上 下
22 / 32

22.五文字の言葉

しおりを挟む


「人から愛される魔法なんて、そんな都合の良いものは存在しません」


 感情を宿さない瞳をした少年のその言葉に、老人は目を細める。


「あるさ。君が信じるのなら」


 老人は、煙管をくゆらせて言う。



「きっと、それが一番難しいのだけれどね」






◇        ◇        ◇





「じゃあここに置いていたんですね」


 こういう時、まず大切なのは情報だ。お父さんが言っていたことを思い出して、ロイド達から話を聞く。


「川で遊ぶ時に流れるといけないと思って……それで」
「そのあとそのままあっちの方に行ってご飯食べて……戻って来た時にはなかったんだよ」
「大事なものならご飯食べに行く前に取りに来るべきですよ」
「そうなんだけど……」


 まあ、今それを責めても仕方がない。すでにロイド達も探した後ではあるけれど、みんなで近くを探す。ただ、近くだけでなくご飯を食べたところまで探してもブレスレットは出てこなかった。


「やっぱり、フィーが」
「フィーはそんなことしません!」


 何か手がかりはあるはずだ。この場所にはフィーと一緒に来たこともある。その時のことを思い出そうとして。


『ゴロネズミか』


 フィーの言葉を、思い出した。


『たまにいますね』
『木屑で巣を作るらしいから、それでも取りに来たんだろう』
『ちょこちょこ枝が流れ着いていますもんね』
『まあ、悪さするわけじゃないから放っておこう』


 そうして、本を読むフィーの傍でせっせと巣へと木屑を運ぶゴロネズミを見ていた。小さな体で器用に動くなぁと感心したものだ。


 もしかしたら。


 置かれていた場所は川から少し離れたところにある平たい椅子のような石の上。ゴロネズミの通り道になっていたら、体に引っかかるか拾って巣まで運ばれたのかもしれない。


「リアンちゃん。どうかしたのかい?」
「あ、実は……」


 近くにいたオーヴェさんにその話をしてはみたものの、渋い顔をされてしまった。


「ネズミの巣は……多分あのへんだと思うけど、汚いだろうしなぁ。とりあえずもう少しこの辺を探してみない?」


 でも、この辺りは一通り探したし、少しでも可能性があるのなら。


「すみません、行ってみます!」


 そうして、なんだかんだ言いながらもついて来てくれたオーヴェさんと一緒に巣を探す。


「噛まれないように気をつけてね。何かあったらすぐ声をかけてー」
「はいっ!」


 巣はゴロネズミの大きさに合わせてあるから小さいものの数が多い。ひとつひとつ覗いてみるが、なかなかブレスレットは見当たらない。


 そうして、巣穴をいくつか調べている間に日が陰りはじめた。


「リアンちゃん、そろそろ戻ろう?」
「いえ……あと少し、探させてください」


 梃子でも動かない私を見かねたのか、村長さんに相談してくるからここを動かないように、そして危ないことはしないようにと言ってオーヴェさんは一度離れた。


 それから続けてはみたものの、このあたりの巣はある程度調べ尽くしてしまった。ゴロネズミが犯人というわけじゃなかったのかもしれない。でも、このままじゃフィーが……。


「あっ」


 探していると、向こうのほうにも巣穴が見えた。急いでそちらへ行く。


 途中。



「わっ、え? ひゃあぁぁあ!」


 
 たまたま泥濘みに足を取られてしまい、滑らせて尻餅をついたらそのままおしりごと滑り、巣穴近くまで落ちてしまった。……泥だらけだし格好悪いしおしりが痛い。


「うぅ…………」


 ズキズキするおしりは気になるけれど、身をかがめて巣穴を覗き込む。と、今までの巣穴と違い細く光るものがあった。



「あ……! あった! あったぁ!」



 少し汚れているけれど、多分これだ。体を起こして、すぐに走り出す。


 これで、これでフィーを助けられる。フィーの役に立てるんだ。痛みは不思議と感じない。いつもより体も軽くて、走るのも速くなっている気がする。


 広場に皆が集まっていて、フィーと村長さんも出て来ていた。
 


「リアン、その」



 何かを言いかけたロイドの言葉を遮り、



「あり、まし、た!」



 強い口調とともに睨みつける。そんなロイドは、私の右手に握られたブレスレットを見て、



「あの……それ、違うやつ……」
「えっ?」



 気まずそうに、目を逸らした。



「ごめん……その、もう見つかって」
「はぁーーーーーー!?」   
「えっと。ご飯食べに行く前に取りに行って、別の場所に置いたの思い出して」
「じゃ、じゃあこのブレスレットは」
「あ、それ俺のだ。森でなくしたかと思ってんだけど、まさかゴロネズミが持って行ってたのかー」



 呑気そうな声は先程まで一緒に探してくれていたオーヴェさんのもの。結局、私が頑張らなくともフィーの疑いは晴れていたらしい。良かったことは良かった。


「な……なっ…………」


 だけど、それはそれとして。



「なんなんですかもうーっ!」



 ふつふつどころではなく、爆発的に怒りたい気持ちが沸き上がってきた。地団駄を踏みながら感情のままに叫ぶ。



「なんでみんなそんなに森でものをなくしてるんですかっ! そんなに大事なものならちゃんとしまっておいてください!」
「ご、ごめん……」
「あはは、リアンちゃんの言うとおりだねー」
「それにっ!」



 次はロイドの友達を睨みつける。


「あなたがフィーが盗ったのを見たって言ってたのは何だったんですか! 私忘れていませんからね!」
「あ……それは」


 バツが悪そうに、彼は答える。


「リアンが……アイツばっか構うから。それで」
「はぁ!?」
「お前、それは……」


 ロイド達に引かれている彼をさらに糾弾しようとするとフィーに止められた。


「リアン、落ち着いて。もういいから」
「何がいいんですか!」


 怒りのおさまらない私はそんなフィーにも食ってかかる。


「大体フィーもフィーです! なんでしてもないことを謝ろうとするんですか! なんですぐに諦めるんですか!」
「リアン、その」
「なんで、なんでフィーは全然悪くないのに、なんで……っ!」
「リアン。大丈夫だから」



 フィーの宥める声も、私の耳には届かなくて。



「大丈夫じゃないもん! フィーだって辛いはずだもんっ! なのに、なの……うわぁぁぁあああああん!」



 敬語を使うことも忘れて、大音量で泣き出した私はそのまま泣いて泣いて泣きに泣いて。その陰でロイドと友達が怒られていることにも、フィーに村長さんが何か言っていることにも気づかないまま。それまでの疲れもあって泣きじゃくっているうちに寝てしまったようだった。


 夢の世界はゆらゆらと心地よくて、暖かくて。こんな世界にフィーと一緒にいられたら、なんて。思っているうちに目が覚めた。


「フィー……」
「リアン、大丈夫か?」


 泣きすぎたせいか上手く声が出ない。いがいがする喉を何回かの咳払いで落ち着かせる。


「もう着くから」


 フィーの声がぼんやりとした頭に優しく響く。そうして、しばらく揺られて。ようやく頭が働き出した頃、ようやくようやくフィーの背中にいることに気づいた。


「ーーーーっ!?」
「ちょ、え、リアン!?」


 気付いて離れようとした私にバランスを崩す。それでもフィーは私を落とすことはなく、背に回した腕に力を込めて、何とか地面へとそっと下ろしてくれた。


「びっくりした。急に暴れるから」
「ごめんなさい……」


 地面に座ったまま、寝る前の勢いをすっかり無くしてしまって何を言えばいいのか分からなくなる。


「リアン」


 ぼさぼさの髪に泥まみれの体。一番汚れているおしりは思い出したように痛み出すし、よく見れば、泥だらけの私を背負ったせいでフィーの背中も汚れている。なんだか、急に恥ずかしくなってきた。


「ごめん、色々無理させて」
「無理なんかじゃ……っ」


 結局、自分がいなくてもなんとかなったことだったのかもしれない。先程かなり泣いて弱ってしまったからか、またじわじわと涙がせり上がってくる。


「ありがとう。俺なんかのためにいっぱい頑張ってくれて」
「なんかじゃないもん……」


 フィーの言葉に、悲しい気持ちがまた沸き上がってくる。


「フィーはなんかじゃないの! フィーは……フィーはすごく大事なんだからっ! だから、そんなこと言わないで!」


 言って咳き込んでしまう私の背中を、フィーは優しく撫でてくれる。フィーは物知りで、優しくて、困った時は助けに来てくれて。私の、私の。とても大切な。



「フィーが好き」



 思わずこぼれ落ちた言葉は、もう汲み上げることはできない。



「フィーが好き、好き……。だから、そんなこと言わないで」



 止められないまま、あの日言えなかった言葉を紡ぐ。



「遠くへなんて……行かないで…………」



 背中を撫でる手は止まり、少ししてから抱きしめられた。最初は優しく、次第に強く。


「もし……もしも、リアンが許してくれるなら」


 左肩だけ、熱を感じる。縋り付くように抱きついて預けられた彼の頭。表情は見えないけれど、私の肩を濡らす熱は、きっと。



『そばにいて』



 お母さんを助けてくれたフィーへのお礼。私にできることは何でもすると言ったのに、それをこんなことに使って。こんな、何でもないことに使うなんて。



 ただ、その言葉を言うのに、彼がどれほどの勇気を振り絞ったのか。私にはまだ理解できていなかった。





『俺を……愛して』





 フィーが、本当に求めていたものはただそれだけで。







 少しでもそれに応えようと、背中に回す手に力を込めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

愚か者の話をしよう

鈴宮(すずみや)
恋愛
 シェイマスは、婚約者であるエーファを心から愛している。けれど、控えめな性格のエーファは、聖女ミランダがシェイマスにちょっかいを掛けても、穏やかに微笑むばかり。  そんな彼女の反応に物足りなさを感じつつも、シェイマスはエーファとの幸せな未来を夢見ていた。  けれどある日、シェイマスは父親である国王から「エーファとの婚約は破棄する」と告げられて――――?

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

(完)聖女様は頑張らない

青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。 それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。 私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!! もう全力でこの国の為になんか働くもんか! 異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

処理中です...