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宙を舞う首
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家路についてから数分後。
俺は足を止める。この路地を曲がると、奴隷として幽閉されていた施設がある。あそこは何だったのだろう――ふと疑問が湧く。戻るつもりは無かった。けれど今は興味が上回る。
今日の昼、俺はこの扉から出てきた。
扉のノブを回す。鍵は締まっていない。中を覗くと、見覚えのある廊下が伸びている。
でも、何だか違和感がある――顔を外に出し、建物の奥行きを確認する。屋内にある廊下の方が、明らかに長く見える。内部構造に対し、建物が小さ過ぎる。
夢だから、細かい部分は適当なのだろう。
とりあえず中に入る。元々居た場所なのだから、中に入る許可は要らないはず。
「そこの女、止まれ! どこから入ってきた?」
廊下を十歩程歩いたところで、守衛に捕捉される。
犬の糞の能力は、他人にも影響していた――ならば、何故捕捉された?
無意味な問答をするつもりは無い。この建物の出入口は、一つしか無かった。そこから入ってきたに決まっているだろう。
「ここは女人禁制だ。始末書を書くのは面倒だから、今回だけは見逃してやる。速やかに出ろ」
なるほど。女人禁制ならば、合点がいく。昼間、俺の性別が男から女へ変化したことで、規則との辻褄が合わなくなり、外に出されたというところ。
外に出る前に、ここに来た理由である、疑問を解消したい。
「ここは何の施設ですか?」
「剣闘士の房だ。さっさと出ろ」
別の男の声が、廊下に響く。
「侵入者を捕らえろ!」
『女人禁制だ』と言った衛兵が、俺の手を引っ張る。扉に向かって引きずられる。
《早く外に出ろ!!》
守衛の声が聞こえたのは、頭の中。
テレパシー的なものは、俺だけが使える特殊能力というわけではないようだ。専売特許ではないことを知り、残念に思った。
次の瞬間。床に押さえ付けられる。
「連行せよ」の号令とともに、足を持たれ、廊下を引きずられる。
顔が床と擦れて痛い。女は顔が命だというのに、この衛兵は扱いが酷過ぎる。
* * *
放り込まれた先は、天井が高く広い部屋。
俺に顔を近付ける、リーダー格のおっさん。際立って偉そうで横柄な態度。リーダーかは知らないが、下っ端ではなさそう。
「何処から入った?」
またこの質問。建物の外側には、出入口は一つしか無かった。もしかして、中から出入り出来る場所は複数あるのか?
俺はピンときた。守衛達はNPCだ。俺が何かを選択するまで、延々と同じ台詞を繰り返すだけの案山子。
初回の問いに、俺は質問で返した。だから、再び同じことを問われている。となると、俺は何か答えるべき状況だといえる。
「扉から入った」
「……侵入の目的を言え」
予想通り。答えたら、会話が進行した。
「この建物が何なのか気になった」
バシッ! 要求に応じた。にもかかわらず、突然、棒のような物で尻を叩かれた。
「吐くまで叩き続けろ」
なんだと!? 俺の選択により、物語が派生していくわけではなく、どう答えようが、結果が決まっているクソゲーかよ――早い段階で、NPCとの問答は、無意味で無価値だとわかって良かったと割り切ろう。
服を剥ぎ取られ、肌を直接叩かれる。
露わになっているのは、所詮犬の糞の身体。ここに居るのはNPCのみ。隠したいという恥じらいの感情は一切湧かない。他人事に思える程度の冷静さは保っている。
真実を伝えたのに、あしらわれた。言葉では、この理不尽な状況を脱することは出来ない。延々と、拷問が続くだろう――であれば、俺がすべきことは交渉ではなく、実力行使。
《我が身の周囲三センチの空気を圧縮せよ》
空気の鎧を纏い、打撃から身体を保護する。
《この空間の音を、集落中に伝播させよ》
今ここで起きている理不尽な出来事を、民衆に共有する。SNSを使った、拡散のような用途。
「冥土の土産に、教えてはくれんかの……集落に、盗賊を送り込んでおらぬか? 集落の周辺に、盗賊は居ないのに、何故か何度も湧く。何処から来ているのかと思ってな」
口調を失敗した――婆さんみたいになってしまった。
「あれは、盗賊じゃなくて剣闘士だ。お前らごときが敵う相手ではない」
「あっさり教えてくれるんだな」
「お前はここで死ぬんだ。教えたところでどうなるものでもない」
剣闘士は、自ら進んで盗賊行為をしているのだろうか。質問すれば、答えてくれそうだ。
「剣闘士を、洗脳でもしておるのか?」
「そうだ」
「つまり、剣闘士の意思では無いと――」
「うむ」
「最後に一つだけ。この施設は何なのだ?」
「ゲートウェイポータル。空間を繋ぐ神殿だ」
建物に入った際に感じた違和感。正体は、空間を無理矢理繋いでいることによる歪みだったのか。
「貴様らには勿体ない代物だな」
「血迷ったか。この女の命が絶えるまで、鞭で打て!」
ビュッ! バシン!!
「我が命ずる。この空間内の全洗脳を解け」
「戯言を抜かすな」
「其方らは、誰に何をしているか理解しておるか? 我を打てば、首が飛ぶぞ」
警告はした。それでも止めないのならば、至る結果は自業自得。
ビュッ!! 衛兵の首元の空気を圧縮し、一万倍速で戻す。すると、かまいたち現象により、首が宙を舞う。
「その首、誰が飛ばしたのかの?」
一部の衛兵が躊躇う。
「構わず打て!」
部下の命を、何とも思っていないクソ上司か。
ビュッ! 命令に従った衛兵の首が転がる――。
「いったい何個の首を転がせば、気が済むのかの? 一個、二個……」
俺に殺意を向けた衛兵の首が、淡々と落ちていく。
「〝命令に従っただけ〟という戯言は通じぬ。其方らは、死ねと言われたら死ぬ阿呆かの?」
「悪魔め!!」
「警告はした。一方的に矛を向けておきながら、何を申すのかと思えば戯れ言か」
「悪……」
リーダー格のおっさんの心臓の動きを、一万倍速にする。結果、全身が弾け飛んだ。機序は、急速に血液が作られ、血管が耐えられなくなったため、弾けた――というところか。
広範囲に飛び散り、汚物が降り注ぐ。これは、至近距離でするものではないと反省する。
「さて……其方らを縛るものは消えた。これから、どうするのじゃ? 我が所有物を傷付けた其方らを、許すつもりは無い。生涯を我に捧げる者に限り、償うための刻をくれてやってもいい。五秒以内に決断せよ。五、四、三、二、一」
この期に及んで、殺意を向けてきた二人の頭が弾け飛ぶ。
「只今より、其方らの主は我である。生涯を、我に捧げる事を誓え。本宣告をもって契約締結とする。異論がある者は、さよなら」
* * *
不服そうな者が居ないことを確認。
「部下の失敗は、上長が責任を持つもの……つまり、全て我が背負うということになる。恨み辛みがあれば、全て我に向けよ」
これは民衆に向けたメッセージ。
民衆が衛兵に復讐心を抱き、矛先を向けるようになると、負の連鎖が起きてしまう――。
《我が行った、全ての音の伝播、および空気の制御を解除せよ》
青ざめた顔で、呆然と立ち尽くす衛兵達――。
「我が居ては、愚痴もこぼせぬよな」
俺がどう思われようが、どうでもいい。
それに、この口調を続けるのは、しんどい。早く帰ろう――剥ぎ取られた際、床に投げ捨てられた服を拾い、羽織る。
今の状況に至るまでに、散々叩かれた。鞭は、空気の層を超えて皮膚を裂いた――身体はボロボロ。意識を保つ力は残っていなかった。歩きだそうとした瞬間、目の前が真っ白になりその場に倒れる。
《ナナ……ごめん。遅くな……》
プツッと、意識が消失する――。
俺は足を止める。この路地を曲がると、奴隷として幽閉されていた施設がある。あそこは何だったのだろう――ふと疑問が湧く。戻るつもりは無かった。けれど今は興味が上回る。
今日の昼、俺はこの扉から出てきた。
扉のノブを回す。鍵は締まっていない。中を覗くと、見覚えのある廊下が伸びている。
でも、何だか違和感がある――顔を外に出し、建物の奥行きを確認する。屋内にある廊下の方が、明らかに長く見える。内部構造に対し、建物が小さ過ぎる。
夢だから、細かい部分は適当なのだろう。
とりあえず中に入る。元々居た場所なのだから、中に入る許可は要らないはず。
「そこの女、止まれ! どこから入ってきた?」
廊下を十歩程歩いたところで、守衛に捕捉される。
犬の糞の能力は、他人にも影響していた――ならば、何故捕捉された?
無意味な問答をするつもりは無い。この建物の出入口は、一つしか無かった。そこから入ってきたに決まっているだろう。
「ここは女人禁制だ。始末書を書くのは面倒だから、今回だけは見逃してやる。速やかに出ろ」
なるほど。女人禁制ならば、合点がいく。昼間、俺の性別が男から女へ変化したことで、規則との辻褄が合わなくなり、外に出されたというところ。
外に出る前に、ここに来た理由である、疑問を解消したい。
「ここは何の施設ですか?」
「剣闘士の房だ。さっさと出ろ」
別の男の声が、廊下に響く。
「侵入者を捕らえろ!」
『女人禁制だ』と言った衛兵が、俺の手を引っ張る。扉に向かって引きずられる。
《早く外に出ろ!!》
守衛の声が聞こえたのは、頭の中。
テレパシー的なものは、俺だけが使える特殊能力というわけではないようだ。専売特許ではないことを知り、残念に思った。
次の瞬間。床に押さえ付けられる。
「連行せよ」の号令とともに、足を持たれ、廊下を引きずられる。
顔が床と擦れて痛い。女は顔が命だというのに、この衛兵は扱いが酷過ぎる。
* * *
放り込まれた先は、天井が高く広い部屋。
俺に顔を近付ける、リーダー格のおっさん。際立って偉そうで横柄な態度。リーダーかは知らないが、下っ端ではなさそう。
「何処から入った?」
またこの質問。建物の外側には、出入口は一つしか無かった。もしかして、中から出入り出来る場所は複数あるのか?
俺はピンときた。守衛達はNPCだ。俺が何かを選択するまで、延々と同じ台詞を繰り返すだけの案山子。
初回の問いに、俺は質問で返した。だから、再び同じことを問われている。となると、俺は何か答えるべき状況だといえる。
「扉から入った」
「……侵入の目的を言え」
予想通り。答えたら、会話が進行した。
「この建物が何なのか気になった」
バシッ! 要求に応じた。にもかかわらず、突然、棒のような物で尻を叩かれた。
「吐くまで叩き続けろ」
なんだと!? 俺の選択により、物語が派生していくわけではなく、どう答えようが、結果が決まっているクソゲーかよ――早い段階で、NPCとの問答は、無意味で無価値だとわかって良かったと割り切ろう。
服を剥ぎ取られ、肌を直接叩かれる。
露わになっているのは、所詮犬の糞の身体。ここに居るのはNPCのみ。隠したいという恥じらいの感情は一切湧かない。他人事に思える程度の冷静さは保っている。
真実を伝えたのに、あしらわれた。言葉では、この理不尽な状況を脱することは出来ない。延々と、拷問が続くだろう――であれば、俺がすべきことは交渉ではなく、実力行使。
《我が身の周囲三センチの空気を圧縮せよ》
空気の鎧を纏い、打撃から身体を保護する。
《この空間の音を、集落中に伝播させよ》
今ここで起きている理不尽な出来事を、民衆に共有する。SNSを使った、拡散のような用途。
「冥土の土産に、教えてはくれんかの……集落に、盗賊を送り込んでおらぬか? 集落の周辺に、盗賊は居ないのに、何故か何度も湧く。何処から来ているのかと思ってな」
口調を失敗した――婆さんみたいになってしまった。
「あれは、盗賊じゃなくて剣闘士だ。お前らごときが敵う相手ではない」
「あっさり教えてくれるんだな」
「お前はここで死ぬんだ。教えたところでどうなるものでもない」
剣闘士は、自ら進んで盗賊行為をしているのだろうか。質問すれば、答えてくれそうだ。
「剣闘士を、洗脳でもしておるのか?」
「そうだ」
「つまり、剣闘士の意思では無いと――」
「うむ」
「最後に一つだけ。この施設は何なのだ?」
「ゲートウェイポータル。空間を繋ぐ神殿だ」
建物に入った際に感じた違和感。正体は、空間を無理矢理繋いでいることによる歪みだったのか。
「貴様らには勿体ない代物だな」
「血迷ったか。この女の命が絶えるまで、鞭で打て!」
ビュッ! バシン!!
「我が命ずる。この空間内の全洗脳を解け」
「戯言を抜かすな」
「其方らは、誰に何をしているか理解しておるか? 我を打てば、首が飛ぶぞ」
警告はした。それでも止めないのならば、至る結果は自業自得。
ビュッ!! 衛兵の首元の空気を圧縮し、一万倍速で戻す。すると、かまいたち現象により、首が宙を舞う。
「その首、誰が飛ばしたのかの?」
一部の衛兵が躊躇う。
「構わず打て!」
部下の命を、何とも思っていないクソ上司か。
ビュッ! 命令に従った衛兵の首が転がる――。
「いったい何個の首を転がせば、気が済むのかの? 一個、二個……」
俺に殺意を向けた衛兵の首が、淡々と落ちていく。
「〝命令に従っただけ〟という戯言は通じぬ。其方らは、死ねと言われたら死ぬ阿呆かの?」
「悪魔め!!」
「警告はした。一方的に矛を向けておきながら、何を申すのかと思えば戯れ言か」
「悪……」
リーダー格のおっさんの心臓の動きを、一万倍速にする。結果、全身が弾け飛んだ。機序は、急速に血液が作られ、血管が耐えられなくなったため、弾けた――というところか。
広範囲に飛び散り、汚物が降り注ぐ。これは、至近距離でするものではないと反省する。
「さて……其方らを縛るものは消えた。これから、どうするのじゃ? 我が所有物を傷付けた其方らを、許すつもりは無い。生涯を我に捧げる者に限り、償うための刻をくれてやってもいい。五秒以内に決断せよ。五、四、三、二、一」
この期に及んで、殺意を向けてきた二人の頭が弾け飛ぶ。
「只今より、其方らの主は我である。生涯を、我に捧げる事を誓え。本宣告をもって契約締結とする。異論がある者は、さよなら」
* * *
不服そうな者が居ないことを確認。
「部下の失敗は、上長が責任を持つもの……つまり、全て我が背負うということになる。恨み辛みがあれば、全て我に向けよ」
これは民衆に向けたメッセージ。
民衆が衛兵に復讐心を抱き、矛先を向けるようになると、負の連鎖が起きてしまう――。
《我が行った、全ての音の伝播、および空気の制御を解除せよ》
青ざめた顔で、呆然と立ち尽くす衛兵達――。
「我が居ては、愚痴もこぼせぬよな」
俺がどう思われようが、どうでもいい。
それに、この口調を続けるのは、しんどい。早く帰ろう――剥ぎ取られた際、床に投げ捨てられた服を拾い、羽織る。
今の状況に至るまでに、散々叩かれた。鞭は、空気の層を超えて皮膚を裂いた――身体はボロボロ。意識を保つ力は残っていなかった。歩きだそうとした瞬間、目の前が真っ白になりその場に倒れる。
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