あふれる想いを君に

はゆ

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第0章 プロローグ

 #03.U 謎が謎を呼び、泥沼に

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 ナニモナイ辺境地区。最北端の村トーホー。
 トーホーには逸話いつわがある。何も生産していないけれど、ここでしか手に入らないものがあるという。

 エリザヴェータは目を輝かす。
「気になるわ!」
 道すがら『それは何か』冒険者に尋ねる。
 噂を聞いたことはあると答える人は多かった。けれど詳細を尋ねると、知らないと答える。
 結果的に、知っている人に会うよりも、トーホーに着く方が早かった。エリザヴェータは真実を確認したい。だからトーホーにやってきた。けれど世の中には、真実を知りたい、確認したいと思う人がほとんど居ない現実を思い知る。

 トーホーに来て、驚いたのは人の多さ。深い森を抜け、トーホーに着くまでの道中どうちゅう、冒険者とすれ違わなかった。人っ子一人居なかった。最果てだから、他に道はない。にもかかわらず、トーホーは大勢の冒険者と行商人で賑わっている。

 ふと疑問が湧く。食料をどうしているのか。
 生きるためには食料が必須。けれどトーホーには農場や畑がなく、家畜も見当たらない。外に人が居ないのだから、トーホー内に自給自足するための何かが存在しているはず。
 しかし、それらしきものは見当たらない。

 物事は、視点を変えると見え方が変わる。
 飲食店に入れば、村民が普段食べているものがわかる。闇雲に探すよりも、使用されている材料の出所でどころに目星を付けて探る方が効率的。
「食事にしましょうか」
 二手ふたてに分かれ飲食店を探す。小さな村だから、ものの数分もしないうちに合流。結果、飲食店は存在しなかった。あるのは行商人の屋台のみ。

 エリザヴェータは、屋台で購入した串焼きを頬張る。メアリがお金を渡していたから、無料で手に入れられるわけではない。今わかっている情報はそれだけ。
 他に飲食物を手に入れられそうな場所はない。食べ物を屋台からしか得られないと仮定すると、村民にはお金を手に入れる手段が必要。けれど、地場産業じばさんぎょうがないということは、お金を稼ぐ手段もないということ。しかし、お金がなければ、屋台で物を買うことができない――謎が謎を呼び、泥沼にはまる。

 無心で村民を眺めていると、女性が露出の多い衣服を着ていることが気になった。衣服に注視して見回すと、どの女性も露出が多い。むしろ、肌を覆い隠すドレス姿のエリザヴェータが目立っているようにさえ感じる。

 その状況がおかしいとまでは思っていない。
 エリザヴェータの常識では、女性が肌を露出して良いのは午後と晩のみ。日中は露出を抑えるものとしつけられてきた。けれどそれは、あくまで貴族や、宗教上の価値観での話。

 エリザヴェータは、人生の大半を自分の部屋の中で過ごしている。外に出たのは今回が初めて。限られたわずかな人間としか接触したことがないため、必ずしも自分の常識が社会全体の常識に当てはまるとは考えていない。

 トーホーに来るまでの間にも、気になることは色々あった。でも、郷に入っては郷に従えという言葉のとおり、ここではそういうものと割り切り、気にしないよう務めてきた。

 村民を観察しているうち、新たな違和感を覚える。道中どうちゅうに立ち寄った村に比べ、衣類に使われている生地の質が格段に良い。生地が手に入らないから、仕方なく露出しているのではなく、あえて露出しているような印象を受ける。

 トーホーの女性が着ている服の出所でどころは――。

 飲食店を探している際、服の露店を見かけたことを思い出す。
「メアリ、服を見に行きましょうよ!」
 エリザヴェータは、メアリと話すときだけはジェスチャーを併用する。
 手話の存在自体を知らない。身体の動きを用いたコミュニケーション方法があることも知らない。けれど、その方が伝わりやすい気がする。ただそれだけの理由でそうするようになった。

 見回すと、もう一人の同行者の姿がない。
 騎士は、よくふらっと居なくなり、いつの間にか居る。いつものことだから、居ないときは探したりせず、エリザヴェータとメアリの二人で行動する。

 * * * 

 服を販売している行商人によると、トーホーの女性が着ている服はコスプレ衣装というもので、この行商人が販売している商品だという。

 行商人は『冒険者が〝オシ〟に贈ったものを着ている』という言い回しをしていた。
 エリザヴェータは〝オシ〟が何を指す言葉か知らない。けれど、女性に置き換えて読むとしっくりくるため、おそらく方言だろうと解釈する。

 行商人のおかげで、服についての謎は解けた。
 有益な情報を貰いっぱなしというわけにはいかないため、商品を購入することで借りを返す。
「人気がある服はどれかしら? 動きやすいものだと嬉しいわ」
 炎天下の中、全身が覆われているドレスで歩き回るのは辛いと、常日頃から思っていた。

「動きやすくて人気があるのは魔法少女だね」
 行商人が手に取った衣装は、畳まれている状態でもフリルが付いていて可愛い。
「それをいただくわ」
 行商人がメアリに視線を向ける。
「そちらの子も、お揃いで着るかい?」
 行商人が、色違いの似たような衣装を手に取る。

 メアリとお揃いの服を着られることが嬉しい。
「お心配りありがとう。それもいただくわ」
 エリザヴェータが満面の笑顔を向けると、行商人が顔をほころばせる。
「そんな素敵なご褒美をもらったら、サービスしなきゃいけねぇな。端数切り捨て、二着で二万にしてやるよ」
 エリザヴェータには行商人が何を言っているのかわからない。けれど悪意はなさそうな雰囲気。お礼を言い、支払いをメアリに任せる。

「すぐに着替えたいなら、そこの日焼けサロンに寄っていきな。うちで買った娘は無料タダで着替えスペースを借りられる」
 行商人が指をさして場所を伝える。

 * * * 

 行商人が指さした建物。

 中に入るとひつぎが並んでいる。どうやら日焼けサロンというのはひつぎ屋のことのよう。

 エリザヴェータがひつぎと称しているのは、純白のタンニングマシン。中は一面が青白く輝いている。〝テンイン〟によると、ここにしかない貴重なものだそう。エリザヴェータは、このひつぎ逸話いつわで『ここでしか手に入らないもの』といわれているものだと直感する。

「これをいただくわ」
 購入する旨を伝えるエリザヴェータ。
「ごめんね。これは売り物じゃないんだ。日焼けサロンは、日焼けしてもらうサービスを提供している店なんだ」
「簡単には手に入れさせてもらえないというわけね。どうすれば譲ってもらえるのかしら?」
「高額だから買えないと思うよ」

 メアリを見つめるエリザヴェータ。
「私に買えないものは存在するの?」
 メアリは首を左右にブンブン振る。

「だそうよ?」
「タンニングマシンが三百万。運ぶための台車が四十万。払えるのなら、売ってあげるよ」
 メアリが支払いを済ませ、エリザヴェータはトーホーを訪れた目的を達成する。

 購入したひつぎをアイテムボックスへ収納し、着替えて建物の外へ出ると、空が薄暗くなっていた。

 エリザヴェータの前を、猛スピードで駆け抜ける少女。
「どうしたのかしら!? メアリ、追うわよ!」
 動きやすい服装に着替えばかり。目を輝かせ追いかけるエリザヴェータ。

 * * * 

 トーホーの外。

 少女の様子がおかしい。
 反抗することなく、スライムの体当たりを受け続けている。

 エリザヴェータらと同じように、少女を追尾してきた全身黒ずくめの不審者。スーツ姿だから、エリザヴェータはコードネームをスーツとした。

 物陰ものかげに隠れているスーツの背後に移動するエリザヴェータ。耳元で囁く。
「あの子、放っておいたら死ぬわよ。あなたの目的を教えてくださる?」
 スーツの首、頚動脈けいどうみゃくにはメアリがナイフを突き立てている。エリザヴェータが、医学書から得た知識をもとに、こうすることが合理的であると判断し、そうするよう伝えた。

 何も答えないスーツ。全人類がエリザヴェータに跪き、従う。それが当たり前――エリザヴェータの質問に答えないのはそれだけで万死ばんしあたいする。
「子どもを見殺しにする大人は不要よ。メアリ、始末して」

 メアリがナイフを握る手に力を込めた瞬間、スーツが叫ぶ。
夢世ゆめよかなえは、勇者に任命されたのよ!」

 スーツは間一髪、助かったという様相。けれどメアリは、はなから殺そうとはしていない。そもそも声が聞こえていない。エリザヴェータが何かを話し始めたため、口元を見ようと乗り出した際、反射的に力が入っただけ。

 エリザヴェータは目を見開く。
「何故あなたがメアリの真名を知っているのかしら?」
 エリザヴェータは常にメアリと呼んでいる。真名で呼んだことも、誰かに教えたこともない。

夢世ゆめよかなえは、二人居るの!?」
 わけのわからないことを叫ぶスーツ。

 スーツは、自分が言いたい言葉を一方的に発するだけ。会話が成立しない。今は一刻いっこくを争う状況。戯言たわごとに付き合う暇はない。
 エリザヴェータはしっかり重心を落としてから、スーツの顎を蹴り上げる。
「大声を出さないでくださる?」
 スーツは仰向けになったまま動かない。失神している様子。
「あら、静かにできるじゃないの」

 エリザヴェータはメアリの肩をポンと叩く。スライムを指差し、ニコッと無邪気に笑う。
「あれ、始末するわよ」

 指差したものが、たまたまスライムというだけ。例え他のものであったとしても、エリザヴェータにとっては等しく〝あれ〟でしかない。

 * * * 

 エリザヴェータが救うつもりだった少女。つい先程まで会話できていたから、救えたと思っていた。けれど力尽き、動かなくなった。

 この先も生き続けると思っていたから、少女が嫌なことからは逃げ、考えることを放棄したことに対して、エリザヴェータは意地悪なことを言った。
 死の間際まぎわまで苦しめてやろうなんて考えは微塵みじんもなかった。でも、結果的にそうなってしまった――。

「購入したばかりのひつぎの出番が、こんなに早く訪れるなんて皮肉ね」
 少女を納棺のうかんする。
 安らかな眠りにつけるよう、安置あんち場所を森の奥、静かな場所にしようと決める。

 問題は運搬うんぱん方法。アイテムボックスへの収納を試みたところ、死んでいるとはいえ生物だった遺体を納めているひつぎの状態では収納できない様子。

 人力で運ばなければならない。
 ひつぎ自体の重量は四〇〇キロ程。そこに遺体の重量が加わる。エリザヴェータとメアリ、そしてここには居ない騎士にも、それを運ぶ義理はない。この結果を招いたスーツがひくべきであるという結論に至る。

 〝テンイン〟は、台車に載せたひつぎを軽々と運んでいた。その光景を見ていたエリザヴェータは、スーツ一人でひつぎを運ぶことができると確信する。
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