機嫌が良さそうだ。
その理由は、甘いもの好きな彼女はエドゥアルトに献上されてくる数々のスイーツの処理を担当しており、山のようなチョコレートを前に今、その使命感に燃えているからである。
「甘いものはいつも通り私が責任を持って片付けますし、面倒臭いことはハンスが片付けてくれるでしょうから、エドゥアルト様は送り主だけ把握しておけばいいんじゃないですか?」
「それが充分面倒臭いんだよ……」
苦り切るエドゥアルトにラウルはやや冷たくなった眼差しを向けて、皮肉混じりの忠告をする。
「あんまり物ぐさだと、ご令嬢方に愛想を尽かされちゃいますよー? 夜のお相手がいなくなっちゃっても知りませんからね」
「要らん心配だ。第五皇子の看板に群がってくる卑しい女など、いくらでも沸いてくる」
「わー、エドゥアルト様サイッテー」
主に対して歯に衣着せぬラウルの物言いも物言いだが、対するエドゥアルトの返答もひどい。
いつもの流れでここからラウルの爆食タイムが始まると察したハンスは、お茶の用意をすべく静かに席を立った。それに気付いたラウルが、彼の背中に声をかける。
「あー、ハンス、私今日はミルクがいいな!」
無言で頷いたハンスの背後でエドゥアルトがラウルを揶揄する声が聞こえた。
「子ども舌だな、お前は」
「そうやって人の嗜好に文句付けないで下さいよ。チョコレートにはミルクが合うんです! この取り合わせの魅力が分からないなんて可哀想!」
「はん、分かりたくもない」
「わー、可愛くない! そんなあげつらうようなことばっかり言ってると、今に痛い目に遭いますからね!」
ぎゃあぎゃあとくだらない応酬で騒がしくなるのは、第五皇子の執務室では日常茶飯事だ。
初見の者なら「エドゥアルト様に向かってあんな口を……」と青ざめるところだろうが、とうに慣れっこのハンスは背後の喧騒を聞き流し、こなれた手つきで三人分の飲み物を用意する。
エドゥアルトにはブラックコーヒー、ラウルには今朝搾りたてのミルク、自分にはそのミルクを少し足したミルクティー。
「ハンス、ありがとう」
ミルクをひと口飲んで機嫌を取り直したラウルは「まずは男爵家ご令嬢ミレイ様~」と言いながら、早速ピンク色のリボンの包装を解き始めた。
箱の蓋を開けると仄かな甘い香りが室内に広がり、エドゥアルトとハンスもバレンタインのチョコレートとは如何なるものかと興味深げな視線を向ける。
「わー、いい香り。それに何だかお上品な見た目ですよ、ほら」
ハートやひし形など、ひと口大の様々な形が模されたシックなチョコレートが詰まった箱の中身を男達に見せながら、ラウルはその中のひと粒をつまんで口に頬張ると、この上なく幸せそうな顔になった。
「んー、美味しい~! 甘過ぎなくて、なめらかで、口溶け最高です!」
それを皮切りに、彼女は次々と小包を開け、綺麗にたいらげながら、見た目や味わい、食感について感想を述べていく。エドゥアルトは一応それに耳を傾けながら、データとして記憶していくのだ。
「皆さんやっぱり、エドゥアルト様が甘いものを好きじゃないって知っているから、どれもビターで甘さ控え目ですね。トッピングも甘いものの上乗せじゃなくて、ナッツやお酒といったものですし」
そんなラウルに対し、エドゥアルトは憤懣やる方ない溜め息を返す。
「僕としては、知ってるなら甘いものを贈ってくるなという話だがな……」
「それはあのー、あれじゃないですか? 女子としては一度は流行りものに乗っておかねばっていう変な女子意識というか……あとは、甘いもの好きな女子の心情として、好きな人と自分の好きな味をちょっとでも共有出来たら嬉しいなっていう、乙女心?」
ラウルは一応令嬢達を擁護する言葉をかけてみたが、不機嫌モードのエドゥアルトにすげなく一蹴された。
「知るか」
あー、こりゃダメだ。女子力の高さや気持ちの大きさをアピールしたかったのかもしれないけど、エドゥアルト様相手にこれは、完全なマイナスポイントだわ~。
心の中で天を仰ぎながら、どれもみんな美味しかったチョコレートがひと口もエドゥアルト自身に食べてもらえず終わろうとしているこの状況に、ラウルの胸は少しだけ痛んだ。
いつものスイーツとは違って、これは「バレンタイン」というイベントの、特別な意味がこもったチョコレートだという意識があるからだ。
中には時間をかけて、精一杯の気持ちを込めて、これを作ったご令嬢もいたんじゃないだろうか。
それを自分だけが食べて終わってしまうのが何となく忍びなくて、ラウルは最後のひと箱のチョコレートをハンスにも勧めた。
「ハンスも甘いものはあまり得意じゃないけど、エドゥアルト様ほど苦手じゃなかったよね? 良かったら食べてみない?」
本当はエドゥアルトに勧めたいところなのだが、不機嫌さに拍車をかけてしまうのが目に見えているので、ハンスに代役を頼んだ格好だ。
「……じゃあ、ひとつくらいなら」
「ひとつと言わず何個か食べてみなよー。せっかくだし、甘さ控え目で本当に美味しいから」
「いや、ひとつで充分。美味しいと言えば美味しいのかもしれないが、やはり私には少し甘いかな」
「ええ?」
ラウルは小さな落胆を覚えると同時に、得も言われぬ憤りを感じて眉を跳ね上げた。
世の中には甘いもの好きの男だっているのだろうに、どうしてここの男達はそろいもそろって甘いものが苦手ときて、この美味しさにこれっぽちも共感してくれないのか。
あくまで嗜好の問題であり、彼らに非はなかったのだが、妙な義憤に駆られたラウルはひとつで済ませてなるものかと、残りのチョコを手に取った。
「じゃあほら、これは私からのバレンタインチョコだと思って。こっちは多分、色的にさっきのよりビターじゃないかな?」
言いながら、チョコレートを食べ終えたばかりのハンスの口にひょいひょいと何粒か突っ込む。
「うぐっ! ちょ、ラッ、ラウル」
突然の暴挙に、目を白黒させながら必死に口を閉ざして抵抗するハンス。それを見かねたエドゥアルトが席を立って足早に歩み寄り、ラウルの手首を掴んだ―――そう、二人は思ったのだが。
第五皇子の口から放たれた言葉は、彼らの予想の斜め上を行くものだった。
「―――馬鹿が。お前がバレンタインのチョコを渡すというなら、主の僕に一番に寄越すのが順当だろうが!」
……。え……!?
まさかの発言に思わず動きを止めた二人の前で、不愉快極まりない顔でそう言ってのけたエドゥアルトは、目を瞠るラウルの指から直接、チョコレートを口に含んだのだ。
「……クソ甘いな」
眉間にしわを寄せて呟きながら、エドゥアルトは呆然としているラウルに尋ねる。
「ハンスの口にいくつ突っ込んだ?」
「え? あー……二個? 三個かな?」
目でハンスに確認を取ると、チョコレートで口がいっぱいの彼に指で三と示された。
「じゃああと三つだ。三つ寄越せ」
「ええーと……ハンスみたいに直接口に突っ込んでいいんですか?」
「は? いいわけがないだろうが」
額に青筋を立ててにらみつけられ、ラウルが首を竦めているうちに気を利かせたハンスが皿を持ってきた。そこにラウルがチョコレートを三つ取り分けて差し出すと、それを受け取ったエドゥアルトは憮然とした面持ちのまま、無言で席へと戻っていった。
指先に残るエドゥアルトの熱と感触に、ラウルはらしくもなく少々動揺してしまった自分を意識する。
―――ビッ……クリしたぁ。まさか、あんな形でエドゥアルト様の自己顕示欲が発動するとは。身体は大きくなっても中身はまだまだ……。
「子どもだなぁ……」
でも、おかげでチョコレートの供養が出来たから、まあ結果オーライだ。
くすりと笑って、満足げに頷いた彼女の呟きを耳にしたハンスは一人、内心でこう突っ込んだ。
いや、あれはそういう類の独占欲ではないだろう、と―――。
あの甘いものを毛嫌いしている主がそこを押してまで、しかも手ずから直接口にするというあんな形で、なお且つハンスよりひとつ多い量にこだわって、ラウルからのチョコを受け取った意味。
―――いや、まさか、エドゥアルト様がそう来るとは。
エドゥアルト自身にその自覚があるのかどうかは推し量り難かったが、ラウルに関しては完全に無自覚だ。しかも当事者達は既に平常モードに戻っているというのに、ハンスだけが、腹の底から込み上げてくるムズムズ感に翻弄されてしまっている状況である。この何とも言えない不条理感をどう表現したらよいものか。
口の中に残る甘ったるい後味とリンクする衝撃的な甘酸っぱさに苛まれながら、優秀な側用人ハンスは、とりあえずこの件を自分の胸だけにしまっておこうと心に決めた。
そして期せずして自分から困難な状況を招いてしまったエドゥアルトは、時間をかけて苦心しながら、どうにかそのチョコレートを食べ切ったのだ―――。
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