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第三章 オフ会に行きたい

#29 ヴァンピィの秘策2

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 夜宵の心に焦りが浮かぶ。
 彼女はあるタイミングを待っていた。起死回生の可能性がある唯一のチャンス。
 逃げ続けなければ、そのタイミングが来るまで捕まるわけにはいかない。
 足元に気を付けながら森の中を駆ける。
 その時、ガラスの割れる音が響いた。
 先程ジャックの人魂に浮かんだ数字は1。つまりこれ以上撒菱を踏めば死のカウントはゼロとなり、機能停止ダウンが決定する。
 夜宵はその時、ポツリと呟いた。

「ねえ、そんなにスピード出していいの?」

 口の端を吊り上げながら。

「急ブレーキ、できないんじゃない?」

 そして虚空に人魂が浮かび上がり、そこに数字が表示される。7、と。
 ジャック・ザ・ヴァンパイアの死のカウントは1だった。7を示すことはありえない。
 つまりそこに浮かんだ人魂はジャックの物ではなく、今まで一度も撒菱を踏んだことのないマドールが、初めてそれを踏んだことを意味する。

「今更それが何だって言うんすか!」

 そう、それを踏んだのは琥珀の大河忍者だ。
 だが琥珀はそれを何の問題にも思っていなかった。
 トラップ使いのセオリーの一つに、自分の仕掛けた罠を自分で踏まない、というものがある。
 そのセオリーに従い、琥珀も今まで自分で蒔いた撒菱を踏まないように立ち回って来た。
 しかし今となってそんなものは些事だ。
 既にこの勝負は詰めの段階に来ている。
 もうすぐヴァンピィを仕留められるのだ。今更自分が撒菱を一回踏んだくらいで形勢がひっくり返ることなどありえない。
 何故なら魔鬼火死まきびしを踏んでも、マドールが受けるダメージ自体は微々たるものだからだ。
 撒菱を八回踏んで死のカウントダウンがゼロになってこそ意味がある。一回踏んだだけでは何の意味もない。
 しかしそれは夜宵にとって大きな意味があった。
 ずっと逃走を続けていたジャック・ザ・ヴァンパイアが足を止め、体を反転させる。
 そして手に持った魔剣を虚空へ向けて放り投げた。

「なに!」

 その予想だにしなかった行動に驚いたのは琥珀だ。
 ジャックの投げた魔剣は何もない空間を一直線に飛んでいく。
 その先には何もない。
 しいて言うなら青白い人魂が一つ、浮いてるのみ。
 大河忍者はその姿を消している。出鱈目に剣を投げたとしても当たる筈がない。
 しかし夜宵は知っている。あの人魂はマドールの頭部ヘッドパーツの右隣につかず離れず一定距離で浮かび続ける。
 だから、姿が見えなくても大河忍者の位置がわかるのだ。
 そしてジャックの投げた魔剣は寸分違わず、隔霊魅かくれみの術で姿を消した忍者の頭部ヘッドパーツを射抜かんと飛んでくる。
 風よりも速く走る忍者の進行方向から、正面衝突するように魔剣が飛来してきたのだ。

「やばっ、回避を」

 咄嗟に琥珀はアナログスティックを横に倒し、魔剣を避けようとする。
 しかしその操作は間に合わない。
 何故なら、大河忍者の移動速度は連射コントローラーのお陰で最大限にまで高まっている。人の操作が追い付かないほどに。
 そのスピードは諸刃の剣となって今、忍者の正面に返ってくる。
 耳をつんざくような衝突音が響き、森の中を飛んでいた魔剣が動きを止めた。
 何もない虚空で剣は静止している。
 だが敵の姿が見えないだけで、それは命中していることを意味するのだ。

「な、なんで、なんで」

 琥珀は目の前の現実が信じられず、呆然と呟く。
 何故こうなった。
 相手はこちらの攻撃に耐えられず、無様に逃げることしかできなかった筈だ。
 だが、予想外の反撃を受けた。
 自分は圧倒的に優位な立場だから、獲物を狩る獅子の立場だからこそ、自分が狩られる可能性など考えなかった。
 いや、そう思い込まされていたのだ。
 ろくな反撃もできず逃げ回るジャック・ザ・ヴァンパイアの姿に、自分が優位だと錯覚させられていた。

「全て、計算だったんすか。わざと追い詰められてボロボロになって、トラップ使いの私を、罠に嵌めるために」

 その問いに、夜宵は目蓋を閉じて小さく頷く。

「うん、私は貴方が撒菱を踏む状況を待っていたの。一流のトラップ使いである貴方が自分の罠を踏むには、私がピンチになって追い詰められるしかないって。でも本当にギリギリだった」

 あと少し遅ければ、大河忍者はジャックに追いつき、負けていただろう。
 肉を切らせて骨を断つ、それが追い詰められた状況で咄嗟に浮かんだ起死回生の策だった。
 それを土壇場で実行し、成功させた。
 夜宵は肩の荷が下りたように、ふー、っと息を吐き出す。
 そうして柔らかく微笑んだ。

「ナイスゲーム」
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