病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋

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本編

十九歳③

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 期せずして眠れぬ夜を過ごすことになってしまった私は翌日、レムリアが仕事を終える頃合いを見計らって、保護宮の彼女の元を訪ねていた。

「ユーファ! こんな時間に珍しいね、どうしたの?」

 人懐っこいトルマリン色の瞳をまん丸に見開いて迎え入れてくれた彼女に、私は力ない笑みを返す。

「んー、ちょっと元気を分けてもらいたくて」

 色々考えすぎて疲れたのと、フラムアークに昨日早く寝ると言った手前、寝不足を悟られるわけにもいかず、妙な心配をかけないように気を張ったこと、それにスレンツェのことも変に意識してしまい、彼に対していつも通り振る舞おうとしゃかりきになってしまったこと、様々なことが重なって、精神的にひどく消耗してしまったのだ。

 自分の気持ちも何だかぐしゃぐしゃになっていて、誰かに話を聞いてもらいたかった。そんな思いから、助けを求めるようにここへとやって来たのだ。

「仕事がらみで何かあったの? また貴族の令嬢達から嫌がらせを受けてるとか? よしよし、お姉さんに話してごらん? 楽になるよー」
「仕事がらみと言えば仕事がらみだけど、そういうんじゃないの。私自身の心構えの問題というか……色々あって、ちょっと落ち込んでしまって」
「任せて! 今ならあたし、ちょーたくさん元気を分けてあげられる自信がある! どんとこーい!」

 両手を大きく広げて、レムリアは頼もしく私を受け入れてくれる姿勢を示した。そんな彼女の明るさに引きずられて、私の表情も自然とほころぶ。

「ありがとう。レムリアは何かいいことがあったの?」
「うふふ。実はそうなんだよ~! ちょうどユーファに会って話したいな~って思っていたところだったから、訪ねてきてくれて嬉しいビックリだった!」
「ええ、何? 何があったの? 気になるじゃない」
「いやいや、あたしのは後でいいから―! まずはユーファだよ。さ、話してみ?」

 そう促されて、私は少しためらいながら口を開いた。

「……ここだけの話にしてほしいんだけど」
「うんうん、もちろんだよ! 分かってる!」

 レムリアがこう見えて口が固いなのは分かっている。けれど一応そう前置きをしてから、私はとつとつと話し始めた。

「……私、どうやら子離れ出来ていなかったみたいなの。ダメ親だったみたいなの……」
「はい?」
「実は―――……」

 私の話を聞き終えたレムリアは、細い眉を寄せて少し難しい顔になった。

「ねえユーファ、それって母性からくるものだったのかな? 女としての情動だったりはしない?」
「え?」
「ユーファはフラムアーク様が小さい頃から見ているわけだし、半分育ての親みたいな心境だっていうのも分かるから、微妙と言えば微妙なんだけどさ……。何か今、話を聞いていて、フラムアーク様とアデリーネ様がどうこうっていうよりは、彼が『可愛い』っていう言葉を彼女に使ったことに対してショックを受けているように感じられたから」
「……? よく分からないわ……それって、どこか違うの?」
「うーん、難しい理屈としては説明出来ないけどー、あたしが直感的に感じた印象としては!」

 レムリアはそう言い置いて、彼女なりの解釈を説明した。

「可愛いっていう言葉って、言われたら単純に女としては嬉しい言葉じゃない? 『人』としてじゃなく、『女』として嬉しいっていうか。あたしはそうなんだけど。
それをさ、子どもの頃からとはいえ、一人の男にずっと言われ続けたら、無意識に意識するっていうか、特別な言葉になるんじゃないかな? って思って。それを自分以外の女に使っているのを初めて聞いちゃったのが、ショックの大元なんじゃないのかなーと。聞いてて、そんな気がしたんだけど」

 つまり……刷り込みによるショックみたいなものってこと?

「……。だとしたら、何だか私、痛い人みたいじゃない?」
「痛くないよー! ユーファは痛くなんかない!」

 レムリアは首を左右に振って、全力で否定した。

「フラムアーク様、いい男になったし! そんな人に『可愛い』って言われ続けたら、大抵の女は意識しちゃうよ! あたしがユーファだったら、彼のこと絶対に意識しちゃうもの! やむを得ないって!
……たださ、彼が人間の、年相応の相手に想いを寄せているようなら、こっちとしてはやっぱり、静かに引いて見守ってあげるのが正解なんだろうなぁって思うけど……。スゴくお似合いだって、宮廷中で噂になっているもんね、二人」
「……。そうね……」

 私は下目がちに頷いた。

 傍から見て、絵になる二人だもの。本当にお似合いだと、私も思う。

 フラムアークに対してやましい想いを持っていたつもりはないけれど、ぽっかりと穴が開いてしまったようなこの気持ちには、そういう部分もあったのかな。心のどこかで彼に「可愛い」と言ってもらえるのを喜んでいる、女としての自分がいたのかな。

「それよりも、スレンツェ! ユーファ、スレンツェよ!!」

 私の様子を心配そうに見ていたレムリアは、暗い空気を払うように一転、目を輝かせてそう言うと、勢い込んで私の手を握り締めてきた。

「彼、絶っっ対にユーファに気があるよ! じゃなかったら、そんなこと言わないって!! ねっ、ユーファはどうなの!?」
「わ……私?」
「そう! ユーファ自身の気持ち! 種族の違いうんぬん難しいことは抜きにして、ユーファはスレンツェのこと、どう思っているの!?」

 私? 私は―――……。

 これまでの様々な出来事を振り返りながら、今までどこか意識的に考えないようにしていた、男性としてのスレンツェのことを初めて考えてみる。

 職場の同僚を異性として意識すると色々仕事がやりにくくなるし、そもそも同族間での婚姻しか認められていない兎耳族には人間を恋愛対象とすること自体が不毛で、そんなことは考える余地もない、無意味なことだと思っていた。

 けれど、そんなふうに自分に言い聞かせながらも、ふとした瞬間チラつくその可能性を心の奥底で感じていたことは否めない。ただ、こうして改めてそれを考えてみるなんて、臆病な私には一人では怖くてとても出来なかったことだった。

 レムリアの助けを得て、初めて―――勇気を出して、自分の心と向き合ってみる。

「―――わあ、ユーファが女の子の顔になった」

 固唾を飲んで見守っていたレムリアに、ほぅ、と感嘆の息を漏らされて、スレンツェのことを考えていた私は恥ずかしてくたまらなくなった。

 全身、真っ赤になっている自覚がある。くてんと兎耳が横になって、思わず自分の顔を両手で覆い隠した。

「初めて見たぁ。もぉ、ユーファったら可愛いなぁ~! あたしがスレンツェだったら、今この場で押し倒してる!」

 ぎゅうっと抱きつきながらそう言われて、私はただでさえ赤くなっている顔を更に赤くした。

「か、からかわないでよ」
「うふふ。宮廷ロマンス来た―――ッ! それで、いつから? いつからユーファは彼のことを意識していたワケ?」

 兎耳をぴるぴるしながら顔を覗き込まれて、私は唸るように声を絞り出した。

「……よく、分かんない。多分、色んな事が少しずつ、少しずつ積み重なって―――」

 きっかけは、彼が初めて弱みを見せてくれたあの時だろうか。それまで頑なに閉じていた扉を、私に向けて開けてくれた、あの瞬間からだろうか―――……。

「ちなみにあたしは彼のことを良く知らないんだけどぉ―――ユーファは彼のどんなところが好きなの? 教えてよ」
「どんなところ!?」

 頭の中に色んな情報が一気に思い浮かんで、自覚したばかりの感情に理性が付いて行かない。

「ま、待って待って。自分の気持ちに気付いたばかりで、頭の整理が追いつかない」

 顔面がゆだりそうな私を見て、レムリアはニヤーッと口角を上げた。

「ふふ~、自覚したての恋心に悶える乙女、見てて楽しいわぁ。同士よ! これから一緒に、禁断の恋を楽しもうねぇ~!」
「禁断の恋って」

 大袈裟な言い回しに赤面を返すと、レムリアは心底嬉しそうな笑顔を見せた。

「ユーファに好きな人が出来たことはもちろん嬉しいけど、それがまた、自分と同じ状況っていうのが何よりも心強くて嬉しいな! 何でも相談してね! あたしも色々相談するし」
「ありがとう……」
「にしても、同族間でしか婚姻を認めてくれない縛り、どうにかしてほしいよねぇ。両想いになってもイチャイチャ出来ないし、キスする場所を探すのもひと苦労だよ」

 ……あら?

 そんなレムリアの物言いに私はひとつ瞬きして、まじまじと彼女を見やった。

「レムリア。もしかして……?」
「うふふー。実はね、例の彼と両想いになれたの! これをユーファに報告したくって」

 ええっ!

「そうなの!? スゴいじゃない! おめでとう!」

 心の底から驚きながら、長かった彼女の片想いが報われたのを知って、私は胸が熱くなった。

「本当におめでとう……想いが伝わって、良かったわね」
「ふふ、ありがとう。きっとユーファもすぐなんじゃない?」
「私はそんな……まだ自分の気持ちに気が付いただけで、実際にスレンツェが私をどう思っているかは分からないし」

 立場的にも、おいそれと行動には移せない。皇帝の庇護下にある兎耳族が人間と不貞を働いたとなれば、主であるフラムアークの立場を失墜させかねないし、そんなことはスレンツェも望まないだろう。私だけの感情で彼らに迷惑をかけるわけには、いかない。

「二人が両片想いっていうのは間違いないと思うんだけどな~」
「……どうかしら」

 そう濁して、私はレムリアをせっついた。

「それよりも聞かせてよ、あなた達の詳しい経緯いきさつを。いつ付き合うことになったの?」
「待って待って。飲み物用意してからね!」

 そう言って席を立ったレムリアの背中を見やりながら、私は初めて自覚したスレンツェへの恋心が持つ危うさを、そっと胸に刻み込んだ。

 きっと、この想いは秘めていなければならないものだ。例えレムリアの言うように両想いであったとしても、この国の法律が変わらない限り、口にすることは許されない気持ちなのだ―――……。 
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