ネットで出会った最強ゲーマーは人見知りなコミュ障で俺だけに懐いてくる美少女でした

黒足袋

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第四章 学校に行きたい

#49 北風と太陽

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 夕焼けに染まった通学路を、俺と夜宵は手を繋いで歩く。

「そっか、じゃあ猫ルンバさんに勝てれば一位だったんだな。惜しかったな」
「うん、でも猫ルンバさんの話を聞いて私の心は軽くなったの。一位になる夢は叶わなかったけど、魔法人形マドールをやめていいんだって」

 夢を追うこと、俺や光流の応援の言葉、それは気付かない内に夜宵の中で義務感の原因になっていたのかもしれない。
 そこで夜宵は繋がったまま俺達の手に視線を落とす。

「ねえヒナ、恥ずかしいよ。手を繋いで帰るなんて、まるでリア充みたいで」
「いーや、これは手を繋いでるんじゃないぞ。俺がお前を強引に引っ張ってるだけだ。なんでも俺は誘拐犯らしいからな」
「それ根に持ってるの?」

 夜宵が苦笑する。
 とは言え、どこに連れていくわけでもなく、夜宵の家に送り届けるだけだ。
 あと俺の荷物も夜宵の家に置いたままだしな。
 俺達はゆっくりと歩きながら、やがて見慣れた一軒家の前に辿り着く。

 その玄関先に見慣れない茶色いスーツ姿の男性がいた。
 白髪混じりの髪に縁なしの眼鏡が印象的な壮年の男性だ。
 夜宵の家の前に立ち、誰かを待っているような雰囲気だ。一体誰だろう?
 そしてもう一つ気になるのは、その男性が右手に持っていたゲーム機である。
 魔法人形マドールモデルStandスタンド、あれは夜宵が持っていたオフ会の優勝賞品だ。
 Aコンが俺のものに変わってるので間違いない。
 確かさっき俺が家にお邪魔した時は、リビングのテレビに繋がったまま放置されていた記憶がある。
 そんな風に思考を巡らせていると、隣の夜宵がポツリと呟いた。

「お父さん?」

 夜宵の視線がその男性に向く。
 夜宵の親父さん? 水零から聞いた話によると、単身赴任中だったが近々帰ってくるとのことだった。
 この人がそうなのか?

「久しぶりだな、夜宵」

 男性が重々しく口を開く。

「うん、久しぶり。半年ぶりかな」

 握った手から夜宵の震えが伝わってきた。
 ひょっとして夜宵は父親に怯えているのか?

「ああ、半年ぶりだな。半年間、私は地方で仕事をしていた。その間、お前は何をやっていた?」

 威厳を感じさせる重い声音。
 そこに静かな怒気を孕んでいるのが感じとれた。

「わ、私は、その」

 夜宵は唇を震わせ言葉に詰まる。
 何も言えなくなくなった彼女に向け、親父さんは怒鳴りつけた!

「何もやっていなかったろう! 学校にも行かず、ひたすら時間も学費も無駄にして! こんなゲームばかりやってるから!」

 言葉と共に右手に持っていたStandスタンドを振り上げた。
 まずい! 次の瞬間にはそのStandスタンドが地面へと叩きつけられるのがわかった。
 壊れてしまう。あの日の俺達の思い出が。
 壊さないでくれ、否定しないでくれ、俺と夜宵の過ごした日々を。

「うあああああああ!」

 気付けば俺は地面に滑り込み、落ちてくるStandスタンドを受け止めていた。
 いってえええええええええ!
 俺、半袖だぞ! 下コンクリだぞ! 擦りむいたわ! 目茶苦茶いてえよ!
 それでもなんとか、俺達の宝物は無事で済んだ。

 俺は痛みを堪えながら、ゆっくりと立ち上がる。
 夜宵も親父さんも驚いた顔で俺を見ているのがわかった。

「貴方にとって、これはどこにでも売ってる量産品のゲーム機に見えるのかもしれない。
 けど俺達にとって、大事な思い出の品なんです!」
「キミは?」

 親父さんが気圧されたように俺に誰何すいかの言葉を向ける。

「俺は夜宵の友達です。直接会ったのは最近ですが、それよりもずっと昔からインターネットを通してやりとりしていました。
 二年前、初心者だった夜宵に俺はゲームを教え、やがて彼女は努力を重ね、実力を伸ばしていきました。
 俺なんかとっくに追い越し、世界の頂点を競うレベルまで。
 努力をすれば人は成長する。以前は手の届かなかったものに届くようになる。
 きっと普通の子供は勉強や部活などで得る成功体験を、夜宵はゲームを通して学んだんです!」

 親父さんは息を呑み、俺の言葉に聞き入る。
 彼が夜宵の親だと言うなら、俺は知って欲しい。夜宵がこれまでどれだけ頑張ってきたかを。

「この前は夜宵と一緒にオフの対戦会に行きました。夜宵は強くて、彼女とチームを組んだお陰で俺は優勝できた。このゲーム機はその時貰った優勝賞品なんです。
 ゲームで勝っただけじゃない。その日、夜宵は友達を作ることも頑張っていました。
 コミュ障で話下手だけど、自分のそんなところを克服しようと頑張って、友達を作ったんです。
 だからこのゲーム機にはあの日の夜宵の頑張りが全て詰まってるんです!」

 確かに学校に行かないのはいけないことかもしれない。学費を払ってる両親にも申し訳ない。
 けど、その時間で代わりに得たものを無駄なんて言われたくない。

「夜宵は普通の人とは違う道を歩んだかもしれない。けどそこで得た経験は、普通の子供が学校生活で学ぶことにだって決して劣りはしません!
 今、夜宵は学校に行くことに前向きになってます。それはインターネットを通じて知り合った人の影響でもあるんです。
 年齢も職業も住んでる場所も違う。インターネットが無ければ本来出会わなかったであろう人達、その人達との出会いが夜宵を変えたんです!
 だから夜宵がやってきたことを無駄なんて言わないでください!」

 俺の叫びを聞き、親父さんは面食らう。
 そして夜宵の方へ向き、静かに問いかけた。

「彼の話は本当かね夜宵。学校へ行く気はあるのか?」
「それは――」「ヒナ!」

 俺の言葉を夜宵が遮った。

「私の口から言わせて。大事なことだから」

 気付けば、夜宵の震えは収まっていた。
 彼女は父に向き合い、頭を下げた。

「お父さん、今までごめんなさい」

 そう言って謝ると、顔を上げ、真っ直ぐに親父さんの目を見つめる。

「私はもう一度学校に行きたい! 今度こそちゃんと学校生活を送って、普通の子に追いつきたい」

 親父さんは黙って夜宵の言葉に耳を傾ける。

「もちろん簡単じゃないことはわかってる。勉強の遅れだって取り戻さなきゃいけない。だから私は今から魔法人形マドールをやめます」

 その言葉に親父さんは眉を開いた。

「いいのか? お前の大好きなゲームなんだろ。それでネットでも友達ができたんだろう?」
魔法人形マドールが大好きだからこそ、中途半端に触れる状態にしてたらきっと誘惑に負けちゃうと思う。だからきっぱりとやめる!
 それにゲームをやめたってゲームを通じてできた交友関係が無くなるわけじゃないから」

 夜宵の決意の言葉が響いた。
 そして少しの沈黙の後、親父さんは、

「そうか」

 と吐き出した。

「ならば明日から登校できるな。それから――」

 彼の視線が夜宵から外れ、俺の持ってるStandスタンドに向いた。

「キミ達の大事なものを手荒に扱ってすまなかった」

 と言って深々と頭を下げた。
 自分の倍以上生きてる大人から頭を下げられるとは思ってなくて驚いた。
 彼は顔を上げると、俺に声をかける。

「少年、うちに上がって手当てをしていきなさい」

 手当てと言われて、俺は両腕を擦りむいた痛みを思い出した。
 ここはお言葉に甘えさせてもらおう。
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