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第四章 学校に行きたい

#40 七月一日2

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「えーっと、それでなんだっけ? 夜宵の話だな」

 教室を離れ、廊下の窓際まで移動したところで俺は話題を軌道修正する。

「夜宵のこと、流石にそろそろなんとかしないとマズイんじゃないか?」
「マズイって?」
「もう七月だぞ。もうすぐ一学期が終わるし、そろそろ学校に来ないと本当に留年しちまう」

 細かい日数までは知らないが、一年の三分の二以上出席することが進級の条件だと聞いた。
 今日は七月一日、一学期の終わりが近づいている。

「お前は夜宵に会う度に冗談交じりに学校に来ないかって言ってるけど、そろそろ本気で説得すべきなんじゃないか?」

 それは前々から思っていたことだ。何か手を打たないと本当に夜宵は留年してしまう。
 しかし水零は俺に対し、諭すように言い聞かせてきた。

「ねえ太陽くん。私は夜宵の親でも兄弟でもないの。友達とは言ったって、結局は他人なのよ?」
「だから相手の深い事情にまで踏み込めないって言うのか?」

 薄情にも聞こえる水零の言葉に俺は問い返す。
 彼女は寂し気に視線を床に落としながら吐き出した。

「嫌われたくないからね」

 あっ。

「ねえ、太陽くん。自分にできないことを人に押し付けないでよ」

 いつもと変わらぬ声音で、水零は俺を批難する。
 その言葉は俺の胸に深々と突き刺さった。
 俺は夜宵に魔法人形マドールを教えた師匠だ。
 だから俺の口から魔法人形マドールをやめて学校に来いなんて言えない。
 それはきっと夜宵のモチベーションを致命的に奪うことになる。
 それどころか、俺の本心は未だ魔法人形マドールに打ち込む夜宵を応援すべきか、やめさせるべきか迷っていた。
 そんな自分を棚に上げて、夜宵に説教するという嫌われ役を水零に押し付けようとしていたのか。
 水零に指摘されて俺はようやくそれに気付いた。

「ごめん。俺、最低だな」

 俺が謝ると、水零は瞼を閉じてひとつ頷く。

「夜宵に向けて、学校に行きなさいって叱るのは私達の役目じゃない。親とか先生とかがきっと何度も言い尽くしてるわ。私は夜宵と仲のいい友達でありたい。そしていつものように訊くの。そろそろ学校に来る気はない? って
 夜宵の気持ちが変わった時、真っ先にそれを聞かせてくれる親友でありたい」

 水零、お前はそんな風に考えていたのか。
 彼女は瞼を開き、真っ直ぐに俺を見つめる。

「太陽くんが行動を起こしたいって言うならめないわ。でもよく考えて?
 もし夜宵が学校に来るなら真っ先に頼れるのは、クラスメイトである私や太陽くんになる。私達が夜宵に嫌われたら、夜宵は例え学校に通うようになっても学校に来るのが苦痛のままなんじゃないかしら?」

 逆に俺や水零が下手なことせず今まで通り夜宵と仲良しでいれば、それは彼女が学校に来る動機になり得る。
 自然な形で夜宵の心変わりを待つのも、友人としての選択なのか。
 それが北風と太陽で言うところの、太陽のやり方。

「よくわかったよ。お前はそこまで考えていたんだな」
「そんなかっこいいものじゃないわ」

 水零は首を振って否定する。

「私は臆病なだけ。夜宵に嫌われたくないってね」

 それは年相応な子供らしい動機だと思った。
 水零は人差し指を一本立て、無邪気に笑って見せる。

「まっ、そういうわけなんで。夜宵の一番の親友の座は太陽くんには譲らないわよ。そして太陽くんの一番の親友の座も夜宵には譲らない」
「嫉妬の仕方が面倒くせえなお前は」

 その言葉に俺も苦笑を返さざる負えない。

「とりあえず俺は今日も夜宵の家に行ってみるわ。夕方だし、そろそろ起きてるだろ」
「うーん、相変わらず昼夜逆転生活がデフォルトになってるわねー」

 困り笑いを浮かべる水零に俺は補足を加える。

「まっ、昨夜は最終日だったしな」
「あーそっか、前に言ってたね。魔法人形マドールの世界ランキングは一か月を一シーズンとして区切って成績をつけてるって」

 そう。オンラインのランキング戦は勝ち越し数の多さで順位が決められ、シーズンが切り替われば最終成績の発表と共に順位はリセットされる。
 シーズン途中の順位は常に変動し続け、瞬間順位と呼ばれる。逆にシーズン終了時の成績は最終順位と呼ばれ、瞬間順位よりも価値があるとされている。
 夜宵の目標は一位をとること。瞬間でも最終でも一位をとったことはないらしいが、とにかくシーズン最終日は彼女にとっても大事な戦いだった筈だ。

「えーっと、今日が七月一日だから。昨日で六月シーズンは終わりってことなのね」
「そう。六月三十日の二十四時でシーズンは終了。その後は半日くらいサーバーメンテがあるからネット対戦はできなくなる」

 俺がそう答えると水零は顔を顰める。

「んっ、あれ? それって何時?」

 察しのいい水零は今の話の中で違和感に気付いたらしい。

魔法人形マドールのランキング戦は世界中の人が参加してるのよね。つまり月末の二十四時が締め切りとは言っても、それは日本時間の話じゃないわよね?」
「正解。シーズンが終わるのは世界協定時の二十四時。つまり日本時間で言うと七月一日の朝九時まで戦いは続く。
 日本人の魔法人形マドールガチ勢にとって最終日は徹夜を大前提とした戦いになるんだよ」

 なんせみんなが最終順位を上げる為にランキング戦に潜る。一か月で最もオン対戦が活発になるのが最終日だ。
 逆に最終日前にどれだけ高い順位にいても、最終日に潜らなければ周りに追い抜かれていく。
 光流や琥珀なんかは流石に徹夜してまで最終日の戦いには参加しないらしく、シーズン途中では百位以内にいても、最終順位はそれほど高くないらしい。

「それは、まともな生活ができないわけね」

 ようやく夜宵のやってる戦いがどういうものか理解したのだろう。水零は苦笑と共にそう吐き出した。

「だからまあ、朝まで戦ってお疲れの夜宵を労いに行くわけよ。お前も来るか?」

 俺がそう問うと、水零は何かを思い出したように口を開いた。

「いや、私は暫く夜宵の家には近づかないようにするわ。強い北風が近づいてるらしいからね」

 北風、というのは以前の北風と太陽になぞらえた例えだろう。
 しかし具体的に何を指してるのか、さっぱりわからん。

「ファンシーな比喩表現が好きなのはわかったから、日本語訳もセットでつけてくれないか?」
「夜宵のおばさまに聞いたんだけどね。単身赴任中だったおじさまがもうすぐ帰ってくるんだって」
「夜宵のお父さん?」
「うん、夜宵が今まで引きこもりを続けられたのも、おばさまが甘かったお陰でね。逆におじさまは凄い厳しい人らしいわ」

 それは確かに、強い北風が来て雷が落ちる場面には居合わせたくないな。
 そこで水零は話は終わったとばかりに踵を返した。

「じゃあねー太陽くん! 今度私にも魔法人形マドール教えてねー」
「そりゃ構わんけど、節度は守れよ。もしお前の成績が落ちたら責任感じるわ」

 こいつまで夜宵みたいになったら本気で困るぞ。

「だーいじょーぶ。あっ、でも流石の私も、太陽くんが私のこと誘惑して、朝から晩まで快楽の海に溺れさせられたら、勉強に集中できなくなっちゃうかもねー」

 不意打ち気味に俺の心臓をぶち抜くような台詞を残し、水零は教室へ戻っていく。
 あいつは全く、人をドキリとさせなきゃ気が済まんのか。気が済まないんだろうなあ。
 そこでスマホに振動を感じ、ポケットから取り出す。
 光流からのLINEメッセージが届いていた。

『お兄様、大変です!』

 緊急事態か! と身構えているとすぐに光流の投稿が続く。

『大変なんです! 大変エッチな絵が描けてしまいました!』

 はい?
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