上 下
23 / 32

23.帰郷

しおりを挟む


「なんと……なんと……!」


 話をするのにやけに溜めているペローナと、固唾を飲んで見守るリアン。多分大したことじゃなさそうだ。


「来月から断食日がなくなります!」
「おお!」
「やりましたねフィー!」


 案外と大したことだったのに驚いて思わず声を出してしまった。なんとなく咳払いをして誤魔化す。


「偶然聞いてしまったんですが、長かったですねぇ……。私なんてあまりにお腹が空いた時は布のひとつも食べれるんじゃないかと思案しましたよ」
「布はペローナの友達じゃなかったのか」
「緊急時に助けてくれるのも友達です」


 緊急時とはいえ友達を食べようとするな。とはいえ、一日一食に月三回の断食はかなり辛いものがあった。徐々に断食日は減っていたが、ついになくなるのか。


 ガラスマメが収穫できるようになってからはや二ヶ月。今後の食料調達の見通しも立ち、安定的な供給が見込めるだろうという話も聞いてはいたが……実際に毎日食事ができるという喜びは大きい。


「早く一日二食になると良いですね」
「私、実はお菓子作りも得意なんですよ! 前みたいに小麦が使えるようになったらリアン様にも召し上がっていただきたいです」


 お菓子の出来も、もしや刺繍と同じなのだろうか。それはそれで興味はあるが。



「そういえばフィー様。ノア様がお呼びでした。至急ですって」
「それはもう少し早く聞きたかったな」



 すぐに準備をしてノア様の元へと向かう。また嫌味を言われなければ良いが。と、割合覚悟をして部屋に入ったが、特に何も言われることはなかった。珍しい。明日にガラスマメが全て枯れていないといいが。


「至急の用件と聞きましたが」
「ああ」


 何か思案していたのか、少ししてから口を開いた。



「君の母君だが」



 心臓を握られたかのように一瞬息が止まる。



「体調があまり良くないそうだ」



 以前にノア様から城の人間が近くにいて様子を見てくれているという話は聞いていた。そのこともあって家には帰っていなかったが。


「病などではない。食事をあまり取っていないらしいから、それだけだろう。ただ、この生活が今後も続くようであれば」


 倒れるかもしれない。それもそうだ。彼女は二人の家族とともに暮らしていると思い込んでいるが、実際には一人暮らし。配給は一人分だ。それを三等分して、夫や子供に少し多めに盛り直して残りだけを食べていれば、綻びも出てくるだろう。



「君は、どうしたい?」



 会いに行くべきか、否か。



「……俺が行っても、何も変わらないと思います」
「そうか」



 そのまま、しばしの間沈黙が流れる。いつとのように、ノア様は話の終わりを急くことはしない。


「…………少しだけ、時間をください」
「公務の都合もあるからな。明日までには決めておくように」


 一礼して部屋を出る。きちんと前を見て歩いているはずなのに視界は定まらず、霞がかかったかのように頭はぼんやりとして動きが悪い。



「フィー?」



 たまたま廊下に出ていたリアンに呼び止められた。


「そちらは食堂ですよ。どうか……したんですか?」


 怪訝そうな顔でリアンはこちらを見ていたが、すぐに俺の手を取って歩き出した。足取りは早く、部屋に着くまではリアンも一言も喋らなかった。


「何があったんですか?」


 何かありましたか? ではなく、何かあったことは確定だという聞き方をされた。


「別に……なんでも」
「ない人はそんな顔はしません」


 余程ひどい顔をしていたらしい。見られたのがリアンだけで良かったのかもしれない。


 
「あの人の……体調が、あまりよくない。らしくて」



 自分は今、どんな顔で話しているんだろう。視界も暗くリアンの顔もよく見えない。



「行きましょう、フィー」



 両頬に添えられたリアンの手。小さくて温かなそれと、力強いリアンの言葉が視界を晴らす。いつの間にへたりこんでいたのか、顔を上げればリアンが優しく微笑んでくれていた。

 
「私もついていきます。どこまでも私はフィーと一緒です」


 会いたくない。会って大丈夫か確かめたい。早く目を覚ましてほしい。でも壊れるくらいならいっそこのまま。


 自分では整理をつけられないまま、決断できないままの想いをリアンが汲み取ってくれる。



「気になるなら行くべきです。何かあっても、必ず傍に私がいます」




 その言葉に、ようやく立ち上がることができた。




 そして、リアンからノア様に直接請願してそれは叶い、俺達二人は久々に村へ戻ることになる。





 俺とリアンの思い出と、思い出したくないものがたくさん詰まった、あの村へ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

処理中です...