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25.祈りの通じる先
しおりを挟む「悪いねー、リアンちゃん。遅くなっちゃって」
「いえ、せっかく王都まで来たんですから用事があれば済ませてしまった方が良いと思います」
「あはは、しっかりしてるね」
どこかへんにょりとしたオーヴェさんと王都での用事を済ませ、ついでにオーヴェさんの買い物も済ませて帰路に着く。乗合馬車にもこの時間なら間に合うだろう。
「あれ…………?」
立ち止まったオーヴェさんにぶつかる。謝っても返事がないオーヴェさんの視線の先を見ると、煙が上がっていた。あれは……村の近くの山だ。
「野営か何か……」
「じゃ、ないみたいだね」
野営ではあり得ない炎もチラチラと見えている。山火事だ。
「オーヴェさん……!」
「リアンちゃん、戻るよ」
踵を返して急ぐオーヴェさんについていく。城へと向かっているようだ。
「オーヴェさん、馬車はっ」
「多分出ないだろうね。それなら、救援の馬車に混ぜてもらった方が早い。状況説明もできるから、断られはしないはずだ」
そうして、城までたどり着いた後兵士に事情を説明し、第三救援部隊の馬車に乗せてもらえることになった。普段ののんびりした様子からは考えられないほど早く物事を進めていくオーヴェさんにただただ圧倒されるが、そんなことより山や村の様子が気になる。
「リアンちゃん。村から山に入ったのはヨハンさんとアンリちゃんで良かったよね?」
「ええ、フィーが熱を出したので、アンリ姉様が代わりに」
上手く逃げることができていますように。聖女だった叔母様のようにはいかないが、神様に祈りを捧げる。フィー達も大丈夫だろうか。山に近づくにつれ煙で呼吸がし辛くなり、熱気を帯びた空気に肌がひりひりとする。
「これは……」
想像以上に火の回りは早く、激しく。いつも村から見えている山は赤く赤く燃え盛っていた。
「ヨハンおじ様……アンリ姉様…………」
馬車を降りて説明しているオーヴェさんや救援に向かう人の邪魔にならないようにして辺りを見回す。山から降りてきた人達の中には怪我人もいるようで、あちこちで手当てが行われている。その中に、
「ソフィアおば様……!」
泣き崩れているフィーのお母さんを見つけた。急いで駆け寄り体をさする。
「ソフィアおば様、大丈夫ですか!?」
「……………………の」
「え?」
聞き逃したか細い声を拾えるように耳を口元へ近づける。
「ヨハンさんも……アンリも。どこにも、どこにもいないの…………」
炎は全てを焼き尽くし、震える背中を撫で続けることしかできなかった。救援部隊が引き上げる際におば様は食い下がって、なんとか火が収まってからの捜索には加えてもらえるようになったのだけれど。
「せめて、雨でもふってくれれば……」
誰かの呟きに、叔母様の真似事をしてみても。
雫はぽつりとも降ることはなかった。
◇ ◇ ◇
手伝いが終わったオーヴェさんについて村まで歩いて帰る。普段ならすっかり暗くなっているはずの道を赤い色がちらちらと照らしていた。燃えている山からは遠ざかっているはずなのに、どこまでも追いかけられているような不気味さがある。
「ソフィアさんはまだあそこにいるから……今日はリアンちゃんとフィー君だけになるのか。うちにでも来る?」
「そうですね……フィーの体調を見て」
言いかけて気付いた。ソフィアおば様があそこにいたということは……フィーは、今ひとりきりだ。
「オーヴェさん! すみません、私」
「ごめん、こっちの方が早い!」
言われるとほぼ同時に左肩に担ぎ上げられた。荷物みたいな上にかなり揺れるので乗り心地としては最悪だが、速さは逸品だ。何より、担いでもらっているので文句は言えない。
どうしてもっと早く気づけなかったんだろう。私達が山火事に気付いたのが昼頃だから、半日以上は一人だったのかもしれない。朝はまだ落ち着いていたけれど動くのは難しい様子だったし、夜になってさらに熱が上がっていたら……。
「フィーっ!」
家の中は暗くフィーが起き上がっていないことがすぐに分かった。水分は? トイレは? 疑問に頭の中をぐるぐると支配されつつも、オーヴェさんが灯りを付けてくれている間に子供部屋の扉を開ける。
「ーーーーっ!」
自分で取ろうとしたのか、水差しは瓶ごと床に落ちて溢れ、溜まった水が静かに染みていた。ベッドには体勢を崩したままフィーが俯せのような格好になっている。
「フィー! フィーっ!」
呼びかけても返事はなく、口元に手を当ててようやく分かる程度の弱い呼吸しかしていない。
「リアンちゃん、少し下がって」
「オーヴェさん……っ!」
回復魔法をかけるオーヴェさんを見守ることしかできない。自分に使えるのは一般的な生活魔法と少しの光魔法だけ。フィーのように勉強して多くの魔法を使えるわけでもなく、苦しんでいるフィーにもできることは何もない。
何にもならない、祈ることしかできない。
祈ったところでフィーが治るわけでもなく、お父さんやお母さんが生き返るわけでもない。
この祈りは、いつも何にも通じない。
それでも、それだけしかできないからこそ、フィーの手を握って祈り続けた。オーヴェさんに言われてお医者様のところへ行って、フィーが目を覚ますまで、ずっとずっと。
「…………リアン?」
生死の境を彷徨ったフィーが目を覚ましたのは、それから三日後のことだった。お医者様に報告して、フィーが落ち着いた頃に話をさせてもらったけれど。
「もう泣くなよ、リアン」
「だって……って…………」
何度拭っても涙が溢れてくるのが止まらない。フィーが、ちゃんと生きて、話をして、こちらを見てくれている。それだけで、それだけで涙が止まらない。
「心配かけてごめん。でも、大丈夫だから」
フィーが珍しく私の手を握る。
「ずっと、呼んで、繋いでくれていただろ? すごく、温かかった」
ありがとう。
そう、フィーが言ってくれて、今も感じる手の温かさに、ようやく気持ちが落ち着いた。フィーの手を持ち上げて自分の頬に当てる。生きている温かさ。心地良い。
何にもならない祈りだったのかもしれない。だけど、もしフィーの何かになったのだとしたら。それは。
「ところで、リアン」
嬉しさを噛み締めていた私は、また忘れていた。
「父さん達は家かな?」
何も知らないフィーに、どう説明したらいいんだろう。
語る言葉を紡ぎ出すための口は動かないまま。
暗い闇は波のように静かに部屋を覆い尽くしていく。
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