あふれる想いを君に

はゆ

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第0章 プロローグ

 #02.K 絶対的な絶望

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 ヨクデキマシタ帝国から遠く離れた地。

 ナニモナイ辺境地区。最北端の村トーホー。
 人口は五〇〇人程。地場産業じばさんぎょうも、娯楽ごらくもない。『最果ての地』と呼ばれる、何もない小さな村。

 トーホーには特筆すべき特色がある。村民は、子どもの割合が高く、平均年齢は三十歳前後。女性の割合は九割を占める。大勢が想像するであろう、僻地へきちの寂れた村の様相ではない。日々多くの冒険者が訪れ、毎夜まいよ賑わいを見せている。

 平均寿命は五十歳弱。適切な医療を受けられる環境はない。怪我をすれば諦め、病気になれば諦める。健康でなければ生きられないのが実情。
  男性が少ない理由は、事故に起因し亡くなることが多いため。忽然こつぜんと消えたり、人気ひとけがないところで亡くなっていたり――様々な事故が起きる。

 若い女性ばかりの隔絶された集落。
 病気さえ持っていなれば、ご飯は食べられる。
 そんな場所に、冒険者が訪れる目的は――。

 * * * 

 トーホーに住むごく普通の女子中学生かなぴ。
 いや、語弊がある。秀でた才能や能力はない。それどころか、かなぴの評価は何においても。良くてもちゅうが関の山。所謂いわゆる落ちこぼれ。

 今日も一人。居残り学習をさせられている。

 誰も居ない教室を見回すかなぴ。
「誰!? ディスらないでほしいかな」

 再び謎の声、ナレーションが流れる。
 そういう台詞は求めていない。進行の妨げになるから辞めてほしいと、何度伝えても繰り返す。

 話がそれた。かなぴの話題に戻るとしよう。
 不良だとか、やる気がないという事実はない。単に能力不足で、学習能力がないポンコツというだけ。小根しょうねが腐っているわけではない。

「その通りなんだけどね、言葉にされると胸がキューッとなるかな。褒められてデレる子だからね、褒めてほしいかな」

 校内放送が流れる。
夢世ゆめよかなえさん。至急しきゅう職員室まで来てください』
 担任の声。校内放送で呼び出す行為は特別なことではない。日常的に誰かが呼び出されている。

(フルネームで呼ばれるのは恥ずかしいかな)
 頬をふくらませ、何もない空間に向け不満を主張するかなぴ。やれやれ。誰に見せているのやら。

むなしくなるから、説明しないでほしいかな」

 物事が、上手く進まないことが多いかなぴ。
 その度『夢よ、かなえ!』と揶揄からかわれるため、フルネームで呼ばれるのを嫌がる。

「フルネームのことは、思っただけで言ってないかな。言いそうになったのをこらえたのに、何故説明するのかな……早く行かないと怒られるから、そろそろ行くね」

 * * * 

 職員室前。

「しばらく話しかけないでほしいかな」
 職員室までの道中どうちゅう、ナレーションは流れていない。にもかかわらず、自ら振ってくるとは、余程話しかけてほしいらしい。寂しがり屋め。

 かなぴが扉を開けてすぐ、待ち構えていた担任に奥の応接室へと誘導される。職員室内にも応接用のスペースはあるけれど、応接専用の部屋が別にある。ただ、応接室を使うのは、来訪者が特別な人物である場合に限られている。

 応接室でかなぴを待っていたのは校長と、初めて見るスーツ姿の人。知らない人に呼び出される理由に心当たりがないかなぴ。

 校長がソファから立ち上がり、満面の笑みでかなぴの両肩に手を置く。
「おめでとう。きみが勇者に任命された」
 
 伝承によると、最後に勇者が存在していたのは三百年前。世界に危険が迫ったとき、勇者が現れるとされている。世界を守ることは最優先事項。任命された者に拒否権はない。

 ただ、歴代勇者は全て男性。女性主人公だと流行らないため、男性が選ばれると教わった。
「人選ミス、かな……私ではないかな」
 世界を崩壊させることはあっても、かなぴごときに救えるはずがない。
(言葉に棘があるかな)

 スーツは無表情で、抑揚なく告げる。
「すぐに旅立ちなさい」

 スルーしたということは、否定を意味する。
 世界に危険が迫っているのだから、出立しゅったつ時期は早いに越したことはない。それを踏まえた上で、最低限の訓練だけでもしたい気持ちがある。
「すぐって、いつごろかな?」
「今すぐです」
 そう言われるのはわかっている。
 でも、備えだけでもさせてほしい。
「準備したいかな……」

「今すぐ旅立ちなさい」
 スーツは旅立ちを急かすばかり。

 何を言っても無駄だと感じたかなぴ。要求通り出発する。それしか選択肢を与えられなかった。

 初めて受けた伝令でんれいは『隣村に向かえ』。
 難易度の高い要求である。普段であれば帰宅し、家に居る時刻。暗くなってから外に出たことはない。トーホーの外に出たこともない。
 親しい人は、口を揃えて『外に出てはいけない』と言う。良い子扱いされて、褒められたいかなぴは、言われたことを忠実に守り続けている。

 とはいえ箱入り娘だとか、かなぴが特別というわけではない。トーホーの外にはモンスターが生息し、生命の危険がある。基本的に、民間人が外に出ることはない。民間人の一生は、トーホーの中だけで完結する。

 例えばトーホーの外にある薬草が必要な場合。
 村長を介し、冒険者に採取さいしゅを依頼する。民間人が外へ出る必要に迫られた際には、冒険者に護衛を依頼する。

 トーホーの外を移動する人間は冒険者自身、もしくは冒険者と共に行動する者しか存在しない。
 冒険者になるのは、強かったり、賢かったり、優れた能力を持っている人。
 しかし、かなぴには何一つとして優れた能力は備わっていない。残念な子を具現化したような、救いようがない人間。どれにも該当しない。

 優れた冒険者であっても、トーホーの外に出る際には武器と防具を身に付け、モンスターとの遭遇に備える。しかし現状、かなぴが着用しているものは中学校の制服のみ。夏服なので防御力はない。腕と脚はむき出し、気持ちばかりの布地は薄い。武器になりそうな物は持っていない。
 とはいえ冒険者向けの装備品は高価。トーホーには製造するための技術や設備はない。行商人や冒険者同士の取引きのみで流通している。道中どうちゅうでこっそり購入しようにも、資金がない。
 かなぴには、無防備な状態で旅路たびじく選択肢しかない。

 * * * 

 初めてのトーホーの外。空は薄暗い。

「何も言えない空気だったのをいいことに、散々な言われようだったかな」
 嬉しいくせに、上手く表現できないツンデレ。
「違っ、わないけど。話しかけてくれるのは嬉しいかな。でも意地悪されると胸がキューッとなるかな」
 貧相ひんそうな胸がキューッとしぼみ、なくなってしまうことを心配するかなぴ。

 大きなため息を吐いた後、歩を進めるかなぴ。
 道中どうちゅう、多くの冒険者が声を掛けてくれた。けれど護衛ごえいをお願いする資金がないため、一心不乱いっしんふらんに駆け抜けた。

 じつ世知辛せちがらい世の中――お金を払わなければ守ってもらえない貧相ひんそうな胸の女、かなぴ。
「胸は関係ないかな。傷付くから、そういう言い方はやめてほしいかな」

 トーホーを出る直前、足がすくんだ。外にいるといわれている、モンスターという未知の存在に対し、強い恐怖に襲われた。

「ここまで来たら、進むしかないかな」
 頬をパンパンと叩き、気合いを入れるかなぴ。

 トーホーを出てしばらく歩くと、モンスターと遭遇そうぐうした。勇者の説明を受けた際に見せられた映像のように『モンスターが あらわれた』と伝えられることはなかった。

 眼前にいるモンスターは、おそらくスライム。プルンとしている、ゼリーのような外見。本で見たことはあるけれど、実物を見るのは初めて。
「怖いモンスターじゃなくて良かったかな」

 気を緩めた次の瞬間、かなぴの身体からだが宙を舞う。激痛に襲われ、攻撃を受けたと自覚する。
 攻撃は一度では終わらない。スライムは、再び体当たりしようと近付いてくる。かなぴは衝撃に備え、その場で頭を両手で抱え、うずくまる。

 何度も、何度もスライムの体当たりを受ける。
「助けて! 死んじゃう!」

 どれだけ大声で叫んでも、逃れられない痛みと、死への恐怖。
「死にたくない! なんでもするから助けて!」

言質げんち、取ったわよ」
 口調は大人ぶっているけれど、子どものような声。

 声が聞こえた後から、断続的だんぞくてきに続いていたスライムの体当たりがピタリと止まっていることに気付く。

 恐る恐る顔を上げるかなぴ。
 同年代くらいの少女エリザヴェータが、かなぴの顔を覗き込んでいる。
深淵しんえんをのぞく時、深淵しんえんもまたこちらをのぞいている……かな」
 かなぴは集中していないと、思ったことがそのまま口から出てくる。
「誰が深淵しんえんよ! もう大丈夫よ。さて、何をしてもらおうかしら」
 先程聞こえた、助けてくれた人の声。
「助けてくれてありがとう」
「ただじゃないわよ? お礼はきっちりもらうから」

「お金を持ってないから、他のことなら……」

 この発言が、エリザヴェータの逆鱗げきりんに触れる。
「お金がないって、作ればいいだけよね? 何故あなたが決めるのよ」
 命を救ってもらったお礼が安いはずはない。
 かなぴは急に怖くなる。ないなら作ればいいなんて、怖い人が言う台詞。

 ただ、かなぴが今まで忌避きひしていただけで、お金を作ることは可能。かなぴは、夜のトーホーで何が行われているのか知っている。したくないから、していないだけ。ここまでの道中どうちゅう、声をかけてきた冒険者の目的が、それであることも知っている。わざと知らない振りをしているだけ。
 していない人を選んで親しくなり、親しい人はしていないという口実こうじつにしているだけ。無理矢理させられている人が大勢いることも知っている。

 だからといって、しますとは言いたくない。

 かなぴが何も答えないため、エリザヴェータが次の問いを投げる。
「あなたの命の価値。どのくらいかしら?」
 声質は可愛らしいのに、抑揚がなく冷たい声。
 かなぴは、救ってもらったお礼の価額かがくではなく、救ったものの価額かがくを問われるとは思ってもみなかった。

 眼前にいるのは、少女の姿をした悪魔。
 かなぴは考えることを放棄する。
「なんでもします」

 顔をしかめるエリザヴェータ。
「そう言ってたわよね。そうねぇ……じゃあ、死んでと言われたら? 私が救ったものと等価よ」
 衝動的に放たれた言葉であれば、反論する気持ちが湧くけれど、抑揚なく冷たい声が絶対的な絶望を与えてくる。

 選択肢がないのだから従うしかない。現実を受け入れることしかできない。と思わされる。
 仕方ないと、諦める。

 かなぴの記憶に残っているのは、ここまで。
 全身の痛みに絶望感、様々な負の要素が重なったからか、意識がプツンと途絶える。
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