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第1章 アカデミー編
#05.K 学ぶ権利がある
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ナニモナイ辺境地区。最北端の村トーホー。
エリザヴェータがトーホーに来てから早五年。
学校法人設立登記を終え、ついにアカデミーが開校。
学ぶ権利があるのは、入学試験に合格した者、そしてトーホーに居住する全村民。トーホー外に居住している学生は、寮に入ることが可能。
設立者はナニモナイ辺境伯――ということになっている。真の設立者はエリザヴェータ。しかし名前を出されることを頑なに拒絶した。
アカデミーには身分を問わず入学可能。それどころか、トーホーの平民が無条件で入学できる。
貴族は、エリザヴェータが教育名目で民草を洗脳しようとしていると主張する。名声を得て、主権を得ようとしている。そのためにアカデミーという名の洗脳機関を設立すると――。
貴族には誰一人として、賛同者や支援者はいなかった。ナニモナイ辺境伯も、エリザヴェータの指示に従い、賛同しない立場をとっていた。
現在、エリザヴェータの消息は不明。
逃げ出したと噂されている。
エリザヴェータはいずれアカデミーに害をなす存在となると、エリザヴェータ自身が計画当初から危惧していた。関係者は、ありえない話と聞き流した。エリザヴェータが裏切るとは微塵も思っていない。まさか、貴族が徒党を組み、陥れようとするなんて予想だにしなかった。
エリザヴェータは、その対策として〝うれぴ〟と名乗り、別人格として過ごすようになった。意図はわからない。けれどエリザヴェータが言うことだから。ただそれだけの理由で、皆納得した。
エリザヴェータの名は、設立に至る過程で作成された書類上にしか出てこない。それが消息不明とされている理由。
貴族は、物語を創造し流布する。
エリザヴェータは悪事を働こうとしていたことがバレ、内乱罪の疑いで拘束されることを恐れ失踪。トーホーを統治するナニモナイ辺境伯が、運営を押し付けられるかたちで引き継いだと。
内乱の首謀者は、貴族だというのに――。
ナニモナイ辺境伯は、事実無根の噂を否定するよう進言した。けれどエリザヴェータは拒絶。
はなからアカデミーを運営したいわけではない。他の生徒と同じように、生徒の一人として過ごすことを望んでいる。アカデミーに悪い影響がないのであれば問題ない。そして、そんなことに興味はないと笑った。
* * *
エリザヴェータもとい、うれぴ姫はトーホー外の人と同じ条件で受験し、メアリと共に入学試験に合格した。
入学から三ヶ月。うれぴ姫の寝室。
五、四、三――。
「姫様、起きて! 遅れると、またお尻を叩かれるかな!」
懇願しているのはメイド服を着ている部外者。五年前、エリザヴェータが棺に入れ、森へ運んだかなぴ。今はうれぴ姫の部屋に住み着いている。
「叩かれるのは、かなぴのお尻だから構わないわ」
布団を頭まで被り、拒絶を態度で示すうれぴ姫。主が予定通りに行動できない原因は、メイドの職務怠慢。メイド長からのお仕置きを受けるのは、かなぴであり、うれぴ姫ではない。
「だーめーかーなー!」
かなぴは、うれぴ姫が両手でギュッと掴んでいる布団を剥ぎ取ろうと引っ張る。
うれぴ姫が両手をパッと離す。
『ドンッ』
かなぴが後方へ吹っ飛び、床に頭をぶつけた音。
*(フラッシュバックはじめ)
別の角度からもう一度。
『ドンッ』
スローモーションでもう一度。
『ド、ン、ッ』
ブルルンと波打つかなぴの頬肉が、衝撃の強さを物語る。
*(フラッシュバックおわり)
ぶつけた後頭部を手で押さえ、眉根を寄せるかなぴ。
「人の不幸で遊ぶのは良くないかな」
裏腹に、晴れやかな顔で目を輝かせるうれぴ姫。
「かなぴが代わりに行くなら、遅れないから万事解決だわ。そうしましょうよ」
*(妄想はじめ)
うれぴ姫とかなぴが横並びで映し出される。
当たり前のように流れるナレーション。
この素敵な声との付き合いは、かれこれ五年。今や、なくてはならない存在となっている。
「そんなこと、思ってないかな」
うれぴ姫とかなぴの外見は似ている。
身長は共に一四八センチ。体重と体型は同じ。肌の色や顔立ちにも差はない。瓜二つと表現しても過言ではない。
周囲の人間が二人を同一視せず見分けられている理由は、身なりが明らかに異なるため。
厳密には、かなぴはメイド風のコスプレ衣装を着ているだけでメイドではない。うれぴ姫が自分のメイドと認めているのは、メアリただ一人。
付け加えると、かなぴは生徒ではない。
トーホーの外で暮らしていたため、入学試験を受ける必要があった。しかし結果は不合格。生徒になることができなかった。
来年受験したとしても、入学試験に合格しなければ入学することはできない。しかし、トーホーの住人であれば誰でも入学できる制度を使えば、確実に入学できる。その要件を成立させるため、トーホー内にあるうれぴ姫の部屋に住み着いている。というのが真相。
とはいえ、勝手に住み着いている不審者が寮内をウロウロしていては、治安上の問題がある。
そして何よりも、うれぴ姫とかなぴの身体的特徴に類似点が多いことに起因し、身に覚えのない風評被害が生じることを懸念する。しかし、かなぴがメイド服を着用していれば見分けがつき、予期しない風評被害の発生を抑止できる。だから黙認しているに過ぎない。
話が逸れたので戻そう。
見える範囲では、うれぴ姫とかなぴの身体的特徴に明らかな差異はない。
ゆっくりと胸に近付くようにズームし、謎の技術により服だけが透過する映像。
「そういうことをするのは、やめてほしいかな」
ナレーションは、かなぴの瑣末な要求が聞こえていないかのように淡々と続く。
仕草や口調は異なる。それまで同じになってしまうと、最早同一人物。一人二役で構わないという話になってしまう。
ただ、うれぴ姫とかなぴは同室で過ごしていることもあり、真似ようとすれば細かな仕草に至るまで正確にトレースすることは可能だろう。
*(妄想おわり)
うれぴ姫と名乗り始めた時期は、うれぴ姫がメイド長と面識を得た後。メイド長は、うれぴ姫がエリザヴェータであることを知っている。
「バレて処刑されたくないかな」
処刑とは死刑のこと。穏やかでない表現だけれど、決して大袈裟ではない。皇族になりすます行為は、即ち国家転覆が目的と判断される。
必死なかなぴとは裏腹に、けろりとしているうれぴ姫。
「バレたとしても、お尻を叩かれるくらいではないの?」
*(回想はじめ)
かなぴのぷるんとしたお尻が叩かれる瞬間を捉えた映像が流れる。
尻肉が波打っている様子を見せつけるような、様々な視点からのスロー映像。
*(回想おわり)
かなぴはガタガタと震える。
「鞭打ちされると聞いたかな」
「大袈裟ね。お尻を叩くのも、鞭打ちではないの?」
*(フラッシュバックはじめ)
『ヒュッ』
鞭が当たるたび、ブルルンと波打つかなぴのお尻。
*(フラッシュバックおわり)
「鞭打ち、だったのかな」
回想映像の光景は、かなぴの背後で起きていたこと。実際には、かなぴは見ていない。そうだったことにしようとする謎の何かに屈するかなぴ。
「だったら同じじゃない! 今かなぴが行かなければ、遅れた罰で叩かれる。バレなければ叩かれずに済むわ。叩かれずに済む可能性があるのに、その可能性を自ら放棄するのかしら?」
* * *
食堂ドアの前。
食堂にはメイド長ぷんぷんが居る。
ぷんぷんは、五年前、かなぴに旅立ちを急かしたスーツ。うれぴ姫に弱味でも握られているのか、うれぴ姫に対してだけは腰が低い。
『トントントン』
食堂のドアを三回ノックし入室するうれぴ姫――の姿のかなぴ。
メイド長ぷんぷんが、かなぴの後方あたりに視線をやった後、首を傾げる。
「何故お一人なのですか?」
かなぴは、あるべきものがないことに気付く。
いつもうれぴ姫について食堂に来ている。当然ながら、かなぴが見ている視界の中に自分自身は存在しない。うれぴ姫しかいない。だから指摘されるまで違和感を抱いていなかった。
しかしぷんぷんにとっては、うれぴ姫が一人で居る光景は非日常。
不審がらせてしまったと悔いるかなぴ。
どう乗り切るか――あまり使う機会がない脳をフル稼働させる。
*(回想はじめ)
既視感がある光景。
かなぴのぷるんとしたお尻が叩かれる瞬間を捉えた映像が流れる。尻肉が波打っている様子を見せつけるような、様々な視点からのスロー映像。
普段流れる映像よりも鮮明。まるでフル稼働させた脳が、ここだけに使われているような――。
それはさておき、とりあえず流しておこうと言わんばかりに、フリー素材のような扱いを受けているかなぴのお尻。
「や、やめてほしいかな」
*(回想おわり)
*(妄想はじめ)
ゆっくりとかなぴの尻に近付くようにズームし、謎の技術により服だけが透過する映像。
(この技術は何なのかな?)
言葉にするのをグッと堪えるかなぴ。
*(妄想おわり)
お尻は、叩かれるためにあるのではない。
しつこく心をかき乱してくる煩悩を払うことに集中し、合間に状況整理を試みるかなぴ。
ぷんぷんの問いは、何故一人なのか。だった。ここに居る人物がうれぴ姫でないとは疑っていない様子。
ぷんぷんの目を、冷めた目でじっと見つめるかなぴ。うれぴ姫の声色を遣う。
「あら、ここには危険があるのかしら? あなたのことを信用しているから一人で来たのだけれど?」
ぷんぷんは視線をスッと足元に移し、頭を深く下げる。
「いえ。非礼をお許しください」
(バレてない。仕返ししても大丈夫かな)
かなぴは、お尻を叩かれた恨みを晴らしたい欲を抑え、ボロを出さないことだけに専念するよう、自分自身に言い聞かせる。
仕返ししたい。あの憎きお尻に――。
*(フラッシュはじめ)
ぷんぷんの尻に、雑にズームインする。
謎の技術も、へったくれもない雑さ。
(興味がないし、需要もないから適当に流したのはわかるかな。でも、復讐の対象だから、ゴゴゴ的な何かを期待していたかな)
色々思うところはあるけれど、グッと堪えるかなぴ。
*(フラッシュおわり)
見て見ぬふりをし、ぷんぷんの前を通り過ぎるかなぴ。食堂へは、ただ朝食を食べに来ただけ。そう言い聞かせる。
いつも通り席に着き、いつも通り卓上の食事を口へ運ぶ。
普段かなぴがしている給仕は、ぷんぷんが代行する。普段との違いはただそれだけ。
* * *
食事を終えたかなぴ。
食堂を出るために席を立つ。
ぷんぷんの前で足を止め、聞かせるように呟く。
「許していないから」
一度あることは二度あるという。
今回何事もなかったこと知ったうれぴ姫は、きっとまた一人で行くよう要求するはず。
ぷんぷんが、今後うれぴ姫が一人で居ることに触れることがないよう、釘を刺しておく必要があると考えた。
うれぴ姫の振りをしているかなぴは、頭が働く。
内心は、今すぐにでもぷんぷんのお尻を叩きたい。けれど、ぷんぷんと必要以上のやりとりをし、うれぴ姫でないとバレるリスクは負えない。
バレれば、ぷんぷんは必ず報復してくる。
(私のお尻は叩かれるためにあるのではないかな)
前言撤回。かなぴの頭の中はお尻のことで埋め尽くされている。
ぷんぷんの応答を待てばお尻を叩きたくなる。だから、応答を待つことなく食堂を出る。
エリザヴェータがトーホーに来てから早五年。
学校法人設立登記を終え、ついにアカデミーが開校。
学ぶ権利があるのは、入学試験に合格した者、そしてトーホーに居住する全村民。トーホー外に居住している学生は、寮に入ることが可能。
設立者はナニモナイ辺境伯――ということになっている。真の設立者はエリザヴェータ。しかし名前を出されることを頑なに拒絶した。
アカデミーには身分を問わず入学可能。それどころか、トーホーの平民が無条件で入学できる。
貴族は、エリザヴェータが教育名目で民草を洗脳しようとしていると主張する。名声を得て、主権を得ようとしている。そのためにアカデミーという名の洗脳機関を設立すると――。
貴族には誰一人として、賛同者や支援者はいなかった。ナニモナイ辺境伯も、エリザヴェータの指示に従い、賛同しない立場をとっていた。
現在、エリザヴェータの消息は不明。
逃げ出したと噂されている。
エリザヴェータはいずれアカデミーに害をなす存在となると、エリザヴェータ自身が計画当初から危惧していた。関係者は、ありえない話と聞き流した。エリザヴェータが裏切るとは微塵も思っていない。まさか、貴族が徒党を組み、陥れようとするなんて予想だにしなかった。
エリザヴェータは、その対策として〝うれぴ〟と名乗り、別人格として過ごすようになった。意図はわからない。けれどエリザヴェータが言うことだから。ただそれだけの理由で、皆納得した。
エリザヴェータの名は、設立に至る過程で作成された書類上にしか出てこない。それが消息不明とされている理由。
貴族は、物語を創造し流布する。
エリザヴェータは悪事を働こうとしていたことがバレ、内乱罪の疑いで拘束されることを恐れ失踪。トーホーを統治するナニモナイ辺境伯が、運営を押し付けられるかたちで引き継いだと。
内乱の首謀者は、貴族だというのに――。
ナニモナイ辺境伯は、事実無根の噂を否定するよう進言した。けれどエリザヴェータは拒絶。
はなからアカデミーを運営したいわけではない。他の生徒と同じように、生徒の一人として過ごすことを望んでいる。アカデミーに悪い影響がないのであれば問題ない。そして、そんなことに興味はないと笑った。
* * *
エリザヴェータもとい、うれぴ姫はトーホー外の人と同じ条件で受験し、メアリと共に入学試験に合格した。
入学から三ヶ月。うれぴ姫の寝室。
五、四、三――。
「姫様、起きて! 遅れると、またお尻を叩かれるかな!」
懇願しているのはメイド服を着ている部外者。五年前、エリザヴェータが棺に入れ、森へ運んだかなぴ。今はうれぴ姫の部屋に住み着いている。
「叩かれるのは、かなぴのお尻だから構わないわ」
布団を頭まで被り、拒絶を態度で示すうれぴ姫。主が予定通りに行動できない原因は、メイドの職務怠慢。メイド長からのお仕置きを受けるのは、かなぴであり、うれぴ姫ではない。
「だーめーかーなー!」
かなぴは、うれぴ姫が両手でギュッと掴んでいる布団を剥ぎ取ろうと引っ張る。
うれぴ姫が両手をパッと離す。
『ドンッ』
かなぴが後方へ吹っ飛び、床に頭をぶつけた音。
*(フラッシュバックはじめ)
別の角度からもう一度。
『ドンッ』
スローモーションでもう一度。
『ド、ン、ッ』
ブルルンと波打つかなぴの頬肉が、衝撃の強さを物語る。
*(フラッシュバックおわり)
ぶつけた後頭部を手で押さえ、眉根を寄せるかなぴ。
「人の不幸で遊ぶのは良くないかな」
裏腹に、晴れやかな顔で目を輝かせるうれぴ姫。
「かなぴが代わりに行くなら、遅れないから万事解決だわ。そうしましょうよ」
*(妄想はじめ)
うれぴ姫とかなぴが横並びで映し出される。
当たり前のように流れるナレーション。
この素敵な声との付き合いは、かれこれ五年。今や、なくてはならない存在となっている。
「そんなこと、思ってないかな」
うれぴ姫とかなぴの外見は似ている。
身長は共に一四八センチ。体重と体型は同じ。肌の色や顔立ちにも差はない。瓜二つと表現しても過言ではない。
周囲の人間が二人を同一視せず見分けられている理由は、身なりが明らかに異なるため。
厳密には、かなぴはメイド風のコスプレ衣装を着ているだけでメイドではない。うれぴ姫が自分のメイドと認めているのは、メアリただ一人。
付け加えると、かなぴは生徒ではない。
トーホーの外で暮らしていたため、入学試験を受ける必要があった。しかし結果は不合格。生徒になることができなかった。
来年受験したとしても、入学試験に合格しなければ入学することはできない。しかし、トーホーの住人であれば誰でも入学できる制度を使えば、確実に入学できる。その要件を成立させるため、トーホー内にあるうれぴ姫の部屋に住み着いている。というのが真相。
とはいえ、勝手に住み着いている不審者が寮内をウロウロしていては、治安上の問題がある。
そして何よりも、うれぴ姫とかなぴの身体的特徴に類似点が多いことに起因し、身に覚えのない風評被害が生じることを懸念する。しかし、かなぴがメイド服を着用していれば見分けがつき、予期しない風評被害の発生を抑止できる。だから黙認しているに過ぎない。
話が逸れたので戻そう。
見える範囲では、うれぴ姫とかなぴの身体的特徴に明らかな差異はない。
ゆっくりと胸に近付くようにズームし、謎の技術により服だけが透過する映像。
「そういうことをするのは、やめてほしいかな」
ナレーションは、かなぴの瑣末な要求が聞こえていないかのように淡々と続く。
仕草や口調は異なる。それまで同じになってしまうと、最早同一人物。一人二役で構わないという話になってしまう。
ただ、うれぴ姫とかなぴは同室で過ごしていることもあり、真似ようとすれば細かな仕草に至るまで正確にトレースすることは可能だろう。
*(妄想おわり)
うれぴ姫と名乗り始めた時期は、うれぴ姫がメイド長と面識を得た後。メイド長は、うれぴ姫がエリザヴェータであることを知っている。
「バレて処刑されたくないかな」
処刑とは死刑のこと。穏やかでない表現だけれど、決して大袈裟ではない。皇族になりすます行為は、即ち国家転覆が目的と判断される。
必死なかなぴとは裏腹に、けろりとしているうれぴ姫。
「バレたとしても、お尻を叩かれるくらいではないの?」
*(回想はじめ)
かなぴのぷるんとしたお尻が叩かれる瞬間を捉えた映像が流れる。
尻肉が波打っている様子を見せつけるような、様々な視点からのスロー映像。
*(回想おわり)
かなぴはガタガタと震える。
「鞭打ちされると聞いたかな」
「大袈裟ね。お尻を叩くのも、鞭打ちではないの?」
*(フラッシュバックはじめ)
『ヒュッ』
鞭が当たるたび、ブルルンと波打つかなぴのお尻。
*(フラッシュバックおわり)
「鞭打ち、だったのかな」
回想映像の光景は、かなぴの背後で起きていたこと。実際には、かなぴは見ていない。そうだったことにしようとする謎の何かに屈するかなぴ。
「だったら同じじゃない! 今かなぴが行かなければ、遅れた罰で叩かれる。バレなければ叩かれずに済むわ。叩かれずに済む可能性があるのに、その可能性を自ら放棄するのかしら?」
* * *
食堂ドアの前。
食堂にはメイド長ぷんぷんが居る。
ぷんぷんは、五年前、かなぴに旅立ちを急かしたスーツ。うれぴ姫に弱味でも握られているのか、うれぴ姫に対してだけは腰が低い。
『トントントン』
食堂のドアを三回ノックし入室するうれぴ姫――の姿のかなぴ。
メイド長ぷんぷんが、かなぴの後方あたりに視線をやった後、首を傾げる。
「何故お一人なのですか?」
かなぴは、あるべきものがないことに気付く。
いつもうれぴ姫について食堂に来ている。当然ながら、かなぴが見ている視界の中に自分自身は存在しない。うれぴ姫しかいない。だから指摘されるまで違和感を抱いていなかった。
しかしぷんぷんにとっては、うれぴ姫が一人で居る光景は非日常。
不審がらせてしまったと悔いるかなぴ。
どう乗り切るか――あまり使う機会がない脳をフル稼働させる。
*(回想はじめ)
既視感がある光景。
かなぴのぷるんとしたお尻が叩かれる瞬間を捉えた映像が流れる。尻肉が波打っている様子を見せつけるような、様々な視点からのスロー映像。
普段流れる映像よりも鮮明。まるでフル稼働させた脳が、ここだけに使われているような――。
それはさておき、とりあえず流しておこうと言わんばかりに、フリー素材のような扱いを受けているかなぴのお尻。
「や、やめてほしいかな」
*(回想おわり)
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ゆっくりとかなぴの尻に近付くようにズームし、謎の技術により服だけが透過する映像。
(この技術は何なのかな?)
言葉にするのをグッと堪えるかなぴ。
*(妄想おわり)
お尻は、叩かれるためにあるのではない。
しつこく心をかき乱してくる煩悩を払うことに集中し、合間に状況整理を試みるかなぴ。
ぷんぷんの問いは、何故一人なのか。だった。ここに居る人物がうれぴ姫でないとは疑っていない様子。
ぷんぷんの目を、冷めた目でじっと見つめるかなぴ。うれぴ姫の声色を遣う。
「あら、ここには危険があるのかしら? あなたのことを信用しているから一人で来たのだけれど?」
ぷんぷんは視線をスッと足元に移し、頭を深く下げる。
「いえ。非礼をお許しください」
(バレてない。仕返ししても大丈夫かな)
かなぴは、お尻を叩かれた恨みを晴らしたい欲を抑え、ボロを出さないことだけに専念するよう、自分自身に言い聞かせる。
仕返ししたい。あの憎きお尻に――。
*(フラッシュはじめ)
ぷんぷんの尻に、雑にズームインする。
謎の技術も、へったくれもない雑さ。
(興味がないし、需要もないから適当に流したのはわかるかな。でも、復讐の対象だから、ゴゴゴ的な何かを期待していたかな)
色々思うところはあるけれど、グッと堪えるかなぴ。
*(フラッシュおわり)
見て見ぬふりをし、ぷんぷんの前を通り過ぎるかなぴ。食堂へは、ただ朝食を食べに来ただけ。そう言い聞かせる。
いつも通り席に着き、いつも通り卓上の食事を口へ運ぶ。
普段かなぴがしている給仕は、ぷんぷんが代行する。普段との違いはただそれだけ。
* * *
食事を終えたかなぴ。
食堂を出るために席を立つ。
ぷんぷんの前で足を止め、聞かせるように呟く。
「許していないから」
一度あることは二度あるという。
今回何事もなかったこと知ったうれぴ姫は、きっとまた一人で行くよう要求するはず。
ぷんぷんが、今後うれぴ姫が一人で居ることに触れることがないよう、釘を刺しておく必要があると考えた。
うれぴ姫の振りをしているかなぴは、頭が働く。
内心は、今すぐにでもぷんぷんのお尻を叩きたい。けれど、ぷんぷんと必要以上のやりとりをし、うれぴ姫でないとバレるリスクは負えない。
バレれば、ぷんぷんは必ず報復してくる。
(私のお尻は叩かれるためにあるのではないかな)
前言撤回。かなぴの頭の中はお尻のことで埋め尽くされている。
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