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18.優しい声と贈り物

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 次の日、仕事終わりにアリー様の部屋を訪れると、早速完成した魔術式の書かれた紙が差し出された。頼んだことを完璧な形で本当になんとかしてくれたアリー様には感謝の方が大きい。


 のではあるが。



「アリー様」
「ああ、ここか? ここは一見難しいように感じるが、コツさえ掴めば大丈夫なはずだ。フィーなら三日もあれば」
「アリー様」
「そちらの方か! 思い切って幻惑魔法中心の構成に変えてみたんだ。そうすれば、魔力に余裕もできるし、そうなればこちらと組み合わせることもできて、きっとリアンも喜ぶと」
「アリー様」



 嬉しそうに話しているところに水を差すのは甚だ不本意ではあるが。



「このレベルの幻惑魔法は……法令違反です」



 指摘をしてみれば、アリー様は虚を衝かれた顔をした。そうして、段々と思い出したようで、次第に項垂れていった。


「そうか……この国では、そうだったな」
「他国でも制限はかかっていますが、完全に禁止しているのはうちくらいなものですね」


 それもこれも、先代の王が反聖女派に取り込まれて色々とやらかした結果だ。



「絶対に綺麗だと思ったんだが……」



 俺が扱い切れるかはさておいて、理論上は完成されている。確かに、見てみたい気持ちはあるが。


「……ちなみに、誕生日までに法令に例外を作るのは」
「こんなことではまず無理な上に、万一法改正ができたとしても、それまでに赤子が成人する方が早いかと」
「そうだな……」


 この国は元々近隣諸国からの移住民で成り立った過程があり、同盟三ヶ国に承認を得た上で建国している。法令にもその三ヶ国の認印がされているため、改正しようと思ってもなかなかできない実情がある。何か言おうにも先代の関係で余計に立場も弱くはあるし。



「フィー、すまない」



 叱られた子犬のようにしゅんとしてしまった。魔術式自体は素晴らしいものであるし、アリー様が悪かったわけではないので、そこまで落ち込まないで欲しいところだ。


 そんなことを伝えつつ、二人してなんとか法令を遵守しつつ形になるよう考えていたら、また夜が明けていた。



「毎度毎度すみません」
「いや……私はこれから少し休むこともできるが、フィーは仕事だろう。体が保つのか?」
「まあ、なんとか」



 体が保つかどうかよりも、保たせている、という表現の方が正しい。これは完全に遊びの範疇ではあるし、良いところで切り上げないといけない。とは思っているが。



「顔色の悪いフィーは嫌いです」



 先にリアンに嫌われてしまった。早く休んでという意味ではあるものの、なかなか素直に応じることは難しい。仕事は仕事であるし、誕生日については意地だ。アリー様があれほど考えてくれるのであれば、俺もそれに見合う努力をしたい。


「顔色以外はいつもと変わりませんよ」
「それが良くないのです」


 特段仕事に影響が出ているわけでもないが、リアンは御立腹だ。ため息をついてこちらにじっとりとした視線を送ってくる。


「といっても、フィーが休んでくれないのは知っています」
「よくご存知で」
「それなりに長い付き合いですから」


 ベッドに腰掛けたリアンに促されて、隣へ座り、頭をリアンの太腿へ。細い指で梳くように髪を撫でられ、心地よさに意識が遠くへいきそうになる。


「せめてノア様が来られるまで、こうしていてください」
「…………ん」


 微睡んだ意識はふわふわと宙に浮いているようだ。眠ってはいないのに、起きてもいない。現実にいて、髪を撫でられる感触も分かるのに瞳だけは開けられず、夢も見ないままリアンの声を聞く。



「誕生日、別に何もなくて良いですよ。それよりもフィーが休む方が大切です」
「………………」
「無理しないでください。フィーにはいつも私のわがままを聞いてもらっていますから」
「………………」
「ちゃんと寝てください。起こしますから」
「………………」



 何を言ったか、何も言えていなかったのかは分からないけれど。



「フィー、私も愛しています」



 優しいリアンの声が心地良くて、少しの間完全に意識を手放した。





◇ ◇ ◇





 睡眠というのはやはり大事なことだったらしく、少し寝ただけで大分頭がすっきりとしていた。


「ありがとうございます聖女様、助かりました。ノア様は?」
「まだ来られていませんが、きっとそろそろですね。支度をしましょう」


 そうして、支度を整えているうちに寝る前のことを思い出す。


「そういえば、寝る前に何か話していましたっけ?」
「ええ。話していましたよ」
「……俺は何と言っていました?」
「内緒です」


 割と機嫌の良いリアンを見るに、恥ずかしいことでも口走っていたのかもしれない。こうなればリアンは口を割らないだろうし、機嫌が良いのは悪いことではないが……何言ったんだ俺。


 と、悩んでいると扉を叩く音が聞こえた。ノア様だろう。



「聖女様」
「フィー、頑張りましょうね」



 そうして、仕事を終えればアリー様のところへまた向かい、二人で色々と考えてできた魔術式を試し、上手くできないところや加えた方が良いところを修正して、ようやく完成した。


「アリー様、本当にありがとうございました」
「小規模なものになってしまったのは残念だが、考えは間違っていなかったな。これならリアンも喜んでくれそうだ」


 それでも当初の案を未だに諦めきれないアリー様は、遠くを見るようにして呟く。



「これもどこか……何の制限もかからないところで、いつか実現できると良いな」
「そんな場所では、見せる人がいませんよ」
「それもそうか」



 そして、きっとアリー様はそんな場所には行くことはできない。王族として生まれた彼は、この王宮から自由に外の世界へ出ることは一生ないだろう。


「ままならないものですね」
「まあ、この暮らしも悪いものではない。何より、今はフィーとリアンがいるからな」


 さらりと言われると言葉を返しづらいが、ノア様の目論見通り、アリー様にとって俺たちの存在はそれなりに良い方へ働いているらしい。


 城で歳が近いものといえば、ペローナをはじめとした使用人の中にいないわけでもないが、あくまで使用人である彼らとは立場が違う。近い立場の人間でも兄達はやや歳が離れているし、どちらかといえば重圧になっていた。


 そんな中でリアンと趣味の話ができるおまけの俺は、ちょうど良い存在だったのだろう。



「ああ、それと。こちらをリアンに渡してくれないか?」



 アリー様から渡された本は、魔法学の基礎について記されたものだった。


「私の話だけではなかなか理解しづらいだろうからな。新しいものでなくて申し訳ないが」
「いえ、喜ぶと思いますよ。ただ、アリー様から直接渡されても良いのでは」


 その言葉に、アリー様は苦笑する。



「私も明日は日中忙しくてな。それに、フィーがいるのにリアンに直接渡すわけにはいかないだろう?」



 その言葉を理解するのに数秒かかった。



「……別に俺は気にしませんが」
「いや、絶対に気にする。マクダーレンの書を賭けてもいい」
「そこまで言い切りますか」
「そこまでだ」



 ため息をついて本を受け取る。そんなに狭量な男に見えるのだろうか。



「私は見られないが、また様子を教えてくれ」



 そうして、アリー様の部屋を後にして眠りにつけば。





 いよいよ、リアンの誕生日がやってきた。




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