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20.リアンから見た景色

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 フィーと出会ったのは、フィーが八歳で私が五歳の頃。別の国から旅を経てこの国に流れ着いたフィーの家族が、私の家に挨拶をしにきたのが、最初。


「この子がアンリエッタ、こっちがフィー。仲良くしてやってね」


 フィーと呼ばれた彼は目の前にいるというのに、彼の持つ赤褐色のその瞳は私を映してはいなかった。



「よろしく」



 感情のこもっていない声に心がやけにざわついたことを、今でもまだ覚えている。






◇ ◇ ◇






「あー、またフィーどっか行っちゃってる」



 フィーのお姉さんであるアンリ姉様は、持ち前の明るさですぐに村に溶け込みました。何を話しても冷たく、笑顔も見せないフィーとは対照的に。


「ごめんね、悪気がある訳じゃないんだけど」
「いいっていいって。アンリが来てくれればみんな喜ぶよ」
「フィーは一人が好きなんだろ」


 そうして、段々と村の子供達とも距離が開いていって。いないのが当たり前かのように扱われていって。



「アンリ姉様。私、探してきてもいいですか?」



 アンリ姉様の言うことも聞かずに一人でいるらしい彼に、またざわざわとして。いつしか、私は彼を探すようになった。



「あ、フィー。見つけました」
「…………またお前か」
「アンリ姉様心配していましたよ」
「知ってる」



 それでも、彼はそこを動こうとはしない。木のうろであったり、木陰だったり、湖の辺りだったり。そんな場所で、フィーはいつも一人で本を読んでいた。


「また魔術の本ですか?」
「これは料理の本」
「作れるんですか?」
「修行中」


 返す言葉は少ない上にこちらも見ようともしない。だけど、追い返すこともしない彼の傍にいることをなぜだか私は苦痛には感じなかった。



「フィーは寂しくはないのですか?」
「別に」



 その返事に、寂しさを感じるのは私の方で。


「私の家にも、お父さんのですけど本がたくさんあるので。今度借りて持ってきますね」
「……別に、いいよ」


 今思えば、どうしてかは分からないけれど。


 私はその返事を勝手に肯定だと解釈して、次の日から本を持ってくるようになった。






◇ ◇ ◇






「リアンは本当に行かないのかい?」
「はい、やることがありますから」


 城下町で開かれる夏祭り。お父さんは、村の子供達の引率担当。我が子が行かない理由は大したことではないのだけれど、あっさりと了承してくれた。


「今日は生活魔法の本を持っていってあげなさい。棚の下の方にあるから」
「ありがとうございます!」


 急いでお父さんの部屋に探しに行って手に取る。フィーはまた喜んでくれるだろうか。


「行って大丈夫かい?」
「ええ……休んでいれば良くなると思いますから」


 お父さんはお母さんと少し話して、その後すぐに出ていった。大きいお祭りで、村の人もほとんどお仕事やお手伝いに出かけている。その中で、お父さんだけ休むわけにはいかないのだろう。


「お母さん、大丈夫?」
「大丈夫よリアン。フィー君のところに行くなら、これを……」


 と、昨日焼いてくれたお菓子を取ろうとして、お母さんは大きくふらついた。


「大丈夫!?」
「……あれ、ごめんね。少し、休ませて」


 そう言って、お母さんはベッドにも行かずにそのまま目を瞑った。顔色も悪いし、呼吸も苦しそうで。



「どうしよう……お父さん」



 私一人じゃベッドにも運べないし、このままにしていて良いのかも分からない。



「フィー……」



 今日は、どこにいるんだろう。いつもなら、時間も気にせずに探せるけれど、今は。


 泣きそうになっていたところに、玄関のドアを叩く音が聞こえた。



「リアン! 聞こえたなら開けてくれ!」
「フィー……っ!」



 急いでドアを開けると、息を切らしたフィーの姿がそこにあった。


「フィー、お母さん、お母さんが……」
「分かってる、大丈夫だから」


 私の頭を撫でると、フィーはすぐにお母さんのところへ向かった。本を見ながらすぐに回復魔法をかける。それだけで、浅い呼吸が落ち着いたものへと変わった。


「ベッドまで運ぶから、ドアを開けておいてくれるか」
「あ……うん」


 浮遊魔法を使ってお母さんを浮かせる。さすがに慣れていなかったのか、何回かふらつく場面もあったけれど、無事にベッドの上へと下ろした。


「貧血みたいだから寝てれば大丈夫。リアン、服を少し緩めておいてくれるか? あと、こっちの布団借りるな」


 お母さんの服のボタンを外している間に、フィーが足の下に布団を挟んで高くしてくれた。



「多分、少し休んだら目も覚ますだろうから」



 言いながら、また頭を撫でてくれる。不安げな私を心配してくれたんだろう。ただ、お母さんの体調も気になるけれど。もう一つ引っかかっていたことがあった。



「フィー……」
「うん」
「分かってたって……どういうことですか?」



 頭を撫でていた手が止まる。見上げてみれば、フィーの瞳が悲しげに揺れていた。手は頭からゆっくりと離れ、フィー自身も私から距離を取る。


「……そういう、力があるってだけだよ」
「力って……魔法か何かですか? どうして、今日は家まで来てくれて。どうして」
「リアン」


 詰め寄って質問攻めしていた私を制止して、フィーは冷たい声で告げる。



「もう俺に関わるな」



 その瞳は、いつもの赤褐色ではなく深い蒼色をしていた。



「そういう力があってこんな瞳をした人間が稀にいるんだよ。……気持ち悪いだろ。だから」
「だからなんですか!」



 今にもここからどこかへ行ってしまいそうなフィーの服を掴んで言う。



「私は……私は嬉しかったんですよ! 心細い時にフィーが来てくれて。なんとかしてくれて! 瞳の色が珍しいからってなんですか! 私はそんなことでフィーを嫌いになったりはしませんっ!」



 勢い任せに怒る私に、フィーがたじろいだ。



「いつもの色も好きですけど、その瞳の色だって海の色みたいで綺麗ですし、その力で私を、お母さんを助けてくれたんでしょう! フィーはもっと胸を張るべきです!」
「リアン、リアン……落ち着いて」
「回復魔法も浮遊魔法もあっという間にしてくれましたし、私一人じゃ何もできませんでした。それに、息を切らして急いで来てくれて本当に本当に嬉しかったんですよ!」
「分かった、リアン」



 怒っているのか誉めているのか。自分でも分からないけれど、喚き立てる私の肩を優しく抱いて。



「分かったから……」



 困ったような、嬉しそうな顔をして、目尻に涙を溜めてフィーはまた頭を撫でてくれた。




「……私は、これからもフィーに関わっていきたいです」




 関わるな、なんて言ってほしくない。聞きたくない。



「だめ、ですか?」



 言いながら、ようやく気付いた。




 初めて会った時から、ずっとずっと。




 胸がざわざわして、それでも傍にいたくて。




 持って行った本を読んでくれて何より嬉しく感じたのは。





 フィーのことが好きだったからだと。






 ようやく、ようやく気付いた瞬間だった。

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