31 / 32
31.約束
しおりを挟む先代の王の墓は王家の墓とは別に存在する。
反聖女派に唆され当時の聖女を拐したとされる狂王と名高い先代は、栄誉ある王家の墓に入ることに反対され、こうして郊外にひっそりと建てられた墓に一人眠ることとなった。そして、鎮めるために定期的に王宮魔術師が浄化までしている始末だ。
その後は先代からなるべく遠い分家筋の現国王が即位したわけだが……アリー様が私人としてここへ来る理由が浮かばない。
「顔に出ているぞ、フィー」
祈りを捧げ終わってから、アリー様は年相応に意地悪く笑った。
「私がここへ来た理由が知りたいのだろう?」
「それは、まあ」
単純に気にはなる。
「何のしがらみもなくここへ来てみたいと思ったんだ。一個人として、先代のお気持ちも分からなくはないから」
狂王の気持ちが? 反聖女派と繋がりがあるなら、聖女信奉者たるアリー様からは最も遠い存在だろうに。
「前聖女様と関わりのあることですか?」
ヘレン・セーデルクヴィスト。リアンの叔母であり、急死した前聖女。それと先代の関係性を理解できるということは。
「怖い顔をするな、フィー。私はリアンを誘拐するつもりはない」
「……そこまでは考えていませんが」
俺やリアンを友人として扱うアリー様がそんなことをするとは思えない。
「フィーが案ずるのは無理もない。先代について、王族とそれ以外では違う伝え方をされているようだからな」
「先代の王は、狂王ではなかったと?」
答えはなかった。いや、それが答えか。しかし、だとすれば妙な話だ。本来、王族の悪評などあってはならぬことなのだから、狂王でなければそんな噂が流れていることを黙認していることこそがおかしい。反聖女派に唆された王などという不名誉な称号を背負ってまで隠したい何かがあったのか。
「私は、フィーに話せていないことがいくつかある」
ただ、とアリー様は悲しげに笑う。
「それは、フィーも同じだろう?」
それは、そうだ。
もしかしたら知られているかもしれないが、先見の力のことも城ではノア様以外に口外していない。そして、先見で見た世界に前聖女が出てくること、自分が未来のこの国にいないことは誰にも打ち明けてはいない。
「それでも、私はフィーを信じたいと思う。フィーもリアンも私にとってはなくてはならない友人だ。だからこそ、時がくれば全てを打ち明けたいと、そう思っている」
これでも私なりに調べたり兄上達に掛け合ったりしているのだと胸を張られる。その姿がやけに子供っぽく感じて、自然と笑みが漏れた。それに安心してか、アリー様も微笑まれた。
「だから、フィーも私を信じてくれ」
隠していることを、アリー様と共有できたらどれだけ心強いだろうか。
「王族としての命令ではない。フィーの友人であるアルフレッド・ホーカン・グランフェルトからの頼みだと、そう思ってほしい」
先見の未来は確定ではない。以前とは違い精度も増してきた今では、俺の行動によってより良い未来を掴み取ることもできるようになってきた。
ただ、先見の未来にもし自分がそこにいなかったとしてもリアン達が幸せであるなら、無理に変えようとして失敗するよりは、それでも良いと思えていたのに。
縋りたくなる。
「まだ不服だと言うなら誓いも立てよう。少し待っていてくれ。今、王家の紋を」
王子であるとはいえ、年下にそこまでさせるものではないだろう。何より。
「友人同士で……そんな誓いはしませんよ」
「では、友人同士ならどうやるんだ?」
言って、自分も友人がいなかったので誓いを立てたことがないことに気付く。村の子供達は、どうしていたか。
「……手を合わせるだけで十分かと」
「なるほど」
言って、アリー様はすぐに右手を差し出す。少し迷う気持ちはあったが、その手を取って応えた。
「フィー。今日はありがとう。戴冠の前に覚悟を決めることができた」
祭りを見て、墓へ来て。
アリー様にとって、それにどのくらいの重みがあるのかは分からなかったけれど。
翌日の戴冠式は恙なく進行し、アリー様の成人の儀は無事に終わった。
「エフィリアグラン」
そして、戴冠式後にノア様に呼び出されたかと思えば。
「今日から、その家名を名乗ることを許そう」
王家の剣を肩へと当てられ、家名を授与された。
「エフィリアグランは……」
「この国の設立時に大きく貢献した者の名であったな」
初代の国王の右腕とも評されていた流浪の魔術師。初代国王亡き後はまた旅に出たと言われているが、まさかその名を家名として与えられるとは。
「エフィリアグランくらい貢献せよとの意味がおありで?」
「まさか」
わざとらしく意外そうな顔をした第一王子は、
「先人は、超えるものだろう?」
更なる難題を課した。この王子にどれだけこき使われるのだろうか。考えたくもない。
「早速だが、君に頼みたいことがある」
そして、次の仕事がやってきたようだ。息つく暇もない。
「聖女様とともに、隣国を訪問してきてくれ」
隣国までは馬車で二週間はかかる。聖女としての能力が高まっているから多少離れても大丈夫とはいえ、リアンを外に長期間出す理由があるのだろうか。
「……理由をお聞かせ願えますか?」
「聖女様と君に会ってきてもらいたい人間がいるからだ」
第一王子は、隣国の聖女の名を口にする。
「アリーからの話はその後だ」
時計の針が進む度、先見の未来へと近づいていく。
その日見た先見では、俺が誰かに剣を突き立てていた。
血を流しながらも穏やかな笑みを浮かべるその人は。
前聖女でありリアンの叔母であり、すでに故人であるはずの、ヘレン・セーデルクヴィストだった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる